第15話 勇敢なる仔猫たち

「ねぇ、賢者ユキ! もっと詳しく情報を聴くべきだったのでは? 」

「剣王ハヤト、らしくないわね。必要な情報は自分で集めるものよ。それと、情報は必要最低限で良いの。ネタバレした世界ほどつまらないものはないわ」

「さすが賢者! 説明書を読まないタイプですね! 」

「その通り。あんなの、最初に焼き棄てるべき汚物だわ」


 何だこの人たち……完全にロールプレイングしてる。それにしても、林先輩ってこんな人だっけ?


「ユキ先輩ってゲームするんですか? 」

「聖女レイだっけ? 愚問よ、それは。確かにうちの両親は厳しくて、ゲームは1週間に2時間までと決められてる。でもね、いえ、だからこそと言いましょうか。“事前の準備”をしっかりして、無駄のないゲーム進行をするの。それが賢者たる由縁(ゆえん)」

「はぁ、なるほど……」

「そういう聖女レイはゲームは得意? 」

「RPGはあまりやらないですね。と言うより、ゲームするより身体を動かすほうが多かったので。ミニバスとか、ダンスとか……」

「やはりな! お前からは脳筋の匂いが漂っていたんだよ」

「あんたほどじゃないから安心して」

「ではなぜ吹奏楽部に? 」

「テニ部だと日焼けするし、バスケ部は筋肉ついちゃうし……」

「いや、既に筋肉ダルマだろ! ステータス見ろよ」

「えっと……私って、そんなに筋肉質じゃないよ! 腕だってこんなに細いし。これは、先輩が低すぎるような……」

「聖女レイさん……私は筋肉が少ないのに体重が重い、つまり脂肪ばかりだって言いたいのかな? 」

「ちっ、ちがいますっ! 」

「まぁ、いいわ。私とハヤトが戦略を考えるから頑張ってついてくるのよ」


 うわぁ、先輩が怖いよぉ。

後ろで誰かがチチの差じゃね? とか言ってるのは無視。



「予定は2週間。目標はランクD。そのための計画を練り上げる。まずは情報取集からね。調べるのは、食費、宿屋の値段、剣やその他装備、魔法関係のアイテムの値段。そこから最適解、必要なクエストを吟味するわ」

「押忍! ノートに一覧表を作るぜ! 」

「私は――」

「レイちゃんはその可愛い笑顔で値切ること」


 うわぁ、先輩がいじめる……。



 冒険者ギルドを出た私たちは、レストラン街っぽい所を右往左往する。どういうお店が安いのか見当がつかない。店の前にサンプルとかメニューとかが無いもん。


「まず、客が少ない店はダメ。高いし美味しくない証拠だから」

「そうですね! 行列店を探せば――」

「甘いわ、レイちゃん。行列ができる人気店は融通が利かないから値切れない。そうね……あそこ。ちょうどあのくらいの店の方が都合がいい。常連客になるからと言えば即、交渉に応じるはずよ」


 窓から3人ほどの客が見える店を先輩が指差す。ちょっと古びているけど落ち着いた感じの店。店員さんがチラッと見えたけど、うちのパパくらいの歳のオジサンだ。娘さんっぽい子が手伝っている。


「店員も可愛いし、さすが賢者! 」

「さぁ、乗り込むわよ」



 “ルロイ食堂”と書かれた木の扉を開けて中に入る。ルロイって人、国語で最近習った『握手』って話に出てきたような? 確か、悪い人じゃなかった気がする。

 奥の席にも何人か居たみたいで、お客さんは全部で5人だ。今はちょうど朝食時だよね。これって、繁盛しているのかしていないのか微妙な感じ……。


「店長さん、お話があるんだけど」

『あぁ? 注文か? 』


 先輩が、オジサンの手が空いたタイミングを見て話しかける。そして、私を押し出す。えぇ~⁉


「あの~。私たち――」

「レイちゃん、え・が・お! 」

「はい、店長さん。私たち、今朝この町に来たばかりなんですけど、運命というか……この店に惹きつけられて来まして……」


 オジサンの眉毛が曲がった。周りのお客さんもこっちを見ている。

 先輩はというと、うんうん頷いているし、中島は笑いを堪えてやがる。やるっきゃないか!


