第17話 ダンジョン in ヘルゼ

 早起きした、と言うより、正直よく眠れなかった。多分、気絶して何時間も寝ていたせいだ。


 先輩を急かして出かける準備をさせ、隣の部屋をドンドン叩いて中島を起こす。寝癖のまま出てきた中島を、そのまま1階に引っ張って行く。


 仲良くなったスゥさんが朝食とお弁当を用意してくれていた。剣王とか賢者とか……大袈裟な自己紹介をしちゃったけど、意外と普通に接してくれている感じ。仕事を1番手伝ってる中島が“the 凡人”の代表選手だから、真に受けていないってことでしょ。


 今日と明日は食堂がお休みなので、ずっとダンジョンに籠もる予定なんだ。その前に、昨晩ゲットした指輪の鑑定という楽しみが待っているの。


『頑張ってねー! 』とポニテと胸を揺らしながら叫ぶスゥさんに手を振り、ルロイ食堂を後にする。



 すぐに私たちは二手に分かれる。


 先輩と中島は、ギルドの閲覧室にダンジョンMAPを確認しに行くそうだ。ノートやシャーペンを持って行ったので、こそこそっと写してくるらしい。

 鑑定屋さんには私だけで行くことになった。ちょっと心細いけど、用事を早く済ませて合流するってことなので、頑張るぞぉ。



 私が持っていた鑑定屋さんの“渋い”イメージとは大分違った。妖しい品々が飾られた占いの館のような、または西洋風質屋のような感じを想像していたのに、窓口がたくさん並んだ銀行のような店だった。ちょっと幻滅……。


 その1つ、サラリーマン風の店員さんが陣取る窓口に、木箱ごと渡す。


『珍しい品ですね……詳しくお調べしますので、少々お時間を頂きます』


「えっ、鑑定料増えちゃいます?」


『いいえ。通常通り一次鑑定は無料で結構です。二次鑑定は鉄貨5枚、三次鑑定は銅貨2枚となります』


 店員さん曰く、一次は名称のみ、二次は級(ランク)も追加、三次は性能の詳細を含めた全情報なんだって。私も詳しく知りたいし、長くても30分だと言うから待つことにした。



 結局、1時間近く待たされた。


 私の後ろには、ノートを広げてルート確認する先輩たちが既に来ている。



『お待たせしました』


 思いっきり睨みつけてやったのに、店員さんは私と目を合わせようとしない。


『結論から申し上げますと……これは古いだけの指輪で、特に何の役にも立ちません』


「そんな……一応、三次鑑定をお願いします」


 悔しさで震える手をぎゅっと握り、銅貨をカウンターに置く。


 店員さんは無言でそれを押し返し、逆に銀貨2枚を差し出してきた。


「はい?」


『すみません。実は……古すぎて三次鑑定ができませんでした。私たちの落ち度です。これで買い取らせて頂きます』


 カチンときた。


 私の後ろで“売れ売れコール”している中島の足を踏んで黙らせ、サラリーマンを睨んで怒鳴る。


「冗談じゃない!! 返してよ!! 」


『では……銀貨5枚で』


 相変わらず視線を逸らしながら話す店員に、私の頭が沸騰しかけたとき、先輩が割り込んできた。


「この店は詐欺をしています!! この店は詐欺をしています!! この店は――」


『――お客様、こちらへ』


 大声で業務妨害を始めた先輩に店内が騒然とする中、奥の扉が開き、白髪の紳士が私たちを迎え入れようとしている。


 うわぁ~、怒られる!?


 先輩も中島も入る気満々だ。私が招いたトラブルなんだけど、何でこの人たちはこれ程にも楽しそうなんだろう……。でも、私は悪くないよね。うん、悪くないはず。行きたくないけど……話せば分かってくれるよね。



『お客様方、わたくしはここのオーナーをしておりますテヅカと申します』


 手塚さん? もしかして日本人?


「日本の方ですか? 」


 反射的に訊いてしまった。


「えっと、店員が鑑定依頼品を強引に買い取ろうとした件について! 」


 相手が答える前に、先輩が質問を重ねてきた。同時に、ノートに何かを走り書きして私に向けている。


“異世界人だってバレちゃうでしょ! 気を付けて”


 そっか。先生も言ってたね。私たちを利用したり襲ったりする奴がいるかもしれないから、なるべく内緒にすべきだって。ちゃんと納得し、先輩に頭を下げる。


『先ほどの指輪の件ですね、大変失礼致しました。三次鑑定ができなかった点は事実でございます。そのうえで改めて交渉させて頂きたい。先ほどの指輪、金貨1枚で買い取らせて頂く訳には参りませんか』


 うぇ!? 金貨1枚まで値上がったよ!!


