第16話 人知らずして慍みず
海に潜るのはいつぶりだろう。水中眼鏡、借りられて良かった。でも、海の中で目を開けても痛くないんだよね。寺山さんって人が『なみだは人間が作るいちばん小さな海です』って言ってた。私、実はその人のこと知らないんだけど、言っている意味だけは知ってる。確か、涙の塩分と海の塩分が近いから、目にしみないんだっけ。うん、確かそうだった気がする。
それにしても、海の中ってこんなに汚いんだ……。
それと、ずっと岩の穴からウミヘビだかウツボだかが覗いているんだけど!
え、待ってよ! 速いよ!
私は、先頭を進む仲間に必死に付いて行く。泳ぐと言うより、海底を歩く感じ。この、いやおうなしに私を押し流そうという海流、思うように動かない脚……すっごく身体が重いんだけど。
気付くと私一人が取り残されていた。
ひたすら仲間を捜して海中を彷徨う。
すると、崖の下の方に沈没船を見つけた!
お宝があるかも⁉
ゆっくりと崖を下る。
途中、何度か流されかけたけど、やっとの思いで甲板に降り立つ。
古い船だ。素材は主に木材で、所どころに金属が使われているものの、扉とかに施されている装飾は歴史で分類するところの中世っぽい。見る人が見れば、形や、煙突とか帆とかスクリュー的な物で正体が分かるかもしれないけど、私には興味がない。
それと、タイタニック号とかに比べれば随分と小さいと思う。ざっと縦に40mってとこかな。50m走で走るより少し短い感じがするから。
豪華な装飾がある扉を開ける。よし、鍵は掛かっていない。
恐る恐る中に踏み込む。引き込まれている気もするけど、まだ自分の意思が勝っている、はず。中は思ったより明るい。どこから入ってきたのか、大きめの魚が泳いでいる。サメとか出てきたら嫌だな……。
廊下を進むと、大広間に出た。ここでダンスパーティとかするのかな?
違った……。
これは、商船という船なのかもしれない。そういう物を見たことはないよ、ただ、これを見た率直な感想なんだもん。
大広間の中は、5mくらいのスペースで区切られていた。
ウミヘビの巣になっているところをスルーして進むと、木箱がたくさん重ねられた区画を見つけた。中身は何だろう……とっても気になる。金貨がざっくざくだったとしても、全部は持って帰れないね。
そんな中、もっと私の心を惹きつけた区画があった。
八百屋の店頭のようにたくさんの宝石が並んでいる棚の奥……光を放つ物がある。何だろう……小さな木箱から漏れ出る光を目指して、さらに区画の奥に進む。
指輪、かな?
木箱の中で光を放っているそれは、見た目がとっても地味な木の指輪だった。何か特別な力があるのだろうか……それに触れようとした瞬間、私の後ろで海流のうねりを感じた。
何⁉
振り返った私の目に映るのは、何体もの人形。
ピエロのような目と鼻を持つ人形が迫ってくる!
箱を蹴り、壁を蹴り、ひたすら海中を|走る(・・)。
追手は来ない!
大広間を抜け、豪華な装飾がある扉――船内への入口を押し開ける!
「ありゃ⁉ 」
扉を出た先は、人の居る普通の街だった――。
振り返ると、沈没船の代わりにスーパーがあった。中を覗いても、誰がどう見てもどこにでもある普通のスーパー。イ〇ンほど大きくはないけど、コンビニよりは広い感じ。
スーパーの入口の隣にはクリーニング屋さんがくっついている。店員さんは、見覚えのないオジサンだった。
私は既に気付いていた。
これは夢の中なのかもしれない、と。
最初から変だったんだよ。海の中なのに息が苦しくないんだもん。もっと早く気付くべきだったのに。
気付いたからか分からないけど、通りを行き交う人々の様子が変だ。魔法使いのような恰好をしていたり、戦士風だったり。獣人だって居るし。これが夢ということは、私の頭が変だということかもね。
そこで私はニヤリと笑う。
“変”ついでに普段できない検証をしてみよう。
通りを渡り、コーヒーショップの中に入る。昼過ぎな感じだけど、お客さんが全く居ない。私の頭のスペックが追い付いていないからかも?
