第14話 Prototypeの正しさ

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 先程の広場から離れた平地にクラウソラスとヤマトタケルは、ブーストを用いた高速機動のままになだれ込んだ。距離を開けて睨み合う二機。

 ここまでは狭い路地であり逃げるルートが限定されていた為、格闘機であるヤマトタケルは比較的クラウソラスに対して有利があった。

 狭い空間では接近戦になりやすいからである。その距離では強力な砲は使いにくく後退しにくいからでもある。

 しかしこれに対して、由良は背面を進行方向に向けたバックブーストと隙の少ないマシンガンによる斉射を続け、寄らせる事をしなかった。

 バックブーストは背面が見えない為、障害物にも当りやすく転倒もしやすい機動であったが由良はこれをこなした。

 辿り着いた平地ではどちらに有利が有るとも言えない局面。

 互いに決定打に欠ける状況。


 そんな中で先に動いたのは――ヤマトタケル。

 高機動型の利点を生かし、由良の周囲を回るようにブーストを使い移動しながらソードライフルを射掛ける。時には肩から拘束用のビームアンカーを撃ち出してくる。


 その動きはこのゲームを知る者が見れば、確かに利には適っていたかもしれない。牽制で相手の動きを封じ、格闘を狙おうという格闘機のセオリーに則していた。

 実際、射撃の手玉で劣る多くの格闘機が射撃を主体とした機体と戦う際にはそうした行動を取る事が多い。無理に接近を図っても蜂の巣にされてしまうからだ。それはいくら鉄の装甲に身を包んでいても、生身よりは耐えられるというだけで大きくは変わらない。


 セオリーを踏んだ手堅い行動――しかし、由良の見解は違っていた。


 (やはり、格闘戦は仕掛けて来ないか)

 攻撃を躱しながら、由良は思った。

 先程から対面から感じる雰囲気にはこれ以上、接近を図る意図を感じないのだ。試しに由良の方から接近を図ってみると、相手は後退していく。


 それは手堅さや慎重さよりも――臆病さを感じさせた。

 クラウソラスとヤマトタケルの性能差を考えれば、格闘戦に強引にでも持ち込んでしまった方が早期撃破を狙える筈である。


 それを見て、由良の唇は歪む。

 (思った通り、先日の敗北はまだ堪えているか――)

 最初の初戦、由良は相手に勝利した。

 それこそ本当に手痛い痛みを負わせて。

 恐らくは痛みを負ったのは感覚だけではない筈だ。

 心もまた――


 先日――由良は性能差から来る強引な接近からの大剣による攻めを回避、マシンガンを噛ませ斬撃を受け止めてから、関節にナイフをねじ込んで腕を破壊したのだ。

 鉄の面とは言え、由良には痛みと性能差を覆された衝撃に相手の顔が歪んだように見えた。

 そこから更にハンドガンを顔に押し付けて連射して撃破したのだ。

 その時の痛みと怖さが、まだ抜けていないだろうと踏んでいた。

 (性能差に胡坐を掻くからそうなる――)

 最初に由良と真音の機体を見た相手は思った筈である。

 これは圧勝できる、と。

 真音の動きはまだぎこちないし、何より性能差があるのだから。

 ――負ける筈が無い。

 だからこその強引な攻め手。

 (お前達はどうして――)

 由良は思う。なんで人間はそんな優位ひとつで、簡単に傲慢になれるのだろうと。

 誰だって戦うのは怖い。

 勝負をすれば負けるかもしれないから。

 悔しい思いをするかもしれないから。

 由良だってそうだ。バトルを始めた頃はいつだってそうだった。

 それでも戦った。

 怖くても前を向いて、怖いからこそ前へと踏み出した。

 何戦も続けていく内に相手も同じだと知った。

 互いにそうなんだ。そう知った時から、由良はそんな戦いを尊いと感じるようになった。

 互いに怖くても全力で向き合い、持っている全てを出し合うからこそ勝負は白熱し、例え敗北してもその戦いは大きな経験となる。より強くなっていく事が出来る。時として相手と言葉を超えた共感を覚える事もあった。


