第6話 ガチ!女の子同士のゲーム大会!
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「今、戻りました」
「お疲れさん~」
掃除を終えた由良が部室のドアを開けた時、真音はソファーに寝転がったまま、4DSという旧世代の携帯ゲーム機で遊んでいた。
どうしたら強くなれるのか――データと睨めっこしていても、答えの出ない問いを考え続ける事に疲れたからだった。
「今日も来ていたんですね、このペンギン」
DVDを視聴するキースケを見て、由良が呟く。
「クエ!」
そんな由良にキースケがテレビから一度、目を離すと挨拶するかの如く翼を上げる。
「……今、挨拶をされた気がするのですが」
「うちもそう思うで」
真音の言葉を聞いた由良が、キースケを見つめる。
由良の鋭い目と、キースケのクリクリとした目が見つめ合う。
暫くすると、キースケが先に視線を反らした。その後で少しだけ頬を染めて、それを隠すようにカウボーイハットを目深く被る。
「……そんなに見つめるなよ、照れくさいじゃないか。そんな意思が汲み取れるのですが」
「多分、そうやろ」
勿論、由良にも真音にも本当はペンギンであるキースケがどう思っているかは分からない。ただ、その表現豊かなジェスチャーから感じ取っているだけだ。
「ペンギンと意思疎通が出来ている…だと……」
由良がフラフラとキースケに近づいていく。そして、キースケの直ぐ目の前に立った。
「真音。ずっと思っていたのですが、このペンギンを解体してもいいですか?人とこうも意思疎通が出来るのには、何か訳がある筈ですよね。例えば野良ペンギンなどでは無く、本当は近くの研究所から脱走してきた生体チップを搭載した実験体だとか。そうでなければ、オカシイですよね?それを知らなければ、ワタシがオカシクなってしまいそうだ」
振り返った由良の目は据わっていて光彩が無い。その身体は小刻みに震えている。それでも、キースケを捕まえようとワナワナと手を伸ばす。
「クエー!」
「あかん、由良が錯乱しとる!キースケ、はよ逃げるんや!」
危険を感じ取ったキースケは部室の中を走り回る。由良がそれを追いかけ、真音は由良を止めようとする。部室は一時、騒然となった。
「取り乱してすみませんでした」
「まあ、気持ちは分からん事もないから……」
ひと時の騒動の後、部室の中央の机に向かい合ってふたりは座っていた。
「どうにもなかなかあのような不思議生物、いえUMAは受け入れられなくて」
由良が部室の隅で、震えながらこちらの様子を窺うキースケを見る。
「ク、クエ……」
それだけでキースケの震えが更に激しくなる。先程の事が余程、堪えたらしい。
これはお互いにまだ慣れるまで時間掛かるかもしれへん、真音は心の中でそう思った。
「しかし、少し意外やな。由良にこんなにも苦手なモノがあるなんて」
「元々、私は動物が少し苦手でして。ましてや、そこに不可思議な要素まで付くとなると……」
そう言うと由良は、少し顔を赤くして俯く。
こうなっている時の由良には、普段のクールな印象は無い。
これは最近になって分かった事だが、由良は自分の中で割り切れないモノに対しては強い苦手意識を持つようだ。
(由良も全てが完璧な訳ではあらへん……)
ドールでのバトルが上手くともやはり由良も人間であり、ひとりの女の子なのだ。
「ところで山田、私が来るまで何のゲームをしていたんですか?」
「これや!」
真音は4DSの画面を見せる。
「『コインロボ・バトルミッション』ですか」
コインロボは2000年代の最初期に一番の盛り上がりを見せたロボットもののひとつだ。
人間サイズの玩具のロボットであったりその実、宇宙人であったりと小学生向きの雑誌を中心に展開されたシリーズでありながら、濃い設定を持っており未だに固定ファンがいる作品だった。
そのシリーズのゲームは大体がRPGなのだが、何作はアクションゲームとしてリリースされたナンバリングが存在する。『バトルミッション』はアクションゲームの方のタイトルである。
「お、流石やな。知ってるんやな!」
「ええ。幼い頃に大概のロボゲーはしましたから」
なかなかコアなタイトルであったが、自分と同じくらいのロボマニアである由良は知っている上に、ゲームもプレイした事があるようだった。
「山田、もうひとつゲーム機とソフトはありますか?」
「ちょっと、待ってなあー」
真音がゲームを中心に収められた棚を漁ると、もうひとセット出てきた。
「由良、どうする気や?まさか――」
「――ええ、そのまさかですよ。ロボットバトル、ファイトですよ!」
幾つかの取り決めの後で、バトルを始める。
勝負に公平性を出す為に、強すぎるパーツの禁止や対戦ステージの選定の取り決めだった。これらの事はある程度プレイをしたり、対戦をしなければ分からない事を(ましてや、このゲームの発売が半世紀近く前である事)踏まえるとこのふたりが、この事を知っているのは奇跡的ですらあるだろう。
今、ここにロボオタ少女達の戦いの幕が切って落とされようとしていた!
――ファイト!
ゲームのアナウンスと共に、真音は対戦ステージである公園に降り立った自機をパットを操作して走らせていく。
見つけた!
噴水を挟んだ向こうに由良の機体が見えた。
「『哀愁の犬』とは渋い趣味やな、由良!」
「そういうあなたは『天空の王者』ですか。なるほど」
『哀愁の犬』――由良の使用機体。人型の青いボディに、速度の速いライフルを三本装備した機体。装甲や機動力などバランスの良い機体なのだが、突出した点は無く直線的な弾道のライフルに装備は限られる為、派手さには欠けた機体である。
この機体を由良はパーツを替える事なく出してきた。
真音は青いカラーリングと相まって、由良のドールに似ている気もした。
それに対して真音の機体は『天空の王者』――こちらも人型で派手な赤いカラーリング。ライフルにガトリング、そこに最大の長所とも言える高威力のレーザーを装備した機体。重装備でありながら機動力に優れ、飛行形態への変形機能も備わっている。
ただし、装甲は薄い。
全体的にバランスが悪いのだが、それらを補いきれるだけのパワーがあると言われていた機体であり人気があった。
(くくく……悪いが由良、これは貰ったで!)
真音は密かに心の中で笑う。
装甲は兎も角、攻撃力や機動力ではこちらが大きく勝っておりスペック上の有利は真音にあった。それはこのゲームをある程度、プレイした事のある者であれば誰にでも分かる事であった。
『your enemies』に於いては圧倒的な実力差を普段から感じているし、練習の際にもその事を思うが、この瞬間なら、このゲームならば由良に勝てる!
真音は自身の勝利を確信していた。
「お見せしよう!王者の戦いを!」
そんな言葉が出る程には自信があった。
だが、試合開始から数分後――
「なんでや、こんな筈が……!」
「山田、最初の勢いはどうしましたか?」
――真音は性能差があるにも関わらず、追い詰められていた。
その理由は由良がライフルを三本装備している事に起因していた。
まず真音の機体と由良の機体では、レーザーを装備している真音の方が射程は長い。しかしレーザーは高威力である代わりにリロードが長く、また発射する際に僅かだが予備動作を必要とする。
初弾こそ発射出来たがこれを躱した後、リロードの時間の合間に由良は接近してきたのだ。ならば、と射程の短いながらも連射性の高いガトリングを撃ち込んだが、射程ギリギリを維持されてライフルを射掛けられた。ガトリングとライフルではライフルに射程の有利がある。
レーザーのリロードが終わった後、再び発射体勢を取る。
この瞬間を由良は見逃さなかった。そこに、すかさずにライフルが飛んでくる。回避の為に発射を断念するしかない。
「これでは一番の大技が使えへん!」
真音は平凡なライフルに、自身の一番の長所を奪われたのだ。
機動力の差で間合いを維持しようとするが、由良の機体は早くはないが決して遅くもない。逃げられない。ガトリングも射程を見切られ機能しない。
こうなると真音には、応戦手段が同じライフルしかない。
しかし相手はそのライフルが三本、自身は一本。
装甲薄さも相まって、撃ち合いでは真音の大きな不利があった。
少しずつ、しかし確実に装甲が削られていく。
「降参しますか?」
由良の抑揚の無い声。
「まだや、まだうちには切り札がある!変形や、ロボチェーンジ!」
ボタンを押して、機体を人型から飛行形態へと変形させる。
「これこそ『天空の王者』の真の姿や!」
真音の言葉通り『天空の王者』は変形することで、より高い機動力を得る事ができる。ましてや飛行しているので相手の上空から一方的に攻撃することが出来る。
