第9話 カタラレズトモ

 兵装を試し終えた後も、薄暗く無機質な試験場に由良の――クラウソラスの姿があった。

 そこにはクラウソラスの他に姿は無い。

 それにも関わらず武装を装備し、52ミリのマシンガンを構えたクラウソラスには張り詰めた雰囲気があった。

 周囲を見渡しながら、試験場の中を慎重に歩を進めていく。

 一歩踏み進める度に、鉄の人形の重い足音が辺りに響く。

 そこには一機の影しか無く、一機の足音しか無い――否、否、クラウソラスの背後の柱の裏に己の影を隠した〝それ〟はいた。


 〝それ〟の姿は由良には見えない。レーダーに反応することも無い。

 まるで幽霊のような存在である〝それ〟は柱の影から出ると、クラウソラスの背後を付ける。足音はしない。

 腰から鈍く光るヒートブレードを引き抜く。加熱された刃が赤みの色を帯びていく。徐々に、だがしかし確実にクラウソラスに迫る。


 〝それ〟は――ブレイド社の時期発売予定の新型ドール〝ツクヨミ〟であった。

 敵のレーダーを阻害するジャマ―と、周囲の景色を取り込んで映す事で、カメレオンのように姿を消す事の出来る光学迷彩が施された特殊装甲を纏う機体。足に消音器を搭載している為に、足音もしない。

 その特殊性故に、武装は両腰のヒートブレードと腕に備え付けられた機関銃に限られるが、レーダーに捉えられず視認も出来ない事から、対戦に於いては大きなアドバンテージを得られる事を期待されて開発されたドールであった。


 ツクヨミが遂にクラウソラスの背中まで後、僅かという距離に迫る。

 ブレードをいつでも刺突できるように構える。

 ヒートブレードの過熱された刃が、いっそう獰猛な輝きを放つ。


 このまま気が付かなければ由良は――

 ――不意にクラウソラスが足を止める。


 そしてマシンガンを構えたまま足を軸にしてスラスターを吹かし、戦車の行う超信地旋回の如く回転する。

 同時にマシンガンをフルオートで発砲。水平にのみではあるが、周囲に弾丸が撒き散らされる。

 その殆どが壁や柱に着弾する。


 しかし、その内の一発がツクヨミを捉えた。


 それだけでは撃破には至らないのだが、由良にとっては十分であった。

 「見つけた――」

 不自然に弾丸が着弾した何も無い筈の空間へ、振り返りながら銃口を向けて掃射する。

 自身の位置を察知された事を察したツクヨミは回避を試みたが、間に合わなかった。弾丸の嵐がツクヨミを襲う。

 被弾した部分の迷彩が剥がれ、ツクヨミ機体の外観が露わになる。

 白一色で染められた酷く線の細い機体。そこにジャマ―を搭載した翼のような巨大なバインダーを背後に装備している為か、アンバランスさが際立っていた。

 まるでコウモリの様だ、由良はそう思った。

 細工を施した特殊装甲は通常の装甲に比べて薄く、容易にライフル弾が貫通し内部に大きなダメージを与える。なんとかダメージを押さえようとツクヨミは両手でボディを覆うが、そこにクラウソラスがマシンガンのアンダーバレルに備えられたグレネードを撃ち込んだ。

 弾頭が直撃し、大きな爆発を起こす。

 これには耐え切れずツクヨミの両手は破壊され、破片を撒き散らしながら吹き飛ばされた。地面に倒れ込んだツクヨミに立ち上がる気配は無い。

 決着――クラウソラスの勝利であった。



 「由良ちゃん〝ツクヨミ〟はどうだい?」

 「そうですね。コンセプトとしてはアリだとは思いますが、汎用性は低いですね。タイマンにしても集団戦にしても、相手の不意を突かねばならない機体ですから。不意が突ければ決着は早いですが、失敗すれば撃破されるのも早い――極端」

 「やはりそうか……需要はあると思うかい?」

 「あると思いますよ。完璧に立ち回れれば、やり取りを無視し完勝できますから。ただその事に特化してますね、この機体。換装性も無いように見えますが」

 目の前に倒れる中破した異様に胴体の細い機体を由良は見下ろす。

 由良の見立てでは背部のバインダーと足の消音装置、それと運動性を保つ為に装備できる物は殆ど無い筈だ。

 姿を消して接近するのに、機体が重くては意味が無いからだ。

 せいぜい積めるのはナイフやソード、隠密性を生かすならスナイパーライフル程度か。

 その装備の少なさや、火力の低さを考えると短時間で決着の見込める少数の対人向きだろう。多くのエリルと戦うCPU戦には不向きである。

 「厳しいけれど、的確な意見だね」

 ツクヨミとの戦闘後、由良と藤岡は自社の新製品についての意見を交わし合う。


 ツクヨミとの戦闘はAIが機体を操作した、テストの為の模擬戦であった。


 「最近はやはり、こうした対人向きのコンセプトばかり開発されてますね」

 「需要はそちらの方が多いからね。『your enemies』は基本的には対人で賑わっているから。やはり人間同士で戦う方が盛り上がるのかな?いやでも、僕自身が需要を元に開発していて思うのは、これは相手とのやり取りを楽しむというより――」


