第8話 クラウソラス
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日の沈み掛けた街で真音とさよならをして別れた後、由良は自室のあるマンションには戻らず駅の近くのオフィス街へとやって来た。
並ぶビル群の中のひとつへと、然したる迷いも無く入っていく。
そのビルの表札には『ブレイド社 神戸支社』とあった。
社員用の裏口のセキュリティーに手を翳す由良。手に埋め込まれた生体チップを通して認証され、入口のロックが解除される。
戸を押して入った後、エレベーターに乗りボタンを押す。
由良が目指しているのは、製作したドールやパーツを試験する為の専用のダイブコンソールのある部屋。
エレベーターを降り、廊下を歩いていくと幾人もの白衣の研究者とすれ違うが、この場には似つかわしくない制服姿の女子高生を見ても誰も咎めない。それどころか由良に対して軽く会釈をする。
彼らは知っているからだ。
由良が――ブレイド社の社長であり、代表取締役の白川社長の実娘である事を。
やがて目当ての部屋に着いた由良は、そこにいたひとりの研究員に声を掛けた。
「こんばんは、藤岡さん。今、コンソールは空いてますか?クラウソラスの――ドールの調整をしたいのですが」
「こんばんは、由良ちゃん。そろそろ来る頃だと思って待ってたよ。コンソールは空けてあるよ。後、幾つか試作のパーツもあるけど試しに使って持っていく?」
藤岡と呼ばれた中背中肉の白衣の研究員は、軽く手を上げて応えた。
「いつも助かります。機体の調整だけでは無く、パーツの提供までして頂いて」
由良が藤岡に頭を下げる。
「あんまり気にしないで。元々、由良ちゃんはウチの会社のテストスタッフな訳だしさ。それに今じゃブランドの初期タイプも余り見なくなったから、懐かしいよ。ウチの現在の主流は由良ちゃんも知っている通り、高機動高火力タイプばかりだしね」
「……そう、ですね」
「全く社長も何を考えているやら。確かに今のタイプは優秀さ。性能も何もかも。値段もそこそこで、誰が使ってもそれなりの強さを出せる。けれど換装性は皆無だから個性は無いし、そのうちリリースされる新型にはスペックも武器も劣る。そうなれば、少しでも強さを求めるプレイヤーは機体を買い換えるしかない。旧型を圧倒できる分かりやすく強い、パッケージされた〝新商品〟の登場だ。まあ、商売としては正しい訳だけど……」
藤岡が遣り切れないように頭を搔いた。
「父は…変わりましたから……」
由良が俯く。
「そうだね。会社を立ち上げて自社のブランドを作るんだって、みんなで意気込んでいた頃は、プレイヤーに長く使って貰えるような基礎設計が優秀で換装性の高い機体を作っていたからね。方向性はまるで真逆だ。そこまで変わったのも――」
そこで藤岡はハッとなった。
自分の目の前で俯く由良が、思い詰めた表情をしている事に気が付いたからだ。
「ご、ごめんね、由良ちゃん!君の気持ちも考えずに、つい……」
藤岡は慌てた。自分よりも二回りも歳の離れた、それも多感な時期の子の過去の繊細な出来事に、無神経に触れようとしてしまったのだから。
「いえ、いいんです……」
顔を上げた由良は笑った。
その笑顔がどこか痛々しいものに、藤岡には見えた。
(昔はもっと、無邪気に明るく笑う子だったんだけどな……)
もう一度、頭を搔いた。
密閉型のコンソールのシートに座った由良は、利き手とは違う左手の甲の皮膚の一部を捲る。
捲った皮膚の下にあるのは、生体チップに通じる金属のジャック。
そこにコンソールの脇から伸びるケーブルを繋ぐ。
通常ネットに接続するだけなら無線でも問題無いが、意識や感覚を繋ぐとなると有線である必要があった。
目を閉じると、由良はネットに接続する。
【ログイン】――そのメッセージと共に由良は夢を見るように、ネットへと潜り込んでいく。
ネットに繋がる僅かな間に、由良は寝ている時のように夢を見る。