店員さんは2人居る。どちらも男性……。2人とも、こげ茶色をベースに、白い縦縞(ストライプ)の入ったベストと、白い清楚なズボンを着ている。コーヒーショップっぽい!
自分の感性に自己満足し、店員さんの吟味を続ける。
1人は明るい茶髪で、王子様もかくやと言うほどのイケメン。もう1人は、可愛い系の男の娘だ。ふっさふさの黒髪に、優しそうな目、そして私と同じくらいの身長……。さすが私の夢! クオリティ高すぎでしょ!
よし、検証を始めよう!
イケメンの前に立つ。
相手が何か話す前に、一気に動く!
『……』
黒……。
いきなりズボンを下ろされたイケメンは、苦笑いをしつつも隠すことすらしない。なるほど、こういう反応なんだ。もう1人はどうだろう。
警戒する可愛い系店員さんのズボンを掴んで一気に下ろす!
「え⁉ 」
『ぇ……』
恥じらう手の隙間から覗く水色のショーツ……女の子だった。ごめん……。
夢だけど、ケーサツに通報される前に逃げよう。
私が知りたかったのは、男の子がズボンを下ろされた時の反応。女の子みたいに“キャー”って隠すのか、怒るのか、泣くのか知りたかったんだけど……サンプル1人じゃ検証も微妙だったか。でも、イケメンのパンツが見られたし、良かった良かった。
コーヒーショップを出ると、はす向かいにバス停が見えた。
バスを待つ椅子に座っているのは……はぁ⁉
私が好きなアーティスト(女性)が何でこんな所に居るのよ⁉ あ、そうか……私の夢だからか!
緊張しながらも、意を決して近づく。
ターゲットは視線を合わさない。本を読んでいるのか、ずっと下を向いたままだ。これは検証のチャンス⁉
横の椅子に座ると、そっと手を伸ばす。
『えっ⁉ 』
うわぁ~! こんなに脚が細いのか!
女性は驚きつつも、逃げたり暴れたりはしなかった。
調子に乗った私の手は、徐々に上に向かって攻めていく。
ウエスト細っ! なにこれ、両手で掴めそうじゃん! 次は、胸……あはーん、完全に盛ってるのね。そうだよね……。
『かとう』
ん?
『加藤! 』
「えっ、あ、はいっ! 」
授業中、居眠りして先生に起こされる感覚で跳ね起きた。
目の前には、ギャハギャハ笑い転げる中島と、必死に笑いを我慢する林先輩が居た。私はというと……ベッドの中で、布団を被せられて寝ていたみたい。
「お前な、何の夢を見てたんだよ――」
「悪夢を見ていたの――」
「悪夢って、そんなにニヤニヤ見るもん? 」
「レイちゃん、その……よだれ」
「ひゃっ⁉ 」
咄嗟に口元を拭う私を見て、再び笑い転げる中島……夢と分かっていたから、私も調子に乗った。乗りすぎた。立派な黒歴史作っちゃった……。
「レイちゃん、具合はどう? 」
「具合、ですか? 」
「あなた、気絶してずっと寝てたのよ」
「えっ⁉ そういえば……」
確か、朝から先輩の作った計画通りに<1日目>のクエストを受けていったんだっけ。
ノルマの4つはクリアしたんだけど、最初の“1.ゴキ〇リの駆除(E)”のときに、後ろの方に居て手伝わなかっったからクエスト達成パーティに認められなかったんだ。だから、最後の“4.泥ネズミ退治(E)”の後に再チャレンジすることになって……うわぁ、思い出したくないわぁ……。
「“聖女レイ”が大きな木の板を退(ど)かしたとき、その板の裏にびっしりとゴキ〇リがくっついていて、ザワザワっと動いた瞬間に、バタっと倒れたんだよね」
「先輩……私にだって思い出したくないことはありますよぉー。それをそんな擬音語を交えて丁寧に言わなくても」
「あら、ごめんなさいね。現実逃避してるのかと思ったから」
確かに迷惑を掛けちゃって申し訳ないけど、何とかぎりクエストは達成できたみたい。もうあのクエストは受けたくない。
「加藤って、ゴッキーダメな奴? 」
「ふぅ……心の傷を抉るわね。小学生の時、親戚のお兄ちゃんと一緒に夜の森にクワガタを捕まえに行ったのね。それで、木の幹にくっついてたアレを間違えて掴んで潰しちゃったの」
「まじか! でも、似てるって言われたら似てるな! 」
「それだけならトラウマにならないけど、それがすっごく臭くて……1週間くらい手の臭いが取れなかった……」
「災難ね……でも、包み込むように捕まえれば潰さなかったと思うわよ」
先輩……そういう問題じゃないんだってば。
「クエスト成功したから良いけど、毎回ハヤト君にベッドまで運んでもらうのは……ちょっと不潔ね」
「えっ⁉ どういうことですか……」
「あぁ、気絶したお前を運んだの、俺な! 胸は合格だったけど、意外と重いの――」
(ばちーん!! )
★☆★
夕方、食堂の手伝いを済ませた私たちはヘルゼの町へと飛び出した。
目的は主に2つ。最優先は魔法の習熟度UP、もう1つは買い物。因みに、今日までに手に入れたアイテムはこんな感じ。
<装備>
・銅製の剣:ハヤト
・木製の杖:ユキ先輩
・金属製の杖:レイ
・革の小手:ハヤト
<魔法>
・治癒魔法/下級:レイ
・生活浄化魔法/下級:ユキ先輩
・危険察知/下級:ハヤト
・火魔法/下級:ユキ先輩
<道具>
・収納袋(大)
・初心者セット
見ての通り、中島が3つ、先輩が3つ、私が2つ……平等第一ということで、余ったお金で私の装備を買うことになったの。別に私が言い出したことではないけど、明日からはクエストの難易度も上がるし必要になるから断る理由もない。
異世界の夜の町というだけで怖いイメージはあったけど、今の私たちなら一方的にやられる側じゃないはず。危険察知もあるし、火魔法だってある。怪我をしても私が治癒できるし。まぁ、何も起こらないのが良いんだけど……と、フラグ立てるのはやめとく!
先のことも考え、マジックリングを交換して熟練度を上げながら、適当に夜の街を歩いていく。
「ん? 」
デジャヴった。
えっと、夢の中で見たドアがある。あの沈没船のドアだ。
「レイちゃん、良さそうな店でも見つけた? 」
「気になる店が……」
いつの間にか先頭を歩いて行く私に、先輩が声を掛ける。
「あの店に入っていいですか? 」
「何の店なの? 」
「めっちゃ怪しいじゃん! 」
豪華な装飾がある扉……それ以外、店頭には看板やショーウインドウらしき物は見えず、窓が1つも存在しないため、店内を覗くこともできない。
でも、私はある確信をもって、もしかしたら吸い寄せられて、扉を開けた――。
「失礼します」
「お邪魔します」
「ばんわー」
入口で足を止め、挨拶をして待つが……店の人は誰も現れない。
仕方なく、店内を勝手に見て回る。中島も先輩も心配そうに付いてくる。
『珍しい』
「「ひゃん⁉ 」」
突然ぬっと現れた包帯まみれの店員さんに、私と先輩の口からは変な声が漏れてしまった。
「お邪魔してますよ! 」
中島だけ堂々としている。コイツは、怪我人・病人に優しいというよりは、恐怖への耐性があるんだと思う。ゴキ〇リも、クモも、ヘビも……全部OKな人とか、実は結構重宝するんだよね……。
『遠慮なく見ていくと良いよ、半年ぶりの客さんたち』
改めて聴くと、男性か女性か、さらに若いのか年寄りなのかすら全く判別できない声だった。えっと……後半の部分は聴こえなかったことにしておく。
私の脚は、遠慮なくズンズン突き進む。
だって、この店の中……沈没船の大広間にあったあの区画と一緒なんだもん。なら、きっとアレがあるはず。
2人は宝石類が並べられた棚の前で目を丸くしている。そりゃそうだ、日本だったら億級の宝石が無造作に置かれているんだもん。本物かどうかは分からないけど……。
私の関心はそこにはなかった。
棚を過ぎ、レジっぽいカウンターを過ぎ、さらには不気味な人形が並ぶショーケースを(なるべく目を合わせないように)過ぎ、店の奥に向かう。
そして、アレを見つけた。
例の木箱――。
蓋が閉められ、光を放ってはいないけど、見間違えることは絶対にない、あの時見た木箱だ。
「これ、おいくらですか? 」
木箱を掲げ、レジカウンターの奥で椅子に座る包帯店員に訊く。
『ほぉ……』
店員の目がキラッと光ったように見えたけど、顔面まで包帯だらけだから気のせいかもしれない……。
「おいくら――」
『銅貨3枚。古い物でな、正直どんな物なのかも分からないんだ』
やった! 買える!
「買います! 」
★☆★
ルンルン気分で宿屋まで戻る。いつも通り、シャワーの後、女子の部屋で作戦会議を始めると、さっそく猛犬が嚙みついてきた。
「加藤さぁ、なんでそんなの買ってんの? そんなの買うんだったら俺の防具を買った方がいいじゃん」
「これは、知る人ぞ知るレアアイテムよ! 多分ね」
「レイちゃん、どうして分かるの? 」
「夢に出てきたんです」
「ゴキの夢? 」
「違う」
「さっき言ってた悪夢? もしかして呪われてるんじゃない? 」
あっ、全く考えてなかった!
でも、あの時感じた光は邪悪な感じがしなかった。“直感”としか言えないけど、絶対に危険な物じゃないと思う。
「開けますね」
「おい待て、俺は離れておく! 」
「空っぽ、ということはない? 」
蓋をゆっくり外すと、中には布が詰まっていた。その布を取り出し、慎重に開いていく……見つけた、木の指輪だ! やっぱり夢に見た通りだった!
「指輪、です」
「木だぞ、木! 」
「マジックリング、ではないようね」
嬉しそうに見せびらかす私とは正反対に、2人はがっかりした様子だ。まぁ、あれだけの宝石を見学した後で、こんな木の指輪を見て興奮する人なんか普通はいないよね、普通は。
「嵌めてみます」
「待て待て、店で鑑定してからにしろよ」
「うん、右に賛成」
鑑定……確か、商店街に鑑定屋さんというのがあった。うん……どっちみち効果を正確に知りたいし、鑑定してから装備するかな。
名残惜しい気持ちを、指輪と共に箱に収める。
明日の予定を再確認だ。
<2日目>
1.スライム退治(E)……報酬銀貨2
→水魔法を2つ買う
2.スライム退治(E)……報酬銀貨2
→革の胸当て、ポーションを買う
明日手に入る予定の水魔法/下級は、千葉先生も持っていたし、使い勝手が良い。でも、スライムを退治するためには迷宮(ダンジョン)に行かないといけないの。確か、魔王がいるという……。でも、1Fだからさすがに大丈夫かな。
中島を追い出し、明かりを消して眠りにつく。
2人に散々笑われた1日だったけど、今日は運命的な出会いをした。あの指輪……見た目はあれだけど、きっと凄いアイテムだと思う。あの夢のことを話しても誰も信じてくれないだろうな。だって、私は聖女レイだもん。きっと特別な力があるんだよ。
にやけ顔で寝入る私の横で、木箱から微かな光が漏れていた。
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