外車整備士は底辺でも辞めないようです

ダウンロードエラー

「車両アップグレードに50分、長げえな」

　ナビを使用中にドアを開けるとナビ画面がフリーズする、そんな事を言う客が先月から増えていた。明らかにソフトウエアのバグだ、俺たち整備士にはどうすることも出来ない。不具合ログは日本のインポーターに送っているから、本国も把握しているだろう。

　対策ソフトウエアが出来上がるまではひたすら待つしか無いのだが客は待ってはくれない。気の短い客は我々を脅迫し改善を求める、そんな時に一縷の望みとして行う作業がある、全車両ソフトのアップグレード作業だ。

　ソフトウエアは車両のモジュール毎にリリースされていて、最新盤がしょっちゅう現れる。それを纏められたものが全車両ソフトアップグレードだった。

　俺はその車両を有線でパソコンに繋ぎダウンロードの準備をする。バッテリー充電機を繋いでソフトウエア書き換え中の電源を13ボルトにセットする、これをやらないと弱ったバッテリーが付いている車両は長時間のキーオンに耐えられず電源が落ち、ダウンロードエラーを起こす。

　俺はソフトウエアを購入してダウンロードボタンを押す。

　車両のヘッドライトがフラッシュしてダウンロードが始まる、車両は眠ったように全機能が停止されダウンロードが始まった。

　パソコンの診断機内に表示される進捗バーがジワジワと動く、データーの動きを示す数字がころころと変わり、何かがされているのだけは分かる。

　後は待つだけ、見ていても意味は無い。俺は新車のドラレコ付けを始める。

　ドラレコを今年何台取り付けたか分からない、もう死ぬほど取り付けたからだ。しかも最近は必ずと言っていいほどリアカメラ付き、配線をテールゲート内まで這わすのが面倒くさい、だけどもう慣れた、ドラレコ取り付けタイムアッタックという競技が有れば俺は負ける気がしない。

　ふとダウンロード中の車両に目をやるとヘッドライトが点いていた、もう終わったのか？　俺はドラレコ取り付けを中断してその車を確認しに行く。

　PCの画面に赤枠の警告が出ている。

【ダウンロードに失敗しました、最初からやり直しますか？】と。

「あー？　バカ車、土に還すぞ！」

　俺は行き場のない怒りを客の車にぶつけた。

　最悪だ、この車は壊れた、ダウンロードが成功しないとこれは車の形をしたゴミだからだ。

　ハーフダウンロードされた車両はエンジンは掛からず、メータ―もナビの画面も真っ暗だ、俺はため息を付きながらフロントの長岡にインカムで伝えた。

「長岡、ナビ不調の車、ダウウンロード失敗したから今日納車無理かも」

　直ぐに長岡は工場に飛んできて言った。

「はぁー、この客キ〇ガイだからそんな事伝えたら大騒ぎするわ……。まいったな」

「代車は」

「出してない、てか代車余ってませんよ」

「取り敢えずもう一回やってみる」

「復旧出来そうですか？」

「全く分からん、ユニットぶっ飛んだかも知れんし」

　俺はダウンロードをやり直すため画面上の【はい】ボタンをクリックした。

　また５０分、ダウンロードエラーの復旧作業は物凄く時間が掛かる、多分またエラーを起こすのは分かっている、だが成功の可能性はゼロじゃないから試す必要はある。

　俺はまた新車のドラレコ付けを再開する、自動車整備を効率よくするには同時並行で何台もの車を整備するのが望ましい。一人で何台もの仕事を片付け、仕事を滞留させない時間の使い方、それが上手い奴は仕事が早い。早いからといって評価は全くされないが。整備士の給料は基本給と残業代くらいだ、作業効率が悪く、仕事が遅い奴は残業になり、優秀な整備士よりも給料が高い。

　暫くして俺はまたダウンロードエラーを起こした車を確認しに行くと、先ほどと同じ警告画面がPCに表示されていた。

　知ってた、こうなるのは。俺はユニットごとのダウンロード状況を調べた、メインユニット、メーター、ナビにエラーが出ている、その他１３個のユニットには正常にダウンロードが出来ているようだ。

　エラーが起こりやすいのは更新データーが多いユニットだ、今度は個別にダウンロードをしてみる、まずメインユニット、コイツが死んでたら作業が進まない。コイツを蘇生させるためにメインユニットのリロードを行う、ソフトウエアを購入し応答を待つ。買えない、ソフトの購入をブロックされる、本国サーバーとこの車両のデーターが不一致だからだ、原因はハーフダウンロードのせいだ。

