第18話 神様は乗り越えられない試練は与えない

 下級だけど、火魔法1つと水魔法2つのマジックリングを持っている私たち。それぞれ15発しか撃てないけど、魔法使いパーティと言っても過言じゃない。これも、魔才能が飛びぬけて高いというチート万歳設定のお陰なんだけど、駆け出し冒険者であることは否めない。


 日没前にダンジョンに戻った私たちは、今度は中央のルートから入り、安全地帯をずんずん進んでいった。警戒していた初心者狩りや指輪狙いのゴロツキに遭遇することもなかった。


 運が良いことに、このルートは赤〇に近いので、ヘルゼまでの往復でも15kmも歩かなくて済むらしい。でも、15kmでも相当にだるいよね。靴下を二重に履かないと足の裏に豆が出来るレベルでしょ……。


「暑い……」

「加藤、脱いでよし」

「血管みたいじゃないですか、この壁……」

「加藤、脱いでよし」

「そうね、巨大な悪魔の身体の中に入った感じ? 」

「うわ! 先輩、怖いこと言わないでくださいよぉ」

「加藤、脱いで……って、モンスター!! 」

「なにあれ!? 」


 おどろおどろしく蠢く赤い壁の窪みから、にょろっと出てきたのは……ナメクジ!?


「でかいな」

「うちの車くらいありそう」


 角まで含めると高さは2mもある巨大なナメクジだ。気持ち悪い……。


「のっろ! 」


 中島の言う通り。自然洞窟の土っぽい地面をヌメヌメと進んでくるナメクジは、人が歩くほどの速度しかない。


「逃げますか? 」

「後で囲まれたら厄介よ? 」

「俺のターン! ハヤト、いきまーす!! 」


 中島が剣を下段に構えて走っていく。ナメクジの側面に回り込み、剣を大きく振りかざした瞬間――。


『ギィー!! 』


 突如吼えたそいつが、4mもある天井スレスレの高さまで起き上がると、くるっと方向転換して中島を押し潰しにかかる。


「おあっ!? 」


 間一髪で横に躱したつもりの中島に、ドロドロの液体が飛び散る!


「俺に粘液って、誰とくーっ! 」


「中島、大丈夫!? ヒール!! 」


「サンキュ、聖女様! 」


 見ていて気持ち悪いだけで、毒や酸のような初見殺しはないみたい。まぁ、しばらく拭かなくてもいっか。


「ファイアー! ウォーター! 」


 先輩の杖から出たテニスボールくらいの火球がナメクジの顔にめり込み、ジューっと音を立てて気化しさせる。それよりちょっと大きめの水球はお腹?を貫通して地面を濡らしている。


「魔法はどっちも有効ね。レイちゃんもお願い」

「はい! 」


「ウォーター! ウォーター! ウォーター! 」


 ナメクジの背中に連続して3つの穴が開く!

 でも、ナメナメ大王は、何事もなかったかのように起き上がり、こっちに向かって倒れてくる!


「レイちゃん、避けて!! 」


「ウォーターシールド! 」


 両手で横に握った杖から縦横1mほどの水の膜が現れる! ビチャっという気持ち悪い音が響くけど、どうやら粘液は防ぎきった様子。

 各属性魔法には主に4系統あるって先生が言ってたのを咄嗟に思い出したの。水魔法/下級だと、テニスボールくらいの水球を飛ばす、高圧洗浄みたいに固めた水の矢を飛ばす、水の膜で盾を作る……もう1つは……忘れた。


「うまいね! ファイアー! ファイアー! 」 


 壁に張り付くように避けていた先輩が、倒れたナメクジの角の付け根を焼き尽くす!


「効いてるぞ! 」


 角が急所なんだ。ナメクジはぎゅっと丸まっていき、溶けるように消える。

 地面に残ったのは、消しゴムくらいの大きさの黒曜石っぽい何か。これが魔石というやつか。


「初魔石ゲットだぜ! 」


 特に何もしていない中島が真っ先にドロップアイテムに飛びついた。


「すっげぇー! 」

「見せてよ! 」

「触らせて! 」


 いわゆる正八面体――ピラミッドを上下逆さまにくっ付けた形。ガラスのような素材の中で、煙のようなものがウネウネしている。あの武器屋で見た杖に付いていたのは、これのもっと大きくて綺麗な石だった。