「つまり、二次鑑定までは済んでいると言うことよね。それを聴いてから判断させてもらうわ。聖女レイ、それで良い? 」


「あ、はい」


 “聖女”と聴いて眉がピクリと動くテヅカさん。ここは先輩に任せよう。私には全く売る気なんて無いんだけど、先輩もそんな感じに見えるから。中島は眠そうに欠伸をしているし、無視だ。


『御尤もです。この指輪、名称は“契約の指輪”、ランクは恐らくは超級(ユニーク)でしょう』


「恐らくってどういうこと? それじゃ二次鑑定代も出せないわ」


 先輩の値切りが始まった……。


『古すぎてですな、現代の魔法理論に当てはまらないのです。古代魔法が施されたアイテムは、尽くがユニーク級なのですが……この指輪はさらに古い物。正直、鑑定/超級を使わないとランクすら分かりかねます』


 そんなに古いんだ……でも、何であんな店にあったんだろう?


「仕方ないわね。聖女レイ、貴女の家に先祖代々伝わる“家宝”を金貨1枚で売るつもり? 」

「いえ、絶対に売りません! 」

「そうよね。じゃぁ、テヅカさんだっけ。そういうことで! 」


 そう言い放つなり、先輩を先頭に私たちは部屋を出た。勿論、木箱と指輪は私の手にある。止められるかとビクビクしていたけど、何事もなく鑑定屋を脱出することができた。



「ふぅ~、朝から疲れました」

「オーナーさん、この指輪の価値を知っていたみたいね」

「どういうことですか? 」

「机の下に置かれていた袋、見てないの? 多分、金貨100枚吹っかけても買い取ってたわよ」

「「100枚!? 」」


 金貨100枚って、日本円でいくらよ! 確か、先生が日本の金相場で金貨1枚が50万円だって言ってたよね。そしたら……5000万円!? あの木の指輪が、5000万円!?


「レイちゃん、口が開いてる。虫が入るわよ」

「へ? あ、はい……」

「それにしても、聖女レイ様って凄い目利きなのな! 商人の方が向いてるんじゃね? つーかさ、またあの店に行って買い漁ろうぜ! 」

「剣王ハヤト、イージーモードは選ばない。それに、お金稼ぎは先生に任せれば良い。私たちの目的はそうじゃないでしょ? 」

「わぁったよ、賢者様! 先生より早く雑貨屋のお姉さんを見つける、ついでに冒険を楽しむ、ですよね? 」

「That’s right! 」


 結局、指輪の詳細は分からず仕舞いだったけど、悪い物ではない確証は持てた。安心したからか、無意識に左手の人差し指に指輪を嵌めてしまった。


「うわっ!? 」


 指輪から漏れる光が地面に反射して独特の空間を形作る。地面から雪が降ってくるみたいで凄く綺麗……。そしてその光の結晶が全て指輪に吸収されると、指輪は青白い金属に変化していた――。


「加藤、どうした? 」

「見てよ、これ! 」

「ん? 指輪嵌めたのか!? って、地味な木の指輪だな」

「木!? 」

「木だろ? 」

「そうね、木ね」


 中島だけでなく、じっくり覗きこんでいる先輩の目にも、今まで通りの木の指輪にしか見えないらしい。空のように青く澄んだ光沢を持つ金属に見えるのは私だけなのか。そう言えば“契約の指輪”って言ってたよね。私が“契約者”ってことなのかしら。何だろう、選ばれた感がハンパないわ。やる気が出てきたかも!


 ヘルゼの門を出る頃には指輪の話題は消え去り、これから向かうダンジョンの話で盛り上がっていった。


「今日のノルマはスライム40匹だよな。折角だから競争しないか? 」

「別に良いわよ。でも、スライムって物理攻撃耐性あるわよ? 私の火魔法に勝つ自信あるの? 」

「まじか! やめとくわ……」


 スライムって、弱いのか強いのか分からない魔物だと思う。一説によると、物理攻撃無効とかなんとか。でも、ゲームとかだと最弱の武器でも倒せるよね、どっちなのかな……。まぁ、今日は先輩に頑張ってもらおう!