「うん、これは運命です。それで、2週間ずっとここのお店に通いたいので、その、あの――」

『いいぜ! うちの娘と同じくらいの歳の子が頑張ってんだ。応援も兼ねて世話してやる』

「へ? 」

『世話してやるって言ったんだ。そうさなぁ、手伝いはしてもらうぜ。洗い物、家事、接客、会計とかだな』


 えっ、どういうこと?

 先輩が後ろで手を叩いてる。中島もグッジョブポーズをしてるし、成功した? 私、成功したの?


『部屋は2つで我慢してくれよ。2階だ。スゥ、案内してやれ』

『はい、お父さん』


 スゥと呼ばれた女の子の後を私たちがついていく。

 明るい茶髪をポニテにした可愛い子。身長は私くらいだけど……なんだかとっても発育が違いすぎるような。日本だと高1か高2くらいじゃないかな?


 階段を上がるとき、中島が真後ろのポジションをキープしつつ、腰をかがめてスカートの中を覗こうとしている。中学生男子って、どうしてこんなに変態が多いんだろう。


 スカートは膝下10㎝くらいだし、この傾斜なら大丈夫でしょ。無駄な努力お疲れさん。


 階段を上りきり、2階の廊下に出る。トイレと洗面所を案内された後、突き当りの部屋の前に辿り着く。もしかしたら父子家庭なのかもしれない。2階は4LDKくらいの間取りだけど、部屋は余っていた。


『ここは女の子2人で使って。ちょっと狭いけど、あっちの部屋は男の子ね。えっと……』

「ユキ、賢者ユキだ。よろしく」

『えっ、賢者……様⁉ 』

「俺は剣王ハヤトです。スゥちゃんって呼んでいいかな」

『剣王様……は、はい。どうぞ! 』

「私は……レイです、スゥさん、よろしくお願いしますね」

「“聖女”レイね」

『せっ、聖女様⁉ こちらこそ、よろしくお願いします! 』


 何ですか、この展開……。



 部屋の確認をし終わると、女子の部屋に3人が集まって作戦会議だ。


「宿屋じゃないから部屋に鍵がかけられないけど、ベッドも人数分あるし満足ね」

「俺、夜這いされないか心配だ」

「心配してくれてありがとう。でも、私たちが強くなればその心配もなくなるわ」

「いや、俺が被害――」

「でも、食費も宿賃も浮くなんてラッキーですね! 」

「うん、レイちゃん上出来よ。えっと、次のミッションだけど、武器や魔法アイテムの情報集めね」

「よし、俺の出番だな! 」

「まさにその通り! 」



 中島を宿屋に置き去りにし、先輩と私がノートと筆記用具を片手に宿を出る。

 ちょうど水汲みだの、納品だの、洗い物だのと力仕事がたっぷりあったらしく、中島には活躍の場を提供できて良かった。これも生活のためだ、観念しなさいな。


「あそこの武器屋に入るわよ」

「あ、はい」


 ニヒルな笑みを浮かべていた私を先輩が押していく。またこのパターンか……。


「ごめんくださいっ! 」

「レイちゃん、笑顔忘れずに」

「分かってます……」


 店員さんは見当たらない。お客さんも居ない。仕方なく、敷居を跨がないまま店の中に向かって声を張り上げる。


 10秒くらいして、中からむっさい髭のオジサンが出てきた。奥は工房みたいだ。作業服が煤汚れているし、3mは離れているのにすっごく汗臭い。


『なんだ、可愛いの』


 可愛いって言われた⁉

 すごく久しぶりに言われた気がする。むさいオジサンは撤回してあげよう。


「うわぁ、プロの職人さんって感じで素敵ですね! 私たち、武器を探しているんですけどお手軽な武器ってありますか? 」


 精一杯の笑顔を作って攻める。私たちは関東人だから値切った経験はない。TVで見る関西のおばちゃんはよくこんな感じで値切ってたけど、大丈夫かな?


『武器、か。予算はどんくらいだ? 』

「よ、よさん? 」


 知らないよ、聞いてない。先輩の顔を見ると、任せたって感じで見てくる。

 腕を組み思案顔の髭おじさん……お金持ってませんなんて言える雰囲気じゃない!


