バディドール (読み切り版)

白河律

燃える炎を、いつも心に

第1話 敗北


    燃える炎を、いつも心に


  ――ひとはどうして、戦うのか。


 「はあ…はあ……」

 山田真音(やまだまいん)は荒い息を吐いていた。

 零れる吐息は焦燥に満ちている。

 「ハイハイ、どうした?立派なのは機体だけかよ!」

 若い男の煽りの声。それは真音の目の前に立つ、一体の白と青の塗装の甲冑から聞こえてくるもの。その甲冑の顔の部分には、ふたつの目がある。しかしそれは人間の顔では無い。数々のセンサーを備えた機械の目を持つ顔。

 (どこか、どこかに隠れる事の出来る所はあらへんの……?)

 真音は周囲を見渡す。

 真音達が立つのは荒れ果てた荒野。その荒野には岩場や人家がある。しかし、そこに身を隠すには、男と同じように甲冑を身に纏っている真音にとっても、些か小さかった。

 何故なら、その甲冑は7メートル程もあったからだ。


 ――ここは何処なのか。

 ここはNT(ニュートロン)ネットワークと呼ばれるネットの中にできた仮想の世界だった。

 その中の複数のサーバーによって造られた『your enemies』というVR(バーチャルリアリティ)ゲームの世界。『your enemies』は半世紀前からあったロボットゲームを、直接体感できるというものだった。

 その操縦にはスティックも、レバーもいらない。

 現実の身体の手の甲に埋め込まれたコネクターとチップによって、意識と感覚をネットに直接繋いでいる為だ。

 この事で真音の身体自体が、7メートル程の鋼鉄の機械へと変換されていた。だからこの身体は現実の身体と同じように、意のまま動かす事が出来る。

 その機械の目、様々な計器がウィンドに並んだディスプレイを通して仮想の世界を彼女達は見る。

 このゲームでの戦闘の為の甲冑――自身の分身でもある鋼鉄の身体を〝ドール〟という。


 男のドールが手に持った銃器――ライフルを構える。

 マズルフラッシュ。

 放たれる光弾。それはゲーム上で再現されたビームの弾丸。

 「うぁぁ……」

 思わず身を捻る。光弾が真音の僅かに横を掠める。

 「ハ、雑魚が!初心者丸出しの空気だったから、バトルを仕掛けてみたが正解だったぜ!ああ、雑魚を、それも女子高生を嬲るのは最高だな!」

 男がライフルを連射する。

 それらに対して、真音は機体に備え付けられたブーストを吹かして、地上を滑るように逃げ回る事しかできない。そんな真音を、男は嗤いながら空を飛んで追いかけてくる、彼女はどうしても、逃げ切れなかった。

 男のドールは、細見で背中に鳥のような可変式のウィングを背負っている。

 その装備が、真音のドール以上の機動性を持たせている為だった。

 (あかん、怖い、怖くて堪らへん……誰か、誰か助けてくれへんの……?)

 鋼鉄の身体が震える。

 怖い。男の攻撃が。男の言葉と態度が。その悪意が。

 普通の少女である彼女は今まで生きてきて、こんなにも直接的な〝暴力〟に晒された事など無かった。


 真音は、ある少女の姿を思い浮かべた。

 いつだって鋭い眼差しをしていて、無口かと思えば、口を開くと悪態の言葉ばかりを自分に投げ掛けてくる少女の事を。

 それでも彼女は、このゲームを始めたばかりの自分とは違い、トップランカーに近い腕前を持っていた。

 そんな彼女と今、女の子同士でバディを組んで二対二のバトルをしている。

 女性ながらも、こんな世界で戦い続けてきた頼りになる相方。

 彼女の名前を由良、といった。

 しかし、そんな彼女もまた目の前の相手の相方と別の場所で交戦していて、こちらの援護に来る事は出来ない。


 (うちが、やらんとあかんの……?)

