第10話 ALL-WAYS
バトルスタート――そのアナウンスと共に戦いの火蓋が切って落とされた。
まずは、オロチの先制。
クサナギが全て射出される。
それらが不規則に軌道を変えて、クラウソラスに襲い掛かる。
その様はまるで、意思の宿った刃が空を奔るようでもあった。
「――!」
由良は背部のブースターを吹かし、全速でその場から離脱する。
次の瞬間には刃が、その場を通り過ぎた。
九つの刃を躱す為に、由良は試験場の柱の背後に回る。
柱に追って来た二本のクサナギが突き刺さる。
だが――残りのクサナギが柱を回り込んで由良を囲う。
「ちっ!」
咄嗟に右にステップ。それで大多数を躱す事が出来たが、その内の一本が持っていたマシンガンを貫く。真っ二つになったマシンガンを手放す。
柱の影から飛び出す由良。
ミサイルならば躱せば終りだが、クサナギは違う。
壁や地面に刺さったものが、引き抜かれ再びこちらを追尾してくる。
しかも、オロチの攻撃はそれだけでは無い。
本体からもソードライフルの銃撃が飛んで来る。
これらの攻撃を由良は、紙一重でも躱し続けなければならない。
圧倒的なクサナギの攻撃の前に、通常の武器しか持たないクラウソラスには反撃の目は無かった。
以前にも類似した武器はあったが、追尾精度の桁が違う。
恐らく、クサナギを制御するOSが改良されているのだろう。
逃げ回る事しか出来ない、一方的な戦い。
――これ程の性能がバトルに必要なのか?
由良は自社からオロチも含めて〝新商品〟が出る度にそう思う。
数年前にブレイド社が発売した〝新商品〟は強力だった。
それまでの汎用性を重視した造りでは無く、本体のスペックもさながら武器をエネルギー兵器に統一する事で火力もあった。
以前から考えられてはいたそのコンセプトは、他社では販売費用の問題から実現出来なかったものだった。
それをブレイド社が安価で実現したのだ。
この事を皮切りに他社もこぞって類似の、あるいは性能を追求した機体を販売するようになった。
バトルは加速的にインフレを始めた。
その性能やスペックは由良がこれまで戦ってきた様々な人の戦術を、戦い方を、容易に塗り潰していった。
所詮、戦いは武器の性能が勝敗を大きく分ける。
持たざる者、使わざる者達が消されていく。
こうして『your enemies』はその多くが高機動、高火力の画一色の戦術に染まる事になった。
そこに個性など無かった。
――ただ勝てばいい、という効率主義の前にはどうしても勝てないからだ。
その事でゲームから去った人もいる。
器用に乗り換えた人もいる。
しかし〝新商品〟は次々と発売され続けている。
持つ者は、使う者は嗤う。
使わざる者を、持たざる者を。
勝てないのに何故、使わないのだと。
使えない?
それはお前が不器用なのだと、嗤う。
そこに個性に対する許容など無い。
何故、勝てる方法を取らないのだと嗤う。
〝新商品〟は次々と使い捨てられる、ゴミのように――その価値を失えば。
企業は作り続けるだけ、利益を得る為に。
本当の勝者は誰なのか?
