(2)相応しい処罰

「それでは全員、主張したい事は言い尽くしたと思うので、各自の処罰を伝える」

 王太子であるジェラルドが、横一列に並んだ男達に冷たい視線を向けながら、重々しく告げた。


「まずトーマス・ブレダ。貴様は密輸密売の主導者であり、店の者に自分の罪を着せて殺人まで犯している。それを鑑みて全財産没収の上、死罪とする」

「くそっ……」

 悔しそうに一言呻いてから、トーマスは縛られたまま崩れ落ち、床に両膝を付いて座り込んだ。


「次にタシュケル。お前には密輸に手を貸した上に、額装師の拉致監禁の罪状もある。全財産没収の上、半月以内に国外退去とする。半月経過後も国内に留まっていたり、退去後に舞い戻って来たのが発覚した時点で、即刻死罪だからそう思え」

「そんな……」

「次に」

 愕然とした表情になったタシュケルには構わず、ジェラルドが引き続きマークスに視線を向けた所で、いきなりジェストが喚いた。


「お待ちください! 殿下は仮にも建国以来の名家の当主であるこの私を、まさか死罪にはなさいませんでしょうな!? それ以前に私の罪状と処分が公になれば、ジャービス中毒者の貴族の名前も表にでる事になりますぞ! そんな事態になったら、陛下の治世に汚点が付きましょう!」

 事ここに至って完全に開き直り、恫喝紛いの台詞を吐いたジェストに、警備担当の近衛騎士達は怒りの表情を隠そうともしなかったが、ジェラルドは全く気にする事なく、不思議そうに問い返した。


「ジャービス中毒? ペーリエ侯爵、貴公、何を言っている?」

 しかしここでバイゼルが、わざとらしく会話に割り込む。

「殿下。これが気狂いの病と言うものです。お察しくださいませ」

「なるほど、漸く実感できたぞ。そのつもりで事に当たらねばな」

「はぁ? 気狂い? 何の話ですか?」

 二人が何やら分かった様な顔で頷き合っているのを見て、ジェストが渋面になりながら尋ねると、バイゼルが予想外の事を言い出した。


「まさか、名家の当主たるペーリエ侯爵が精神の病を患い、時折凶暴になる発作に襲われておいでだったとは……。予想だにしていませんでした」

「精神の病だと? 私がそんな病など、なっているわけが無かろう!」

「しかし本人に全く自覚症状が無い為、家族や使用人達が周囲にその事実をひた隠しにしていたのが仇になりましたな。まさかあんな大それた事をしでかしてしまうとは……。あんな事が起きたら、誤魔化しようがありますまい」

「つまらん言いがかりは止めろ! 一体、私が何をしでかしたと言うのだ!?」

 如何にも残念そうに首を振ったバイゼルに、ジェストが怒りを露わにしながら詰め寄った。すると彼がしみじみとした口調で告げる。


「発作に襲われて凶暴化した時、偶々屋敷を訪問中だったマークス・ダリッシュの両手に斬りつけて指の筋を切ってしまい、そのせいで彼はまともに絵筆を握れなくなってしまったではありませんか」

「何だと?」

「はぁ? 俺は別に、斬られたりなどしていないが?」

 呆気に取られたジェストの横で、マークスも困惑した表情になったが、バイゼルは彼らに構わず話を続けた。


「そればかりか、慌てて止めに入った使用人三人を斬り捨てた挙げ句、その遺体を家族の元に戻さずに密かに処分させるとは。使用人からの内部告発によってこの事が明るみに出た以上は、厳正な処罰を与えねばなりますまい」

 でっち上げにも程がある話に、ジェストは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「何だ、そのでたらめな話は! 私は誰も殺してなどいないぞ!!」

