買ったばかりの中古車

「中川さん、あのワゴンたまにガリガリ音するんだって、ちょっと診て」

 フロントの長岡が予約外で来店した若い男性のステーションワゴンを指さして故障診断を頼んで来た。

 中古で購入したばかりのその車は走行中、異音を発するらしいが中古車屋では保障対象外だと言われたらしく仕方なく客はこの正規ディーラーに足を運んだそうだ。

 俺はシートカバーと紙マットを敷き車両に乗り込むと自分の作った工場近所の最短周回テストコースを走り、音の確認を始める。

「音なんかしないぞ?」

 普通に走行した限りでは異音はしなかった。仕方ない、俺は会社近所の道を法定速度を遥かに超える速度で急加速させた。

 すると、ガラガラと急加速した時だけ異音がするのを確認できた。

 テストドライブで速度違反をするのは日常だ、客は時速100キロで振動がするだの異音がするなど毎日のように言って来る。その状況を再現するためにわざわざ高速道路までは行っていられない、時間の無駄だし高速道路の料金も掛かる。しかも客を長時間待たせる事にもなる。

 俺は以前客から時速170キロで車体が大きく振動すると言われ、その時はさすがに高速道路でテストドライブをしたが、テスト中に覆面パトカーに捕まり、違反切符を切られた事があった。その時は明らかに170キロを超えたスピードを出していたが、警察官の恩情なのか39キロオーバーで青切符にしてくれていた。

 この仕事で運転免許が無くなったら死も同然、過去には同僚が免停になり試運転が出来なくなり苦労していたのを思い出す。

 そんな事を考えながら工場に戻り、車両をリフトアップして下回りをチェックする。

 LEDランプでドライブシャフトやプロペラシャフトを照らし、ガタつきや損傷が無いかチェックするとフロントデフから後方に繋がるプロペラシャフトの前端のペイントがきれいに剥がれていた。シャフトは回転して擦れたらしく、その色の剥がれたシャフトの直ぐ下側のエンジンサブフレームにも接触した傷が付いていた。

 だが部品どうしにはクリアランスが有り通常接触する事は無い。

「急加速した時だけ……」

 そうか、これは急加速した時にエンジンが高負荷で後ろ側に傾きシャフトとフレームが接触しているんだ。

 車のエンジンは走行中絶えず前後に傾斜する、走行負荷や、路面抵抗でだ。

 それ自体は異常ではない、エンジンは車体にゴムの塊を介して乗せられている。それはエンジンの振動が車体に伝わると不快な音を立てるし、部品にも過度な振動が伝わり故障の原因になるのを防いでいるからだ。

 このゴムの塊、いわゆるエンジンマウントと言われる部品が損傷すると大きな異音を発生させる事がある。

 だがこの中古車のマウントは状態が良い、じゃあ何でこんな音がするのか。俺は不思議に思い部品を眺めていると、クリアランスがそもそもなさ過ぎる事に気づいた。

 このフレームおかしくないか? 確かシャフト下部はフレームが窪んでいた筈。

 FFのフレーム? 四駆に?

「ニコイチか……」

 それはFFと四駆の大事故車を繋げた車。

『長岡、これニコイチだわ』

 俺はインカムでフロントに伝えた。

 長岡は工場に顔を出し、リフトアップされた車両の状況を確認した。

「ホントだ、今時こんな雑なニコイチあるんだ…… 客に見せるわ」

 暫くすると長岡は客を連れて実際に異常個所を客に見せて説明した。

 客は落胆し、騙されたと残念そうに車両を眺めた。

 リフトを降ろしボンネットを閉めようと、ボンネットに手を掛けたが丁度同型車が隣で車検整備の為ボンネットを開けていた。

 俺はその車とニコイチ車を見比べると明らかにエンジンは前傾して無理に乗せられているのが確認できた。

 その事も客に伝えると、客は工場にしゃがみ込んで頭を抱えていて流石に気の毒に思えて来た。

 客は中古車屋にもう一度行くと言ってウチの店を後にした。

 こんな事をするのは反社会的組織だろう、泣き寝入りしなければいいが。

 こんな車両はめったにお目にかかれないが実際市場に流通し販売されている。

 中古車は信頼のおける店選びが大切だ、安易に値段で飛びついては駄目だ。



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