「レイちゃんはMAP見てないわよね。もうすぐダンジョンの入口に着くんだけど、1階はこんな感じよ」


 先輩がMAPを写したノートを開く。A4ノートの見開きにびっしり書かれた迷路と罠(トラップ)。所々に赤と青の〇印が描かれている。


「この、〇印の所に行くんですか? 」

「そう。赤〇はホットスライム、青〇はコールドスライム。今は火魔法しか使えないから、青〇の方に行くわ。水魔法を買ってから赤〇ね」

「俺も魔法使いてぇ~! 」

「貴方は剣に生きるって言ってたじゃない」

「ちぇっ! そのうち俺の力が必要になる日が来るからな! 」

「はいはい! 」



 小学生みたいに剣を振り回す中島の後ろを歩くこと30分、漸くダンジョンの入口が見えてきた。


 人がたくさん居る。

 石造りの建物が3軒並んでいて、その中央の2階建ての建物が入口みたい。アーチ状にぽっかり開いた口の中に入っていく冒険者がたくさん見える。その周囲では、売り子のような人が声を張り上げていて活気がある。向かって左の建物は、怪我人が運ばれていくところを見ると病院かな。逆側の、右からは煙に混じって美味しそうな匂いが漂ってくる。多分食堂だ。


 私たちは寄り道することなく中央の建物に吸い込まれていく。


 中には人だかりがあり、行列ができていた。出入りをしっかり管理しているみたい。私たちの前に並ぶ冒険者の装備が凄い。重そうな金属鎧に、巨大な剣。魔法使いっぽい人は金色の刺繍の入った高そうなローブを着ている。飛び交う話の内容も凄い。15階層のボスを倒したとか、Bランクに上がったとか、宝箱からAランク装備が出たとか……。中島と先輩は、精一杯聞き耳を立てている。


 建物の中をぐるっと見回す。壁一面には歴代の冒険者たちの絵が掛けられている。その1段上には、23階層突破と書かれたプラカードを持ったパーティの絵がある。これが現役最強パーティなのかもしれない。中央の男性は、めちゃくちゃかっこいい。銀色の鎧に青い十字ラインが入っていて、神聖ほにゃらら王国の聖騎士ですぅーって感じ。その鎧に似合う、とっても爽やかな笑顔……。


「レイ、行くぞ! 」

「はい? 」


 ぼーっと絵に見とれていた私の腕を、中島が引っ張る。って、今、私のこと“レイ”って呼んだ? そっか。人の居る所では日本人っぽい呼び方はNGなんだっけ。深い意味はなかったのね。


「レイちゃん、顔が赤いわ」

「お前さ、後ろの奴らにずっと見られてたの気付いてないだろ」

「へ? 」


 中島、私のこと庇ってくれたのか。何だかんだ言っても優しいよね。



『ハヤトさん、ユキさん、レイさんの3名ですね。右側のルートからどうぞ。お気をつけて』


 入口の係員さんが淡々と仕事をこなす。混雑しないように、入口の分岐で3方向に割り振るみたい。どのルートからでも2階層へ進めるらしく、私たちの前のパーティは誰も文句を言わずに進んでいく。



 ダンジョンの入口は、何かの口みたいだった。


 上から伸びる牙のようなギザギザの岩、足元のそれは歩きやすいように削られているけど、まるで悪魔の口の中に進んでいくような気分だった。


 振り返ると、入口付近で揉めている様子が見えたけど、無視して歩き出す。


 すると、すぐに3方向への分岐に辿り着いた。


「右、でしたっけ」

「えぇ、そうよ。中は案外明るいのね」

「それに意外と広いし! 」

「魔物はもう出てくるんですか? 」

「この先、1kmくらいは安全地帯らしいわ。1階層はおよそ21.2平方km――私たちが住んでる区と同じくらいの広さ。縦が7km、横は3kmくらいみたい」


 えっ!? すっごく広いんだけど……。


「今日は……えっと……何kmくらい歩きます? 」

「本当はスライム20匹討伐した後、一度ヘルゼに戻って水魔法のマジックリングを買いたかったんだけど……そうすると40kmは歩くことになるから――」

「無理ですよ! 」

「私もそう思う。だから、40匹一気に討伐しましょう。それなら、あと17kmくらいね」


 17km……先生の“対の扉”みたいなアイテムがあれば良いのに!


「俺は余裕かな。部活で学校の外周を30周も走らされた経験あるし! 」

「外周って、1周だいたい700mよね。17kmだと……242周くらい? 」

「うがっ!! 」


 中島から変な声が漏れる。


「まぁ、帰りはスライムコアだっけ? 討伐証明部位の核を40個持って帰らないといけないから、余裕のあるハヤト君、頑張ってね」

「ぐはっ!! 」


 先輩の容赦ない追い打ち……。



 その時、背後から物音が聴こえてきた。


「ねぇ、次のパーティが追い付いてきてるかも? それとも……魔物!? 」

「安全地帯だから魔物は沸かないだろ。それに、混んでいても1か所30分間隔らしいから、次のパーティが来るのは――」

「来てるわね。人の足音が聴こえる」

「おぃ、俺のリングが光ってるぞ!? 」


 中島のマジックリング――危険察知が赤い光を放ち始める。ってことは、半径10m以内に敵がいる!?



