第7話 ロボオタ女子高生達の放課後
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ゲームでの対戦を終えた後、ふたりは街に出た。
「――なあ、本当に今日はヤらんでええの?いつもはあんなに激しいやんか……」
夕焼けに晒されて紅に染まる海の見える遊歩道。個人商店の並ぶ商店街の道程を、由良が少し先だって歩く。
その背中に真音は声を掛けた。
「これは珍しい事もあるものだ。普段の練習中には、イタイとか疲れたとかしんどいと、愚痴ばかりが零れる山田からその言葉が出るとは」
由良が振り返り、真音を見た。
「その、あれだけ激しくのが続くと癖になるというか……」
真音も由良を見返す。夕暮れに照らされ頬を紅く染めて、吐息を吐きながら。
真音は思い返す。
あれは本当に激しい。身体の隅まで丹念に嬲るように痛めつけられて。声を上げても、それでも止まらないのだから。
「ふむ、これはいい傾向だ。だが、今日の練習は休みだ――バトルの練習の事だがな」
普段――放課後には『your enemies』にふたりでログインして、大会に向けてバトルの練習を行う事が、ここ数週間の間に真音にとって日常となりつつあった。
その練習は由良の指示の元で行われているものだった。
内容はまずドール同士の組手から始まり、次に『your enemies』のcpuモードでの『エリル』という昆虫や鳥の形をしたメカとの戦闘。
その後は二対二のバトル相手を求めて対戦モードであるコロシアムに赴いたりもする。
これからに加えて、早朝には現実でのマラソンも行なわれていた。
『your enemies』がゲームである事を踏まえれば、ゲーム内での練習は分かる。だが朝のマラソンは真音にとっては意外なものだった。
その事を由良に聞いてみると、ネットの事とはいえドールは感覚を持ちこんでいる身体の延長線上にあるものだから、上手く動かしたければリアルでの訓練も必要であると説明を受けた。
その答えに納得しつつもマジか!と最初、真音は焦った。
自慢にもならないが、これまで真音は科学部など文化系の部活やクラブにしか所属した事がなかったし、普段はプラモを作ったりゲームをするなどインドア系の趣味であった為、運動とは特に縁が無かったからだ。
そしてやはり初日の朝は酷いものであった。一キロ走る頃には、疲れ果て息が切れて、膝が笑い立てなくもなった。
片や由良はさほど汗を掻いた様子も見せず、もうギブアップですか?と声を掛けてきた。
次の日は酷い筋肉痛にも襲われた。
数日走ると筋肉痛も含めて慣れてきたのだが、それを見た由良は走る距離を増やしてきた。こんな事が続き、今では平均2・5キロを走るようになっていた。
それは『your enemies』内での練習も同じであった。当初は由良との組手は遅く緩かったのだが、今や一撃で破壊されかねない程の鋭く早い打撃が混じって飛んでくる。当たると痛い、凄く痛い。
cpuモードもクリアする度に高難易度のステージに出撃。初級ステージではボスだった敵がゴロゴロ現れ、それより強大な敵が現れるようになっていた。
この間などは即死級のレーザーを連射してくる上に、ミサイルで弾幕を張られ、その癖に本体は山のように大きく硬いなどというボスだった。
何度も被弾した為、リアルに戻っても暫く幻肢痛のような痛みすら覚えた。
これらの事に真音は毎度、青色吐息、創痍満身、いっそ殺せ!の精神になる。
ここは地獄、地獄の淵や!とすら思う。
それでもパートナーの由良は、これを涼しい顔でこなしていく。
ゲーム廃人とはなんぞや?と真音は由良を見ていて思う事もある。
少なくとも、半世紀前のゲーム廃人のイメージ――部屋で引きこもってゲームばかりしていて、体力や運動神経は皆無といった印象は上位ランカーの由良からは受けなかった。
そもそも由良としている練習は、体育会系のそれに限りなく近いのではとすら思えて仕方なかった。
「でも、もう大会まで時間無いやんか……」
そう呟く真音の不安は、やはりこの事だ。勝つには様々なモノが足りない自分。そんな自分が少しでも勝てる可能性を上げるなら、練習をすべきではないのか。
「――ならこれから今朝休んだ分も含めて、5キロ程走るか?」
「5キロ!」
思わず、真音は叫んだ。そんな距離を走るのは中学の時の、よく分からない伝統行事以来だったからだ。因みにこの時は、途中で腹痛を理由にギブした。