「それはそうでしょうな。気狂いの病ですから、凶暴化した時の記憶などある筈がない」

「違う! 本当に私は、使用人など殺していない!」

「それならクーラン、デメル、カルツァーなるペーリエ侯爵邸の使用人を、ここに連れて来て貰いましょう。この三人の家族が、近衛騎士団に調査を願い出ているのです。『ペーリエ侯爵邸に最近勤め始めたが、数日前から連絡が付かない』とね」

 そこでバイゼルが、侯爵邸に潜り込ませていたデニス達が名乗っていた偽名を口に出すと、その名前を朝から耳にしていたジェストは必死に反論した。


「そんな筈は無い! その三人なら昨日の夜までは、ちゃんと屋敷に居た! 朝からはいなくなっていたが!」

「今朝から居なくなった? 行方不明と言う事にしておけば言い訳が立つと考えるあたり、お粗末としか言いようがありませんな」

「違う! 本当に殺してなどいないんだ!」

「そういう事ですので、ダリッシュ伯、宜しいですかな?」

 そこで唐突にバイゼルが誰もいない方向に向かって声をかけると、マークス達が入って来たのとは反対側にあるドアが開き、そこから初老の男性が顔を強張らせながら入室して来た。


「え?」

「父上?」

 そのダリッシュ伯爵は真っ直ぐ息子の所に歩み寄り、騎士達が制止する間も無く、後ろ手に縛られたままの息子を殴り倒す。


「この痴れ者がっ! 恥を知れ!」

「ぐはっ!」

 そして無様に床に転がった息子を一顧だにせず、伯爵は膝を折ってノーティスに対して深く頭を下げた。


「陛下。この度の愚息の不始末、誠に恥じ入る次第でございます。まさかここまで性根が腐っているとは、夢にも思いませず」

「ダリッシュ伯、先程説明した通りだ。まさか麻薬密売に貴族が関わっていたなどと、公にはできない。だからそなたの息子は、両手の指の腱を切った上でダリッシュ伯爵領で監禁し、そこで残りの生涯を過ごさせるように」

「承知致しました」

「何だと!?」

 それがダリッシュ伯爵家を存続させる条件だと、既に理解していた伯爵は、国王の裁定に対して即答し、転がったままマークスが驚愕した。そんな彼を軽蔑しきった顔で見下ろしながら、ジェラルドが付け加える。


「言っておくが、恥さらしだと思ってもあっさりと殺すなよ? 少なくとも十年は生かしておくように。篤志芸術展で他人の作品を自分の物だと偽って発表し、美術界にその名を知らしめた期間を、今度は誰にも顧みられる事無く、不遇の身で過ごさせるのだ。それが、その不心得者に与える罰として相応しい」

「そのように致します」

 従順に頭を下げる父親を見て、マークスが怒り狂ってジェラルドに突進しようとした。


「ふざけるな!! 俺の絵は最高だ! 俺は天才なんだ! それを!」

「無礼者!」

「構わん、引きずり出せ!」

「離せぇぇっ!」

「ダリッシュ伯。後から賠償金を請求するが、取り敢えず下がって良い」

「御前、失礼いたします」

 立ち上がったところを、即座に騎士達に押さえ込まれてマークスは謁見室から引きずり出されていき、少し遅れてダリッシュ伯も引き下がった。


(全くどうしてこんな事に……。ひょっとしてバイゼルは、ジャービスの密売の話を表沙汰にしなくとも、これを理由に私達を表舞台から消し去るつもりか。私達を嵌めたな?)

 呆然と一部始終のやり取りを聞いているうちに、ジェストは漸く自分達が嵌められたのを悟った。


(仕方が無い。反論できそうもないし、ここで貴族の顧客情報を公にすると脅しても、肝心のリストは押さえられているし、即刻私が消されるだけだ。当主の座を下りて、息子に家督を譲ろう。どのみち暫く領地に引っ込んで、ほとぼりが済んだら王都に戻って来れば良い)

