第4話 今とむかし、むかし


     2


 授業が終わった後、真音は所属するVRロボ部の部室へと向かった。

 由良は掃除当番であり、後で行くとの事だった。

 部室のドアを開ければそこには――至る所に、様々な年代のアニメのロボットグッズが並んでいる。壁には番宣ポスター、棚にはプラモデルや超合金のフィギュア、マンガや昔の映像ソフトであるDVDやブルーレイ。

 「これだけ見ると、ちょっとした博物館みたいやな」

 誰にとも無く呟く。実際、その手のマニアが来たら垂涎モノの代物が並んでいた。自分でも分かる限りだと、1980年代の魔人Zの超合金とか、1990年代に発売された夢キャストというゲーム機と『電能戦記』のタイトルの最初期の対人ロボゲー(専用コントローラー付き)などは今でもネットオークションで、かなり高値が付いていたと思う。

 (お金に困ったら、ひっそりと売れば……ぐふふ)

 一瞬、そんな事も思い付くが、その考えは直ぐに消える。

 (ここはずっと変わらんから、ええんよな……)

 そう、この部屋は変わらない。真音が兄に連れられて、幼い頃に部室を訪れていた頃からずっと。

 真音は一度、部屋を見渡してから部室の隅に置かれたソファーに横になる。


 (けど…変わらんものなんて……どこにも、あらへんのや……)


 そう、変わらないものなんて無い。

 兄がまだ生きていて――この部室で活動していた頃は、沢山の部員がいた。

 けれど、今はもう部員は真音と由良だけだ。

 兄がある大会に参加していた時期は、特に熱気に溢れていた。連れて来られた真音もその中にいて、女の子ながらもロボットが大好きになった。

 生まれてから直ぐに母親を亡くした事もあり、真音はお兄ちゃん子だった。

 一緒に街の中を走り回ったり、プラモデルを作ったり、真音の男の子趣味はそこから来ていた。

 けれど、その兄はもういない。


 高校二年生の時に『your enemies』のある大会で優勝した後に――事故に遭って。


 それ以来、真音を取り巻く世界は大きく変わってしまった。

 まず兄がいなくなった。

 次に、兄とよく喧嘩をしていた父も塞ぎ込むようになった。

 そして兄を中心に熱を帯びていたVRロボ部も、潮が引くようにみんなが去っていった。

 真音が高校に入学して、この部室を訪れた時にはもう誰もいなかった。

 それでも兄との思い出の残る場所に、真音は居たいと思った。


 しかし――そんな思い出の場所も、今や存続の危機にあった。


 その理由はまず、部員の不足。

 それから、ここ数年間の部としての業績の無さ。元々、VRロボ部は『your enemies』の大会を参加を目的として設立された部であったが、近年は大会に参加することも稀であり、出場しても初戦敗退ばかりであったそうだ。

 このままでは部として残す事は出来ない、とVR部の顧問である竹内先生から聞かされた。

 その話に真音は食い下がった。どうしても部室を残しておきたくて。

 そんな真音に、竹内先生はある話を持ち掛けてきた。


 それは――『エーテル社』の主催している『アドバンス・カップ』に出場して結果を出す事。


 『アドバンス・カップ』――それは、数ある『your enemies』の大会でも変り種とユーザーの中では言われている大会だった。

 この大会に参加する方法が、酷く限られていた為である。

 参加方法は『エーテル社』が世界中からランダムに選出する、参加枠に当選する事だけ。そこに経歴や資格は必要無い。初心者であろうと上級者であろうと、関係無いのだ。要するに参加できるかは、運次第なのである。

 世界規模の大会でありながら、こうした選出方である事から、実力のある名物プレイヤ―でもこの大会に参加した事が無い、というケースは珍しくなかった。


 ――真音はどういう訳か、そんな『アドバンス・カップ』の今年の出場者に選ばれていたのである。


 この事に真音は戸惑いを隠せなかった。

 その理由はふたつ。

 ひとつは一千万を超える中から自分が選ばれた事。

 幾らランダムとはいえ、真音が『your enemies』の戦闘プログラムである〝ドール〟を手に入れたのは最近であり、全くの素人であった事から。

 ふたつ目の理由はそんな素人に結果を出せ、という無茶振りに対してだった。


 「無理…とちゃいますか……?」

 「うん、私も無理だと思う」

 竹内先生は長い髪をかき分けながら、今から約一か月前の五月の職員室で言った。

竹内先生は二、三年前に教師になったまだ若い女性だった。さっぱりとした性格で、スタイルも良く(特に胸が)生徒に対してもフランクであった為、人気のある先生だった。

 実は真音は竹内先生とは、以前から顔見知りであった。それは彼女がかつてこの学校の生徒でVRロボ部に所属しており、大会では兄とチームを組んでいた事もあるからだ。

 真音は覚えている。兄が亡くなった時、一番泣いて、悲しんでいたのは彼女だった事を。部のみんなの前では気丈に振る舞っていたけれど、その影では泣いている姿を偶然にも見てしまった事がある。

