第5話 ゲームであっても……

 カルピスを飲み終えた真音は、再びソファーに寝転がった。

 (由良はまだ、こーへんなぁ……)

 少し前まではひとり部室で動画を見たり、ゲームをしているだけでも楽しかった。しかし、今では由良がいないと退屈に思う事も多い。

 キースケにチョッカイを掛けようかとも思ったが、そのクリクリとした目で時代劇に見入っているのを邪魔しては悪い気がした。

 (あまり、気乗りはせんけど……)

 真音は左手のチップを通してネットにリンクする。そうして真音なりに昨日の試合を振り返る為に、対戦したドールのデータや情報を調べてみる事にした。

 やろうと思えば、試合のあったゲームセンターの端末を通じてリプレイ動画を見る事もできたが、それは流石に憚れた。

 検索終了――宙にウィンドが展開され、データや情報が表記される。


 機体名〝サウダージ〟――ブレイド社が開発した新型のドール。

 細見の軽量フレームに可変式のウィングを持ち、飛行を可能とした高機動型モデル。高い機動性に可変型のウィングにビームキャノンを装備し、高い攻撃力をも併せ持つ。ビームライフル、ブレードといった白兵用の装備もある為、隙の無い機体。

 これらの事からネットでの評判は高く、現在の『your enemies』に於いて、頻繁に使われる機体のひとつになりつつある。


 「スマートでかっこいい。まさに、リアルロボットの王道ちゅう感じやね――」

 真音は溜め息を吐く。確かにカッコいいとは思うのだが、真音の好みはもっとゴツゴツして太く、拳で殴るような所謂スーパーロボットだからだ。それに幾らカッコよくても、相手のした事といえば……。


 次に自分の機体のデータを広げる。

 機体名〝カグヅチ〟――とある旧型モデルをベースに、もはや原型が不明になるほどカスタマイズされたオリジナルの機体。

 グレーの塗装に人間のような二つの目の頭部。全体的に太目のシルエットをしており当然、装甲も厚い。更には両腕にはシールドをも装備していて堅牢堅固。ただし遅めの機動力。

 攻撃兵装には分かりやすい銃器や近接武器――ライフルやマシンガン、ブレードやナイフの類は装備されていない。

 あるのは拳と内部の余剰エネルギーを利用した光弾の類や、腰のアンカーのみ。

 この事を踏まえれば高い装甲で耐えながら接近し、格闘戦を仕掛ける機体だといえるだろう。


 「これや!これこそロボット!拳や大技でのド突き合いや!」

 由良の好みはコッチだった。自機として愛着もあるが、それを差し引いてもカッコいいと思う。


 ただし――現在の『your enemies』ではスーパーロボットのようなタイプは廃れたコンセプトであり、使用者は限られていた。

 何故ならこうした重装甲近接型は、高い火力と高機動を両立したモデルに勝つことは難しいからだ。確かに格闘戦となれば、重装甲近接型は有利である。しかし、そもそも高機動型に接近する事が困難だ。その前に遠距離から撃たれて撃破されてしまう事が大半だからである。それは一対一でも、複数戦でも大きく変わらない。

 この事は近年、発売さているモデルの大半が高機動型である事からも窺える。

 それにそもそも、『your enemies』では上級者ほど、初心者に比べて装甲を薄くする場合が多い。何故なら上級者ほど、ゲームに於いて練度が大きく関わる機動と銃器の命中の精度が高いからだ。

 初心者の頃はこれらが上手くない為、むしろ重装甲近接型は好まれる傾向にある。弾が避けられないなら装甲を厚く、上手く銃器が扱えないならシンプルな殴り合いを。だが上達すれば重い機体では回避はおろか、射撃や格闘といった攻撃に関わる挙動が重い事はマイナスになる。重く、遅ければ先手を取ることが困難になるからだ。

