少数精鋭
ディラーの整備工場、そこで実際に働いているメカニックの人数は驚くほど少ない。
俺の務める正規外車ディラーの札幌本店でもだ。
メカは四人しかいないのだ、それも車検検査員を入れての数だ。
指定整備工場として認可を受けるには最低工場人数が決まっている。だが、そんなものはどうにでも誤魔化せる、フロントもパーツ担当も元メカニックだから二級自動車整備士の数に入れられる。
一応、認可を受けても工場の人間の入退職により逐一報告義務があり、組織図や、整備主任者や検査員の再登録申請は行われる。だが、別に確認しに誰かが訪れる事も無く、顔写真が書類に貼ってあるわけでもない。
だから数合わせ出来ていればいいのだ。
ディラー経営者は店を閉める事を極端に嫌う、週一定休日が有ればいい方で、定休日と祝祭日が被れば出勤日になる所は多い。
となれば、メカは交代で休むしかない。いわゆるシフト休というやつだ。
土日祝日に休んでいる人からすれば平日休むのは抵抗があるかも知れないが、俺はこのシフト休が結構好きだったりする。
何故かというと融通が効くからだ。
平日は泊りでも、映画でも安いし、その気になればシフト休を繋げて都内のライブに参戦出来たりもする。
イベント好きにはこの上ないシステムだ、だから俺はこの業界に留まっているとも言える、薄給だが……。
だが、シフト休一番の不都合がある、それは学校の行事に皆が同じ日に休みを取りたがり、意地でも譲らないからだ。
俺はもう子育ても終わり、入学式や運動会に行く必要は無いが、他の家族持ちのメカは奥さんのプレッシャーも有り少人数にも係わらず他の社員と同じ日にシフトを入れ、工場にメカが二人しか居ないなんて事が良くある。
だけど誰もこの事を正そうとはしない、出番のメカは悲惨だが俺だって休みたい日はある、それをダメだと言われたくない、誰かを休むなと言えば自分も何時かそう言われる、だから誰もシフトの調整をうるさく言わないのだ。
それで良いと思う、俺は遊ぶ手段としてメカをやってる訳で、メカが人生では無い。
そして二人メカの日、出番の奴らは死ぬ思いをする。
大体学校行事は土曜が多い、それは一週間で一番来店の多い日でもあったりする。
そんな日に出勤すると朝から引っ切り無しに
しかもそれが一件では無く三件ぐらい被った状況でだ。
って事は、パッパと仕事をこなさなければならないって事だ。
終始時間に追われ、重複して仕事に取り掛かり、時計を気にしながら故障診断までこなす。仕事中は気が休まらず、鼻血が出そうな感覚……いわゆるのぼせた様なハイな状態が続く。
昼飯も食えず、食えたとしても直ぐに呼ばれて食い掛けの弁当箱に蓋をする、カップラーメンなど食うのはNGだ、お湯を入れた途端に工場に呼ばれ、後で冷えた膨張した汁の無い不思議な食い物を食う羽目になるからだ。
メカニックは落ち着きのある人間でないと出来ない、焦ってたらミスをする、ミスった所がブレーキやハンドル周りなら人が死ぬかも知れない。
どんな状況でも確実に作業できるメンタルが必要な職業だ、俺は接客に対するメンタルはガラスだが……。
土曜は予約の客も多いが、シフトの出勤人数が予約に考慮されることは無い、他の従業員にとって入庫量は他人事だからだ。
客に文句を言われたくない、そんな感情が無理な入庫予約に繋がり、何十年この事についてミーティングしても改善する事は無い。
メカニックは会社の経営を支える屋台骨だが社内の序列は限りなく低い。営業は表彰されるがメカが表彰されるのを俺は見た事が無い。
怒涛の如く仕事を普通にこなし、閉店時間を迎え、ペアだったメカと今日は大変だったなと笑い、着替えて会社を後にする。
でもそれで良い、来週は待ちに待った幕張メッセでのライブ遠征だ。
俺はその為に働いている。
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