　そんな時はコンフィグソフトを買いソフトウエアを車両にダウンロードして、車両データーを本国サーバーに送り、不一致を解消させる。

　これでメインユニットのソフトが買えるはずだ。

　俺はメインユニットリロードを再購入する。購入ということは金がかかるという事だ、この金は客には請求出来ないし、メーカーも負担しない、ディーラー負担という事だ、ソフトの値段はピンキリでタダがら数十円、数万円かかる。

　このリロードは３０００円ほどだ、だが此れだけ入れても直らない、完全復旧には万単位の経費が掛かるだろう、そんな事は俺の知った事では無いが。

　リロードに３０分、この時間泥棒が、俺はダウンロード開始ボタンをクリックした。

　ダウンロードエラーを起こすとユニットが壊れる事が良くある、外車のユニットは高額だ、安くても一つ１０万円はする。ウチの販売するメーカーだと高いユニットは６０万円する物もある、だからこれだけは言っておく、この値段に絶句する奴は外車を買わない方がいい。ならば中古パーツを使おうと考えるだろう、しかし中古部品は一度ダウンロードされているので他の車両に取り付けても使用できない事が多いし、出来たとしてもメーターの総走行距離が増えたりする。

　ダウンロードは無事終わり、俺はエンジンをかけてみる。

　エンジンは正常にかかるようになったが、メーターとナビが映らない、個別リロードが必要だ。

　ここまでの作業で２時間が経過している、今度はナビをリロードする、ナビのデータは多いので時間が掛かる、４０分と画面に表示され、俺はリロードを購入して開始ボタンを押してその間に遅い昼飯にした。

　昼飯を食い終わり工場に戻ってダウンロード状況を確認するとエラーが出ている。

　ナビユニットが死亡している？　または昏睡状態か、俺はユニットの個別情報を読み取り、ナビユニットがダウウンロードモードに入っていないのを見つけた。まずはリセットをしてみる、車にリセットボタンは無いので故障診断機でユニットリセットを送った。

　状況に変化は無い、ならばバッテリー自体を外し電源を強制的に落とす。

　１０分後にバッテリー端子を繋ぎ、また状況を確認する、変わっていない。

　俺は車両のヒューズボックスを確認し、該当ユニットのヒューズを抜いたが変わらない。やっぱりぶっ壊れたか？

　俺は他のメカに故障診断機でリセットをしてもらってる隙にヒューズを抜き差しする。

「中川さん、生き返りましたよ」

　リセットを送っていたメカが言った。

　俺は画面を覗き、ナビユニットがダウンロードモードになっているのを確認して、もう一度ナビのリロードをする。

　その間、他の車両の１２か月点検をこなし、また画面を確認した。

　正常にダウンロードは終わっていてナビに地図が表示されていた。

　残るはメータ、それもリロードする。もう夕方、残業はしたくない、頼む、成功してくれ。

　リロードソフトは購入でき、リロードを開始する。

　また３０分かかる。

　ダウンロードの進捗バーは順調にグリーン色を伸ばし、完了のライトフラッシュを起こす。

　車両を覗くとメータの液晶が輝き正常に戻っている、これで元に戻ったはずだ。

　俺はエンジンをかけ車を色々操作する、直った、俺は大きくため息を付いた。

『長岡、直ったぞ』

　おれはインカムで伝えた。

　そもそもバグは解消されたのか、俺はナビを操作しながらドアを開けたがナビは正常に動いている、客の言っていた不具合も解消し俺は胸を撫で下ろし、車を自動洗車機に突っ込んだ。

　長岡は速攻で車を掃除して搬送車に車を積んで納車しに行く。

　一日が潰れた、ダウンロードエラーは復旧に時間が掛かる、今日のはユニットが死んでいなかったので助かったが、ユニットが死んでいればパーツを取り寄せてから今日行った一連の作業をしなければならない、ユニット代も掛かるし、万が一パーツが欠品していたら長期預かりになってしまい客に迷惑が掛かる。

　だが、ダウンロードエラーは誰にも予測できない不可抗力だ。でも経費は弊社負担、いわれのない罵倒を客から受ける事もある、俺はこの商売が嫌いだ、報われる気がしない。

　だが明日の朝も会社に向けてマイカーのハンドルを握るのだろう。