お父さん、どうして――
クサナギと本体からの攻撃を、幾度も躱し続けたもののクラウソラスは満身創痍だった。
マシンガンを失い、左手のシールドを喪失。顔を覆うバイザーにもヒビが入り、全身の装甲には幾重もの傷が奔る。右の肩にはクサナギの内の一本が突き刺さっていた。
感覚を共用しているが故に、由良自身が切り裂かれ、肩を刃に貫かれたような痛みを覚えていた。
それに対してAIが操作するオロチは殆ど無傷であった。
オロチの顔を覆うバイザーに無機質な光が奔った。
応じるように、数本のクサナギがクラウソラスに襲い掛かる。
機体に飛び掛かる瞬間、由良が左手で大腿部に装備されたハンドガンを引き抜くと連射した。
その内の何発かが当り、二本のクサナギは堕ちる。
何度も回避を続けたが故に、ようやくその軌道を捉える事が出来た。それも由良の卓越した技量あっての芸当だった。
しかしそこにオロチからの銃撃が飛び、左手に直撃。
「くうう――!」
左手の装甲がひしゃぎ、その手からハンドガンが弾き跳ぶ。
左腕が焼けるように痛い。思わず膝を着く。
更に残りのクサナギが上空から迫る。
この攻撃が直撃すれば、クラウソラスの撃破は免れず、由良は仮想とはいえ激しい痛みを全身に覚えるだろう。
「由良ちゃん!」
ここまで固唾を飲んで、勝負を見守っていた藤岡が顔を歪めて叫んだ。
お父さん、どうして――
自身に飛んで来る刃をボンヤリと見つめて、由良は思う。
由良が幼い頃、父が以前から繋がりのあった技術者と共に会社を立ち上げた時には、こんな機体を製作する技術はあっても製作される事は無かった。
元々、大手の下請けとしてネットのプログラムを製作していた父の会社は、ある時期に独立した。
『your enemies』のドールの製作を軸に据え、ロボット好きの父と同じ趣味を持つ技術者達の技術力は高く、すぐさまブランドになる機体を開発、販売した。
それがクラウソラスに代表される〝ブレイドシリーズ〟と言われる初期機体であった。
コンセプトは高い汎用性を持ちながらも、本体の基本設計を生かした運動性の優れた機体。
これらはその特性から、派手さはないものの換装性から来る装備の幅、プレイヤ―の技量が高くなる程に発揮される追従性を獲得していた。
プレイヤーの成長に応える事の出来る機体でもあった。
小さい頃、母と会社に訪れていた由良はロボット好きな父や周囲の人に囲まれて、同じようにロボットを好きになった。
やがてプレイヤーとして適正があった由良は、会社のテストスタッフになった。
〝ブレイドシリーズ〟の市場での評価は新参の企業としては良かったのだが――然程、大きな利益とはならなかった。
初心者から上級者まで受け入れる事の出来たこのコンセプトは、分かりやすい〝強さ〟を持っていなかったからである。
この事は新参の会社に於いては大きな痛手となり、経営は苦しくなった。
それと同じくして、母は大病を患った。
延命するには多額の費用を要するのだが、その時の家計では手術費を捻出は出来なかったのだ。
由良も父も、その事を酷く悲しく思った。
愛する家族の為に、どうする事も出来なかったのだから。
会社を畳むべきか、父は悩んだ事を由良は知っている。
しかし――会社の人達の為に、愛する家族の為に、自分の運命を母は微笑んで受け入れた。
やがて、母は亡くなった。
それから、父は変わった。
それまで開発していた〝ブレイドシリーズ〟とは違う、分かりやすい強さを持った機体を製作、販売するようになったのだ。
これらは市場から高い評価を受け、大きな利益を出した。
けれど、その頃から父は家には帰らなくなった。
会社に赴いても、忙しくて顔を合わせる事も出来ない。
すれ違いの日々が続く。
変わったのは父だけでは無かった。
会社でも父のやり方に反発した人達が去って行った。
藤岡はそれでも残ったスタッフのひとりだった。
由良の世界は変わった。
苦しい経営ながらも笑う父と母、ロボット好きのスタッフに囲まれていた日々は遠ざかる。
あの頃は楽しかった。
ロボットが好きになって。父やスタッフの造ったドールに触れて。適正が出てからは、みんなの力になりたくて、テストスタッフになって。
少しでも上手く、強くなりたくて昔のロボットを調べた。ゲームもした。ドールを上手く動かす為に身体を鍛えたり、武道もしてみた。
ただ、ひたむきだった。
ただ、真っ直ぐだった。
そんな日々は、もう何処にも無い。
ただ、それでも同じ家族である筈の父は自分とは向き合ってはくれない。
東京の実家では、いつもひとりだった。
――家族である筈なのに。
迫るクサナギを見つめるクラウソラスの相貌が罅割れたグリーンのバイザーの奥で――赤く光った。
クサナギが突き刺さる――
――クラウソラスのいた筈の地面に。
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