異世界で冒険をしよう!
第13話 秘密のパーティ
眠れない!
夜中にコーヒーを飲んだせいか、意味の分からない深夜アニメを見たせいなのか……違うね!
あの塾の授業のせいだ!!
勉強はつまらないけど、異世界の冒険とか、超面白すぎる!
今でも信じられないけど、あの先生ならアリかもね、本当に凄すぎる!
ついつい2日連続で塾に行ってしまった。
突然勉強に目覚めたあたしのおでこに冷えピタを貼るママも失礼の塊だけど、あたしの部屋中に“悪霊退散”と書かれた紙を貼りまくるパパも頭が沸きすぎてるでしょ!
連日親から塾のことをしつこく訊かれて、千葉先生のことを絶賛しちゃった。でも、それで毎日自習に行く口実が出来たから良いカナ。ママとパパを無駄に喜ばせた感じ。冒険ばかりじゃなくて勉強も頑張るから良いよね。一石二鳥というか、捕らぬ狸の何とやら。
明日はどんな冒険が待ってるのかな――。
★☆★
「レイ! 起きなさい、朝錬あるんでしょ! 」
えっ!?
やばい、寝落ちした!!
ママに早く起こしてって頼んでたんだ。
鏡の奥には寝癖魔女がいる。枕もとの目覚まし時計を見る。大丈夫、間に合う!
着替えを持って階段を駆け下りる。お風呂……よし、ギリ空いてる。顔を洗い終わり、今にもパジャマを脱ぎそうなパパを追い出し、シャワー強行。5分、いや3分待って。髪は念入りにトリートメント。ダッシュで身体を拭き、ドライヤーで乾かす。ショートはほんと楽だ。林先輩みたいなロングは寝相が悪くて早起きが苦手なあたしには単なる地獄。ささっと着替え、歯磨きをし、野菜ジュースをくわえて玄関を飛び出す。
「あっ……今日って朝錬なかったわ」
家を出て3歩で思い出した。
もういいや、たまには早く学校に行こうかな。
始業チャイムの30分も前に着いちゃった。
誰も居なかったら寝れば良いかな、と思いながら教室のドアを開けると、中島が居た。
「おっ? 加藤早いじゃん! 」
「朝から中島に負けたのがなんかショック」
「昨晩全く眠れなくてさー。ここなら眠れるかなって期待してみた」
「それね!! 」
中島勇人――意外と気が合う男子。友達はみんなチャラ男って言うけど、あたしはそうは思わない。意外と優しいところがあるのを知ってる。
昔――確か小6の秋だったと思う。学校帰りに中島を見た。小さな女の子と話をしていた。5歳くらいかな。最初、ロリコン変質者の証拠を掴もうと隠れていたあたし。でも、様子を見ていると、全てが違った。
泣いている女の子を安心させようと、両膝を付いて目線を合わせながら笑顔で優しく話しかける中島。その後、手を繋いで歩き出した。あたしは半信半疑で尾行を続けた。
声を嗄らし、歩くこと30分ほど。もう何十回目かの“○○ちゃんのお母さんはどこですか?”に、初めて返答がきた。抱き合う母と娘を見て、部外者ながら涙が出てきた。女の子の頭を撫で、照れながら去っていく中島――そんな彼を知っているのは、あたしだけ。
今でも思うの。あたしが迷子で泣いている女の子に出会ったら、同じように出来ただろうかって。絶対に無理だ。今の中2のあたしでも無理だ。無視して、気付かない振りをして、その場から逃げて……勇気のない自分にがっかりして、罪悪感に襲われながら毛布の中で潰れちゃう。
だから、あたしだけが中島の強さを知っている。
「やっぱ眠れないな」
「うん……ソフィーリアで頭が一杯」
「学校サボって塾に行こうかな」
「さすがに開いてないでしょ! 千葉先生、午前中は家で寝てるって言ってたし」
「そっか」
「部活サボって早く行くのはアリでしょ? 」
「だよな!! 」
マリオのジャンプのようにガッツポーズでジャンプする中島、その指には何かが巻かれている。
「指のそれ、もしかして……」
「これか? 」
中島の人差し指に、マジックリングが……。
「それ、あたしがあげた指輪? 」
「そうそう……って、誰がお前に指輪を貰うかよ! 見よう見まね。アルミホイルで作ってみた」
「子どもか! 」
「おぅ、子どもで結構! 」
乙女心が読めない系男子め!