いつも見る映像(ユメ)は、青い空とどこまでも続く広い海。感じる感触は濡れた砂浜と波の感触。それから柔らかい風。
何故、そんな映像を見て、これらの感触を感じるのか由良には分からない。
ただ、酷く懐かしく感じるだけ。
そうしてログインした後は、自身のネット上のログイン先であるブレイド社のサーバーを模したビルの形をした構造体の一室のドアを開き、コンクリートの壁に覆われた巨大な試験場へと入る。
【変異(シフト)】――そう、脳内に働き掛ける事で由良の身体はドールの鋼鉄の身体へと変わる。
その姿は七メートル程の鉄の巨兵。あるいは人形。
クラウソラス――幻想譚に登場する光る剣の名を付けられた、青い塗総の為された機体。
先程とは違い、視界は様々な計器の並んだディスプレイに変わる。
その目の捉える試験場は自身が巨大化した事もあり、先程までに比べれば大きさや広さを感じない。
自身の感触を確かめるように、機械の指を握る。生身に比べ、硬くて鈍い。
戦闘の為の無機質な身体。
いつも通り。由良は溜め息を吐く。
尤も排気された息が通る〝口〟はドールには無いが。
グリップを通して装備した砲を握る。七メートルのドールにとって80ミリの大口径とも言える対物砲(アンチマテリアルライフル)を。
それを鋼鉄の腕で脇抱えるようにして持つ。
自身の全長近くの長さがある事から、安定して持つ為に背中のバックパックから伸びるアームに連結していた。
視覚のディスプレイに浮かぶロックオンマーカーを視線で操作する。それに合わせて、腕が連動して動く。
マーカーにインサイトするのはターゲットである虫型のエリル。
「――ファイヤ」
引き金を引く。打ち出される砲弾。
強い反動とけたたましい轟音。マズルフラッシュ。
一瞬の後に、クラウソラスから離れた所に静止していたエリルが粉々になる。
その後、今度は鳥形の飛行しながら不規則に動くエリルを呼び出して狙う。
まず一発。当たらない。
ロックオンマーカーを空中のエリルが動く方へと予想しながら置く。
二発、三発と連射。外す度に予想を修正。
四発が掠る。その事でエリルの体勢が僅かに揺らめく。
その隙を逃さずに狙い、五発目が直撃。先程と同じように粉々になる。
「どうだい、由良ちゃん。新型の対物ライフルは?」
ディスプレイの下に小さくウィンドが開き、藤岡の顔が映る。
「威力はありますし悪くは無いですが、反動と取り回しを考えたら移動撃ちは厳しいですね。私にこの手の武器のサイティングのセンスがあれば、また別の評価になると思いますが……」
「仕方ないさ。ソイツは元々、足を止めて撃つ事を前提にして設計しているんだから。それを移動撃ちで当てられるとしたら、天才の所業だ。まあ……上位ランクには偶にいる訳だが」
「その天才に私はなりたいですね、そうでなければ次々と発売される新型には対抗しきれない。大抵が高火力のエネルギー兵器を装備していますし、あれは威力に対して反動は少ないですから、移動撃ちが基本ですし」
その言葉を聞いた藤岡は溜め息を吐いた。
「僕からすれば君も十分、凄いんだけどね。幾ら後発のパーツを組み込んでいるとはいえ、クラウソラスは旧型だ。新型に引けを取らないとしたら換装性と、基本設計の良さからくる運動性だけだ。出力の関係からエネルギー兵器の装備も高出力のものは厳しい。実質、君はその制約を受けながらも長所を生かしてマシンガンやナイフといった機動性を重視した装備と、自身の腕で機体の運動性を引き出して対抗出来ているからSランクにいる訳で――」
「――思い付きました」
由良が話を遮る。
「移動撃ちで命中精度が落ちるなら、連射すればいいのでは?」
「それでは、鋼鉄の身体とはいえ反動は半端ではないよ。身体に負担が掛かり過ぎる」
「なら〝あの〟モードを併用すれば――」
「――モード『P・D・R』か」
その答えに藤岡は厳しい顔をした。
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