(3)穏やかなひと時
色々と気忙しい日々を過ごす中、休暇を取ってシャトナー邸に出向いたアルティナは、夕食時には伯爵夫妻と息子二人と共に、和やかにテーブルを囲んでいた。
「アルティナ、こちらに出向いてくれたのは久しぶりね。ゆっくりしていって頂戴」
「ありがとうございます。マリエルと後宮で顔を合わせた時に、さり気なく休暇の話をしてみたのですが、今日は都合が悪かったみたいで……。『今度は一緒にお休みを取りましょう!』と約束させられました」
「ええ、あの子からも『凄く残念』との怨念が滲み出た手紙が来たわ。でも王女殿下に気に入られているみたいですから、『きちんとお仕事をしなさい』と宥めたけど。王宮内で顔を合わせたら、偶には話し相手になって頂戴」
「はい、そういたします」
当初懸念していた娘の後宮勤めも軌道に乗ったらしいと、安堵しているフェレミアが苦笑すると、アルデスも穏やかな笑みで尋ねてくる。
「アルティナの、騎士団の仕事はどうかな? 後宮襲撃事件の余波で、騎士団から放逐された人間も多数出たし、まだ落ち着かないのかな?」
実直そうな義父からの問いに、アルティナは笑って首を振った。
「いえ、表向きはだいぶ落ち着いたと思います。ケインが所属している黒騎士隊は大変だったと思いますが、幸いな事に白騎士隊で咎めを受けた人間は皆無でしたし」
「全く。一部のろくでなし共のせいで、入れ替えや配置換えで未だにバタバタしているし、雑務が溜まっていて仕方がないぞ」
そこで思わずと言った感じで愚痴を零したケインに、クリフがおかしそうに茶々を入れる。
「過去形じゃなくて現場進行形なのか。まあ、頑張って」
「クリフ……。お前、他人事だと思って」
「他人事だからね」
そして憮然としているケインを見て、周りが笑いを堪える中、アルティナだけは密かに安堵していた。
(本当は、脅迫されていたリディアやマーシアは、下手をすると罪に問われる可能性があったけど。本当に、表沙汰にならなくて良かったわ)
するとアルデスが頷きながら、話を続ける。
「白騎士隊に影響が無くて、何よりだった。仲が良い友人もたくさんできたかな?」
「はい。毎日が楽しいです」
「それは良かったわね」
「……ええ、そうですね」
笑顔で答えたアルティナを見て、フェレミアが息子に思わせぶりな視線を向けながら相槌を打ち、ケインは憮然としながら同意した。そこで物言いたげなクリフの視線に気がついた彼は、軽く睨みながら弟に声をかける。
「クリフ。何か言いたいことがあるのか?」
「別に? 兄さんこそ、何か言いたい事があるんじゃないのか?」
「別に……」
書類上は夫婦でも実際は婚約期間扱いで、いきいきと仕事に取り組み、友人付き合いを満喫しているアルティナを見て、半ば放置されている兄をからかいたかったクリフだったが、これ以上本気で彼を怒らせるのは拙いと、必死で笑いを堪えた。
(それにしても……、リディアの事はどうしたものかしら? 王妃様も困惑しておられるみたいだし……)
一方のアルティナは、白騎士隊から連想した友人について考えを巡らせていたが、そんな彼女の様子を見て、フェレミアが怪訝な表情で尋ねる。
「アルティナ、どうかしたの? 随分難しい顔をして、何か考え事?」
「あ、ええと……、考えていたと言えばそうなのですが……」
男達も揃って顔を向ける中、アルティナは少し迷ってから、クリフに問いかけた。
「あの、クリフ様は王太子様の補佐官に就任する前は、内務省勤務でいらっしゃいましたから、国内での諸手続きや前例には、ある程度詳しいと思うのですが……」
「はい、それは勿論。事務官として採用された直後から、過去の前例を粗方頭に叩き込みましたし」
「それなら例えば……、王族の方が、平民の女性を妻にした事例とかはあるのでしょうか?」
「え?」
「はぁ?」
「アルティナ?」
「それは……」
シャトナー家の面々はいきなり持ち出された話題に目を丸くしたが、ケインだけは先日の騒動の内容を耳にしていた為、微妙な表情になった。そんな中、難しい顔つきになって考え込んだクリフが、慎重に意見を述べる。
「難しい質問ですね……。勿論側室とか、愛人待遇とかでは無くてですね?」
「はい。やっぱりありませんよね?」
一応聞いてみたものの、大して期待はしていなかったアルティナが申し訳無さそうに答えると、クリフは考え込みながら話を続けた。
「直系か傍系かによっても、かなり条件が違ってくるかと思いますが……。無い事もなかったかと思います」
「本当ですか!?」