 「――相手の勝つ事〝だけ〟が目的になっている、ですよね」


 淡々とした声で由良が告げる。

 「やはり、そうなんだね。開発ばかりしていると、現場の雰囲気には触れる事が少ないから、それと無く感じていた事ではあるけど」

 藤岡は頭を搔いた。

 由良は思い返す。

 自身が一千万人を超える登録者のある『your enemies』の一対一のバトルであるコロシアムモードで、参加者の一割ほどしか存在しないSランクに到達するまでの事を。

 様々な対戦者がいた。


 ――ただ参加しているだけの人。勝てない事に苛立ち、のめり込むように戦ってもそれでも勝てない人。勝てなくても真っ直ぐに強くなろうとしていた人。弱者を嬲る事ばかりする人。才能の凄まじい化け物のような人。強さを傘に威張り散らす人。それなりに勝てればいいという人。勝てればいいという人。いい勝負をしたいという人――


 色々な人がいた。

 皆がゲームの中で戦っていた。星の数ほどの人間がいて、星の数ほどの戦いがあって。誰もが違う戦い方で勝負に臨んで。そこから、勝者と敗者が生まれていく。

 その中に由良もいた。

 戦った、そんな様々な人達と。

 様々な個性的な機体と。

 ドリルを付けた機体もいた。中にはミサイルだらけだったり、刃しか付いていなかったり、拳が大きいだけの機体もいた。銃だけの機体もいた。大きかったり、太かったり、細かったり。

 ランクをあるいはゲームポイントを、名誉を、プライドを賭けて、腕を競った――


 ――だが、そんなバトルも少しずつ様相を変えていった。


 「由良ちゃん……もう一機、戦って貰いたい機体がいるんだけどいいかな……?」

 ディスプレイのウィンドの藤岡が躊躇いがちに言う。

 「いいですけど、何か問題でも?」

 「これなんだけど……」

 その機体のデータが転送されてくる。

 開発中の試作機で名は〝オロチ〟--手にソードライフルと腰にソード。自動追尾の攻撃モジュール〝クサナギ〟を装備した機体。〝クサナギ〟は身体の大型のバックパックに装備されており、そこからミサイルの如く射出される。

 全体的には大型の機体の肩と背後に、三つずつ、合計9本のブレードがぶら下がる形で付いているように見えた。

 ただし、ミサイルと違うのはそれは刃の形をしており、追尾し相手を貫いた後で本体に戻る事であった。さながら、使用回数の無いミサイルのようである。しかもそれはパイロットの意思に応じて、ある程度は機動を変える事も可能であった。

 つまり、自動で追尾するミサイルのそれより機動が読みにくいのである。

 そんなバトルに於いて有利な装備を持ちながらも、本体の性能も高く、装甲や機動力と共に隙の無い造りであった。


 「これは……現状、主流である〝サウダージ〟を駆逐しかねないコンセプトですね」

 データに目を通した由良は呟いた。

 サウダージは高火力、高機動であるがオロチは高火力、長射程である。高機動により、決まった誘導の掛かるミサイルは振り切れても、それをコントロール出来るとなればサウダージには不利が出る。接近される前に、追い詰められ撃ち落とされかねないからだ。

 高性能なサウダージでも不利なのだ。更にスペックで劣る由良のクラウソラスでは厳しい事は明白であった。

 その事で藤岡も渋ったのであろう。

 「――いいですよ。やりましょう」

 由良は頷く。

 「本当かい!そりゃあ、由良ちゃんはSランクのランカーだけど、この性能差は流石に……」

 「この機体の主な開発主導者は父ですよね?本体の設計に父の癖があります」

 会社の設立から、会社に出入りしていた由良には機体の造りに見覚えがあった。

 「……お察しの通り」


 「――なら、いっそう負ける訳にはいきません」


 「分かったよ……」

 藤岡の言葉と共に試験場に、黒く塗られたオロチが姿を現す。

 その機体を由良は睨む。

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