「あいつらか……」


 角を曲がって見えてきたのは、20代から30代の男たち5人のパーティだった。


「レイちゃんをずっと見ていた奴らね」


 あぁ、さっき中島が言ってた……。


「まぁ、よくあるパターンだね。初心者狩りって奴ですよね、先輩」

「そうね。小説では定番中の定番(テンプレ)ね」

「って、語ってないで早く逃げましょうよ!! 」

「加藤を差し出せば助かるけど、俺はそこまで下種(ゲス)くねぇ! 」

「うん、そうね。私も“戦う”に1票」


 剣を構える中島の横で、先輩も杖を掲げる。腰が抜けて座り込む私を、2人が盾になって守ってくれている。


『おぉ、やっと追いついた。君たち、俺たちと一緒に行かないか? 』


 あれ? 初心者狩りじゃなくて?


「見え透いた手に乗るかよ! 」

「賢者相手に単細胞な作戦ね」


『ははん、覚悟はできてますってか。いいぜ、遊んでやらぁ! お前ら、囲め!! 』


 リーダーっぽい髭面のおじさんの号令で、男たちが左右2人ずつに分かれて円形に囲んできた。5本の剣先が私たちの方に向けられる。全員が戦士っぽい感じだ。


「さぁ、剣王! あなたの実力を見せてくれる? 」

「何を今さら……賢者の大魔法で瞬殺の方がカッコ良いだろ? 」


 先輩と中島がお互いに押し合いを始めた。もしかして勝算ナッシング!?


『仲良いねぇ、おじさんたちそろそろ妬けてくるぜ』


 気持ち悪いセリフと同時に襲い掛かってくるリーダー。その剣を中島が横に受け止め――。


『うぉ~!? 』


 先輩の火魔法が男の股間に命中した。


『この女、魔法使いだ! 気を付けろ! 』


 リーダーの股間を蹴って消火作業をする仲間たちが叫ぶ。


「賢者様、次行きましょうか! 」

「そうね! 」



 意外と一方的だった……。


 剣戟を中島が受け止め、相手に狙いを定めて先輩が火魔法を放つ。相手が同時に掛かってこなかったから助かった。確実に1人ずつやっつけられた。


 確か、先生との魔法熟練度上げのとき、連続使用は15発までって聴いたことある。5人相手に無駄撃ちできないもんね……。



「レイちゃん、治療してあげて」


 股間を焦がし、のたうち回る男5人を見て、さすがの先輩もまずいと思った様子。


「――はい」


 同じ黒でも、コーヒーショップで見たイケメンのパンツとは大違い。触りたくないけど、杖を伸ばして男たちの股間に叩き込んでいく。マジックリングはいわゆる無詠唱魔法だ。心の中で“ヒール”と念じるだけで発動するので、とっても楽。この世界、実は魔法を使える職業が圧倒的に有利だったりして。


 結局、先輩が慰謝料と称して銀貨5枚(1人1枚)をもぎ取ることに成功した。治療までするとか、私たちって偉すぎでしょ。


「何かさぁ、俺ってば自信がついたかも。相手の動き、思ったより遅くない? 」

「あんな鎧を着てたからでしょ! ミニバスの選手だってもっと速いもん」

「それに、初心者狩りをするような連中なんて、下の下、ランクだってEとかでしょうから参考にならないわ。でも、魔物は……」

「そうだな! 狼が突っ込んできたら、俺は躱しきる自信ない……」


 確かにそうかも。スピードって、いくつか要素があると思う。身体的な能力がまず1つ。そしてもう1つは決意。相手を殺そうとして襲い掛かってくる敵は、痛い思いをさせてやるって敵なんかより怖いわ……その代表が獣や魔物なんでしょうね。って、珍しく頭を使ったら頭痛が……。


「レイちゃん、大丈夫? 」

「お前、熟練度MAXだったのに、もう頭が痛くなったの? 」

「うん、ちょっとね」


 まぁ、そういうことにしておくわ。




 そんなこんなでダンジョン内を進み、ノートの青○の所まで到達した。途中、足元に水が出てくるトラップや、段差付の暗がりがあった程度で、魔物も出なければ宝箱もない、ハイキングな感じだった。


「あれがコールドスライム? 」


 水辺にうようよ漂う巨大クラゲを指差す私。全然強そうに見えないんだけど……。


「誰から行く? 剣王、行ってみる? 」

「余裕だろ! まずは1匹貰うぜ! 」


 最も水際にぷかぷか浮いているスライムを背後から突き刺す中島――。


『ププゥ! 』

「うわっ、刺さらない! 剣が抜けない! 」


 剣ごと吸収されそうになる中島――。


「下がって! 魔法を使う! 」


 先輩が杖を構え、2mの至近距離から火魔法を放つ!