あたしが中島と話をしていると、続々とクラスメートが入ってきた。冷やかしは華麗にスルー。中学生で付き合うとか分かんないし。でも、カップルの噂は学年で10組くらいある。1クラス2カップルか……。正直ちょっと羨ましいかも。
学校の授業が今日ほど楽しいと感じた日はない。
授業の内容を予習し終わっていたからだと思う。これも塾の、千葉先生のお陰だ。1日で3回も先生に褒められた経験なんて初めてだ、初めてすぎる。
6限の理科が終わると、なぜか友達に囲まれた。
あたしの快進撃の原因追及らしいけど、何とか笑顔で誤魔化す。だって、中島とも相談した結果、友達に塾を紹介しない方針でいくことになったから。千葉先生には申し訳ないけど、中島との秘密だ。うふふ。
授業後、3階の3年生のクラスに向かう。林先輩に、部活を休むことを伝えに行くためだ。
3年A組の教室から笑いが聞こえる。ちょっと入りにくい雰囲気。ドアから覗くと、ちょうど林先輩と目が合った。失礼は承知で手招きする。
「どうしたの、加藤さん」
「すみません! 今日、部活を休もうと思って……」
「塾に行くんでしょ」
「はい、その予定です」
叱られると思ったら、意外と先輩は笑顔だった。
「私も今日は部活を休んで塾に行くことにするわ。先生に報告があるし」
「報告? 」
「ちょっとしたクイズの結果報告。『To be to be ten made to be .』という英文を日本語訳せよってね。学年1位の男子にぎゃふんと言わせられたという報告」
「なんですか、それ……」
「中2の冬に不定詞を習うんだけど、自信過剰な人ほど面白おかしく訳してくれるクイズ」
「へぇ~。どういう意味なんですか? 」
「飛べ飛べ天まで飛べ。ただのローマ字よ」
「なにそれ……」
「千葉先生に昨日教えてもらったの。お陰で学年1位の赤面が見れたわ。真顔で“十人十色”みたいな訳をしてた。ふふっ、笑いが止まらない」
何がどう可笑しいのかあたしには分からないけど、副部長が簡単に部活を休んで良いのだろうか、とちょっと心配。
「先輩も部活休むんですよね」
「え? まぁ、部は心配だけどね。元々は勉強優先で吹部を選んだだけだから、縛られるくらいなら副部長を辞めるつもり」
「え……」
どうしよう、重すぎて何も答えられない。微妙な笑顔だけ返しておく。
「それより、早く行きましょう」
「そうですね、あっ! 中島も部活を休んで塾に行くって言ってました! 」
「あの魔王大好き君か……あぁいう男子って、実は最初に逃げるのよね」
「オレは逃げん! この剣に誓って! 」
噂をすれば何とやら……傘を振り回しながら中島が現れた。傘を下から振り上げるから風圧でスカートが捲れる。カバンを持っていない左手で必死に押さえる。見えてない?