「スライムからは出なかったよな? 」

「確かに。核(コア)以外は何もなかったわね」

「スライムはモンスターじゃないってことですか? 」

「うーん……小説の中にはそういう設定のも見たことあるような無いような? スライム=ダンジョンの掃除屋さん=妖精とか」

「よく分からないわね。でも、魔石は確か……魔道具の級を上げたり、魔道具を作ったり出来るらしいし、たくさん集めるわよ」


 それ、ギルドのお姉さんが言ってた。100個集めるとどうだこうだって。だいぶ先のことだからって言われたけど、先輩のスイッチが入っちゃったかもね……。



 しばらく歩くと今度は巨大なアリの群れが現れた。


 なんだろう、1階は無脊椎動物エリアなのかもしれない。しかも、巨大な!!


「今度こそ、俺のターン! 」


 中島の辞書には恐怖という文字が無いのだろうか。よだれダラダラの野犬とかじゃなくて、ちょっとデフォルメされた可愛い系のアリだからだろうか……。大きさは1mくらいだけど、ワサワサ集まってくる群れは総勢20匹以上は見える。


「ほいっ! おりゃ! 」


 初心者用の1階のモンスターだけあって、意外と遅いし柔らかいみたい。踊るように剣を振るう中島、凄く楽しそうだ……でも、あっという間に囲まれてしまっていた。


「剣王! 下がりなさい! 」

「オーライ!! 」


 先輩の声で、目の前のアリの頭を踏み台にして飛び上がる中島。さすがに運動神経は良い。一瞬遅れてアリの集団がさっきまで彼が居た場所を埋め尽くしていた。


「あぶねー! でも半分くらいになった? 」

「7、8、9……10。ちょうど残り10匹ね」


(ヒール)


 いつの間にか切り裂かれて出血していた中島の背中にヒールをかける。よく見ると、アリの足先に結構鋭い鎌みたいなのが付いてるわ……。


「急所はあの大きな頭ね。レイちゃん、よく狙って頭を撃つわよ! 」

「はい! 」



 その後、水魔法も火魔法も全部使い切ったところでやっとアリの群れを全滅させることができた。頭痛でダウンした私たちの代わりに、中島が魔石を拾い集めてきた。


「ナメクジのと同じだな。アリ石合計24個ゲットだ。ナメクジより結構お得じゃん? 」

「いや……意外と素早くて、頭に当てるのが大変だったわ。レイちゃんと私が30発撃って10発命中よ? 君には一生当てられないくらい難しい」

「剣で首をスパッとやるほうが効率良いかもな」

「怖いこと言わないでよ……」


 どこかのテロ組織の斬首動画を見たことがある。勿論、その瞬間は映ってなかったけど。思い出すだけで嫌悪感がハンパないわ。でも、何だろう……モンスターは致命傷を受けると霧散して消えるからグロさはあまり感じない。命を奪うってことは同じだけど、この世界のモンスターは、ダンジョン内の澱んだ魔力が生み出した人形みたいなものだって説明されたし。逆に、モンスターから見たら私たちはどう映るのかな。同じ人形? それとも、狂暴な悪魔? 考えすぎるのはやめよう……。


「加藤、どうした? 」

「ちょっとね、命について考えてたの。このアリにも家族が居るんじゃないかってね! 」

「さすが聖女様だな! 」

「やめてよ」


 家族と聞いて、先輩も私の方を心配そうに見てきた。ホームシックだと思われてる?


「いったん日本に戻っても良いわよ」


 やっぱり。


「いえ、大丈夫です! 」


 Eランクに上がって最強武器を手に入れて……その後のことは確認していないけど、多分3人ともこの先に広がる冒険を楽しみにしているはずだ。ダンジョンを進めても良いし、他の町を目指すのもあり。もっと魔法を極める必要だってあるし、雑貨屋さんを捜さなきゃいけないんだし……。


「じゃ、先に行こうぜ! 」



 ちょっと休んだ後、中島を先頭にして再び赤く脈打つ洞窟を進む。


 途中、巨大なクモやムカデ、貝と戦ったけど、何とかぎりぎり倒せた感じ。余裕は無いけど、今のところは魔法が通用するし、いざとなったら逃げきれそうだし。


 

 MAPの赤〇に近づいてきたとき、中島の足が止まる。


「黄色……」


 下着の色とかではない。中島の指、危険察知のマジックリングが黄色く光を放っている。


「見て、あの下の所……」


 先輩の人差し指の先を目で追うと、1mほどの段差の下にマグマ溜まりのような赤い池が見える。

 そこに……いるよ、いる、うじゃうじゃいる!


「ホットスライム! えっと、何匹狩るんだっけ? 」

「ざっと200ね。もうこれは単純作業よ。魔法係→休憩→核(コア)拾い係→魔法係→休憩→核(コア)拾い係ってひたすら繰り返すだけ。指輪が2つあるから30発撃てるかと思ったけど、ダメみたいだし……200÷15=約15周、つまり1人5回ずつ担当で、3時間くらいで終了よ! 」


 先輩が、軽く3時間とか言っちゃってるけど、この暑い中で3時間戦うのはかなりしんどいよ……。



 ブハッ、ブハッ、ボシュ。


 早く終わらせてしまえと、考えを切り替えた私。スライムを池の縁から誘い出し、リズムよくスライムを倒していく。


 ん?

 良いこと発見した!


「重なり合ったところを狙うと、1発で複数倒せるみたいです」

「ほんと? それってナイスよ! これで3時間で300、400って倒せそうね! 」


 えっと……2時間で終わりそうとかじゃなくて、3時間狩ることは確定なんだ……。



 必然的に、核(コア)拾い係の役割が増えた。

 池の周りをゆっくり歩きながらスライムたちをまとめる。そうすると、面白いようにスライムがまとまってくれる。


 ぷよ〇よ感覚で、最高何匹まとめられるかを競いながら倒していくと、意外と時間が経つのも忘れるくらい熱中できた。



 予定の5周目が終了したとき、池にはもうほとんどホットスライムが居なくなっていた。既に1000匹くらいは倒した気がしていた。


 卓球ボール1000個って、意外と嵩張るわけだ。結局、私も袋を担ぐことになりそうな予感を抱きながら核(コア)の回収を急ぐ。



 と、その時――。


『ブハァー!! 』


 赤い池の中央が盛り上がり、池の水が溢れ出てきた!


「ちょっ! あれ何!? 」

「まじか!! 」

「うぇ!? 」


 よくよく見ると、山なんかじゃなくて巨大なスライム!

 しかも、手足が生えていて、まさに甲羅が剥がされた亀のような姿で池から出てくる!


「ボス!? スライム魔王!? 」

「いったん逃げるわよ! 」


 中島も先輩もさすがにあれとは戦いたくないらしい。真っ先に逃げだしていた私の後を追いかけてきた。



「ふぅ……焦ったぜ」

「大きかったわね。10mくらいはありそう? 」

「追いかけて……来ませんね」


 ビクッとなって振り返った2人の顔が、苦笑いへと変わる。

 今いる場所は、洞窟内でも巾着袋みたいに比較的狭い所だ。あの大きさのスライムはこっちまでは来れないはず。


「さて、どうやって戦う? 」

「3人で挟み撃ちじゃね? 」

「え……戦うんだ……」

「きっとあれはレアモンスターよ」

「スライム1000匹倒すと出現する的な奴な! 」

「じゃぁ、強いんじゃない? 」

「攻略できないゲームはない! 」

「その通り! さすがは剣王ね! 」


 やっぱり先輩たちはゲーム感覚だったか……。


「やはりここはあの手を使うしかないわね」

「あの手? 」

「ハメ狩りよ」

「ハメ撮り? 」

「ハ・メ・“ガ”・リ!! 」


 何の話をしてるのか、私にはさっぱり分かんない……。



 あれよあれよという間に、デカスライムが狭い場所に誘い込まれ、身動きが出来ない状態にされていく――。


「さぁ、後ろから思う存分撃ちまくりましょう! 」


 うわっ、えげつない戦い方……。


 でも、こんな手を使わないと勝てないよね。




 休憩を挟みながらさらに3時間以上も水魔法を交互に撃ち込んでいった結果、やっとスライムが消滅した。


 そして、後に残ったのは核(コア)ではなく、バスケットボールくらいの大きな赤い魔石だった。


「でっか! しかも、おっも! 」


 魔石に飛びついた中島が歓喜の叫びを上げる。


「モンスターだったのね。赤いのは、火属性かもね。大きさ的に上級魔石かもしれない。持って帰れそう? 」



 結局……中島がバスケットボール、私と先輩が卓球ボールの運搬ということで、帰路に就いた。


 疲れてはいたと思うけど、予想以上の収穫があったためか足取りは意外と軽かった。


 帰り道、洞窟の奥の方から嫌な視線を感じたのは忘れよう……。

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