 集団戦でも遅ければ、速い味方からは置いていかれ戦線に参加するのに時間を取られる。その間、味方は数の不利な状態になる。

 ましてや、高機動型がビームのようなエネルギー兵装で高い攻撃力を獲得出来る環境ではこうした遅さ、鈍さは致命的である。


 要するに――昨日の試合で初心者の真音は腕前もそうだが、機体の性質上でも大きく不利を囲っていたのだ。


 ただ対戦後、上級者である由良曰く、カグヅチの性能であればやりようはあったそうだ。

 これは対戦相手も暴言ながら言っていた事だが、カグヅチのスペックは旧型がベースになっている割には、現在でも通用する程に高い事に起因する。

 ましてやカグツチには昨日は発動しなかったが、機体の性能を引き上げる特殊な機関が搭載されている。


 その名も――グレン機関。

 発動すれば一部の装甲が開いて炎を噴き出す。それと同時に機体の性能や武装も強化される――のだが、実は真音はこの状態〝バーストモード〟(命名、由良)の形態になれた事は殆ど無い。

 理由は不明。発動条件も現状、不明瞭でよく分かっていない。

 しかも由良の見立てでは、発動プログラムが複雑で修正のしようがないらしい。その事で彼女からはアテにはするな、と釘を刺されていた。


 謎の多いカグツチだが、そんな機体を真音は如何にして手に入れたのか。

 ドールは所詮、ネット上のプログラムではあるが数万は下らないもので学生には安い代物ではない。由良は特に高額の小遣いは貰ってもいない。


 ――由良は見つけたのだ。


 高校に入学したその日、久しぶりに部室を訪れた時に。

 興味を惹かれ、弄ってみた部室のパソコンの中にあったパスワードの掛かったフォルダーを偶然開いてしまった際に。

 かつて兄が使っていた機体に酷似した――カグヅチを。


 だが真音はそんなカグヅチを、まだ上手く扱えてはいなかった。


 「どないすれば…ええんやろな……」

 ぼんやりと考えてみるが、考え付かない。

 もう少しで始まる地区予選。

 大会ともなれば参加者の多くが勝つ、勝てる確率の高い戦い方を選択してくるだろうと思う。そうなれば現状の対戦環境上、カグヅチにとって不利な相手が多く出てくる事だろう。その時、自分はどうすればいいのか?

 答えを求めて、次は昨日の試合で相手を撃破した由良の機体のデータや、その対戦相手の機体のデータと情報を表示する。


 機体名〝クラウソラス〟――由良の愛機であり、ブレイド社の初期のモデルに後発の様々なパーツを組み込んだ機体。

 青い塗装に、ゴーグルのようなバイザーに目が覆われた頭部。スペック的には突出した所は無く、全身に装備換装用のハードポイントを多数有する。状況によって装備変える万能型。それらの事からどことなく、リアルロボットの量産機のような印象を真音は持っている。

 実際、装備の方もグレネードの付いたマシンガンや大腿部のハンドガン。腰の二振りのナイフ、両腕の小盾に仕込まれたブレードなど、特に特別な装備も無い。


 それに対して、相手の機体は――機体名〝ヤマトタケル〟こちらもブレイド社の製品。

 赤い装甲に細見の外見。機動力に秀でており武装に巨大なソードライフルと、射出後に空中に滞空するビームアンカーを装備。

 射撃武装こそ目立った火力は無いが、その機動力と引っ掛かれば相手をスタンさせる事の出来るビームアンカーで相手を翻弄し大剣で斬る事を得意とし、高い近接性能を実現している。

 ネットでは接近されれば、大剣とアンカーによる二択を押し付けられる、言うなれば嵌め殺し機体との定評がある。これらの事から流行の高機動型以外は不利が付きやすいとも言われていた。


 しかし結果を見れば、由良は大きな損傷を被る事無く、この機体に勝利している。

 この一か月間、幾度と無く由良の戦いを見てきているがこうした一見、不利と思える相手に由良は勝ち続けている。未だにその勝てる理由がイマイチ真音には分からなかった。経験、あるいはセンスなのか。それとも、それ以外の何かがあるのか。

 どちらにしろ、今の真音がそんな由良の相棒として並び立つには程遠い事は分かる。


 ――足りない、足りない。

 真音には何もかもが足りない、経験もセンスも。強くなる時間さえも。

 その事を辛く、苦しいとも思う。

 やもすれば、心の中に感じる〝不安〟という大きく暗い穴のようなモノに飲み込まれてしまいそうになる。

 このまま、大会に出ても自分は――


 それでも――真音は思い出す。

 最初は自分とバディを組まないと言い続けていた由良が、かつての相棒に出会い戦って、完膚無きまでに敗北した後で自分に言ってくれた言葉を。

 撃破され全身に奔る痛みに耐えながら、彼女が抱えているものを真音に告げた後で、由良は真音を真っ直ぐに見つめて言ったのだ。


 「――真音、私とバディを組んで大会に出て下さい。大会に出るあの女をこのまま放っては置けない。それでもあの女と組むくらいなら、非力でも人間として〝理不尽〟に対して怒れるあなたの方が何万倍もマシです」


 あの時の戦いは酷いものだった。

 由良のかつての相棒は、女性ながらも凄まじく強かった。もしかしたら、由良よりも強いかもしれないと真音は思った。

 その戦い方は相手を言葉で詰り、心を折りながら圧倒的な性能で過剰ともいえる攻撃を加えていくというものだった。

 更に傍目からみても決着が着いたと見えた後でも攻撃を続け、感覚を有するこのゲームに於いて、激しい苦痛を相手に与え続けても止めないのである。

 その時、多大なダメージを負い倒れた由良のドールを、彼女は装甲を力任せに引きはがし内部に攻撃を加え続けた。由良に対して悪意のある言葉を吐きながら。暴力を振るいながら、彼女は嗤っていた。

 ――残虐。

 それを震えて見ている事しかできなかった真音の中に、その言葉が浮かんだ。

 振われる暴力に対して由良が苦痛を、痛みの声を必死に抑えているのが分かった。きっと凄く痛い筈なのに。すごく苦しい筈なのに。

 なんでや、なんでそんなに酷い事が出来るんや!真音はいつしかその光景に激しい怒りを覚えて、無謀にもカグヅチで殴り掛かったのだ。

 この時、初めてバーストモードが発動した。

 それまでそんな機能がある事に由良も、真音自身も気が付いてはいなかった。


 それから真音と由良は大会に出て、勝つためにバディを組む事になったのだ。

 ふたりにはたかがゲーム――とはいえど戦う理由があるのだ。


 真音は思う。

 かつての由良の相棒も、それから昨日の対戦相手も何の為に戦っているんだろうと。

 ゲームでの対戦は戦う事や考える事で、相手と競う事に楽しみがあると思う。

 けれどかつての由良の相棒も、昨日の対戦相手もそれだけとは思えない。

 実は昨日の対戦相手は所謂、後入りでの試合であった。恐らく真音達の動きや機体を見て、自分達に有利がある事を確信しての乱入だった。

 ましてや『your enemies』が大きな大会などを除けば、基本的にはオンラインでの対戦が普通であり、ゲームセンターでの対戦はゲーム内で使えるポイントが幾らか多く得られる事以外には利点は無い。

 しかしそうした後入りを狙い、ゲームセンターでの対戦をメインとするプレイヤーも一定層いるのだと、昨日初めてゲームセンターに入る前に由良から聞いた。

 由良曰く、ネットと違い対戦相手を見定め易いから勝ちやすいのだという事だった。

 それでも由良が真音を連れてゲームセンターを訪れたのは、より近い対面で相手と対戦する事で大会の際のプレッシャーに慣れて欲しいと言っていた。

 そこに訪れたのは彼らだった。


 性能を積んで、圧倒的な有利を見て、言葉で詰って――

 ――そうまでして何故、ひとは勝ちたいのだろう。


 それを、勝負といっていいのだろうか?

 彼らは強くなる為に戦っているのでは、多分無いのだ。

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