応募ゼロ

 メカニック求人広告を出し、一か月以上が経った。


 未だ応募は無い。


 今、自動車整備業界は人材確保に窮している。


「やっぱり、SNSに給与明細晒した奴のせいでしょうか?」


 新人メカの笹島巧が永遠の下っ端から抜け出せない状況に落胆して呟いた。


 一時期保母さんの給料が終わっていると言う話を耳にした方も多いと思うが、その次に地味に話題になったのが自動車整備士の給料である。


 若者は自動車に興味が無く、ネットで検索すればどの程度の報酬が貰えるのか分かるこのご時世、こんな仕事をやりたがるもの好きはいない。


 いわゆる3K職種である整備の仕事に最近では感電死と言うワードも入りつつある。


 ハイブリッド化が進む昨今、整備工場にはメーカーから供給された特殊工具に感電した人を引っかけて移動させる絶縁棒が送られて来て、メカの間では冗談で『お前が死んだらこれで引っ張ってやるよ』と笑い飛ばすのは良く見る光景である。


 メカの業界平均年齢は40歳を超えている、その年齢でメカなら年収は350万円~450万円といった所だろう。


 俺の努めるこの高級車を販売するカーディーラーのメカも40代独身なら400万円を少し超えた辺りだ。


 良く『外車屋さんは給料良いんでしょ』と聞かれるが外車の地方ディーラーは従業員50人程度の企業が多く経営は厳しい、それよりも安い国産メーカー車を扱う店の方が規模も比較にならないほど大きく待遇は良い。


 そもそも国産車ディーラーに勤めていたメカが転職先にを選ぶのは躊躇する、まずイメージが悪い、品質が悪く壊れやすい車の整備は大変そうと思われている。


 正解だ、日本人は高ければ物が良いと思っているお目出たい連中が多いが、輸入車の品質は良くない、実際俺も某国産ディーラーからの転職組だったが、日本車なら整備工場内で滅多にお目にかかれない修理が輸入車だと毎週のように修理車両が入庫する。


 もう一つは客層である、外車を買う客はプライドが高く、インテリも多い。この手の客はねちっこくクレーム処理は難しい。


 結果、外車ディーラーに応募するもの好きはいない、応募してくるのは国産ディーラーに入れなかった下層整備士や転職回数が多くて相手にされない人間が多い。


「中川さん、今、職安から連絡来て56歳のガソリンスタンド経験者が応募したいらしいよ、一応3級整備士らしいし」


 長岡は慌てて中川に伝えに来た。


「56歳を育てるのか?」


「この際誰でもいいしょ?」


「話だけでも聞いてみるか……」


 そして面接の日、彼は来なかった。


 予想通り、整備業界ではよくある話である。


 タイヤ交換の季節が心配だ、今年こそ過労死するかもな、肉体労働で残業100時間越えは危険レベルで雪がちらつく季節が来ると逃げ出したくなる。


 俺は思った『誰か、求人に応募してくれ』と。


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