第16話 それは、唐突な温泉回

 真音が扉を開けると、そこは白い霧景色であった。

 視界を曇らせる霧の奥には、うっすらと見えるものがあった。

 日本を代表する山、富士山である。ただし、壁に描かれた絵の。

 「久しぶりに来たけれど、やっぱり家の風呂とは違って大きいわ~!」

 真音がはしゃいだ声を出すと、どこかでカポーンと不思議な音がした気がした。あくまでイメージなので気にしないように。


 古いタイルの床にはケロリンの黄色の桶。並ぶシャワーとシャンプー。熱い熱気。

 ここは商店街にある昔ながらの銭湯であった。


 もう一度、言うがここは銭湯である。

 即ち、ここに訪れた真音は今、前を隠すバスタオル一枚のみの姿であった。

 真音の身体付きは、同年代の中では起伏に乏しい。しかし逆に言えばスラリとした肢体であり、その滑らかなラインには瑞々しさがあった。

 真音の年齢を考えれば、これから成長する可能性も十分にあり、成長した暁には綺麗なボディラインが期待できるというものである!

 「これが、昭和スタイルの銭湯というものですか……映画で見たことはありますが、実物は初めてです」

 その隣に同じように、バスタオルのみの由良が立つ。

 由良の身体付きは真音に比べて、起伏に富んでいる。普段、真音がセクハラ紛いを行って感じている通り、身体の前を隠すタオルの隙間からはそれなりの谷間が見える。それでいて、形も下着を外しても崩れる事は無い。

 このまま成長すれば、大層な美乳になる事だろう!

 乙女達が入浴するという事で、その柔肌を惜しげも無く晒す話が書ける。

 ビバ、温泉回!

 「そうなん?」

 「はい、東京ではもう銭湯は残っていませんから」

 「それも寂しいものやな……」

 湯気の中で真音は溜め息を吐いた。タオルに包まれた小ぶりな胸が上下する。


 さて、ここでどうして少女達が銭湯にいるのか説明したいと思う。

 実はゲームセンターでの戦いに勝利した後、店主から無料利用権をふたりが頂戴した為であった。

 店主曰く、久々にいいものを見させて貰ったとの事であった。

 また店主としてもマナーの悪いふたりに対して、手を焼いていたので、あの戦いで懲りてくれる切っ掛けになれば、と考えていた。

 無料利用権は、そうした店主の感謝の形であった。


 身体を洗い終えたふたりは、足先からゆっくりと湯銭に身体を沈めていく。

 全身を熱いお湯に馴染ませてから、全身で浸かる。

 最初は熱いと思ったお湯が心地良くなってくると、身体が程よく解れて弛緩してくる。お湯に先程までのバトルで感じた緊張や、疲れが溶けていくようでもあった。

 (極楽、極楽や~!)

 真音は壁に背中を預けながら、身体を崩す。

 隣りを見れば、普段はポニーテールで縛っている由良が髪を下ろしていた。そして自分と同じように、気持ち良さそうにお湯に浸かりながら目を閉じている。

 その姿にはいつもの張り詰めた雰囲気は無く、無防備で穏やかなものであった。

 (そういう表情もキレーなんやけどなあ……)

 真音は心からそう思った。

 それから――お湯で細部がボヤける身体を見る。

 自分に比べて起伏に富んだ身体、女性らしい身体。日常では制服、それから下着の奥に隠されていて、見る事の出来ない生まれたままの姿が目の前にある。

 お尻、胸、太もも、胸のその先の桜色の――

 (――ごくり)

 ふっと、息を吐いて濡れた髪を掻き上げる仕草に、真音はイケない気持ちになる。

 (い、いやそれはあかん――!)

 由良の身体に手を伸ばし掛けて、残った理性を総動員して押し留める。

 なにせ、先程ゲーセンで胸をわし掴みして折檻されたばかりである。

 また粗相をしたら、今度はどんな目に遭うか分からない。

 ハァ、ハァ、と見方次第ではどこか変態染みた、荒い息を吐きながら真音は欲望と理性の間で葛藤をしていた。

 (触れたい…いや、しかし……うちは一体、どうすればええんや!)

