(3)トラブル発生
その日は偶々どちらも非番だった為、リディアとアルティナは朝食を済ませてから私服で騎士団の通用門から王宮を出た。そして延々と続く外塀を回り込んで、王宮の正門を目指して歩き出した。
「アルティナ、本当にごめんなさい。絵の引き取りにまで付き合わせて」
「構わないわよ? ちょうど休みだったし、外宮までは一般人でも普通に入れるんだから、遠慮しないで行きましょう」
「え、ええ……」
(とは言っても、普段出入りしている役人とか商人でも無いリディアにとっては、やっぱり尻込みするわよね)
白騎士隊の制服を着て、騎士団管理棟から外宮に繋がる通路を通れば、楽に落札作品の手続き場所に行ける筈なのだが、どうやらリディアが私事で制服を使う事に抵抗がある上、制服で絵を引き取りに行く事自体、目立ちそうだと躊躇しているのを見て取って、アルティナが私服で付き合う事を提案したのだった。
そして二人は他愛のない話をしながら王宮の外を回り込み、正門から堂々と入り直して一番手前にある外宮に入り、掲示してある案内を見ながら奥へと進んだ。
「あの……、落札しました絵画を受取りに参りました、リディアと申します。宜しくお願いします」
表示のある部屋に入り、正面の机に歩み寄ってリディアが頭を下げると、担当の官吏は何やら怪訝な顔つきになってから、リディアに声をかけた。
「それでは……、詳細を確認致しますので、通知書を改めさせて頂けますか?」
「はっ、はい! こちらです!」
慌てて肩から下げていた布製のバッグから用紙を取り出したリディアは、緊張の為全く気が付いていなかったが、彼女の横で冷静にその様子を観察していたアルティナは、僅かに顔を顰めていた。
(何だか担当者が二人とも、変な目つきでリディアを見ているのよね。確かに平民の若い女性が美術品を落札するのは珍しいかもしれないけど、ちょっと失礼じゃないの?)
そうは思ったものの、変に揉め事を起こしたくは無いアルティナは大人しく無言を貫き、そうこうしているうちに官吏の一人が、隣接した部屋から一枚の絵を運んできた。
「お待たせしました。あなたが落札されたのは、こちらの絵画で間違いございませんか?」
「はい! これです!」
「それでは落札額の、二万十リランを頂きたいのですが」
「はい! どうぞお納め下さい!」
差し出された絵を確認して嬉々として応じたリディアが、机の上に紙幣と硬貨を並べ始める。その間アルティナは、無言で出された絵を眺めていた。
(へぇ? 正直、絵の良し悪しは分からないけど、全体的に明るいし色使いが素敵ね。港町の風景か。海の青と斜面に建っている家々の白壁の対比が、絶妙かもしれないわ)
彼女が密かに感心しているうちに、その絵は手早く官吏によって薄い木箱に入れられ、紐をかけられた。
「それではこれで、引き渡しは完了です。気をつけてお帰り下さい」
「はい! ありがとうございました! さあアルティナ、行きましょう!」
「ええ」
そして持ちやすい様に紐をかけて貰った為、片手で箱を持ちながら、リディアは機嫌良くその場を後にした。すると絵が保管されていた部屋から一人の男性が出てきた為、官吏達が一応お伺いを立てる。
「殿下、これで宜しかったですか?」
「ああ、君達に規定違反の行為をさせて悪かった」
如何にも申し訳無さそうに頭を下げた、自分達の上司に当たるランディスを見て、彼らは苦笑の表情になった。
「いえ、公表してはおりませんが、あれは殿下の作品ですから……」
「確かに規定からは逸脱しておりますが、お渡しになりたい方にお渡しできれば、それに越した事は無いかと。一応、代金も頂きましたし」
「厳密な入札では無かったがな。本人が意図していなかった事とは言え、ある意味不正行為だ」
「勿論、私達は口外致しません」
「殿下も、そのおつもりで」
「了解した」
男達の間でそんな密約が交わされていた事など、夢にも思っていないリディアは、外宮の廊下を今にも歌い出しそうなテンションで歩いていた。
「やったぁ――っ! これが本当に、私の物になったのね!?」
「良かったわね」
友人のはじけっぷりに苦笑するしか無いアルティナが声をかけると、リディアが満面の笑みで振り向いた。
「あなたのおかげよ、アルティナ! 今日もここまで付き合ってくれて、ありがとう!」
「本当に気にしないで。利子代わりにリディア自慢の絵を、真っ先に見せて貰ったし。リディアが惚れ込むだけあって、良い絵みたいね。これに目を留めないなんて、他の人はどうかしてるわ」
何気なくアルティナが口にした台詞に、彼女が深く頷く。
「本当にそうよね!? でもたくさんの人が入札していたら、間違っても私が落札できなかったわけだし、複雑だわ……。あ、そうだ! 寮の部屋にこれを置いたら、街に行きましょうよ! 利子代わりに、今日のお昼は私が奢るから!」
「え? でもリディア、それとこれとは」
「そうしてよ、私の気が済まないから!」
「じゃあ、今日は遠慮なくご馳走になるわね?」
「ええ、任せて!」
ここは好意に甘えるべきだろうと割り切ったアルティナは、見たことが無い位に上機嫌なリディアを見て、自然と笑顔になった。
(リディアがこんなに喜んでくれて、本当に良かったわ)
しみじみとそんな事を考えていたアルティナだったが、ここでそんな幸福な気分に水を差す声が聞こえてきた。
「何だ、お前?」
「まさかお前の様な貧相な庶民が、絵を落札したのか?」
「貧乏人如きに、芸術など理解できないだろうに」
「正に、宝の持ち腐れだな。美術品と言う物は、俺達の様な人間が鑑賞してこそ価値がある」
どうやらリディア同様、実術品を落札して受け取りに来たらしい一行がすれ違いざま足を止め、木箱を手にしているリディアを横柄に見下ろしながら、馬鹿にした口調で口々に言い合った。その明らかに貴族階級と分かる出で立ちの男達に、アルティナが思わず足を止めて険しい視線を向ける。
「……何ですって?」
「アルティナ、良いから。早く行きましょう」
小声でリディアが制止し、アルティナの腕を軽く引いて立ち去ろうとしたが、ここで彼らが聞き捨てならない事を口走った。
「全く、陛下も酔狂な事をなさる。平民に絵を見せたり描かせたりして、一体何になると言うんだ。我が国の恥曝しで、文化レベルが下がるだけじゃないか。他にも氏素性の知れない平民を重用するなど、愚かとしか言いようがない事を」
「国の文化レベルを下げているのは、知ったかぶりで中身の無い事しか言えない、あんた達自身でしょうが!!」
「何だと!?」
「この女、平民の分際で!」
「お前は今、何を言ったか分かっているのか!?」
「え? リディア、ちょっと待って! 落ち着いて!」
あっさり引き下がろうとしたリディアが一変して、盛大に相手の男に噛みついた為、言い返された男達は勿論、アルティナも驚いた。しかしリディアは全く臆さず、男四人を相手を回して堂々と言い返す。
「陛下は歴代の国王の中でも、一、二を争うほど英邁な方よ!! その偉大さも理解できない、残念な頭しか無い馬鹿どもだと言ったのよ! 本当の事を言って何が悪いのよ!!」
(あぁあ、そう言えばリディアって、国王陛下の信望者だった! もうこいつらの馬鹿! 私達に嫌みを言うだけで、終わりにすれば良かったのに!!)
内心で頭を抱えたアルティナは、何とかこの場を穏便に収めようと一瞬考えたが、すぐにそれを諦める羽目になった。
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