不可解な故障

「充電不良のメッセージがメーターに表示されるんだって、営業が騒いでるから今日納車の新車だけど中川さん早く診て」

 サービスフロントの長岡が朝のミーティングでニコニコしながら俺に言った。

 その車は最新型の車両で本日13時納車のド新車だった。

「あ? 時間ねえじゃねえか!」

「中川さんの午前の仕事全部他に振り分けたから早く!」

 新車の時から故障するのは外車の専売特許だ、納車後ならまだしも納車前の点検で不具合が見つかり焦ってデモカーから部品を借りて直すのは良くあることだ。

 場合によっては納車当日に突貫で修理をして何食わぬ顔で新車納車式をすることもある。

 俺の整備士人生で一番酷かった新車整備は、エンジン警告灯が点くが原因が分からず、エンジンの補器類をバラシ、バンパーを外しておよそ新車とは思えないほど車をバラバラにして配線を点検したことだった。原因は部品取り付け時の配線の挟み込みにより配線がショートしてエラーが出ていただげだが場所の特定には車両配線を辿るしかなく、その時はパーツの隙間を走る配線を部品を外して延々とチェックした。

 今でもその新車を思い出すと具合が悪くなる。

 新車の修理には気を遣う、塗装面には触れないのが新車整備のセオリーだがそんな事は言って居られないからだ。鏡の様に美しい塗装面は指で撫でただけで傷が入る。

 俺は車両を工場のPCにWI-FIで繋ぎ、故障コードを読み込む。データー読み込みのバーがじりじりとグリーンに変わって行く。遅い、いつもながらに遅い、車のネットワークは読み込みに時間が掛かるのでじれったい。


 故障コードはサブバッテリー充電異常が継続的故障として表示され、断続的故障のコードは20個ほど表示されていた。

 故障コードは全てが異常を示しているとも限らない、全く異常を感じない車両でも数十個の故障コードが入力されていたりする。場合によってはそれは制御プログラムのバグだったりするので、開発者以外誰も直すことが出来ない事もある。

 俺は早速サブバッテリー充電ユニットを点検する、ユニットの電源端子を抜き目視で不良が無いか確認する。接触不良は良くある、端子のピンがカプラー内で固定されず指で押すと引っ込む症状が以前あったことから俺はカプラーのピンを一本一本押してちゃんと固定されているか確認したが異常は見られない。

 であれば、カプラーの配線を端子表のデーターと確認しながらテスターで測定して行く、電圧、抵抗、キーポジションでの反応の違い、エンジン作動時の値の確認などだ。

 それも異常は無かった、となれば相手側……。メインユニットに繋がっている端子の確認だ、俺は内装をバラしユニットを露出させ点検したがそこにも異常はに当たらない。

「何なんだ? これ」

 測定値は正常。ん、待てよ、これはLINネットワークだから故障コードが真の異常を示さない事もある。最近の車は配線を少なくして数十個のユニットをネットワークで繋いでいる、代表的なのはCANだが最近はFlexRayを使った車両も多い。自動車整備は日々難解になって行く、故障コードを見て部品を取り換える馬鹿でも出来る仕事と世間では思われているかもしれないが、故障コードなど目安に過ぎない。

 配線図を確認し、充電系統の配線を確かめる。電源分岐点、共通アースに疑いを持った俺はそこを確認する。車体フレームのアースポイントは異常無い、電源分岐か? 同じ電源を使っているのはリアバンパーのコーナーセンサーだ。

 しょうがない、新車のリアバンパーを外すか……。触っただけで傷が付く鏡のように美しい塗装面、俺はそこにブルーの養生ラップを貼り付け、パンパ―を外しにかかる。

 バンパーは少ないネジとはめ込みで固定されている、このはめ込みが厄介で引っ張っても全然外れない事が良くある。案の定この新車のリアバンパーもはめ込みが固く容易には外れなかった、バンパーの素材は柔らかい、無理やり引っ張ると樹脂が伸びてはめ込みが緩くなるし、変形もする。こういう時はパワープレイだ、俺は勢い良くバンパーを引っ張った。

 バキンと嫌な音がしてバンパーは外れ、外れた隙間から樹脂の破片が床に落ちた。割れた、車両側のブラケットだ、でも俺はそれを気にしない、感覚的に大丈夫だと分かっているからだ。俺は近くに居たメカにリアバンパーを押えてもらいバンパーに付いている集中カプラーを抜いた。

 その時、カプラーから水滴が垂れたのを俺は見逃さなかった。カプラー内に水が浸入している、「防水パッキン入ってねえじゃねえか!」これだよと俺は思って早速エンジンを掛けてみる。

 警告メッセージは消え、診断機でコードを読み込むと継続的故障が解消されている。

 俺はカプラーをエアガンで乾かし、端子にグリスを挿してビニールテープでグルグル巻きにした。時間も部品も無いからしょうがない、応急処置をしてバンパーを元に戻す。修理は今度だ、どうせ無料点検もあるから幾らでも直すチャンスはある。

 突貫で色々バラした所を組み立て、新車納車ルームに車を入れる。

 部品を調べ発注だけはしておく、だけどこんな部品は国内に在庫は無かった、本国オーダで2週間はかかるが仕方ない。

 朝からバタバタして疲れたが、この故障のせいで予定が詰まってしまった、今日は忙しくなる、場合によっては残業だ。自動車整備という仕事は実際何時に帰れるのか分からない仕事だ、夕方に車が地方で動かないと電話が有れば日中どんなに暇であっても残業になるし、翌日納車の車両に不具合が発生すればその日のうちに直さなければならない。

「何か疲れちゃいますね、こういうのがあると。何で営業は納車は無理だって言えないんですかね?」

 フロントの長岡はいつも営業が客にビクついているのが気に入らないようで、苦笑いを浮かべた。

「客がモンスタークレーマーになったらめんどくせえからな、俺達にもとばっちりが来るから協力するしか無いだろう」

「車屋ってめんどくさいですね」

「だな」

 俺と長岡はため息を付いた。


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