 湯あたりしそうな程に、頭をフル回転させて考える真音に声が掛かった。

 「――なんですか、真音?手をワキワキさせて……まさか、また……」

 見れば、いつもの鋭い眼差しに戻った由良がこちらを見ていた。

 「いや、何でもないんや!」

 真音は必死に頭を振って誤魔化した。

 「そうですか。くれぐれも変な気は起こさぬように――」

 睨まれたついでに、釘も刺された。これでは諦めるしかなかった。

 そうして、暫くふたりがお湯に浸かっていると声が掛かった。

 「隣、よろしいですか?」

 「あ、はい」

 真音は半ば、反射的に答える。

 「それでは……失礼して」

 真音の隣りに若い女性らしい身体が、真音達と同じようにゆっくりと湯銭に身体を沈めてくる。その様子を真音はぼんやりと見ていた。

 全体的に細い身体。それでいて大きな臀部。そこから繋がる胸部には大きな熟れたメロンの如き果実が二つ。それは、例えるならビックサンダーマウンテンであった。某テーマパークに燦然とそびえ立つ山の如くであった。

 (これが、これが……大人の女の身体なんやな……!)

 思わず真音は凝視してしまう。

 由良もスタイルはいいが、ベクトルが違う。まだ未発達な果実故の魅力が由良ならば、こちらは完成された大人としての魅力。ムチムチ。ボッキュンボン。

 もはや、真音の語彙のボキャブラリーは壊滅しつつあった。

 「山田さん、白川さんこんばんは!ふたりも銭湯に来ていたのね」

 「えっ……?」

 ふたりの名前を呼ぶ声に、真音と由良はその女性の顔を見る。


 その女性は――ふたりの学校の教師で、VRロボ部の顧問でもある竹内先生であった。


     ◇


 「それで、最近の部の活動はどう?」

 風呂を出て浴衣に着替えたふたりと、竹内先生が談話室でフルーツ牛乳を片手に話していると、部活動の話となった。

 「割と順調だと思います!カグヅチのバーストモードも発動して、野試合にも勝てましたし!」

 今日の戦いの事を思い出して、興奮気味に話す。

 「そう……」

 しかし、その事を聞いて逆に竹内先生の顔は曇った。

 「先生……?」

 その顔を見て、真音は先生に問うた。何故、そんな顔をするのかという意味を込めて。


 「先生としては大会の為に、頑張るのは良い事だと思うの。でも……カグヅチは使わない方が良いと思うのよ。ほら、カグヅチより性能の良い新型だって沢山ある訳だし……不安定なシステムを積んだ機体を試合で使うのは、先生としてはどうかと思うのよ」


 「えっ……!」

 その答えを聞いて、真音は言葉を失った。

 どうしてそんな事を言うのだろうと思った。

確かにカグヅチは旧式だ。それでも、ここ一か月で使い込む事で機体にも慣れてきたし、勝てる目も出てきた。

 それに何より、カグヅチは――昔のVRロボ部の部長である兄と同型の機体。

 真音にとっては今は亡き兄との繋がりを感じる、思い入れのあるモノだった。

 「どうして、そんな事をいうんですか?前から思っていたのですが――先生はカグヅチに関して、何かご存じなのですか?」

 真音に変わって、由良が言葉を返す。

 一見すればその表情はいつもの由良と同じに見えるが、目付きは睨むように鋭い。

 由良の質問。それは真音も竹内先生に聞いてみたいと思っていた事だった。

 不安定なグレン機関について相談した時、プログラムに詳しいという事で『プリティ・ハート』のマスターを紹介してくれたのは先生だったし、何より先生は当時、兄と共に試合を戦った部員のひとりだ。

