リコール
「エアバックのリコール?」
俺はフロントの長岡に聞いた。
「来週発表です、もうDM用の書類届いてますから」
「めんどくせえのか? その作業」
「工数3だからそうでも無いですよ、中川さんなら慣れれば10分程度じゃないすか?」
俺は作業工程の書類を事務所で長岡から手渡され、それに目を通す。
運転席のエアバック本体の交換か、簡単な作業でよかった、台数はウチの支店だけで200台超、管理ユーザー以外も来るだろうから実際はもっと多いだろう。
貰える工賃はたったの2400円、ただ忙しくなるだけの美味しくない仕事だ。部品はメーカーからタダで送られて来るから工賃以外の利益は無い。
それでもリコールとなれば我々に販売責任があり、客に詫び、来店を促すがゴネられれば引き取り納車しなければならない、勿論詫びの洗車付きだ。
「部品届いてんのか?」
「取り敢えず20個来てます」
「たったの20個?」
「ええ、まいりますよ、さっき営業にDM送る客選ばせましたけど」
リコール作業の順番には序列がある、メーカーがリコールを発表すると途端に大騒ぎするキ〇ガイ顧客が優先されるからだ。ウチの店では営業にあらかじめ送る人物を選ばせている、危険人物から優先的にDMを送りトラブルを避け、数少ない対策パーツをその客の為に取り置きしておく。部品の供給が十分に有ればこんな事はしないのだがエアバックの供給は最近非常に悪い。
それともう一つ順番が付けられる場合がある、リコールの対象台数が物凄く多いか、作業工数が大きく修理に時間の掛かる場合だ。この場合一度にリコールのDMを出すと修理依頼が殺到したり、純粋に修理がこなせなくなる。
だからこのような時も小出しにDMを送っている。
一週間後、朝の朝礼前から電話が鳴り響く。今日、新聞各社にリコールの告知が載ったからだ。
だが、開店前は電話に出る事は無い、10年前なら受話器を取っていただろうが、これも働き方改革の成果か、カーディーラーも最近は定休日も増やすし、営業時間外は直ぐに留守電にするところが多くなって来ている。そうでないと困る、俺達は無限に働く事になるからだ。
一部従業員の中には社畜精神のある昭和社員の鏡の様な人間もいるが、我が社ではもう通用しない、そんな奴は社内で浮き、誰も同情しないし、トラブっても他人事、過労死しても誰も泣かないだろう。
営業時間を迎え、次々鳴る電話を取ると、やはりリコールの問い合わせ電話だ、俺の車は対象なのか、調べろ、早くしろのオンパレード、しかしそう言う客ほどリコールの対象で無い事の方が多い。
最悪なのは自分の車種も良く分かっていない客からの問い合わせだ、顧客データに載っていない他社購入の客が車検証も用意せず問い合わせをして来るのだが、車台番号を聞こうものなら逆ギレは必至だ、だいたいディーラーに電話しただけで全てが分かるとでも思っているのだろうか、一度も行った事の無い店に、誰とも分からない人間が問い合わせした所でわかる筈が無い。
「相変わらずめんどくさい客ばっかりですね」
フロントの長岡は、まだ朝だと言うのに疲れた顔をしている。
カーディーラー内で一番ストレスの貯まる職種、それがサービスフロントだ。フロントはメカニック上りの人間でそもそも接客を望んでいない、クレーム対応に追われストレスを貯め込み、いきなり辞める奴も多い。
長岡の疲れた顔を見て、俺は今度彼を酒に誘う事に決めた。
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