(14)告白
(あの仕掛け額縁を密輸の道具にしただけでは飽きたらず、マークス・ダリッシュの絵と一緒に、ジャービスの乾燥葉が売られている可能性まであるなんて……。二重の意味で許せないわ。絵に対する冒涜よ)
一日の仕事を終えて自室に引き上げたリディアだったが、つい先ほどまで夕食を共にしたアルティナから詳細を聞いて生じた怒りは、収まる気配を見せなかった。
(一度、ブレダ画廊がどんな所で、どんな絵が売られているのか、直に見てみたいものだけど……。さすがに一人では入りにくいし……)
彼女は一人で怒りながら悶々と悩んでいたが、そこで、ある事を思い出した。
「……そう言えば、昨日の返事がまだだったわ。『一度、直にお目にかかって、話したい事がある』とか書いてあったのよね」
そして机に放置していた、ラスマード名義のランディスからの手紙を持ち上げ、それを見下ろしながら考えを巡らせる。
「本人にお会いしたいのは勿論だし、ラスマードさんの都合が合えば、ブレダ画廊に付き合って貰えないかしら……。うん、聞いてみるだけ聞いてみよう」
そう決めたリディアは早速机の引き出しから便箋を取り出し、少し悩みながら手紙の返事を書き始めた。そして大して時間をかけずに無事に書き終えた彼女は、満足そうにそれを封筒に入れて封をする。
「ラスマードさんって、どんな人かな? 本当に楽しみだわ」
期待に満ちた表情で満足げに呟いたリディアだったが、そんな些細な思い付きがちょっとした事件に発展する事になるなど、その時は夢にも思っていなかった。
その手紙を王妃の手に渡るように同僚に依頼し、首尾良くラスマード名義の返事を三日後に貰えたリディアは、予め書いておいた通りその二日後の休日に、王都内で顔を合わせる事となった。
(ええと……、まだ待ち合わせ時間にはなっていないけど……。あまり人が居なくて、ちょうど良いわ)
時間に遅れる事無く、余裕を持って待ち合わせ場所の大聖堂前広場にやってきたリディアは、注意深く周囲を見回しながら、この間疑問に感じていた事を思い返した。
(でも……、『あなたの顔は分かっているので、こちらから声をかけますから心配しないで下さい』と手紙に書いてあったのは、どういう事かしら? 私、実はラスマードさんと面識があるの?)
そして首を傾げながら、それらしき理由を推察してみる。
(やっぱりラスマードさんは王宮勤務の官吏の方か何かで、私の顔と名前を知ってはいたけど、仕事中だったから声をかけなかったとか?)
そこでいきなり背後から声をかけられた為、リディアは反射的に挨拶を返しながら振り返った。
「おはよう、リディア」
「あ、おはよう……、って!? で、殿下!?」
「しっ! 声が大きい! あまり騒ぎにしたくは無いから、静かにして貰えないかな? 今日は内密に出て来て、護衛も付けていないし」
「は、はぁ……、失礼しました」
いきなり目の前に出現したランディスを認めたリディアが、無意識に声を裏返させて叫んだが、彼が慌ててそれを制した。
(驚いた。どうしていきなり、こんな所にランディス殿下が現れるのよ。それにしても殿下……、何かお忍びに、相当慣れている感じが……)
シンプルで使い込まれている服を身に纏ったランディスは、どこからどう見ても庶民にしか見えず、正装や普段の官吏服姿しか見た事が無かったリディアは、あまりの落差とその板に付きっぷりに、思わず目眩がした。
「殿下」
「それはちょっと止めてくれるかな。周りの人間に聞かれたら、何事かと思われる」
「それなら……、ランディス様?」
「ああ……、うん。取り敢えずそれで良いか。何?」
そう問われたリディアは、気合いを振り絞って問い返した。
「一体どうされたんですか、その格好は。失礼を承知で申し上げますと、まるっきり庶民にしか見えませんが?」
「一応、周囲に溶け込むための外出着なんだが……、そんなに変かな?」
「いえ、良くお似合いです。寧ろ、違和感が無いのがおかしい位です」
少々自信なさげにお伺いを立ててきたランディスに、リディアが断言すると、彼は安堵したように笑った。
「こう見えても王都内だったら、結構こういう格好で出歩いているんだよ? さすがに王太子である兄上は無理だけど、私はかなり大目に見て貰っているから」
「そうですか……。あの、それでは失礼します」
(そう言えば、待ち合わせ時間! 驚いている間に、過ぎちゃったと思うんだけど!?)
王子殿下に構っていられるかと、一応断りを入れてからリディアがキョロキョロと周囲を見回し始めたが、ここで躊躇いがちの声がかけられる。
「あの……、リディア?」
「何でしょうか? 道に迷われたんですか? 大変申し訳ありませんが、私本日は休暇でして、加えて人と待ち合わせをしている最中ですので、道案内はできません。近くを巡回する黒騎士隊の者に、尋ねて貰えないでしょうか?」
「いや、道を聞きたいわけではなくて……」
「それなら何でしょう?」
「…………」
視線を微妙にランディスから外し、その背後に向けたままリディアがまくし立てたが、何故か彼は何か言いかけて押し黙った。
(何なの? さっさとはっきり言って欲しいんだけど)
密かに苛つきながらリディアが次の言葉を待っていると、ランディスが漸く口を開く。
「その……、君の待ち人は、もうここに来ているんだ……」
「え? もうラスマードさんがここに? ご挨拶しないと! でも誰?」
そして慌てて周囲を見回したリディアだったが、すぐにおかしな事に気付いた。
「あら? でもどうしてランディス様が、私がラスマードさんと待ち合わせしていると、ご存じなんですか?」
視線を合わせながら、心底不思議そうにリディアに言われて、ランディスはぼそぼそと真実を述べた。
「だから……、私が、そのラスマードなんだ……」
「はい?」
「…………」
そしてその場に再び沈黙が満ち、少ししてから溜め息を吐いたリディアが、窘めるように言い出す。
「ランディス様……。アルティナ辺りから、私が今日待ち合わせする予定だと、お聞きになりましたね? それでからかうおつもりで声をかけるとは、少々悪趣味で」
「違う! 本当に私がラスマード本人なんだ! その……、今まで黙っていて、本当に悪かった!」
(これって……、私がラスマードさんに書いた手紙……)
最初全く信じなかったリディアに向かって、ランディスはポケットから一通の開封した封書を取り出し、それを彼女に差し出しながら勢い良く頭を下げた。それを反射的に受け取ったリディアは、中身を確認して血の気が失せる。
「うえぇぇっ!? ほっ、本当にラスマードさんが、ランディス殿下!?」
今度は絶叫と言える叫び声をあげた為、広場中の視線が一斉にリディアに集まった。それを見たランディスが、さすがに狼狽して彼女の手首を掴みながら駆け出す。
「だからリディア! 騒ぎにはしたくないから、頼むからこっちに!」
「はっ、はいぃぃっ!! もっ、申し訳ございません!!」
半ば彼に引きずられるようにしながら、リディアは駆け出して広場から抜け出して大通りを走った。
(ちょっと待って、お願い、どういう事!? 本当にラスマードさんがランディス殿下!? 当然、手紙を仲介してくれていた王妃様は、ご存じだったのよね!?)
そんな纏まらない考えを巡らせながら、少しの間街路を駆け抜け、二人はこじんまりとしたカフェに入った。
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