「先行投資って聞いたことありますか? 」

『閃光闘士? 』

「あれです。私たちが活躍すれば、このお店の評判がぐんぐんあがるので、武器を貸してくれるとか」

『活躍だぁ? そんな活躍できそうには見えんが--』

「テストしてみれば分かります! 」


 これは賭けだ!

 私たちの魔才能を信じる!


『得意武器はなんだ? 』

「魔法なら誰にも負けません! 私は聖女レイ、彼女は賢者ユキ。それと、一応、剣王ハヤトという奴も仲間にいます」

『がっはっは、言いおるわ。もしもこの武器が使えたら貸してやらんでもない。無理だと思うがな! 』


 つ、釣れた?

 振り返ると、先輩がニヤリと微笑んでいる。


 武器屋の髭爺が、店の看板商品とも言える剣と杖を飾り棚から下して手渡してきた。

 

 青白い光を宿した片手剣、竜を象った金属が先端部に付けられた短杖、そして、どういう仕組みか分からないけど、透明の石--正八面体の水晶が、先端部の丸い空洞をくるくると回っている長杖……。


 吸い寄せられるように長杖を手に取る。重い! チューバくらいの重さはありそうだ。でも、両手なら持てる。やったことないけど、テニスのラケット感覚で振ってみる。水晶体がキラキラ輝き、その残光が星となって降り注ぐ。なんか、アニメの魔法少女キャラになった気分かも。


 先輩は竜が付いた杖を掴んだままにらめっこしている。なんだか表情が険しい。竜の眼の部分が黄色く光を放っているけど、ある意味拒絶しているようにも見える。


『言うだけのことはある。精霊石の杖(フェアリーロッド)の発動率は70%、竜牙の杖(ドラゴニックワンド)は30%ってとこか。お嬢ちゃんたちの才能は認めるが、名も知れぬ新米にユニーク級装備を貸すほど儂もこいつらも心が動かなんだ』


「私、名前は言いましたけど? 」


『ちゃうわい。名声がないという意味じゃ。それに、武器は相棒を選ぶ。才能だけでは扱えぬ』


 よく分からないけど、失敗した? さすがにそんなEZモードじゃないか。


「店主、武器に認められる方法は? 」


 悔しそうな顔で先輩が割り込んできた。先輩、30%って言われてたよね。魔才能とかは私より高いのに。


『そんなことは武器に訊け』


 武器に、訊く?


 先輩が今度は青い剣を握る。空が氷の中に閉じ込められたらこんな色をしているかも、という感じの綺麗な刃。目を閉じ、集中する先輩と対照的に、さっきの杖みたいに点滅するような光を発する剣。


『ほぉ……天空の剣(スカイウォーダー)が反応するのは10数年ぶりに見たわ。それでもまだ30、いや40%程度』


「コツが掴めたわ! もう一度杖を試させて」


 先輩が竜の杖を再び手に取る。自信に溢れた表情で。


『うむ……やりおる。80%を超えておるだろうな』


 フルートを吹くような格好で、横に杖を掲げる先輩。竜の眼は赤い光を放っている。なんだか優しい、温かい光だ。これが“認められる”ということだろうか。


『……約束だ。Eランクに上がったらくれてやる』

「今じゃなくて⁉ 」

『名声がないと言ったろうが。本来ならばCランクと言いたいところだが、こいつらも待ちきれんじゃろうて』


 そう、ですよね~。結局、武器は買わなきゃダメか。


「ちなみに、こっちの剣と杖はおいくらですか……」


 傘立てみたいな箱に無造作に突っ込まれた武器を指さす。


『1本銅貨1枚だ』


 銅貨1枚っていくら? 確か、鉄貨10枚が銅貨1枚、銅貨10枚が銀貨1枚、銀貨10枚が金貨1枚とかだった気がする。金貨で家が建つって聞いたよね……てか、家っていくらするのよ……1本は、1万円? 10万円? 3本買うのにアルバイト2週間以上かかるじゃん!


