(9)リディアの迷い

 ランディスとの面会を終えて勤務に戻ったリディアは、それから難しい顔で考え事をしながら過ごした。それは無事に勤務を終えて、夕食を食べる為に同僚達と連れ立って食堂に向かってからも、一向に変わらなかった。


「うぅ~ん、やっぱりそうなのよね。でも、確かにそこまでの事をしているんだし……」

 まるで親の仇を見るような目つきで、深皿の肉の煮込みを睨み付けているリディアを見て、一緒に来た白騎士隊の同僚達は顔を見合わせてから、控え目に声をかけてみた。


「あの……、副隊長? さっきから一人で何をぶつぶつ言っているんですか?」

「リディア、今日は何だか変よ? 本当にどうしたの?」

 それで我に返ったリディアは、慌てて手を振ってごまかした。


「う、ううん、何でもないわ! ごめんなさいね、独り言ばかりで!」

「それは構わないんですけど……、料理が冷めますよ?」

「本当、勿体ないわね! やっぱり温かい物は温かいうちに食べないと、美味しさが半減だわ!」

 愛想良く応じながら、通常より早いペースで手と口を動かし始めたリディアだったが、同僚達が無言で観察していると、すぐにその動きが止まってしまった。


(マークス・ダリッシュは本当に許せないけど、あいつの不行状のせいでお義父さんの絵まで粗末に扱われるのは、やっぱりどう考えても嫌だわ。でも自首を勧めに行こうにも、あの人の住んでいる所なんか知らないし。事情を知っている騎士団の人に聞いても、間違い無く「余計な事はするな」と叱責されて、教えて貰えないわよね)

 そこまで考えたリディアはスプーンを皿に戻し、両手で頭を抱えて呻いた。


「うぅ~、すっきりしない。本当にどうしよう……」

「リディアったら、本当にどうかしたのかしら?」

「やっぱり変ですよね?」

 先程から挙動不審なリディアを横目で見ながら、同僚達が顔を寄せて囁きあったが、ここで何かを思い付いたらしいリディアが、勢い良く顔を上げながら歓喜の叫びを上げた。


「そうだわ! グレイシアさんだったら画家の事を色々詳しく知っているし、もしかしたら住所も把握しているかも!」

「え?」

「副隊長、どうかしましたか?」

 いきなり目の前で叫ばれた二人は面食らって声をかけたが、リディアは慌ただしくトレーを持ち上げて立ち上がった。


「ごめん、私、もう終わりにするわ。それじゃあね!」

「あ、リディア、ちょっと!?」

 引き止める暇など無い勢いで、リディアが血相を変えて立ち去るのを見送った二人は、困惑しきった顔を見合わせた。


「行っちゃいましたね……」

「本当に何だったの?」

 そんな同僚達の疑念をよそにリディアは迷わず後宮に向かい、取り次ぎ役のの侍女にグレイシアを呼んで貰った。すると程なくして、上級女官の制服姿のグレイシアがやって来た為、リディアはまず急遽呼び立ててしまった事を謝罪する。


「グレイシアさん、お呼びだてしてすみませんでした。まだお仕事中でしたか?」

「いえ、今日はちょっと妃殿下のご下命で、仕事が長引いて上がったばかりでしたから、大丈夫ですよ? それより、どうかしましたか?」

「それは……」

 不思議そうに尋ねられたリディアは一瞬迷ったものの、思い切って尋ねてみた。


「あの! グレイシアさんは、マークス・ダリッシュがどこに住んでいるのか、ご存じないでしょうか?」

 それにグレイシアは、眉をピクリと動かしたものの、傍目には穏やかに問い返した。


「……あの方の住所、ですか? さすがに詳細までは存じませんが、シャーペス街東側の外れの辺りだったかと記憶しています」

「シャーペス街……。王都の南西部ですよね?」

「ええ。そこの商店が立ち並ぶ大通りから一本裏手に入った、周囲と比べると敷地が割と広く取ってある、裕福な商人達の私邸が並んでいる区画だったかと。何かの折りにその近くの画廊で、話を聞いた事がありますわ」

「それで十分です。ありがとうございました!」

「いえ、どういたしまして。でもリディア」

 どうしてわざわざそんな事を聞きに来たのかと、グレイシアが問いただす前に、リディアは勢い良く一礼して駆け出して行った。そんな彼女を呆然としながら見送ったグレイシアは、何となく嫌な予感を覚える。


「本当に、どうしてリディアは、あの男の家の場所を尋ねに来たのかしら? 気になるわね……」

 彼女は考え込みながらも私室へと戻り、リディアは後宮からまっすぐ近衛騎士団の執務棟へと向かった。すると偶々王都内の巡回任務を終えて、乗っていた馬を世話係に引き渡している一団に遭遇する。


「お疲れ様です」

「おう、こいつをよろしく」

「分かりました」

「すみません、一頭借ります! 今夜中には返しますので!」

 そんな引き渡しの場にリディアは強引に割り込み、他の者が呆気に取られている間に手近な一頭に飛び乗って、門に向かって馬を走らせた。


「あ、おい、ちょっと待て!」

「ちゃんと許可を取って行かないか!」

「誰だ、あれは? 白騎士隊だよな?」

 男達の驚愕と困惑の声を聞き流しながらリディアはその場を離れ、グレイシアから聞いたマークスが住んでいると思われる場所に向かった。


(本当は自業自得だと思うし、完全にこちらの都合だけど、一応自首を勧めてみよう。ひょっとしたら悪事に手を染めた事を後悔したり、抜けるに抜けられなくなって、苦しんでいるかもしれないもの! 本当に後悔しているならランディス殿下や王太子殿下にお願いして、何とか穏便な処分をお願いしてあげよう!)

 アルティナが聞いたなら「甘い!」と一喝されるのが確実な事を、リディアは大真面目に考えながら、一路目的の場所に向かって馬を走らせて行った。

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