第漆話「山口 最期の日」

危機(燃える港)

 畿内軍閥の幕下で、中國地方を統治するが、広島湾に集結させていたには、20年前の衝突に乗じて、首相らを支援するアメリカ連邦軍が、九州・関東へと上陸した「ダウンフォールOperation作戦Downfall」に際して、彼らと戦って生き延びたバンデミエールVendemiaire大隊を始めとする、旧日本人民解放軍の有用な残存将兵が、多数参加していた。また、中華ソビエト共和国やロシアからの軍事顧問団が、畿内軍を支援し、更には、アフリカ・西アジアを始めとする諸国出身の傭兵を導き、神戸など各地に布陣を展開していた。


 一方、の若き司教・は、伊豆半島の司祭・と、騎士修道会「」のらに和平工作を依頼し、静岡から瀬戸内海を渡った伊予松山(愛媛)へと遣わした。しかし…拠点に帰還した私達を待ち構えていたのは、北九州小倉こくらでの武力衝突と、須崎司祭らの行方不明、そして山陽軍によるという、全面戦争泥沼化への序曲であった…。



「魔女よ、独逸ドイツにて『ニーベルンゲンの歌』を蔵書せしゆえ、照覧あれ」


「あら、本当ですね…北欧ゲルマン神話の研究に役立ちます! 長政ながまさ様、ありがとう御座います^^」


「『三河守みかわのかみ』と呼び給え」


 今や、日本列島は内戦の真っ只中にある。私の姉である十三宮とさみやひじりは、須崎司祭・家所花蓮らの無事を祈りながら、眼前を走り回る少年少女の面倒も見ている。


「…ほしみくんのばか~っ! ぼくのゲームかえしてよ~っ!」


「バカっていったほうがバカなんだよ、バーカ!」


「ねえ二人とも、図書館では静かにしようよ…」


「「だまれ!! アララギくんはあっちいけっ!!」」


 神戸から「学童疎開」して来た生田いくた兵庫ひょうごと、伊勢天照神宮に奉仕する社家の斎宮さいぐう星見ほしみ、そして出自不明の蘭木あららぎおしえは、常連の子供達である。


「…はいはい。兵庫ちゃんも、星見ちゃんも、喧嘩をしてはいけません。悪い子は闇夜、に食べられちゃいますよ…」


「うわぁ! まじょのおねえちゃんだ! にげろ~!」


「おい! どこにいくんだよ?」


「あのおねえちゃん、おこるとつよくて、からをうってくるんだよ!」


「マジかよ? じゃ、オレもにげよう!」


「いえ、別にそんな事は…」


「「ダレカタスケテー!!」」


「…」


「はぁ…大丈夫ですか、おしえちゃん?」


「すいません。うちの馬鹿二人が、御迷惑をお掛け致しました…ところで、今さっき話していた『食屍鬼しょくしき』って何ですか?」


「あ、はい。古来より、アラビアに語り伝えられている魔物で、その名の通り、人間を食べてしまう恐ろしい鬼です。向こうでは『』または『クトゥルブ』などと呼ばれております。シャイターン、サタンの悪魔が、天使の流星で撃ち落とされた時に、誕生したと言われ…そうそう、、力を取り戻し復活してしまう…なんて話も御座いますね」


「それは面白そうですね…実在するなら、この目で確かめて見たい」


「ええ…シャイターンは人間に化ける事もでき、最大の武器は、特に伝染病を流行らせる事だとか…きっと彼らも星の如く、うたわれて来たのでしょう。三河守様、イスラム世界の神話に関する図書を…」


 そんな話題で盛り上がっている所に、妹の十三宮とさみやめぐみが、士官学院で「少年飛行兵」としての訓練を受けている、美保関みほのせき天満てんま禅定門ぜんじょうもん念々佳ねねかを案内しながらやって来た。