 ――いい試合をありがとうございました。また、勝負しましょう。


 だからこそ何をしても勝てばいい、という考え方の虚しさも知った。

 勝ったとしても勝てただけ。強くなった気もしない。

 次にまた戦いたいなんて思わない。

 由良は自分が勝てればそれでいいとは、思わない人間なんだとも思った。

 きっと、それはそんなに悪い事では無い筈だ。


 けれど――時代は変わった。


 個人の努力や趣向よりも、ただ性能が求められるようになった。

 ただ、ただ勝つ為に性能を追い求める相手ばかりになった。

 そんな相手の多くとの戦いは乾いていた。

 乾いているだけなら良かった。

 由良が感じたのは、相手にバトルを通して公に相手を踏みつける事の出来る快楽の為なら何でもする。性能差も積む、それが勝負として正しいから。何より自分が踏みつけられたくないからという、酷く身勝手とも思える臆病さにも似た陰鬱な傲慢さだった。


 (なんで戦いたいと思う――!)

 近づいて来ない相手に対して、昨日入手した背部の対物砲を取り出して構える。

 火力はあるが足を止めなければ撃てない対物砲は、高機動型には隙を晒すだけだ。しかしそれはあくまで、相手が高機動と高火力を生かしてきた場合だ。

 格闘型であるヤマトタケルには高火力の射撃武器は無い。高火力が出るのは大剣による接近戦だけだ。

 だからこうした対物砲を撃つ事も出来る。

 由良の対物砲を見て、更に離れようとする相手に連射する。

 放たれた弾丸の内のひとつがヤマトタケルの肩に直撃。その部分にあったビームアンカーの射出口を破壊した。

 先日の敗北を受けて、相手なりに対策は立ててきたのだろうと由良は思う。

 接近戦で由良に勝てないなら、射撃戦に持ち込む。

 射撃戦だけで出来るだけ勝つ。

 それは決して間違ってはいない、だが――


 (――接近を考えない格闘型に何の脅威がある!)


 装備の破壊を見た由良は対物砲を捨てて、小盾を構えながら接近する。接近戦に重い対物砲はデットウェイトになるだけだからだ。

 相手はライフルを連射するが、ほぼ当たらない。

 僅かな被弾もクラウソラスの両腕に装備された小盾に阻まれて、致命打にならない。

 目の前に迫った由良に大剣を振り下ろすが、微かに小盾で軌道を外らされていなされた。まるで最初からその斬撃の軌道が読めていたかのように。

 先日もそうであったが由良には――実の所、最初からヤマトタケルの大剣の軌道は殆ど読めていた。

 それには理由があった。

 ドールは感覚を持ち込んだものだ。だからこそ意のままに操れる。しかしそうして考えた時、全体的に細身であるヤマトタケルにライフルを兼用した大剣が現実的な話として自在に振り回せるものなのだろうか?

 答えは否である。

 剣の達人なら分からないかもしれないが、訓練もしていない一般人には無理に近いだろう。大剣を振れば、機体はその重量の前に大きく振り回される事になる。また無理に振れば、関節にも負担を掛けて痛める事にも繋がるだろう。

 しかしゲームでは、ヤマトタケルはそうはならない。

 それは何故か?

 実はヤマトタケルは大剣を振る方向は、あらかじめ機体に備わったパターンにより決まっているからである。それも関節に負荷が極力掛からない方向に。

 対戦相手はほぼ全ての行動をマニュアルで操作している由良のクラウソラスとは違い、大剣を振る際はパターンを選び、半ばオートで攻撃している状態なのである。その際は斬撃の終了まで姿勢制御も行なわれる。

 だからこそヤマトタケルが、普通の人間でも大した訓練も無しに大剣を軽々扱う事が出来るのである。

 しかしその事が逆に由良のような手慣れた相手には、簡単に攻撃を読まれる事にも繋がっていた。皆が同じパターンで動いているからである。それでも現状、対処出来ない相手には強力ではあるのだが。

 この時もそうだった、由良には分かっていた。先日は確実に止める為にマシンガンを犠牲にしたが今回はその必要も無い。

 「――堕ちろ」

 大剣を躱し完全に相手の懐に入り込んだクラウソラスが、後ろに左腕を翳してから大きく突き出す。それと同時に小盾に装備されたブレードが伸びる。まるで杭打ち機のように。

 その刃はヤマトタケルの胴体に突き刺さり貫通した。

 「――!」

 身体に刃をねじ込まれて、言葉無き声を発する相手。

 「終わりだ――」

 マシンガンと持ち替えた右手のナイフで頭部を一閃、更に蹴り飛ばす。

 大きく顔に傷を負った相手は、糸の切れた人形のように吹き飛ばされて倒れた。


     ◇


 (やったか?)

 広場に倒れ込んだヤマトタケルを離れた所から見下ろす由良。

 相手はまだ、消えてはいない。

 それはこのゲームの判定では未だ戦える事を示していた。

 しかし、これほどのダメージを負えばサレンダーする事も少なくは無い。

 冷静に考えればここからの逆転は難しいだろう。

 意識はまだあるのだろう、だから安全保持の為の強制ログアウトはさせられていない。それでも、かなりの痛みがある筈だ。

 相手には動く気配は無い。


 降伏を迷っているのか、あるいは――


 意を決して、由良は相手に近づいていく。

 相手の右手が握ったままの大剣が届く距離まで近づいた時だった。


 ――その大剣が大きく振り上がり、クラスソラスに迫った。


 由良には相手が嗤ったように思えた。

 ――莫迦め!


 「この莫迦野郎――!」

 由良はその大剣を自身に刃が届く前に避けた。

 そして倒れたままの相手にマシンガンを向ける。

 掃射――相手の機体が穴だらけになる。


 なんで、なんでそんな事をする――!


 由良には分かっていた。分かっていた。

 おぼろげに相手はこうするかもしれない事に。

 マナー擦れ擦れの奇襲。

 昔から追い詰められた相手がこうした手段を取る事は少なくなかった。

 気持ちとしては分からなくもない。


 だとしても、それは――見苦しい行為でもあった。


 互いに本当に相手と向き合った戦いならこんな方法で勝っても嬉しくは無いし、その戦いを汚すだけ。見ていた周囲からも醒めた目で見られるだけ。

 それにこんな事をするのは大体、始めたばかりのマナー知らずの初心者かつ、大差のあった試合の時だ。

 コイツは初心者なのか?

 いや、違う。一定以上はゲームをやり込んだ相手だ。だから勝てる機体や相性も知っている。

 それでもこんな事をする。

 こんな事しか出来ない。

 こんな事しかしない。

 フザケルナ。


 ――人間は汚い。


 昨日、オロチを相手にした時に感じた想いが甦る。

 全くフザケテいる。

 力を振りかざして、体のいい言い訳を翳して他人を勝負事だからといって傷つけて。戦えば傷付くのが戦いでも、より深く相手を傷つけていい理由にはならない。

 それでもコイツラはする。

 自分の快楽の為に、相手に舌を出して欺く。


 その癖、臆病だ。

 その事でこうして性能を生かせずに敗北した。

 昨日の機械のオロチなら先日の敗北から来る恐怖なんか無いから、こんな作戦は通じなかった。


 ――何も、何も感じない機械より酷い。


 ――キエロ。


 蜂の巣となり時折、痙攣するように震えるヤマトタケルにその機体が強制ログアウトするまで更にマシンガンの弾丸が撃ち込まれた。周囲に吐き出された薬莢が散る。

 いつしか赤く染まったクラウソラスの相貌を見た者は、ここにはいなかった。

 鉄の仮面の下、由良の唇は歪んでいた。


 「真音の所にいかないと――」


 由良がその事を思い出すには、些かの時間が必要だった。

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