 静寂が戻った謁見室で、抵抗を諦めたジェストが密かに妥協していると、そんな内心を見透かしたようにジェラルドが薄笑いで話を再開させた。


「ペーリエ侯爵。将来有望な画家の才能を奪うだけでも許し難いのに、人の命を奪った挙げ句にその隠蔽を図るとは。これだけでも当主の座を下りるに相当な理由ですが、あなたの病気を隠して事実の隠蔽を図ったご家族も、自らの行いを恥じて家督の継承権を放棄されたのですよ」

「え?」

「それでどなたにペーリエ侯爵家の家督を継がせるかで、少し議論が紛糾しましたが、めでたくクランドール伯爵の次男に引き受けて貰う事になりました」

「そんな馬鹿な!? 息子達が放棄する筈が無い!! それにどうしてそんな赤の他人が、ペーリエ侯爵家を継ぐんだ!」

 家督を息子に譲るしかないと諦めながらも、今後も自身が取り仕切ろうと目論んでいたジェストは本気で驚愕した。しかしジェラルドが長尾で続ける。


「赤の他人ではなく、ちゃんとペーリエ侯爵家の血を引いていらっしゃいますよ? 系図を調べたら確か血縁的には、あなたとは又従兄弟の子供同士に当たる方ですし」

「そんなのは、どこからどう見ても他人だろうが!」

「その新ペーリエ侯爵、確かイーサン殿でしたか? 彼は『広い屋敷など持て余すだけだから、王家に進呈します』と殊勝な事を申し出てくれて、本当に助かりました。最近王都内で妙な病が広がっていまして、病人を集めて治療する治療院を作ろうと考えていたのです」

 それにバイゼルが、笑顔で付け加える。


「一から土地を探して、建てる手間が省けましたな。既に近衛騎士団の一個中隊を差し向けて、余計な家具や荷物の搬出をさせております」

「なんだと!?」

「それは助かる。気が利くな、バイゼル」

「当然の事でございます」

 バイゼルがわざとらしく頭を下げると、予想外の事を立て続けに言われて茫然自失状態になっていたジェストに向かって、ノーティスが淡々と声をかけた。


「貴公は既に、前ペーリエ侯爵である。貴公の身柄は現ペーリエ侯爵預かりになる故、彼に迷惑をかけないように、身を慎むように」

「謁見は終了だ。全員引っ立てろ」

 バイゼルが指示を下すと、周囲からジェスト達の所に騎士達が群がる。既にトーマスとタシュケルは諦めきって騎士達の誘導に従って歩き出したが、ジェストだけは往生際が悪く、退出しようとしているノーティスに駆け寄ろうとした。しかしすぐに、騎士達に取り押さえられる。


「お待ちください、陛下! どうして私が赤の他人に、家督を譲らなければならないのですか!?」

「心配するな。お前の生活は、必要最低限を現ペーリエ侯爵に保証させる。それが家督を継ぐ条件だからな」

「陛下、お待ちください! 貴様ら、離せ!」

 狂ったように喚き立てるジェストが謁見室から引きずり出されると、再び室内に静寂が戻った。


「やっと静かになりましたね」

「全くですな」

 そこでジェラルドが、思わせぶりに問いを発した。


「ところで今回の荒唐無稽、かつ連中の罪状に相応しい筋書きを書いたのはあなたなのか?」

「殿下、誤解しないでください。アルティンです」

「そんな気がしていた」

 心外そうに答えたバイゼルを見て、ジェラルドがおかしそうに笑った。そして笑顔のまま話を続ける。


「さて、それでは手に入れた資料を解読して、密輸ルートの全貌が判明したから、それを徹底的に潰さないとな。それに治療院の設立と運営、やる事が山ほどあるぞ。取り敢えず騎士団は、威張りくさったペーリエ侯爵の妻子を、頑張って屋敷から放り出してくれ」

「先程も言いましたが、既に取り掛かっています。一両日中には、身ぐるみ剥がす勢いで財産の没収も完了させますから」

「宜しく頼む」

 そこで話を終わらせた二人は、それぞれの部下や側近を連れて、謁見室を後にした。

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