いやそれでも現状を考えるのなら。少しでも強くなれるのなら。
真音は真剣に考え込んだ。
「てい!」
「あうち!」
オデコに感じる痛み。それは由良にデコピンをされた事によるものだった。
「やはり今日の練習は無しにしましょう。こんなに思い詰めた山田は、普段のちょっとアレな感じと違っていて気味悪いですし」
「アレ、ってなんやね!」
少し涙目になりながらも、オデコを摩りつつ反論する。
「そうそう、山田はそれくらいの方がらしいのです。それにこんな状態で無理してケガでもされたら元も子もないですから」
「それは……」
確かに正論ではあった。
「息抜きだって大事な事ですよ。だから今日は私の買い物に付き合って下さい。今日はモビージャパンの発売日でもありますから」
いつもと表情を変えずに行った後、由良はまた歩き出した。
「待ってえなあ!」
真音はその後を追った。
本屋に寄ったふたりは、モビージャパンを並んで立ち読みする。
そこに載っているのはプロによるプラモデルの作例や新商品の情報。
「今度、真奪取ロボの超合金の再販するんやな。欲しいけど…うう、高い……」
「ふむ、照準犬の赤肩のプラモですか……ターレットの回転やターンピックの再現に留まらず、降着形態まで出来るとは。これは買いですね」
ページを捲るふたりからは各々、悲喜籠った呟きが漏れる。
ふたりがいるのは、男性用の趣味のコーナーであり他には女性の姿は無い。
制服を着た女子高生が並んで読み込んでいる姿は周囲から見れば、少々、いやかなり浮いているようにも思えるものかもしれない。
尤も一か月に一度の至福の時を過ごすふたりには、そんなものは眼中にも無いのだが。
モビージャパンを立ち読みした後は、模型店に立ち寄った。
「お、真音ちゃん。久しぶりだね!おや、友達と一緒かい?」
「おじさん、こんちわ~!そうなんや、今日は友達と一緒なんや!」
この模型店の主人とは、まだ兄がいた頃からの付き合いがあった。今でも真音はこの店の常連客でもある。それ故に主人は真音のロボ好きも知っていた。
真音が主人と話している間に由良は興味深そうに店内を見渡して、やがてロボットのキャラクターモデルの棚へと移動する。
「なんやそのキットに興味あるんか?」
話を終えた後で真音は、あるプラモデルの箱を眺めている由良に声を掛けた。
由良が手にしているのは『装甲奇兵』に登場する機体のひとつである『狂犬』のキットであった。
「いえ、懐かしいと思いましてね。昔――父と最初に作ったのはコレだったな、と」
「――由良」
名残惜しそうに箱を撫でてから、由良は棚に戻した。
真音は知っている。
由良と――『your enemies』のドールを製作、販売をしているブレイド社の社長である彼女の父との確執を。
いつも鋭い目をしていて、あまり表情を変えない彼女の胸の内を。
その抱いている想いが、彼女を上位ランカーの位置まで上り詰めさせた事も。
「なあ、何か新しいヤツをうちと作らへん?機材は部室を揃っとるし……」
気付けば、そんな言葉を掛けていた。
「――山田。そう……ですね、確かにあの部室にはコンプレッサーやエアブラシもありますし、それもいいかもしれませんね」
由良が真音を見返して答えた。
「そうと決まれば、うちも選らばんとな!」
棚も見渡す。
「うちはこれにしようかな!」
「メガZ(ゼット)ですか。三体の航空機が変形合体、頭から出るハイパービーム。太目のボディ。パワー重視の重量機体。『天空の王者』といい山田はこうスーパーロボットみたいな方がやはり好みのようですね」
由良も棚からひとつの箱を取り出す。
「由良は最初の青枠か!セカンドでは無い辺り、これまた渋い趣味やなあ!運動性を重視し内部が一部剥き出しの外見にブルーの塗装。本編でのエネルギー効率重視の戦い方。由良らしいセレクトや!」
「お互いに趣味丸出しですね」
「そんなもんやろ!」
笑い合ってからレジへと足を向けた。
プラモデルを買った後は、腰を落ち着ける為にもカラオケに寄った。
休憩を取るのであれば『プリティ・ハート』という喫茶店も候補に挙がったが、由良の意見により却下となった。真音としてもあの店の濃いマスターと会うのは時々でいいか、という思いもあったので受け入れた。
『プリティ・ハート』は純メイド喫茶である。