 ぼわっと焦げ臭い臭いが漂ったかと思うと、剣と卓球ボールくらいの水晶を残してスライムは蒸発していった……。


「賢者ユキ、サンキューな! 俺は俺のできることをする」


 早々に切り替えた中島が、大袋に卓球ボールを入れ始める。



 ぼわっ、ぶしゅぅ~、ぼわっ……。


 次々に蒸発していくスライム……でも、なかなか減っているようには見えない。あっという間にユキ先輩の15発が終わる。30分は休憩しないと……。


「次はレイちゃん、お願い……」


 横座りで休憩する先輩が、火魔法/下級のマジックリングを私に手渡してきた。そっか……3人で交代して魔法を使えばいいんだ……。


 右手にマジックリングを嵌め、スライムに近づいていき……“ファイアー”と頭の中で念じる。テニスボールサイズの炎が一直線に飛んでいき、ドスンとスライムに命中した!


 きゅぅ~と縮んで蒸発していくスライムを見ると、可哀想な気分になるけど……そこは弱肉強食、焼肉定食だ。私も次々に命中させ、これで合計30個のコアが溜まった。


「俺の出番だろ! こいっ、マジックリング! 」


 頭痛でひょろひょろと倒れる私の手から、マジックリングだけでじゃなく杖まで持っていく中島――そして、大きく振りかぶって火魔法を放つ。


「あれ!? 避けられたぞ!! 」


 3mくらいの至近距離なのに、微妙に動いて軌道を避けるスライム。動き自体は亀さんくらいだ。でも、勘が良いのか、撃つ側が下手なのか……。


 結局、15発目でやっと最後の10匹を倒し、40個目のコアを手に入れた。



「さすが剣王、魔法の才能はなかったわね」

「スライムが学習したんだろ、俺の時だけずるい! 」

「あのスライム、目のある方向にしか動けなかったみたいだし、避けるとしてもそっち側にずらして撃てば当たるわよ」


 先輩が冷静にツッコむ。でも、スライムに目なんてあったんだ?

 

「まぁ、あれだ。俺が魔法でも活躍しちゃえば君たちの存在意義がなくなるからな! 」

「うん、盾は盾らしく喋んないでね」

「誰が盾だよ! 」

「じゃぁ、荷物持ち」

「これはな、優しさから――」

「さぁ、もうすぐ出口よ。はしゃぎすぎないようにね」


 先輩の声で現実(地上)に戻る。日の光がこんなに眩しいとは!



 入口で係の人に“初心者狩り”の件を報告し、謝罪でも感謝でもない言い訳を永遠と聞かされ、疲れ切った状態でヘルゼの町に辿り着いた頃には、既に日が傾いていた。


 水魔法/下級を2つ、革の胸当てを3人分、解毒ポーションと回復ポーションを3個ずつ買う。さっきの臨時ボーナスを含めると、まだ銀貨4枚以上の貯金がある。


 帰りに鑑定屋の前を通りかかったとき、ズボンが焦げた男がそそくさと走っていった。あぁ……あの初心者狩り、私のストーカーじゃなくて、指輪狙いだったのか……。うん、納得だ。


 ちょっと早いけど、ご飯を食べてもう一度ダンジョンに乗り込む。スライムクエを10回分こなすためだ。先輩曰く、ダンジョンの中は昼も夜も関係ないから、徹夜で思いっきり籠るよって。

 はぁ、コア200個とか凄く大変だけど、それさえ終われば念願のEランク昇格なの! 憂鬱だけど、Eランクに上がってから休む方が気楽でいいからね。それに、勉強の徹夜は無理だけど、冒険なら何とかなるかも……よし、もうちょっと頑張ろう!



<本日のお買い物>


□ 装備品

・革の胸当て×3人分……銅貨2枚×3


□ 道具類

・ポーション……鉄貨5×6


□ マジックリング

・水魔法/下級(ユキ先輩、レイ)……銀貨1×2

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