「ただ……、はっきりと覚えてはいませんし、万事円満解決と言った結末でも無かったかと思いますが……。ご希望なら、きちんと調べてみますか? 少々時間は貰いますが」
「申し訳ありません。できればお願いできますか? 急ぎませんので」
アルティナは驚きながらも、クリフが申し出てくれた事に感謝しながら、彼に頭を下げた。するとクリフが、苦笑しながら言い聞かせる。
「分かりました、調べてみます。アルティナ殿は私の姉も同様ですから、調べ物位で変な遠慮はしないで下さい」
「ありがとうございます」
そこで思い当たる節のあったケインが、口を挟んできた。
「アルティナ。今の話はもしかして、ランディス殿下とリディアの話か?」
「現時点でははっきりしないけど、殿下の方はお好きみたい。リディアは全然、気がついていないけど」
「何だそれは……」
事態の面倒さと不可解さに、ケインが本気で頭を抱えると、フェレミアが驚きながら問いを発した。
「リディアと言うのは、アルティナのお友達なの?」
「はい。白騎士隊の同僚でもありますが」
それを聞いたアルデスが、納得したように頷く。
「なるほど。友人の事なら尚更、先行きが気になるだろうな」
「本来だったら、これまで浮いた噂一つ無いランディス殿下の事、諸手を挙げて祝福したい所ですけれど……」
そこで揃って微妙な顔になった夫婦に、アルティナも神妙に頷く。
「はい。仮にもランディス殿下はれっきとした直系の王子殿下で、王位継承権も王太子殿下と先程お生まれになった王太孫殿下に次いで三位のお方ですから、余計に難しいとは思いますし」
「そうだろうな。だが王太子殿下にご子息がお生まれになったし、その前よりは容認しやすい空気だとは思うが」
「でもアルティナも、そんなお友達がいるのなら、随分気が揉めるでしょうね。お仕事も王族の方が相手ですから気を遣うでしょうし」
「そうだな。それ以外の事は、なかなか落ち着いて考えられそうにないな」
「本当ね」
「…………」
神妙に語り合う両親を見て、ケインは再び憮然として黙り込んだ。そこですかさず、クリフが口を挟んでくる。
「ランディス殿下の件がさほど長引かず、円満解決すれば良いね、兄さん?」
「うるさい」
そんな兄弟のやり取りを聞いて、アルティナは意外そうに尋ねた。
「ケインはランディス殿下と、そんなに懇意にされていたの? 知らなかったわ」
「いや……、特に懇意と言うわけでは無いが……」
「そうなの?」
(でもクリフ殿が、何だか含みのある物言いをしていたような……。気のせいかしら?)
アルティナが怪訝な顔でまじまじとケインを眺めていると、彼は軽く咳払いしてから真顔で言い出した。
「その……、アルティナ?」
「何? ケイン」
「友人の事を気遣う姿勢は好ましいと思うが、偶には自分の事も考えて欲しいな」
「自分の事? 勿論、リディアの事だけを考えているわけでは無いわよ? 他の白騎士隊の人とのお付き合いもあるし」
「いや、そういう事では無くてだな!」
不思議そうに軽く首を傾げながら、アルティナが大真面目に答えた為、ケインは思わず声を荒げかけたが、ここで彼の家族が笑いを堪える風情で会話に割り込んだ。
「さすがアルティナ殿ですね、友人を思いやる心根に惚れ惚れします」
「それにアルティナに、本当にお友達がたくさんできたみたいで嬉しいわ」
「グリーバス公爵家にいた頃とは、交友関係が格段に広がっただろう?」
「はい。それは全て、私に白騎士隊での勤務を続ける事を認めてくれて、お義父様とお義母様のお陰です」
にこやかにアルティナが礼を述べると、夫妻は明るく笑い合った。
「改めて礼を言う程の事では無いな」
「そうよ。お友達とのお付き合いもあるし、お休みでも頻繁にこちらに顔を出さなくても構いませんからね? 顔を出せる時に帰っていらっしゃい」
「ありがとうございます」
笑顔で再度礼を述べたアルティナは気が付かなかったが、彼女の横でケインが額を押さえて溜め息を吐き、向かい側のクリフは口元を押さえて笑いを堪えていた。
(相変わらずご夫婦揃って良い方よね。ケインが性格良く育った理由が、良く分かるわ。本当にこの生き馬の目を抜く貴族社会で、良く今まで生き残って来たわね。今後シャトナー伯爵家の事も、しっかり守っていかないと)
そして当の本人は、相変わらず善良なシャトナー家の面々に感心しつつ、見当違いの事を心の中で誓っていた。
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