(8)思いがけない話

 任務中、同僚からナスリーンの指示を受けたアルティナは、彼女に仕事を代わって貰って、すぐに騎士団の管理棟に出向いた。そして二階に上がって廊下を進んで行くと、向こう側からケインが歩いてくるのを見て、軽く目を見張る。

 それはケインも同様で、驚いた後で笑って軽く手を振って来たが、二人とも同じドアの前で足を止めた為、再び怪訝な顔になった。


「アルティナ。団長室に用なのか?」

「ええ。私はナスリーン隊長経由で、バイゼル団長から呼び出しを受けたのだけど……。ケインもそうなの?」

「ああ。チャールズ隊長経由で連絡が来て。二人揃っての呼び出しなんて、一体何の用なんだ?」

 揃って首を傾げたものの、直接聞いた方が早いとばかりに、二人はドアに向き直った。


「失礼します。黒騎士隊副隊長シャトナー及び、白騎士隊シャトナー、入ります」

「ああ」

 ノックをして了承を得てから二人が足を踏み入れると、室内にはバイゼルの他に、何故かアトラスまで存在していた。


(どうしてアトラス隊長がここに……。何だか、嫌な予感がするんだけど……)

 一筋縄ではいかない元上司に、アルティナが内心で警戒していると、何故かバイゼルが微妙に言いにくそうに指示を出してきた。


「二人とも、わざわざ出向いて貰って悪いな。ちょっと頼みたい事があるんだが……」

「はい、何でしょうか?」

 そこですかさずバイゼルに代わって、アトラスが口を挟んでくる。


「お前達、明日にでもちょっとブレダ画廊に行って、中の様子を探ってこい」

「はぁ?」

「中の様子と言いますと……、客として店内に入って、色々と観察して来いと言う事でしょうか?」

 いきなりの話にケインは戸惑い、アルティナが慎重に確認を入れると、アトラスは遠慮など欠片もない物言いで告げた。


「その通りだ。お前達は曲がりなりにも貴族だし、見た目も問題ないだろう。ちょっとばかし着飾って、偉そうに見繕って来い」

「……なんですか、それは?」

 さすがに呆れたケインが渋面になったが、アトラスは構う事無く、彼に一枚の用紙を差し出した。


「それからついでに、このリストに書いてある店や場所も全て回って、報告してくれ」

「これ、ですか?」

 手にした用紙をしげしげと眺めながらケインが困惑している為、不思議に思ったアルティナが横から覗き込み、彼の困惑の理由を悟った。


「あの……、アトラス様」

「何かな?」

「ブレダ画廊は、例の密輸事件での関与が疑われていますから、調査するのは分かりますが、他の食事処らしき名前の店や、確かこれは雑貨を取り扱う店だったような……。他にも意味不明な店や場所が、書いてあるみたいですが……」

 控え目に(ちょっとこれらは関係ないんじゃありません?)と尋ねてみたアルティナだったが、アトラスはしれっと言い切った。


「全部、ジャービスの裏取引に関わりがありそうな所のリストだぞ? 不特定多数の人間が、白昼堂々出入りする場所だからな」

 その詭弁としか言いようの無い発言を聞いたアルティナは、心の中でかつての上司を盛大に叱りつけた。


(アホかぁあぁぁっ! アトラス隊長! これってどう考えても、デートコースですよね!? 何を白々しく、それらしい事を言ってるんですか! しかも全然意味が分からないですし!)

 しかし動揺していたのはアルティナだけで、ケインは指示書を綺麗に折り畳んでポケットにしまい、大真面目に一礼した。

「了解しました。早速、二人で調査に赴きます。勤務が調整できれば明日にでも」

 それを聞いたアルティナは、さすがに焦った。


「ケイン!? あの、でも、私、明日も仕事が!」

「チャールズとナスリーンに連絡して、二人とも明日は休みにしたから、そこは心配しないでくれ」

「団長!?」

 狼狽しながら反論しようとしたところで、バイゼルが冷静に説明してきた為、アルティナは驚いて彼を凝視した。するとその隣に立っているアトラスが、笑いながらだめ押しする。


「まあ、そういう事だから、宜しく頼む。俺達のような生粋の平民が画廊に乗り込んでも、胡散臭い目で見られるだけだからな」

 それにケインが淡々と応じた。


「お任せ下さい。ところで団長、他にご用件は?」

「無い。下がって良いぞ?」

「それでは失礼します。アルティナ、行こうか」

「あ、は、はい! 失礼致します」

 狼狽しながらもケインに促されて、アルティナは慌てて団長室から出て行った。それを見送ってから、バイゼルが困ったようにかつての部下を見上げた。


「アトラス殿……。幾ら何でも、あれはこじつけ過ぎでは?」

「本人が了承したのだから、問題あるまい?」

「確かにケインは嬉々として話を受けましたが、アルティナの方はかなり困惑していましたよ? 後からアルティンに『どうしてケインと二人きりで出すような真似をするんですか!?』と、八つ当たりされそうです」

 そんな事を大真面目に訴えた、年下の元上司を見て、アトラスは盛大に溜め息を吐いた。


「本っ当にお前ら、上から下まで揃って、ものの見事に騙されやがって……」

「アトラス殿、何か仰いましたか?」

「いや、何でもない。あの二人は一応、新婚だし。かなり常識外れでも、もう少し気を遣ってやらないとな」

「確かにそうですがね」

 飄々とした物言いのアトラスに、バイゼルも苦笑していたが、そんな余計な気遣いをされたアルティナは、本気で困惑していた。


「あの……、ケイン?」

「さて、そうと決まれば、早めに母に言っておかないと」

「え? お義母様に何を?」

 団長室を出て廊下を歩き出した直後、アルティナが声をかけようとすると、ケインが独り言のように言い出した。そして怪訝な顔をしている彼女に向き直り、どんどん話を進める。


「今日の仕事が終わったら、一緒に屋敷に帰るから。それまでに君の部屋と必要な物を、準備していて貰わないと」

「はい!? どうして屋敷に泊まる事に?」

「明日は朝から各所に出向いて調査しないといけないし、そこに出向くのは騎士団の制服や普段着では拙いだろう?」

「いえ、あの、それはそうかもしれないけど」

「そういう事だから、今日は日勤終了後、ここの管理棟出入り口で待っていてくれ。それじゃあ」

「あの、ちょっとケイン!」

 慌てて引き留めようとしたアルティナだったが、ケインは意気揚々と足早に歩き去り、一応団長からの指示の形になっている為に反論もできず、アルティナは一人肩を落とした。


(アトラス隊長……、恨みますよ? 今更ケインとどの面下げて、恋人同士でのデートコース巡りなんかをしないといけないんですか……)

 もう頭痛しか覚えないアルティナだったが、急にシフトを代わって貰う事になる同僚には、何かお土産を買って帰ろうと、冷静に考えていた。

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