第参話「神戸福原」
西海編
屋代島の戦いより二十年以上前、当時の日本列島は、共産主義独裁政権の日本人民共和国に支配されていた。それゆえ、日本人にして
宇喜多氏と言えば、かつては
そんな武門の末裔と語られる清真のもとに、
この宇喜多清真こそが、後に畿内軍閥の中國地方司令官として、瀬戸内海を挟んだ九州に展開する私達に対し、数多の謀略戦を仕掛けて来る事になるのである。今や広大な山陰山陽道を統治するに至った彼は現在、古くは平清盛の都であった神戸
第参話「神戸福原」
・原作:八幡景綱
・編集:十三宮顕
http://img1.mitemin.net/l4/el/1yjvczxycb0llcgvj80renv5efc3_18vz_2jo_25s_1dhpc.jpg
都に赤旗翻る頃、私は遠く
「君の御所望の物だ」
ヨルダンの男、顔に
「何を望むと?」
「絵を見たまえよ。聞くより早いさ」
ヨルダンの男、そう言って再び懐を探り、煙草を取り出して一本を口に加えた。私は構わずに写真に目を下ろし、絵の内に見入る事とした。
絵は私の脳裏に鋭い切っ先を突き立て、深く深く刃を差し込んだ。
「先頃、ツガルの友より送られてきた」
ヨルダンの男、ただ突き入れられて呆けるままの私を一瞥し、いつの間にやら三本の吸い殻を灰皿に転がして、四本目に火をつけた。私は漸く正気に醒めて男に問うた。
「こは何か? 何ゆえ貴殿が津軽にツテを持つというのだ!?」
「
「出羽の
「悪いが、絵に付け足せる技も粋も持ち合わせてはおらん。ニホン人なら簡単なんだろうが」
無論、日本人とて無理な話だ。しかし、絵に写るのは無理を押し通したモノであり、一揆など脳炎にでも
「どうした?」
ヨルダンの男、煙草を加えたまま私の顔を覗き込み、私の心中を察した。男は煙草を離して
「望むなら、国に帰してやるが?」
「どうするつもりだ?」
「知り合い頼みだが、ソイツから手を回して貰う」
「…信用に足るのか、そやつは?」
「このケースではな」
ヨルダンの男、三度懐を弄り、一枚の名刺を出した。
「こういう店を商うのか、そやつは?」
「
「自分は食わないのか?」
「食わないそうだ。存外淡白でな。累代
「名は?」
「ヤシマ。二世ヨイチ。噂に聴かないか?」
「…成る程、人間の屑にも潔癖さはあった訳か」
「ソイツは俺のニホン語教師だ。あんまり悪く言わんでくれ」
ヨルダンの男、わざとらしく煙草の息を私にかかる様にふっかけ、私が顰め面で煙を払う間に吸い殻を皿へと落とした。
「貴殿、正規兵だったとは思えんな。交友関係に影が有り過ぎる」
「ジャのミチはヘビー、って奴さ」
ヘビー?…ああ、蛇、か。彼は蛇というより猫だ。少し気紛れが過ぎる。
「請け売りか。しかし、
「シュラドー? 何だそれ?」
シュラドー、シュラドー?
この言い回しが気に入った様だが、一々構うつもりはない。
「ああ、いい。今度教えてやる。
「流石にニホン人。ブッダ好きだな」
「日本の
ヨルダンの男を惜しく思った。貧しさ故に軍隊で暮らす事になり、遂に脚を洗えなくなったこの哀れなる者! もし、彼が大学へ通えるだけの富裕の子であれば、きっと、きっと多くの学を志す若者達の先達で有り得たであろう。彼の知的な好奇については彼の仲間内でも煙たがられる程であり、そんな男故に、東洋の亡命者であった私に付き
「幾らだ?」
「金はイラン。君はムスリム、同胞だ。同胞の里帰りだ。心ゆくまで時を費やしてこい。人は一応つけてやる」
「かたじけない」
「カタジケナイ?」
「…あ、ありがとう。そういう意味だ」
フフッ、と笑うヨルダンの男。私は少し気恥ずかしくて顔を背ける。男は少しニヤついたまま、話を続けた。
「丁度、ここら辺からトンズラしたい奴がいてな。腕は立つ。何でもやれるから使ってみてくれ」
「物騒な奴なのか?」
「
「何をやらかした?」
「軍隊で上官に逆らって処刑された弟の仇を討った。二年前に殺しをやって軍隊から逃げ出した。その後は放浪の中で共産党の高官共を襲って身包み剥いで日銭を稼いでいた」
「頼もしいだろう? ああ、安心しろ。君の事は知っている。君のクランについての話も知っている。それに憧れたようだ。君自身も尊敬している」
「会ってもいないのに尊敬だと?…まあ、悪い気はしない。裏切って突き出されさえしなければ構わない。十分だ」
「安心したよ。ハマダの港につける材木積みの船が二週間後に
「随分と簡単なプランだな」
「お得、と言って欲しいな」
ヨルダンの男は笑いを漏らした。だが、すぐに表情を切り替えた。
「覚悟は、いいな?」
「無論。これを待っていたのだ」
そうとも、私、いや俺はこの時を待っていたのだ。
ヨルダンの男は、そうか、とだけ呟いて、暫し黙った。
騒めく周囲を他所に我ら2人は何も語らず、ただ沈黙し、ただ日々を憶う。
「明日、いや明後日だ。皆呼んでくる。盛大に食って、好きなだけ馬鹿をやろう」
「ああ、いつも通りに。無礼講だ」
「ブレイコウ。そう、ブレイコウだ」
ヨルダンの男、遂に意味を問わずして、言葉の真相を掴んだ。
「…ニホン」
「ああ、私の国だ」
「必ず、手にして来い。君のクランのレコードを塗り替えて来い」
「いいだろう。やってやる」
「ナオイエは偉大なる壁だ。だが、越えていける。今生きているのは、君なのだからな」
ありがとう、ヨルダンの友よ。きっと勝ってみせる。偉大なる祖をきっと超えてみせる。
「そして俺をショーグンにしてくれ」
ジェネラルでなく、ショーグン、か。なら俺は…不敬な話だ。
だが、別になってしまえば良いのだ。そうだ。そうだとも!
「良いだろう。貴殿を将軍に任ずる。わが友、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます