第11話 割レル慟哭

 クラウソラスは回避した。

 満身創痍の状態から、回避の出来ないと思われる攻撃を。

 この戦いを見ていた藤岡にも一瞬、訳が分からなかった。

 これまでのクラウソラスからは考えられない――速さだった。

 相貌を赤く染めたクラウソラスがゆらり、と立つ。

 その雰囲気はそれまでのクラウソラスとは、まるで違っていた。

 人間ならば、その事に戸惑いも覚えるがAIは揺らがない。

 再び、今度は前後左右と取り囲むようにクサナギは飛ぶ。

 全方向からの攻撃では、全てを回避出来る筈など無い。


 マトモな人間の動きならば――

 ――だが、クラウソラスの動きはマトモではなかった。


 ほぼ同時に飛んで来た刃の隙を、舞うような僅かな身動きだけで避けた。

 一本だけ直撃コースだったものは、右手で掴んで止めた。


 高速で飛ぶ刃を最小限の動きで躱し、あまつさえ掴む。

 人間離れした反射神経と動態視力だった。


 それだけでは無く、掴んだ刃を投げ放つ。刃は空を舞う刃に当り、堕ちた。

 その隙にソードライフルを構える。

 オロチが由良を狙う。

 発射――衝撃。

 衝撃を受けたのはオロチの方だった。

 背後のバックパックから、右手に対物砲を装備したクラウソラスに撃たれたのだ。

 左腕が吹き飛ぶ。

 状況を把握したAIが退避行動を取る。同時にクサナギを奔らせる。

 それを、その場から動く事も無く片手で対物砲を連射したクラウソラスが撃ち落とした。残っていたクサナギ四本が四連射で爆散。

 殆どの武器を失ったオロチに、相貌を赤く染めたクラウソラスが走る。

 ブースターを吹かし、地を滑るように走りながらも対物砲を連射。

 凄まじい反動と身体に掛かる筈の負担を感じさせない動き。

 ましてやこれまでの被弾で左手は使えず、砲を右手だけで支えているのにも関わらずである。

 オロチがソードライフルを射掛けるが、当たらない。

 クラウソラスが、ジグザグに移動して的を絞らせない。

 逆に被弾して、ソードライフルを吹き飛ばされる。


 暗い闇に赤い相貌が光り、奔る。

 仄かに残光を残して。

 それは――見る者に戦慄を覚えさせた。

 藤岡がまさにそうだった。

 「由良ちゃん、モード『P・D・R』を発動させたのか……」

 呟いて、頭を抱えた。

 光る剣――クラウソラスは妖しい輝きを帯びていた。


 モード『P・D・R』は略称であり、本来は『pandora』というOSで、エーテル社がドールを開発する優良企業の幾つかに最近、配布したものであった。

 その効果はプレイヤーと機体のリンクを強くし、その事でエネルギー効率を上げ、機体の出力を向上させるという触れ込みであった。

 由良も試しに機体に組み込んでいた。

 だがその実態は、それだけでは無かったのだ。

 『pandora』はプレイヤーと機体のリンクを強くし、出力を向上させる。

 しかしその反面、発動すればプレイヤーの意識――精神までもが強く機体に反映されるのだ。


 戦闘の中にあって、由良の心は沈んでいた。

 自身の想いの中に――思い出の中に。


 家族の――父の思い出。

 それは幾重もの悲しみと怒りに似た感情に塗り潰されている。

 儚くて、激しい感情。

 自分に背中を向け続ける父の背中。

 それに叫ぶような想いを抱く。


 けれど由良は、それをどう伝えればいいのか分からない。

 どうしたら、届くのか分からない。


 だから、戦い続けてきた。

 父が捨てた過去の機体であるクラウソラスと共に。

 アリーナで多くのランカーが扱う、自社の新型を相手に。

 それは旧型のクラウソラスにとっては、激しく苦しい戦いだった。

 負けた事も何度もある。受けた痛みに泣いた事もある。心無い言葉で詰られた、怖い思いもした。

 ゲームだというにも関わらず、勝つ為なら人間はこんなにも汚くなれるのかとも思った。

 それでも戦い続けてきた。


 しかし――


 目前に迫った時、オロチが腰のサーベルを抜いて、破れかぶれ気味に突いた。

 それがクラウソラスの頭部に刺さる。

 否、バイザーを割るに止まった。

 バイザ―の奥の、目に類似したセンサー露わになる。

