(5)王妃様からのご下問
勤務中に隊長室へ呼び出しを受け、ナスリーンから開口一番告げられた内容に、アルティナは少々怪訝な顔になった。
「アルティナ。急で申し訳無いけど、明日のシフトを変更して欲しいの」
「はい、それは構いませんが、どう変更になるのでしょうか?」
「あなたは明日、後宮入口の警備担当でしたが、王妃陛下の私室担当になります」
「了解しました。ただ急な変更の理由をお伺いしても、宜しいでしょうか?」
何気なく尋ねたアルティナだったが、何故か白騎士隊を統べるナスリーンも、困惑顔で返してくる。
「それが……、申し訳ないけど、私にも正確なところが分からないの。王妃陛下付きの上級女官から、『王妃陛下が明日の私室警護者をアルティナ・シャトナーにして欲しいと仰られている』と連絡が来たものだから。心当たりはありますか?」
逆に問い返されて、アルティナは即座に首を振った。
「いえ、全く」
「そうでしょうね。リディアだったら王妃陛下のお気に入りで、これまでに何回も指名は受けていましたが。本当に、どういう事かしら?」
そのまま考え込んだナスリーンを、アルティナは笑いながら宥めた。
「一応、お尋ねしてみただけですから。とにかく、明日勤務してみれば分かりますし」
「そうですね、お願いします」
「ところで隊長。お伺いしますが、一昨日アトラス殿が王宮にいらっしゃいましたよね?」
この二日間何となく気になっていた事を口にすると、ナスリーンは少し驚いたように返した。
「顔を合わせたのですか?」
「はい。偶然、外宮の執務棟付近でお会いしまして。陛下と騎士団長と面会するとお伺いしましたが、その後騎士団内でアトラス殿の噂を聞きませんし、一体何の用で出向かれたのかと思いまして」
「それに関しては、私も知りません。団長とアトラス殿の間で、何やら話をしているみたいですが……」
「そうなのですか?」
「ええ。王都内に宿を取って、長期滞在するらしいのは確かですが、団長からは何も伝わってこないので」
(それならあの時、隊長が私の手を借りたいとか何とか言っていたのは、どういう意味だったのかしら?)
不思議に思ったものの、何やら考え込み始めたナスリーンを見て、アルティナは恐縮気味に頭を下げた。
「余計な事をお尋ねしました。それでは他にご用が無ければ、勤務に戻ろうかと思うのですが」
「そうですね。下がって構いません。明日は宜しくお願いします」
その時は軽い気持ちで引き受けたアルティナだったが、翌日、勤務開始早々、困惑する事となった。
「ご苦労様です。アルティナ殿、王妃様があなたに少々お尋ねしたい事があるので、奥にお入り下さい」
通常であれば、王族のプライベートエリアには軽々しく足を踏み入れず、その出入り口付近に設けられている待機所で、人や物品のチェックをする筈が、その日ペアを組んだシアと出向いた直後にそんな事を言われて、アルティナは本気で戸惑った。
「ええと……。今は一応、勤務中なのですが……」
そう言いながら困り顔でシアの様子を窺ったが、予想に反して彼女は笑って頷いた。
「持ち場を離れても大丈夫よ。私や他の人も、これまでに庶民の生活とかについて、王妃様からお尋ねされた事があるの。その時は交代で警備していたから」
「そうですか? それでは行って来ます」
「ええ、気にしないで」
そして笑顔のシアに見送られ、王妃付きの上級女官に先導されて進みながら、アルティナは考え込んだ。
(そういえば入隊以後、殆ど王太子妃の警護にかかり切りになっていて、王妃様と顔を合わせたのは、入隊直後に挨拶に出向いた時だけかも。何を聞かれるのか分からないけど、失礼の無い様にしないと)
そんな風に密かに気合いを入れているうちに、アルティナは王妃の私室に到達した。
「王妃様、アルティナ殿をお連れしました」
上級女官が主であるカレリアに報告すると、豪奢な椅子に座っている彼女は、老境に達しかけているとは思えない、張りのある表情と声で答えた。
「ありがとう、ジーナ。それからアルティナ、お仕事中にごめんなさいね? でもわざわざ呼び立てるよりも、この方が目立たないと思ったものだから」
「それは構いませんが、そうなると王妃様は私に、個人的に尋ねたい事がおありなのですか?」
「ええ、実はそうなのよ……」
「……それでは、御前を失礼致します。ご用の際はお呼び下さい」
若干困った様にカレリアが応じてから目配せすると、心得たジーナは余計な事は言わず、一礼して隣室へと去った。そして二人きりになった室内で、カレリアがアルティナに、目の前の椅子を勧める。
「それではアルティナ。そちらに座って、楽にして頂戴」
「はい、失礼します」
そして神妙に椅子に座りながら、アルティナは素早く考えを巡らせた。
(王妃様が、わざわざ私に聞きたい事って何かしら? アルティンとして近衛騎士団に在籍していた時期も含めて、個人的な接点は殆ど無かったけど)
しかし全く分からずに彼女が内心で困惑していると、カレリアが申し訳無さそうに口を開いた。
「それで、あなたに聞きたかった事ですけど……。一昨日、リディアと喧嘩でもしたのかしら?」
「……はい?」
完全に予想外の内容だった為、アルティナが固まっていると、それを変な風に誤解したらしいカレリアが、益々恐縮気味に言葉を継いだ。
「個人的な事に立ち入ってしまって、本当にごめんなさいね? でもリディアが昨日こちらで勤務していた時、妙に塞ぎ込んでいたから気になってしまって。一緒に組んでいたアレーナに聞いたら『昨日非番で、アルティナと一緒に出かけて、寮に戻って来てからずっと様子がおかしい』と言っていたものだから……。勿論、個人同士の諍いに、私が口を挟んでどうこう言うつもりは無いのですよ? 一方的にどちらが悪いと、断定するつもりもありませんし」
「あの……、リディアの様子がおかしかった原因は、私と喧嘩したわけでは無く、本当の理由も知っていますが、極めて個人的な話ですので……」
カレリアが誤解しているのは分かったものの、一昨日の騒動はあくまで個人的な事であり、どこまでどう話して良いやらとアルティナが冷や汗を流していると、カレリアが更に予想外の事を言い出した。
「ひょっとしたら……、彼女の様子がおかしかった事には、絵が関係していないかしら?」
それを聞いたアルティナは、本気で驚きながら反射的に答えた。
「王妃様!? どうしてお分かりになるんですか!?」
「え? まさか、本当にあれが気に入らなかったの?」
「いえ、もの凄く気に入っていたから、あれだけ落ち込んでいるのですが?」
「はぁ?」
そこで二人は少しの間困惑した顔を見合わせたが、カレリアが軽く咳払いしてからアルティナを促した。
「……これはどうやら、お互いに事実確認が必要のようね。アルティナ。個人的な事だとは思いますが、あなたが知る限りの事を話して貰えないかしら? その後で私も、わざわざあなたを呼び出した理由を説明するわ」
「……分かりました」
そこまで言われて拒否できる筈も無く、正直に言えば絵を台無しにした連中の傍若無人ぶりにはかなり腹を立てていた為、アルティナはこの二日誰にも言わずに溜め込んでいた鬱憤を晴らすが如く、落札した絵画の受け取り時に発生したトラブルについて、憤慨しながらカレリアに荒いざらい報告した。
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