第2話 百合は朝、突然に(笑)
1
閉じたカーテンから零れる光。
壁越しでも聞こえる雀の声。
それらを感じて、自室のベッドに横たわる真音は目を覚ました。
(もう、朝なんやな~)
毛布を被りながら、そう思った。
(でもまだ、起きとうないわ……)
まだ、眠い。何故なら昨日の夜は、なかなか寝付く事が出来なかったからだ。どうしても、ゲーセンでの試合の事が頭から離れなかったから。
気分を変えたくて、お気に入りのアニメ(ビースト戦争メタルス)を見始めたら、軽快な声優さん達のアドリブにハマり、気が付けば夜更けになっていた。お陰ですっかり睡眠不足だ。
「そんなワケでほな、おやすみ~」
誰にともなく呟いて、毛布を被り直す。
今日は学校がある。だが部屋に差し込む朝日の感じからすると、恐らく早朝だ。まだ、寝る時間はある筈だ。
何よりぬくぬくのお布団で二度寝。これほどの至福が、人生にそうそうあるだろうか?この至福の誘惑に勝てる人類が、果たしてどれだけいるだろうか?
少なくとも、今の真音は勝てなかった。
ぬくぬくお布団、最高。その幸せを噛みしめる。
(けれど、なんか忘れとう気がするわ……)
一瞬、感じた懸念。
しかしそれも、起きたてのボンヤリとした頭ではハッキリとは思い出せなかった。真音は徐々に湧き上がる心地よい睡魔には勝てず、再び夢の国へと旅立とうとした。
その時、ギイと音を立ててドアが開く音がした。
「おはよう、山田。起きているか?」
続いて、余り抑揚の無い声が聞こえた。真音はそれが誰の声か知っている。
白川由良(しらかわゆら)――学校のクラスメイトであり、『your enemies』のバトルでは相棒でもある少女。
頭まで被った毛布の隙間から、制服姿の由良の容姿を見る。
全体的に身体は細く、身長は平均より少し低い方。
セミロングの髪を結い上げて、ポニーテールにしている。その髪を留めているのは変な目の黒猫の髪留め。顔立ちは整っていて、遠目から見れば可愛らしくも見える。
ただし――目つきがこれらの印象を吹き飛ばしてしまう程に鋭く、どこかドライでクールなイメージを見る者に与えていた。
そう、目つきが鋭いのはいつもの事。
しかし今日の由良からはそれ以上に鋭く、冷たい眼差しを感じていた。
例えるなら、絶対零度の眼差し。
(なんや、なんで、うちを睨んでいるんや!まじで、ちょーおっかいないやんか!)
ガクブル震える真音。
自分は由良にとって、何か気に障る事をしてしまっただろうか?
昨日の記憶を目一杯、検索してみたが特に思い当らなかった。
なら、何故?
「山田、今が何時か知っているか?」
(え……?)
毛布の中から、ベッドサイドのカニの時計を見る。
時計の針は七時半を指していた。
その時間は数週間前までなら起きるのには、少し早い時間。
しかし〝今〟の真音にとってはマズイ時間だった。
数週間前からバトルに必要な事だとして、由良とランニングを始めていたのからだ。
(あかん!)
由良との集合時間はいつも、六時半。すっかり眠り呆けて遅刻していた。
(なんでや?なんで、目覚ましは鳴らんかったんや……?)
カニの時計を見つめる真音。当然ながら、何も答えてはくれない。
だが、何となく思い当る節はあった。少し前に耳元で鳴る五月蠅いアラームを自分の手で止めてしまったような。
「――ふふ、今日はとても爽やかな朝だったぞ。いくら待っても来ない、携帯端末にコールしても出ない山田を、雀のさえずりを聞きながらずっと待っていたんだから」
由良がにこやかに笑う。
だが、真音には鬼が嗤ったようにしか見えなかった。
(あわわわ……)
身体の震えが、いよいよ激しくなる。
真音はすっかりと覚めてしまった頭で、必死に考えた。
この場を出来るだけ穏やかに、やり過ごすにはどうすればいい?
A――素直に謝る。
B――まだ、寝たふりを続けてみる。
C――トチ狂って、告白してみる。
C――にしてみよう!
真音の中に何かが降りた。
それは単に追い詰められて、冷静な判断が出来なかっただけなのかもしれないが。
「由良!」
布団を跳ね飛ばして、起きる。
「ああ、やっと起きたか。さて、このオトシマエはどうしてくれようか――」
由良が笑ったまま、顔の前で手首を回して鳴らす。
やはり怖いと思ったが、今の真音は止まれ――いや、止まらない。
「由良に伝えたい、大事な事があるんや!」
「ほう、それはなんだ?」
「うちは――由良の事が好きなんや!」
パジャマ姿のまま真音は叫んだ。
「そう、なのか」
由良が表情を変えずに、ベッドの上の真音に近づいてくる。
「そうなんや…うちが今日、寝坊したのも由良が悪いんやで……由良が、夢の中で赤いバラを敷き詰めた部屋の、シルクのベッドの上でうちに色々するから……!」
熱い吐息を吐きながら、由良の身体に抱きつく真音。
「由良がうちを惹きつけるのが、悪いんや……」
「山田はイン・マイドリームな夢を見たんだな」
そんな彼女の事を、由良も抱きしめる。
その抱擁は傍目から見れば、うららかな朝に行われる女の子同士の秘め事にも見えるかもしれない。揺れる二輪の百合の花。
抱きしめられた真音は由良の身体の細さ、柔らかさを感じた。
特に柔らかく感じるのは、まだ発展途上でありながらも、それなりの起伏のある膨らみ。そこに顔を埋める。
(ああ――うちは今、天国におるのかもしれへん……)
真音の意識は再び、ボンヤリとしていく。
柔らかい、ふにふに、ふにふに。
んん、なんか固い感触が側頭部に――
「――山田はまだ寝ぼけているんだな。折角だから、このまま地獄で永眠しろ」
真音の側頭部にグーで押し当てられた由良の拳。それがドリルの如く回転する。
「ぎいやあああああ――!」
頭に奔る激痛に、真音は悲鳴を上げて悶えた。
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