逆転の可能性は十分にあった。
「これならどうや!」
空中からライフルとガトリングを連射する。『哀愁の犬』の左手に直撃、その機能は停止する。
「ん……」
由良はそれ以上の追撃を避ける為に後退していく。やがて少しでも被弾を防ぐ為か、ステージに配置された障害物の後ろに隠れる。
しかし、それも真音が空中から接近してしまえば関係はない。真音はそう思っていた。
「確かに上空からの攻撃は厄介だが、完全な真下はどうだ――」
――それに合わせて逆に、由良が変形した機体の真下に入り込んできた。
「なっ!」
突然の事で呆気に取られる。しかし、その行動は飛行形態の弱点を突いていた。ライフルもガトリングも真下には射角は無い。逆に由良のライフルが飛んでくる。
「くうう……」
射角を取る為に一度、大きく前進してから旋回する。飛行形態は常時前進する為に人型のような旋回性がないからだ。旋回と同時にレーザーの発射体勢を取ろうとした。
だが、そこにはこちらに右手のライフルを構えた由良の姿があった――
「――そうだ。飛行形態は確かに機動力が高い。だが、運動性は落ちる」
「しもうた!」
由良の機体から放たれた弾丸は、正確に『天空の王者』を撃ち抜いた。
「……」
大戦後の真音は完全に燃え尽きていた。灰になっていた。
自分に大きく有利があった筈なのに、結果は大敗だ。
まさか『your enemies』のみならず『コインロボ・バトルミッション』でも大差を付けられるとは思いもしなかった。
「うちって、ゲーム下手なんやろか……」
大きく溜め息を吐いてから、机に突っ伏した。
確かにボッチだった自分は、ひとりでゲームする事も多く対戦は殆どしてこなかった。そこには昔から、勝負事になかなか勝てない真音自身の苦手意識もあったが。
「――長所がある事は確かに強みです。しかしそればかりを意識すれば簡単に読まれ、逆に弱点にも為りうる。勝負事の鉄則ですね」
勝者である由良はお茶を啜りながら、静かに語る。
「ましてや山田は『your enemies』でもそうですが、長所を生かした大技を狙う傾向にある」
「……くぅ」
言葉も出なかった。真音としては個性を伸ばすやり方こそが、強さに繋がると思っていた。
「その事は決して間違いではありません。ですがそればかりでは、どうしても対応力には欠けてしまう。山田はもう少し、返し手を考えた方がいい」
「はあ、こんなうちでも強くなれるんかな……」
もう一度、溜息を吐く。
「それでは山田に聞きますが何故、機体性能で劣る私が勝てたと思いますか?」
「それは……」
先程の由良の戦い方を思い出す。由良は確かに上手かった。しかしそれだけでは無く、相手の特性を良く理解し、それの弱点を突くように戦ってきた。
しかもそれは、昨日の相手のような一方的な有利のある形からではない。
では、どうして――
「――山田、勝負事とは人間のやるものです。機体の特性以上に心理を読めれば、大きく有利が出るものです」
相手の心を知る――そうだ、由良の戦い方はいつもそうだ。
相手の機体の強みに対して確実に対処し、そこから平凡だが確実性の高い武器で反撃に出る。
――きっとそこには先程の自分と同じように強みを潰された故に、次に相手の取りうる行動も決まってくるのだ。
自分はより強みを発揮できるようにした。
しかし、それも由良に読まれていたとしたら。
――何故、普段バトルで由良が勝てるのか。
それが少し見えたように真音には思えた。
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