 由良は片目に鈍い痛みを覚えながらも、対物砲をオロチの胴体に押し当てる。

 そのまま突き刺すように、力任せに壁際まで押し付ける。

 激しい衝撃音と共にオロチは、対物砲で壁に貼り付けられる。

 トリガーが引かれる。


 ――零距離射撃。


 オロチの胴体が吹き飛ぶ。同時に霊距離射撃の跳弾で対物砲の先端が破裂する。

 破片が由良に飛んで、装甲を傷つけるが気にも留めない。

 大破し、壁にもたれ掛るオロチの割れたバイザーを由良は覗き込む。

 そこには、赤い目をしたクラウソラスが映る。

 割れたバイザーから、片目が直に覗いている。

 その赤い目には見覚えがあった。


 会社がコンセプトを転換してから、開発された機体とは相性が悪かった由良の代わりにテストスタッフとなり、企業の代表選手としてかつてバディを組んで公式大会に出ていた相手――白崎愛実(しろさきつぐみ)の機体の目と同じではないか。

 真音とバディを組む前に、ある事情で神戸に転校せざる負えなかった自分の前に突然、再び現れた女。

 あの女はモード『P・D・R』を同じように装備した機体を――いや、同じなどでは無かった。白崎の機体はモード『P・D・R』の使用を前提に開発された機体であり、後付けに過ぎないクラウソラスと違い、完全にシステムと適合していたものを使用していた。

 それは父が彼女の為に、設計したものだ。

 その機体は白く、一見すれば綺麗にも見えたが、その実態は肩に装備した大型のクローで相手を掴んで強引に切り裂くようなものだ。

 残虐――それはあの女の内面と同じだ。

 自分より少し年上で綺麗な長い髪と容姿をしているが、テストスタッフになる前は生活が苦しく、荒んだ日々を送っていたらしい。

 表向きは笑っていてにこやかだ。しかし、それは自分にとって利用価値のある相手だけ。他には極めて冷淡だ。

 あまつさえ、あの女は言ったのだ。


 ――自分を貧しい生活から救い上げてくれた父に、恋をしていると。


 それだけなら、まだ赦せたかもしれない。

 だが、あの女は言葉を続けた。


 ――それには、亡くなった母と娘である自分が不要なのだと。


 由良がいるから、父は思い出に囚われて自分を抱いてくれないのだと言った。

 幾ら誘惑しても、寝取る事が出来ないのだと言った。


 ――ふざけるな!


 由良はキレた。

 それでも白崎は激昂する由良に対して、アンタの澄まし顔を崩せていい気味だと嗤った。

 その感情のままに戦ったが、由良は白崎に完膚無きまでに敗北した。

 屈辱だった。


 ――私はあの女が嫌いだ。


 同じ女としても嫌いだ。

 だから、この赤い目が嫌いだ。


 由良は腰のナイフを引き剥くと、大破した機体に突き刺す。

 何度も、何度も。

 自身の中に湧き上がる嫌悪感を晴らす為に。


 ――しかし、私は勝てない。


 戦闘に於いて、紛れも無い天才である白崎に。

 私は私が嫌いだ。

 白崎に勝てない、普通の自分が。


 刃を突き刺す。


 私は勝たねばならないのに。

 父が造り、あの女が使う機体に。

 でも、それは何の為なんだろう?


 私は――父にどうして欲しいんだ?


 その答えが分からず、どれだけ痛みを覚えてもこれまで戦い続けてきた。

 身体が痛い。でもその前から、ココロが痛かった。ずっと痛かった。

 それを晴らす術を由良は知らない。

 だから、戦い続けるだけ。

 どれだけ痛みを負う事になろうとも。



 モード『P・D・R』を発動させた由良は、身体に感じる痛みを無視する事が出来る。その事で多少のダメージや、負荷が掛かっても行動可能となる。


 ――何故なら、彼女のココロは常に痛みを抱えているからだ。


 不意に、突き刺していた機体が消えた。

 「……?」

 その事に首を傾げる由良。

 「由良ちゃん…もう、止めよう……」

 大破した機体を刺し続ける由良を見かねた藤岡が消したのだ。


 由良の意識が急速に沈む。

 【ログアウト】――由良は眠る。

 再び夢を見る。

 青い空と海、砂浜の夢を。

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