動かない車
除雪が辛い、8連休後に社員総出で会社の敷地に積もった雪を除雪する。
8日間で積もった雪は札幌で60センチ、他の支店はもっと積もっているらしい。
敷地内にある大量の展示車や故障車、代車にもこんもりと雪が積もり、全ての車両の雪を下す。
除雪の為に動かした車両が敷地内に溢れ身動きが取れなくなる。
そんな中、正月の休みボケも治らない連休明けにレッカー車で運ばれ来た不動車、レッカー車を入れる為、また車を何台も動かさねばならない。
その運ばれてきた車を乗せたレッカー車をやっと場所を作った工場の駐車場に誘導し、ドライバーのオッサンに車を降ろしてもらう。
作業が終わったオッサンは傍で見ていた俺にカギを渡して言った。
「エンジンが掛かりません、セルは回るのでバッテリーが原因では無いようですねぇ」
「分かりました、有難う御座います」
俺は不動車に乗り込みスタートボタンを押してみた。
エンジンは一発でかかり、調子はすこぶる良い、レッカーで運ばれてきたエンジンの掛からない車がすんなりと始動する事は珍しくない、車両によってはその後二度と症状が現れず、何日預かっていても原因が分からずメカニックを悩ませる。
そして仕方が無いので客に車を返すと直ぐに症状が再発し、激怒され、担当営業が謝罪に行くのはありふれた光景だ、エンジンの掛からない原因は多岐にわたり、予防整備で闇雲に部品を変えた所で正解とは限らない、部品代も掛かるので、客に了解をもらわなくてはならないし、部品を変えた所で治るとも限らない。
客は治るまで見てと気楽に言うが、営利企業である我々はその車を無限に時間を使って診ることは出来ない、見た所で症状が出なければ現状では正常だし、治せなければ何時間点検しても工賃は貰えない。
我々は医者のように病気がよく分からないけど診断料は取るなんて事は出来ない。
しかも代車が出ていたら尚更早期に客から代車を回収しないと他の客を呼べなくなる。
俺は車を降りて工場のシャッターを開けると、その車両を工場の中に入れた。
工場内は暖房の熱が一気に逃げ、吐く息が白くなった。
冬は工場に車両を入れる度にシャッターをいちいち開閉しないといけないので案外面倒くさい。
それでもディーラーはまだマシな方で、カー用品店などは真冬でもシャッターを全開で営業しているのが普通らしく、同業者としては気の毒に思えてくる、氷点下10度を下回った中で指が動くのだろうかと。
早速俺はその車を故障診断機に繋ぎ故障コードを読み込むが、コードは入っていない。
エンジンは軽快に回り、異常は感じられない。
アクセルを何回か踏み込むとマフラーからゴボゴボと音がする。
「これか」
俺はフロントに顧客情報を聞きに行った。
フロントの長岡邦洋は言った。
「斎藤メガネ店の車の客? たしか80歳くらいのおじいちゃんだよ」
「そうか、だからか。長岡、その車マフラーに溜まった水分でマフラー詰まってただけだわ、今朝は寒かったからマフラーの中が凍ってたんだろ、今は寒気が緩んだから氷が解けてエンジンが掛かるようになったんだよ」
マフラーに水が溜まりやすいのはドライバーの車両の使い方が影響することが多い、駐車場の除雪をしない面倒くさがりな奴、エンジンの回転を上げない超安全運転の主婦や老人は排気圧が低く、水が溜まりやすい、あとはチョイノリしかしない短距離、短時間の使用が多い人はマフラーの温度が上がらず水分が蒸発しない。
この手のドライバーは普段からマフラーに水が溜まっていて、極寒になるとマフラー内部が凍る、詰まるほど水が溜まっていなくても冷えているときは氷がマフラーの中で溶けながら動くので朝一だけ走行時にゴンゴンと異音がしたりする。
詰まれば吸気出来ないのでエンジンは掛からない。
もしエンジンが掛かったとしても数秒でエンストしてしまうだろう、ここで無理にアクセルをふかし何度も始動を試みると、マフラーに溜まった燃え残りの混合気に引火してマフラー内で爆発が起こり、マフラーの継ぎ目を破壊する事がある。
修理代の安い国産車ならいいが、外車なら4Kの大型液晶テレビが買えるくらいの修理代が掛かるだろう。
この症状になりやすい人の車は夏場でも見ただけで分かる、夏なのにやたらと自分の車のマフラーから湯気が出ている人は注意した方がいい。
まあ、極寒の地域に住んで居なければ影響は無いが。
俺は工場に戻りその車を激しく空ぶかししたり、エンジンを高回転にしたりしてマフラーに溜まっている水を強制排出した。
作業は終了、売り上げはゼロ、今年も儲からない、だがコロナウイルスの影響は微塵も感じない、整備不況知らずとはよく言ったものだ、薄給だが絶対に不景気では潰れない、故障車がある限りは。
全く有難い話だ、今年も一年頑張るか…… 俺は工場の外に出て除雪の続きを始めた。
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