 自分の身体――真音の機体である〝カグツチ〟を見る。

 男の細見の機体と違い、太く装甲も厚い。更には両腕には大型のシールドが付けられ、如何にも堅牢そうな印象を受ける。

 ただ手持ちの武器は無い。しかしそれでも、この機体にも武器は付いている。

 バトル当初はそれを使って、攻撃もした。しかし全く当たらず、逆に男の攻撃と悪意に満ちた言葉をぶつけられて痛みを感じてから、怖くなって相方の静止を振り切って逃げ出してしまった。


 意識と感覚を繋いでいる事もあり『your enemies』では機体がダメージを負った場合、痛みを感じるような造りとなっている。それはリミッターである程度、抑える事もできるのだが、効かせ過ぎれば感覚が鈍くなり機体の操作に支障が出る事にもなる。


 真音は痛みを感じたのだ。

 身体が。そして心が。


 由良が以前、言っていた言葉が甦る。


 ――人間とは愚かなものですよ、特に簡単に強い力を手に入れた人間は。その力を自分より弱い人間に振りかざして、誇示して、溺れて、快楽を欲する〝何か〟に成り下がる。


 このゲームを始めた時にも、似たような事はあった。

 けれど今はその時よりも、より強くその事を感じる。

 それは最新型らしい男のドールが一見すれば、男の白と青のヒーローらしい塗装の所為かもしれない。それでもしている事は、ゲームの名前を借りた一方的な暴力だったから。


 「そろそろ追いかけっこするのも飽きたかな。さてこれは、避けられるかな?」

 男のドールのウィングの一部が可変する。

 「まずい!」

 真音が機体を横に回避させようとしたが、間に合わなかった。

 手にもったライフル以上の速度のビームが直撃する。皮膚の一部が焼けるような感覚を覚えた。

 「くぅう……」

 被弾のダメージと衝撃で横転する。仰向けで地面に倒れ込む。

 「当ったり~!ホント、お前弱いわ。こんなの避けられないなんて、才能無いわ、さっさとゲーム止めれば?なんでやってるの?何、誰か気を惹きたい男子でもいて、話題作りの為にやってるとか?」

 倒れた真音に、空から降り立った男がライフルを突きつける。

 「うちは…そんな事の為にしてうとちゃう……」

 力無く答えた。

 「あっそ。まあ、別にいいけどさ。俺が気持ち良くなれれば、それで」

 悔しい、真音は心の底から思った。

 言いたい放題言われて、一方的に力を振るわれて。


 それは誰が悪いのだろう――

 ――力のある男か、あるいは力の無い真音か。


 (力の無い……ウチが悪いの?)

 力が無いから大切なものを奪われるのか?

 真音がバトルを始める切っ掛けとなった――兄との思い出のある場所も。

 (力があれば……)

 力――真音のカグヅチには力がある。


 機体を強化するグレン機関が搭載されていた。

 グレン機関を発動させたバーストモードという力が。


 (ここで使わんと…でも、うちは本当は怖い……逃げ出したい……)

 それでも真音はバーストモードを発動させるために叫んだ。

 「バーストモード、発動!」


 しかし――何も起きなかった。


 「どうして……」

 練習の時には、装甲が可動して炎が全身から噴き出したのに。

 「ふはは!マジ、傑作~!何か叫んだと思ったら、なんにも起きねえでやんの!まあ、でもいいや。そろそろシンデ――」

 突き付けられたライフルの引き金が弾かれようとした時、声がした。

 「そこまで、です――」

 いつの間にか、男のドールの後ろに別のドールがいて拳銃を向けていた。

 蒼いペイントで塗られ、目の部分がスキーの際に使うバイザーのような緑のパーツで覆われた機体が。

 「由良!」

 そのドールを真音は知っている。

 自分の相方の由良のドールである――〝クラウソラス〟だ。

 「何、アイツやられたの?ダッセ!」

 男が舌打ちをして、撃破された相方を詰った。

 「ここは、引き分けという事でどうですか?わざわざ痛い思いをする必要も無い筈です」

 銃を向けたまま、由良が男に提案する。

 「ああ、そうだな……負けたらポイントも得られないしな。まあでも、負けたみたいでムカつくから――」


 ――男が真音に向けたライフルを、真音の顔目がけて発砲した。


 「「――!」」

 真音が、由良が息を飲んで冷たい汗を掻いた。


 しかし、ビームは顔の僅か脇を通り過ぎた。


 「ははは、楽しかったわ!またここで姿見たら乱入してやるから、覚えてろよ!」

 男の機体が消える。

 バトルフィールドからログアウトしたのだ。

 その瞬間、試合終了のブザーが鳴る。



 「――山田、山田!どうかしましたか?」

 それから真音は、由良がゲームにログインする為のゲームセンターに置かれたコンソール型の筐体を開けるまで、席に蹲ったままだった。

 真音はただ、泣いていた。

 

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