(11)襲撃の理由
「アルティナ、手加減しなくて良いからな!」
「がはっ!」
「分かってるわ! 正当防衛よね! 全力でやらせて貰ってるわ!」
「ぐあっ!」
「勿論だ!」
自分には手加減するなとは言いながら、ケイン自身はあくまで連中を捕らえるのを目的としているらしく、致命傷を与える事はせず、関節や急所から微妙に外した所を斬り付けたり殴打しているのを見て取ったアルティナは、相手を怯ませるようにやる気満々に見せながらも、彼と同様余裕で相手をあしらっていた。しかしやられている方はたまった物では無く、特に素人の女連れと完全に侮っていた事もあって、大して時間が経過しないうちに顔色を悪くする。
「げはっ! なっ、何なんだ、こいつら!?」
「普通じゃないぞ!」
傍目には容赦なく斬り付けられ、殴られ蹴られている連中は動揺したが、アルティナも内心では少々焦ってきた。
(そろそろ、巡回の近衛騎士が来ないかしらね? そうでなかったら、幾ら素人相手でも下手に手加減できないから、本気で全員死体にしないといけない状況なんだけど)
理由は異なるものの連中も焦ってきたらしく、中の一人が剣を振りかざしてアルティナに迫った。
「長引くと拙い! 騎士団の連中が来るぞ!!」
「取り敢えず、その絵だけ分捕れ!!」
「うおっと! 随分乱暴ね」
咄嗟に木箱を目の前にかざして防いだものの、箱に食い込んだ剣を男が引き抜きながら下に引き下ろした所で、木箱を括っていた紐を引っかけてそれが切れ、木箱が見事に街路に落ちた。
「馬鹿! 絵に斬りつけてどうする!?」
「本当よね!!」
「ぐわぁっ!」
仲間内で叱り付けた隙を狙って、素早く箱を拾い上げたアルティナが、それを一番近い場所にいた男の顔目がけて投げつける。その角がまともに当たったのか、その男は顔を押さえてしゃがみ込んだが、周りはそんな男には構わず、その衝撃で蓋が外れて剥き出しになり、街路に落ちた絵に目をやった。
「絵が!」
「おい、そんな事より中身は……」
しかし次の瞬間、男達の盛大な舌打ちと共にアルティナ達を罵る声と、近衛騎士の物とと思われる誰何の声が、その場に響き渡る。
「ちっ! 普通の絵じゃねぇか!」
「何だよ! 羽振りの良い商人かと思ったのに!」
「お前達! そこで何をしている!?」
「普通の下っ端貴族かよ! おい、ずらかるぞ!!」
「ちっ! たらたら歩いてんじゃねぇぞ!!」
「おい、ちょっとまて!」
そんな捨て台詞を吐きながら、一斉に逃走を図った男達を見て、アルティナは勿論ケインも呆気に取られた。
(え? 『普通の絵』って、どういう事? それに普通の貴族らしく、馬車で立ち去れば襲われなかったような台詞だったけど……)
意味不明な捨て台詞にアルティナは困惑し、黒騎士の何人かが連中を追っていった為、ケインも深入りせずに奪った剣を投げ捨てたが、そんな彼を認めた黒騎士隊の部下達が驚愕の顔付きで声をかけてきた。
「大丈夫で……、副隊長ですか!?」
「何をやってるんですか、こんなところで!」
「何をと言われても……、妻と一緒に休暇を楽しんでいたらろくでなしどもに絡まれて、絵と金を奪われそうになっただけだが?」
平然と言い返したケインを見て、部下達は全員うんざりした表情になった。
「それにしては、随分とご活躍されていたようで……」
「六人相手に、何をやっているんですか?」
「相手は七人だったがな。悪いが、これを処分してくれ」
「了解しました」
全く動じない上司からあまり質の良くない剣を差し出され、部下が色々呆れながらそれを受け取ると、ケインが独り言の様に呟いた。
「ところで……、この辺りも随分、物騒になったな」
それに周囲が瞬時に真顔になり、神妙に答える。
「申し訳ありません。最近この辺りの巡回経路と回数を、増やしていたところなのですが……」
「他の地域の巡回を、疎かにはできないしな。その辺は分かっている」
本当に独り言のつもりだったらしく、ケインが真顔で部下を宥める。するとここでアルティナが、控え目に問いを発した。
「あの……、最近この付近で強盗事件が増えているのですか?」
「はい。今年に入ってからは、その傾向が顕著です。未だに理由が、良く分からないのですが……」
(この前ケインに、そこまでは聞いていたわね)
それを確認してから、彼女は更に問いを重ねた。
「それらの強盗事件では、絵が盗られたのでしょうか?」
「え?」
「いや、それは……」
「ちょっと調べてみませんと……」
意表を衝かれた部下達が戸惑っているのを見て、ケインが彼女に尋ねる。
「アルティナ。何か気になるのか?」
「ええ、ちょっと……」
そこで言葉を濁した彼女に少々不思議そうな顔になりながら、立場上全ての報告書に目を通しているケインが、考え込みながら答えた。
「正確なところは分からないが。確か……、一割位は絵を盗られていたと思う。それから半分位は金や貴金属を盗られたが、周囲が騒いで何も盗らずに逃げて行った者も結構いたとは思うが」
しかしそれを聞いたアルティナが、思わせぶりに呟く。
「……本当に、何も盗られなかったのかしらね?」
「アルティナ、どういう意味だ?」
「まだ、はっきり言えないのだけど……」
そこで何やら考え込みながら言葉を濁した彼女を見て、ケインはその場で聞き出す事は止めて、次の行動に移った。
「それじゃあ屋敷に戻ったら、話を聞かせて貰おうか。それでは騒ぎを起こして悪かった。報告書は明日出勤したら私が書くから」
周りの騎士達にそう断りを入れると、彼の部下達が不思議そうに尋ねる。
「報告書については助かりますが、これから副隊長はどちらに?」
「家の馬車を待たせている、待ち合わせ場所まで行くつもりだが」
「それでは、また襲われたりはしないとは思いますが、念の為、二人付けます。待ち合わせ場所までお連れ下さい」
「そうか? 悪いな。それじゃあアルティナ、急いで行こうか」
「ええ、予定よりかなり遅くなってしまったわね」
そこで部下二人を引き連れて、ケインはアルティナと共に、薄暗くなってきた街中を待ち合わせ場所の広場に向かって歩き出した。
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