 カグヅチの事に関しては、真音達より多くの事を知っている事は確かなのである。


 「それは……」


 竹内先生が言葉を濁して、俯く。

 その様子を見て、真音と由良は確信する。


 カグヅチには何かがあるのだ。

 それが何か、までは分からないが。


 「――先生、知っている事があったら話して下さい」

 そう、由良が問うた時だった。

 「な~に、うら若き乙女達が深刻な顔で話合っているのよ。まさか、恋バナ?是非!是非、あたしも混ぜて頂戴!あたし、草部京史郎も乙女なんだから!」

 声のした方を見てみれば、男物の浴衣にガタイのいい身体を包んだ限りなく純野郎のスキンヘッドがこちらに向かって来るのが見えた。

 それも身体をクネクネ揺らしながらである。


 その乙女(?)は『プリティ・ハート』のマスターであった。


 「――出たのか、不条理な化け物が」

 由良がそちらを睨む。尤も身体は震えていたのだが。

 「あ~ら、お言葉ね。真音ちゃんに由良ちゃん、お久さ!ふたりが中々、来てくれなくてあたし寂しかったわ~!」

 マスターがふたりにウィンクする。

 「――ひぃ」

 由良が小さな悲鳴を上げる。

 その様子に、真音は苦笑するしかなかった。

 正直言えば、由良ほどではないが真音もまだ慣れる事が出来ない。

 「京史郎……」

 唐突な人物の登場の中、竹内先生だけがマスターを見て呟いた。



 「あ~カグヅチね、あれなら大丈夫よ。グレン機関に関しては〝仕様〟みたいなモノだし」

 場を移して併設されたお座敷の飲食場で、マスターがビールを片手に胡坐を掻いた姿で答えた。

 「仕様……ですか?」

 テーブルを挟んで、正座で真音と座る由良が言った。

 未成年であるふたりの前のコップにはオレンジジュースが注がれている。

 マスターの隣に座る竹内先生もビールだ。

 向かい合って挟まれたテーブルはさながら、大人と子どもの境界のようでもあった。

 「そ、最初は性能を控えめにしておいて、ピンチだ!そんな盛り上がる場面中で、逆転のパワーアップ!カッコいいでしょ?」

 マスターが、机の上の皮の焼き鳥を食べながら言う。

 「そんな非合理な」

 由良は山盛りのポテトに手を付ける。

 「まあ、それは半分は冗談にしておいても実際の所、グレン機関は機体の出力を急激に上げて、プレイヤーや機体に負担を掛けるから、リミッターとしてああなっている訳。これで納得した?」

 「そう言われれば納得はできますが、何か釈然としません……」

 「実際に使っている真音ちゃんとしては、どう?」

 「ふんだあいふあ、ふないとおもふましふ(問題は無いとおもいます)」

 「山田は食べてから喋れ」

 由良の言葉に唐揚げを食べていた真音は、急いで飲み込んでから答えた。

 「うちはカグヅチが好きです!確かに旧型で、グレン機関は不安定だけど自機としては大好きです!」

 「そう、それならやはり問題は無いわね。プログラムは仕様。だから問題無し。そう、太鼓判を押してあげるわ。カグヅチの製作者として」


 「「えええ――!」」


 マスターの言葉にふたりは、驚きの声を上げた。

 「まさか、年代品でありながら今でも通じるような機体を組み上げたのが、一介の喫茶店のマスターでオカマだったとは……」

 由良の呟きは真音の心の声でもあった。

 誰が組み上げたかも知れなかったカグヅチ。その製作者がマスターだったとは誰が思っただろうか。

 「そんなに不思議?」

 マスターが自分を指差す。

 「いえ。今、人は見かけによらないものだという言葉を激しく実感しました」

 由良が返す。

 「そういう事。だから、アンタもそんなに考え込まないの、順子」

 「そう、だね……」

 マスターの隣りの竹内先生の顔は、まだ曇ったままだった。

 「あんまり考え込んでいると、顔に小ジワが出来て老けるわよ~」

 「ちょっと、それは言い過ぎ!」

 先生が怒る。先程までの曇った顔から一転して。

 そこには〝先生〟としての顔は無く、気心が知れた人間に見せる素顔があった。

 そんな先生の前に不意に、揚げたメザシの天ぷらが差し入れされた。


 その皿を差し出したのは――ペンギンサイズの浴衣を着たキースケであった。


 「あら、キースケまで……ありがとう!」

 先生が頭を下げると、キースケはサムズアップをしてから、自分の手のジョッキを仰いだ。泡立つところを見ると、中身はビールのようである。

 「ああ……」

 巨乳の先生にオカマ、それから浴衣を着たペンギンが並んで、飲食をする光景を見て由良が呟いた。

 「この街は絶対にオカシイ気がする。いつから私はこんな、狂想劇に巻き込まれるようになったんだ?」

 「居心地、悪いん?」

 思わず、由良は尋ねた。

 それに対して由良は――穏やかに笑っていった。

 「そんなに悪くないさ」

 「それなら、ええんや」

 真音と由良は、机の下の互いの手をそっと握った。


 それぞれの秘めた過去と、まだ見ぬ未来を乗せて物語は巡る――

 ――未だにその結末を知らぬまま。


 青い空と、神戸の街並みを舞台にして。



               バディドール 了

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