「やめて、変態! 」
「出たな、下等生物! 」
「下等って言うな! 」
「中島少年! そのマジックリングは、もしや伝説の……」
「さすが大賢者林先輩! そう、これは風魔法/上級を込めたウィンディアリング! 」
「はいはい、先輩もこいつの相手をしなくて良いですからね」
調子が狂う。林先輩の悪ノリは部活ではいつものことだけど、男子と仲良くしているのは初めて見た。それも相手が中島というのは嬉しくない。とりあえず、傘を奪い取って畳む。すごく綺麗に畳めたから、剣みたいに振ってみる。
「やるな! 剣士加藤! 」
「剣士じゃない! あたしは、癒しの白魔法使いが良いの! 」
「白……確かに、今日は白だったな! 」
「黙れ変態! 」
変なテンションで盛り上がりながら、3人はまっすぐ塾へ向かう。塾は学校から歩いて15分の道のりだから、16時過ぎには着くかな。
★☆★
「たのもー」
「こんにちは~」
「お邪魔します」
入口の鍵は開いていた。
三者三様の挨拶で塾に入る。
カウンターには先生は居なかった。授業かな? 教室内を歩き回っても誰も居ない。おかしいな。
「先生居ないんだけど」
「しーっ! 水……シャワーの音がする」
「ホントだ。覗く? 」
「バカっ! 」
傘で中島の頭を叩くと良い音がした。って、いつまでこいつの傘をあたしが持ってなきゃいけないんだろ。でも、ツッコミに役立つからいっか。
「夫婦喧嘩は止めてあれ見て! 」
さすがに先輩にはツッコミが撃てないので、大人しく指差す方を見てみる。
えっ……誰かが居る。寝てる?
先生が“ゲート101”と呼んでいた扉の向こう側、異世界“ソフィーリア”側の小屋の中で女の子が2人寝ているのが見えた。
「ゲートが開いてるけど? 」
「行ってみる? 」
「先輩! 先生に怒られる! 」
「でも、中では時間が経過しないんでしょ? 気付かれる前に出てくれば良いじゃない」
「さすが大賢者林! 」
「ありがと。お礼に、剣奴中島と呼ばせてもらうわ」
「2人とも……ヤバイよ、戻ろうよ」
忍び足でゲートに近づく2人を引っ張るあたし。けど、この2人の好奇心は止められない!
ゲートを潜る。
女の子は……気付いてない。せっかくの金髪が痛んでいるけど、寝顔がすごく可愛い子と、銀髪のショートの小柄な子。透き通るような肌はユニコーンみたいな神秘的な感じ。あ、部屋の隅にも誰か居る……がっちり体型の男性と、人面犬っぽいの。それと、小さな男の子……あ、分かるわ。この子、将来はイケメンになる。けど、今はそっと寝かせておく。
「ふぅ……クエストコンプリート! 」
「熟睡してたわね」
「そうですね。誰だろう。先生が捕まえてきた人たち? 」
「異世界人体実験とか? 」
「ふふふっ……オレの出番だな! 」
「や・め・ろ」
「下等離せ、痛い! 」
傘の柄を首に巻きつけ思いっきり引っ張ってやった。このJ字部分って、こうするために存在するんだと実感する。
「で、一文無し、徒手空拳の私たちは何処に向かうべき? 」
林先輩の一言で現実、いや異世界的現実に戻る。
「始まりの町でしょ。カルーアだっけ? 」
「剣奴中島は、冒険者登録をしてお金を稼ぐべき、と? 」
「剣奴じゃなくて、剣王と呼んでくれ」
「中島が剣王なら、あたしは聖女レイね」
「よし、それでいこう! オレは剣王ハヤト。下等は聖女レイ、林先輩は……下の名前なんでしたっけ? 」
「ゆきの……賢者ユキ」
「かけだしパーティなのに、名前だけ立派」
「「ごもっとも! 」」
まだ太陽は南中を越えたあたりをうろついている。
先生に内緒で入ってしまった罪悪感を、冒険への期待や興奮が勝る。重い足取りは一歩ごとに軽くなり、3人の笑顔が弾ける。
いざとなったら中島を盾にする。盾が壊れたら先輩が守ってくれる。あたしは最後まで止めたんだもん。バレないように、数時間だけ遊んでから出よう、まさにそんな軽いノリ。そのノリと勢いでカルーアの門を潜る。
さぁ、冒険の始まりだ!
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