 「それで、どうする?」

 あの頃に比べて、大人として成長した彼女が真音に問う。

 その問いに真音はやります、と答えた。


 とまあ、ここまでならいい話で済んだ事だろう。

 問題はここからだった。

 まずは真音の素人である事。この事は大会に参加するだけならいざ知らず、結果を出す――竹内先生が、学校に部としての存続を認めさせる為に、必要な条件とした提示した地区大会の突破は――絶望的である事は明白だった。

 次にこの大会は基本的に二対二のバトルである事。補欠として大会には五人まで登録できるのだが(その全員が『エーテル社』に選出されている必要は無い)そもそも、今のVR部には真音しかいない。稀にひとりで参加出場してくる事もあるそうだが、余程の腕が無ければ不利である事には変わりない。

 そんな実力が真音にある筈も無く。更には地区予選までは後、一か月程しか無い。実力を上げる時間も無い。

 なら部員を募集して集めるという方法もあったのだが、昔から万年ボッチ気味の真音には難しかった。


 これ、詰んでるとちゃうか?――この時、真音はマジでそう思った。


 それでも、それから一か月経った今は僅かながら希望も見えてきた。

 実力者である由良が入部して、自分とバディを組んでくれたから。

 由良と組んで、彼女に教わる事で自分は一か月前に比べればマシにはなってはきていると思う。


 それでも――昨日のゲームセンターでの試合が胸を過る。


 不意に込み上げてきた涙で、見上げている天井が歪んで見えた。

 きっと自分はまだ、弱いままなのだ。

 特に、こころが。


     ◇


 喉の渇きを覚えた真音は一度、部室のソファーから起き上がると飲み物を買いに出た。中庭に出て自販機で、合成紙の紙パックのカルピスを買って飲む。

 「ん~やっぱり市販のカルピスは濃いわー」

 真音は部室に戻りながら、チビチビと口づける。

 家で飲む時のカルピスはもっと薄いのだ。家に来た由良に出した時は、これ薄くないですか、と怪訝な顔をされた。それでも真音にとっては、薄いのがカルピスだった。

 これは真音の預かり知らぬ事だが、実は彼女が幼い頃に家業の経営が苦しい時期があり、そうした所にも節約のメスが入っていたのだ。

 真音が部室に戻った時には、まだ由良の姿はなかった。

 だが部屋の隅の小窓を開けてまさに今、この瞬間に押し入ってこようとする存在があった。小窓は小さく、子どもでも潜り抜ける事は難しかった。

 では、その存在とは何か?

 「クエ!」

 〝それ〟は小窓を潜り向けると立ち上がり、被ったインディアンハットと見に付けたスカーフの乱れを直してから、目の合った真音に帽子のつばを少し上げて挨拶をした。


 〝それ〟は黒と白の飛べない鳥――ペンギンであった。


 「キースケ、久しぶりやな!元気でやっとったか?」

 挨拶を返してからそう聞くと、キースケはインディアンハットを目深に被った。どうやら聞くな、という事らしい。

 ペンギンにも色々、あるんやろな~、と真音は漠然と思った。

 それからキースケと呼ばれたペンギンは、部屋の棚からDVDのパッケージを取り出すと、如何様にしてか翼を使って開けて、部室に置かれたテレビのハードディスクに入れて視聴を始めた。

 キースケの見ているのは『翼三十郎』という時代劇であった。

 この妙に渋い趣味のペンギン――キースケは真音が幼い頃に部室に訪れていた頃から、何処からともなくやって来る不思議な存在であった。

 特にVRロボ部で飼っているという事はない。ただ時々、部室にやって来ては時代劇や特撮、今でも続くニチアサを見る野良ペンギンであった。

 昔も見ていた真音にとっては、この光景は慣れたものなのだが、まだ入部して一か月の由良にとっては未だ慣れない存在であるらしい。


 特に初めてキースケと対面した時は酷かった。

 「おい…山田……アレはなんだ?服を着たペンギンが、映像ソフトを見ているぞ!今、あの翼でどうやってパッケージを開けたんだ?しかも、ニチアサ見ているぞ!どういう事なんだ!私はオカシクなったのか?それとも何か、関西の学校はこれが普通なのか?」

 この時の由良はいつものイメージとは違い、酷く動揺していたっけ。

 身体を震わせて、少し目に涙を浮かべて。

 そんな由良を可愛らしい、と思ったのは内緒だ。

 その時の事を思い出して、真音は少し笑った。

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