スキンヘッドのオカマのマスターがメイド服を着た――純粋なメイド喫茶である。
マスターがそう公言しているのだから、間違いは無い……筈である。
真音のカグヅチのグレン機関の事で竹内先生に相談したところ、プログラムの事なら詳しい知り合いがいると紹介されたのが『プリティ・ハート』のマスターであった。
その日の事をふたりは一生、忘れないだろう。
「いっらしゃ~い、あら、可愛いお客様達ね~!これじゃ、あたしのハートときめいちゃう(はーと)」
暖簾を潜ってふたりが出会った、もとい遭遇したのはフリフリのメイド服を着てクネクネと身体を揺らすスキンヘッドのガタイのいいオカマ。
「真音。私は今、とても悪い夢を見ているらしい。今すぐ帰ってもいいか。いや、帰らせてくれ」
それを見て由良は真顔のまま告げて帰ろうとした。ただ、その身体は激しく震えていたが。
「ま、待つんや!うちの事も置いていかんで~!」
真音は由良に必死で縋りついた。
それから暫くマスターと話して真音は思い出した。
兄のいた頃のVR部にもこんな人がいたな、と。
その本人であり、草辺京史郎(くさべきょうしろう)という名前のOGだった。
カラオケに着いたふたりはドリンクを注文した後、リモコンを通じて選曲を送信する。
「まず、うちから行くで~!」
マイクを取った真音がノリノリで曲の始まりと共に唄い出す。
真音の唄う曲は『真奪取ロボ』のふたつ目のOP『HEATS』である。
暴力的なまでのエネルギーに溢れたスーパーロボットに似合う、アップテンポなリズムの熱い曲である。
「では、次は私が」
その後に続く由良の選曲は『壊れた刃』の劇場版のED『SERIOUS―AGE』である。
ある大陸での国同士の戦いを描いた戦史もので、その中に身を投じた主人公の心情を歌うようなバラードに近い曲である。
更にその後に真音が『人機』のED『未来という名の答え』を、由良が『銃×剣』のED『A rising Tide』を代わる代わる唄う。
年頃の女子高らしい流行りの恋愛曲など全く出ない。
リモコンの履歴を瞬く間に埋め尽くしていくのは、ロボットものの曲ばかり。
これだけでも、このふたりの半端で無いロボ好きである事を象徴していた。
ふたりがカラオケから出た頃には、すっかり日が暮れていた。
「いや~今日は遊んだわ!」
濃紺に落ちる商店街の上の空を、見上げて真音は溜め息を吐く。
今日は楽しかった。こんな日々がずっと続けばいいと思うくらいには。
それでも――
「――山田、明日はまたゲームセンターで対戦をしたいと思います。その……いけますか?」
暗い夕暮れの中で由良が、真音を見て言った。
――そう、自分達にはしなければならない事がある。
「うちは、うちはな……」
暫く考え込んでから答えた。
「……怖い、と思う。どうしても……」
昨日の事を思い出せば、今でも身体が震える。
この街にはゲームセンターはひとつしかない。行けば、昨日の相手と遭遇して再戦になる可能性は十分にある。
「私は山田が本当に無理だと思うのなら、行くのを止めてもいいと思っています。言い方はアレですが、あんなヤツラを相手にする必要は必ずしもありませんし」
夕暮れに照らされた由良の表情は、いつもと変わりない。
けれどその言葉から自分の事をそれこそ、もしかしたら今朝からずっと心配してくれていた事を真音は感じた。
一度、目を閉じる。
今、ここで逃げても、それこそバトルを止めても誰にも責められる事はないと思う。由良だって、このまま友達でいてくれるような気がする。
無くすのは、あの過ぎ去った過去の思い出のある部室だけ。
それでも――何もせずに諦めたくないと、強く思う。
大事だと感じたものを守りたいと思う。
逃げ出したくないと思う。
「うちは、戦いたいと思う。怖いけれど」
目を開けて、由良を見返して答えた。
その視線を受けて由良も答える。
「それなら私が真音を守ります。その戦おうとする〝こころ〟を。それから――」
由良が顔を近づけて、真音の耳元で囁いた。
「――勝ちうる可能性のある作戦をこれから教えます」
(のあああー!)
耳元に吹き掛けられる由良の吐息が妙に心地良くて、くすぐったくて話は聞きつつも意識が軽く昇天しそうな真音がいた。
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