第14話 冒険の始まり

「ねぇ、先生はこっちの世界に居るのかなぁ? 」

「居なければここの時間も止まったままじゃん? 居るから時間が流れてるんじゃないのか? 」


 空を飛ぶ鳥らしき影を見つめながら前を歩く中島に話しかけると、ダブルの質問で返された。正直、時間がどうのと先生が言っていたとき、私はぼーっとしていてよく考えていなかった。


「待って。先生がソフィーリアに居るうちは現実の時間が止まっているんでしょ。私たちってさ、学校が普通に終わって、部活サボって、それから塾に来て、ゲートを潜り抜けたんだよね。途中、何にも違和感はなかったわ」


「レイちゃん、外の時間は止められない。絶対に流れるものだもの。止まったと感じたのは錯覚――つまり、中の時間が実は経過していないか、時間軸がループしていて外に影響が出ないからかもしれない。多分、後者が正解ね」


「ユキ……先輩、ループって何ですか? 」


「うーん……分かり易く言うと、修正テープが壊れて中からテープがはみ出す感じ。びよ~んって伸びるときあるよね、でもテープの口の所は変わらない。伸びたテープがこっちの世界で、元の口の所が現実世界」


 はぁ、林先輩の説明は意味が分からない。今は難しく考えないにしよう。途中で拾った木の棒を振り回しながら歩く中島――剣奴ハヤトみたいに、能天気なのが1番楽だ。


「それと。時間が止まったことって気付けないでしょ? いきなり倒れたり、視点が変わったり、服が脱がされたりしていなければ」


 先輩の発言でハッとなる。慌てて制服の、シャツのボタンを確認したけど、違和感はなかった。


「お前脱がしてダレトクだよ」


 笑いながら見てきた中島をとりあえず睨む。


「敢えて辻褄を合わせるなら、先生(admin)に限らず、誰かがゲートから中に入れば、外の時間が止まったまま、中の時間が進む、かな。例えば、先生が中に居たと仮定してみるわよ。その場合、外の時間が止まっているから、私たちはゲートに入れないはず。でも、こうして入れたってことは、先生は外に居たんだと思う。この状況でも先生(admin)が中に入ることができて、時間が相対的に流れなければ、だけどね! 」


 先輩は一人納得顔だ。こういう難しいことは先輩に任せておけばいいや。



 石造りの街を我が物顔でずかずか進む3人。

 教会やラメン食堂、前に買い物をした道具屋さんを通り過ぎたとき、ふと思い出す。


「私たち、お金持ってない……」

「指輪も、武器もないわね」

「今からでも、あの部屋に戻るか? 確か、時計のある木の幹に先生のーー」

「ダメでしょ」


 中島の提案を、先輩が即答で斬り捨てる。


「やるからには正々堂々。そして、先生が探している雑貨屋の女性を先に見つけ、びっくりさせるのよ。確か、北に行けば大都市ヘルゼがあるって言ってたわよね。まずはそこまで行きましょうよ」

「確か、冒険者ギルドとか、ダンジョンがある町! 」

「でも、馬車で3日って聞いたような……それに盗賊が出るとか……」


 私の一言で皆が押し黙ってしまう。


 しばらく続いた沈黙を破ったのは、中島だった。


「俺に考えがある! 」




 ★☆★




「まじか!! 」

「あんたが言い出しっぺでしょうが! 」


 高さ20mほどの断崖絶壁を前に、私たち3人は茫然と立ち尽くす。



 中島の“バイトで稼ごう”という低レベル作戦に乗っかったのが失敗だったのよ。


「あそこの縄梯子から降りるみたいね」


 先輩が指さす方向を見ると、いかにも頼りなさげな感じで、縄梯子が崖下まで続いていた。



「中島! さっと降りて、注文の薬草を採ってきてよ」

「俺一人⁉ つうか、帰りは下からの方が近いんだし、皆で行くべきだろ」

「確かにそうね。さっき登ってきた獣道はもうこりごり。レイちゃん、3人で降りよう」

「は、はい」


 先輩に言われたら断れない……。


 プチ高所恐怖症の私が何でこんな目に合わなくちゃいけないのよ。


「俺が先に行くぞ」


 だらしない顔で宣言する中島に、私の危険察知が反応する。


「待て! 私も先輩もスカート! そのいやらしい顔を先に行かせる訳ないでしょ! 」



 結局、体重が軽い順ということで私が先頭で降りることになった。

 別に、先輩が太っているという訳ではなく、身長の差だと思うけど。



「レイちゃん、気を付けて! 」

「加藤、なるべく下を見るなよ! 」


 やばい、これ落ちたら死ぬのかな。

 この世界で死んだらどうなるんだろう……普通に塾の教室で目が覚めるだけ? それとも、こっちでもあっちでも死んじゃうの?

 この世界で冒険者っぽく頑張ろうと思ってたけど、死後の世界を見てみよう的な実験(冒険)なんてしたくない!


「やっと半分だ……」


 バランスよく足を乗せれば意外と揺れないしミシミシいかない。何とかなりそうだ--。



(ブチッ)



 えっ⁉


「おい!! 」

「キャァー!! 」



 フラグ立てた自分が悪い!

 縄梯子の足の部分ではなく、右手に持っていた部分がいきなり切れた!


 左右に大きく揺れる縄梯子に必死に掴まる!

 目を瞑り、じっと耐える!

 ブランコに乗っているようにお腹の中がスース―する。



 それでも、10往復くらいすると徐々に安定してきた。


 上を見上げ、切れた箇所を確認する。


 そこだけがちょうど岩の出っ張りにぶつかって弱っていたようで、前後は切れる気配がない。でも、片側1箇所切れただけで、全体のバランスが悪くなって揺れに揺れている……。


 あそこまで戻ろう!

 あれを掴めば安定するはず!


 勇気を振り絞って、一歩二歩と足を持ち上げる。そして、とうとう、切れた右側の縄、その上の結び目を掴んだ!



「加藤ナイス! 」

「びっくりした……大丈夫? 」


「はい、何とか。これ掴んでいるうちは安定しているみたいです」


 縄を右手に巻き付け、足を踏ん張り、緊張の糸をほどく。今頃遅れて心臓のドキドキが伝わってくる。気が緩みそうになるのを唇を噛んで止める。



「私が先に降りて下で受け止めるわ! 」


 私が支える縄梯子を、先輩がゆっくり丁寧に降りてくる。

 うまく重心を操作してくれているのか、私の右手への負担はあんまりない。


 順調に私の側まで降りてきて、もう少し頑張ってと励まし、下に降りていく。

 そして、危なげなく地面に到達した。



「レイちゃん、降りられる? ゆっくりでいいから」


 まだ高さは10mくらいありそう。

 右手を離すと、またあの空中ブランコ状態になると思うと、足が竦んで動けなくなる。


「怖い! 無理です! 」


「私一人じゃ受け止められない……中島君も降りてきてくれない? 」


「分かりましたー! 」


 結局、私は何だったの?

 縄梯子役なの?

 でも、このままじゃ絶対に落ちる。下に誰か居ないと大怪我じゃ済まないかもしれない。仕方ない……。



 中島は、軽快に、楽しそうに降りてきた。

 意外と右手への衝撃はないし、先輩よりずっと速い。

 もう少しだけ我慢すれば、私も降りられる!



 そう、それはまたまた油断だった……。


 先輩は私の足を踏まないよう、体を蹴らないように配慮してくれたのに……中島め! 絶対にわざとだ!!


「ちょっ! どこ触ってんのよ! 」

「悪い! 持つ所がなくて! 」

「うぅ~!! 」


 中島の手が私の胸、腰、腿へと伸びる。

 遅れて中島の顔が同じように触れてくる。


 絶対、顔が真っ赤になってる。


 目を瞑って何とか堪えていると、あっという間に負荷が軽くなった。


「加藤、下から押さえてるからゆっくり降りて来いよ! 」

「中島の目を押さえてるから安心して! 」

「はい……」


 やっぱり男子の力は凄い。

 恐る恐る右手を離してみたけど、縄梯子はほとんど揺れない。それどころか、鉄の梯子のようにがっちりと下に向けて安定している。


 さっきまでとは別の意味で心臓がドキドキしていたけど、一歩一歩確実に下へと降りていくことができた。




「加藤、サンキューな! 」

「はぁ⁉ 殴っていい? 」


 先輩に薬草採取をお願いして、私は中島をタコ殴る。右手の掌は豆ができてるけど、グーで殴ればどうってことない。頭も背中もお腹も殴る。足もお尻も蹴る。


 何分間かそうやっていると、先に息が切れて私がへばった。

 いつの間にか、さっきまでの恐怖やドキドキがなくなって、不思議と笑いが込み上げてきた。


「君たち、楽しそうね」

「あっ、先輩! すみません! 」


 先輩の手には、紫色の花を咲かせた薬草がぎっしりと摘まれていた。


「皆無事で良かったな! 俺が1番無事じゃないかもしれないけど」


 制服の砂埃をはたきながら中島が言う。


「絶対に許さないからね! 覚えておきなさいよ! 」





 途中、何度か2mくらいの段差を飛び降りる羽目になったけど、帰りは思ったより楽だった。

 行きも、森を通らずに崖から来れば良かったかもしれない。



 結局、行きは2時間、帰りは30分間という時間を費やした初のアルバイトは何とか終了し、辺境の町カルーアに戻ってきた。


 報酬はお金ではなく、薬草屋さんの荷馬車に乗せてもらうこと。勿論、行先はヘルゼだし、商隊と一緒だから警備も食事も万全だ。


 気掛かりは、3日間という時間と、他に着替えがないこと……。


 現実世界の時間が止まっていなければ、絶対に親がキレている。警察に捜索願を出している。本当に大丈夫だろうか……。それに、制服が埃まみれだし、ちょっと汗臭いかも。せめて学校のジャージがあれば良かったんだけど……。


 その辺、皆で話し合った結果、ヘルゼの町である程度の装備を整え、自力でゲートに戻れるくらいの力を手に入れるまでは頑張るということになった。期間にしておよそ2週間くらい。ちょっとした留学のような感覚だ。


 そして、日が高いうちに私たちはヘルゼ行きの馬車に乗り込んだ。




 ★☆★




 旅は順調で、とても楽しかった。

 商人さんたちは皆が気さくで優しかった。多分、売り物だと思うけど、若者の服もご厚意で頂く

 ことができた。それでも、ヘルゼに無事到着するまでは、もしかして奴隷として売られちゃうんじゃないかとか、襲われちゃうんじゃないかとか……気が気じゃなかったんだけどね。案外、こっちの世界の人はいい人かも。


 予定より早く、翌々日の早朝にヘルゼの門を潜り、皆さんと別れ、冒険者ギルドに入ったときには安心して全身の力が抜けちゃった。



 早朝から混雑していたけど、運よく私たちの前に並んでいた集団が急用とかでごっそり居なくなり、20分も経たずに順番が回ってきた。


 水色の、髪の長いお姉さんが笑顔で迎えてくれた。中世の、それこそ歴史で習った十字軍っぽい白と赤を基調とした服に、水色の髪と金色の瞳が映える。凄く綺麗な人だった!


 私は気後れして話しかけられなかった。中島もデレデレしてて無理だ。そんな中、先輩が代表して受付の人に話しかけてくれた。さすが副部長、大人しいイメージだったけど、こういう時には本当に頼りになる。


「冒険者登録をしたいのですが」

『初めての方ですか? 』

「はい。私たち3人です」

『では、説明と登録をしますのでこちらに……』


 最初は独特の機材で能力値を測定し、ギルド職員の方と話し合って職業を決める。それから、細かい説明を受け、納得したら冒険者登録をするらしい。



 中島、先輩、私の順に大理石風の台座の上に右手を乗せる。

 台座が光り、ステータスが表示される。それを版画のようなもので写し取る。



【name:ハヤト】

 14歳/男性/人間族/166-52

 筋肉力:34

 生命力:58

 瞬発力:64

 技術力:38

 知識力:63

 精神力:58

 魅惑力:74

 包容力:68

 適応力:72

 魔才能:91


【name:ユキ】

 15歳/女性/人間族/160-50

 筋肉力:26

 生命力:32

 瞬発力:25

 技術力:66

 知識力:83

 精神力:88

 魅惑力:72

 包容力:62

 適応力:80

 魔才能:93


【name:レイ】

 14歳/女性/人間族/155-44

 筋肉力:29

 生命力:36

 瞬発力:47

 技術力:51

 知識力:60

 精神力:79

 魅惑力:80

 包容力:75

 適応力:71

 魔才能:92



『あなたたち3人とも凄い才能の持ち主ですね! まだ若いですし、頑張り次第ではきっと冒険者として名を残せますよ! 』


 浮かれている中島に肘鉄をする。

 

 水色のお姉さんによると、各ステータスの内容は以下の通りらしい。


 【name:登録者の名前】

 年齢/性別/種族/身長-体重

 筋肉力:パワーや肉体の頑丈さ

 生命力:体力や健康度

 瞬発力:柔軟性とスピード

 技術力:器用さや戦闘テクニック

 知識力:世界の真理に対する理解度

 精神力:意思や根性、イメージ力

 魅惑力:ルックスやカリスマ性

 包容力:心の優しさや正義感

 適応力:理解や習得の速度

 魔才能:魔法適性能力


「なるほど、この数字は模試の偏差値と同じね。えっと……私は知識や精神力、適応力、それと魔才能が飛びぬけて高いようね」


 本当だ。先輩、凄い!


「俺、50m走6.3秒だぞ? それで瞬発力が64とか。でも、それ以上にショックなことがある」


「何よ? 」


「加藤が1番ルックスが良いという事実……」


「……」


 ルックスとかは人の好みなのに、数値化されてるってどういうこと? うわ、それより先輩の魅力が1番低いとか、この話題はスルーしよう……。


『数字は成長とともに変わります。目安ですけど、50が全冒険者の平均値で、60以上が優秀、70以上はとても優秀、80を超えると天才、90以上は数千人に1人いるかどうかという能力ですので、滅多に見られません』


 3人の魔才能がヤバい!

 この世界で魔法が使えるかどうかは、まさにこの数値が関係しているらしく、一般魔法70、下級魔法75、中級魔法80、上級魔法85、超級魔法90が必要だそうだ。そして、先生が使っていた“アイテムボックス”や“対の扉”のようなユニークアイテムは、魔才能90以上の超級に相当するそうだ。


 3人がお互いに目を合わせる。これって絶対に異世界人だからだよね……。バレたらどうなるんだろう。人体実験とかされちゃうのかな。


『職業ですが、私のお勧めは、ハヤトさんは前衛戦闘職、女性お二人は魔法職ですね』

「俺は剣士を目指しますよ」

『敏捷性を生かすために短剣か片手剣が良さそうです』

「私は魔導士系が良いです」

『そうですね、相性もあるでしょうけど、ユキさんは多くの魔法を覚えると良いでしょう』

「私は……回復職が良いんですが、どうでしょうか」

『はい、適任です。包容力も高くて効果が期待できそうです』


 予定通りの職業が目指せそうで、3人とも笑顔だ。


『では、冒険者登録しますか? 』


「「お願いします! 」」


『それと、パーティ名を決めてくださいね』


「パーティ名どうする? 」

「地球連邦軍は? 」

「嫌だ」

「雑貨屋さん捜索隊」

「夢がない」

「DY塾」

「何かイヤ」

「heroes」

「それ言うならheroinesでしょ」

「麻薬みたいだから却下」

「ヘロインはheroinね、確か語源は一緒」


 私と中島の論争に、先輩が混じって脱線する。受付のお姉さんは楽しそうに見ているけど、私たちの後ろに並んでいる人たちはイライラしてそう……。


「3人だから、“3匹のこねこ”は? 」

「誰が猫だ! ここは“3人の勇者”だろ! 」

「間をとって、“勇敢なる仔猫”は? 」

「何か可愛いですね、それ」

「俺は猫って柄じゃないですけど、もうそれで良いです」


 こうして、私たち“勇敢なる仔猫”の冒険が始まった。

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