「姉様、お客さんが来たよ!」


「お世話になってます、伊豆守いずのかみさん」


「あら、天満ちゃんに念々佳ねねかちゃん、こんにちは^^」


Isay! ラブニコ日和、です!」


「…本日は、如何なる書物をお探しですか?」


「えっとですね…その前に、先日お借りした『ギルガメシュ叙事詩』を返却しようと思いまして…」


「ああ、はい。舞台は都市国家ウルク遺跡ですが、『旧約聖書』にも見られる洪水説話など、興味深いですね…しかし、かくも早くお返しに来られるとは、何か至急の御予定でも?」


「いえ、特には…」


「お姉ちゃんの眼は、あざむけませんよ? あなたの心は今、血塗られし世界を見据えている…違いますか?」


「こ…心を読まれてるニコ! やっぱりこの人、『スペックホルダー』ニコ!」


「ちっ、バレたか…一時は大宰府まで押し返されていた九州の連合軍が、再び下関への上陸を開始したというニュースは、御存知ですよね?」


「ええ…私達の教会も、和睦の仲介に参じております」


「下関陥落後、山口への総攻撃が予定されていますが、その空爆作戦に、あたし達が出陣する事になりました」


「…あなた方は、戦場へと赴くには、あまりにも若過ぎます」


「自分が未熟である事は、あたしも良く分かっています。でも…」


「私も止めたんですが、『戦わなきゃ、分からない事がある』とか言って、譲らないニコ…」


 「地元の優しいお姉ちゃん」(後には「帝國最後の魔女」)として知られる十三宮聖が、最若の少年兵候補と話している間、司書学芸員の津島つしま三河守みかわのかみ長政ながまさは、何かを思案していた。私の隣に居るめぐみさんが、それに気付いて声を掛ける。


「…津島様、どうしたんですか?」


「食屍鬼と言わば、我が国にきても、陸奥みちのく等に出没せし『人喰い族』の伝承がる故、無縁とは思えぬ」


「奥州の、人喰い族…彼らは一体、何者なのでしょうか?」


「戊辰の役を絶頂とする明治維新に際し、『賊軍』と呼ばれし者を始め、環境の急激なる変化に適応出来ぬ武士達が、数多く時代より落伍した。の中には、闘争を求め文明を棄て去り、『』に還らんと望む者さえ居た。『』よりも『』たらんとした彼は、やがて生存のためならば眷属けんぞくの血肉さえも食す野性を得るに至った。そして、其の末裔まつえいこそが…」


「つまり…幕藩が滅んで居場所を失い、歴史から取り残され、消え去る道を選んだ、名もなき武士…彼らの成れの果てが、人喰い族って事ですか?」


「飽くまで一説…否、語りに過ぎぬ。人喰い族は元来、極めて猟奇的なる形質を持つが、ことに二十年前の隕石爾来じらい、其の能力を大幅に強化せしめたともう。彼奴あやつ等の遺伝子を改造すれば、人がその分身を創り、あるいはせしめるが如き所業もまた、不可には非ず…」


「そ…そんな事が、本当に…?」


 今となっては後知恵だが、「」と云う「一撃信仰」は、第二・第三のダメージを与えると、彼らの遺伝子が空中に拡散し、更なる感染者を生み出してしまう…という意味ではなかったのか? そして、津島三河の言う「人喰い族」の存在、小惑星の破片(何らかの物質・エネルギーが含まれていたと思われる)が「彼ら」に与えた影響、更には生物兵器として軍事利用される可能性を、私達はもっと早く、真剣に想定するべきであったと、後に思い知らされる事になる。それに気付いた時には、もう手遅れだったのかも知れないが…。


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「その首を賭けて、尚この輩どもが救うべきであったというのか」


「言うに及ばず。話すも煩わしい」


「その挙げ句が何も為さず、何も得られずしても、か」


「貴様に分かるものか、下郎」


「ああ、理解し難い」


「大いに結構。貴様らなんぞに理解される辱めなどよもや堪え忍べるものですか、気狂いどもが」


「承知した。ならば―――」


「再び水底で嘆け、須崎すざきグラティアGratiaの恩寵のままにな」


「上等。墓の内で勝ち誇れ、番犬」

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