「借りることは--」

『勘弁してくれ、銅貨1枚なんて冒険者ならすぐ稼げるだろ』


 しばらくにらめっこが続いた。笑顔も通用しなかったし、泣きそうな顔をしても無理だった。先輩……私は頑張ったよ、今回は仕方ないですよね。




 名残惜しそうに店を出る。

 でも、先輩はなんだか嬉しそうだ。


「早くあの装備を手に入れるわよ」

「そう言えば、コツを掴んだって言ってましたよね」

「あれね、意外と簡単。いわゆる隠れステータスってやつね。剣は“勇気”、竜の杖は“自信”を心の中で呼び覚ませば良かった。多分だけど、レイちゃんの杖は“優しさ”とかじゃないかな」

「へぇ~そう言う武器もあるんですね……」


 私は何にも意識しなかったような。優しさを意識しろって言われても難しいけど……。


「次は、魔道具屋を見てみましょうか」

「はい! 」




 ★☆★




「遅いってば! 俺、死ぬかと思ったぞ! 」


 太陽が西に傾きかけた頃、ルロイ食堂に笑顔で戻ってきた私たちを見て、中島が悲鳴を上げた。


「一応言っておくけど、無駄はなかったわよ。それどころか、大収穫だったんだから」

「明日からが楽しみですね! 」

「俺は明日は筋肉痛で動けない」


『おぉ、帰ったか。早速で悪いが手伝ってくれ! 』

「「はい! 」」

「はい……」



 その後、3時間ほど食堂を手伝ってから解放されると、一人ずつ水浴びをしてすっきりする。


 女子の部屋に集合し、夕食のパンと野菜スープを頂きながら会議だ。


「こんな感じ」


 私がノートにまとめたリストを皆が見えるように開く。



~必要なもの<優先順>~


□ 装備

・銅製の剣(ハヤト)……銅貨1

・木製の杖(ユキ先輩)……銅貨1

・金属製の杖(レイ)……銅貨1

・革の胸当て×3人分……銅貨2

・革の小手(ハヤト)……鉄貨7◎

・天空の剣(スカイウォーダー)(ハヤト)……Eランク報酬

・竜牙の杖(ドラゴニックワンド)(ユキ先輩)……Eランク報酬

・精霊石の杖(フェアリーロッド)(レイ)……Eランク報酬


□ マジックリング

・食物超吸収×3人分……Eランク報酬

・治癒魔法/下級(レイ)……銀貨2◎

・生活浄化魔法/下級(ユキ先輩)……銅貨8

・危険察知/下級(ハヤト)……銅貨6

・火魔法/下級(ユキ先輩)……銀貨1

・水魔法/下級(ユキ先輩、レイ)……銀貨1


□ 道具類

・ポーション……鉄貨5

・収納袋(大)……鉄貨2◎

・初心者セット……鉄貨3◎



「右に◎が付いているのは既にゲット済よ」


 あれから魔道具屋さんで聖女っぷりと泣き落としを駆使して治癒魔法をゲット、武器屋さんと同じようにEランク報酬ということで食物超吸収を貰う約束をした。

 それから防具屋さんで革の小手を、道具屋さんで収納袋と初心者セットをゲットしたの。初心者セットには収納袋(小)・照明・縄梯子・タオルとかがこまごま入っていた。


「天空の剣とか、すげえな! 」


 さっきまでとは打って変わり、中島のテンションも上がってきた。そのタイミングでクエストの一覧表を見せる。



~クエスト(受ける順)~


<1日目>

1.ゴキ〇リの駆除(E)……報酬銅貨3

 → 武器を買う

2.ヘビの駆除(E)……報酬銅貨4

 →2回繰り返し、生活浄化魔法を買う

3.泥ネズミ退治(E)……報酬銅貨8

 →危険察知を買う

4.泥ネズミ退治(E)……報酬銅貨8

 →火魔法を買う


<2日目>

5.スライム退治(E)……報酬銀貨2

 →水魔法を2つ買う

6.スライム退治(E)……報酬銀貨2

 →革の胸当て、ポーションを買う


<3日目>

7.1~6のどれかを10回クリア

 →EランクUP

 →武器とマジックリングゲット


「このプランなら3日後には最強装備だわ」

「先輩、完璧ですね! 」

「俺の魂が削れていく光景が見えたわ……」


「当然でしょ。中島には食堂での力仕事と、駆除&退治系を頑張ってもらう。この前のセクハラのお返しだよ、受け取ってね」


 よし、明日から頑張るぞ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る