第11話 6人目の仲間

【6月5日 / 3月8日(水) 21:35】


 パコーンという甲高い音と共に、大空をこぶし大の球が舞う。

 異世界の太陽と並ぶように舞い上がる。


 そして……その落下点に走り込む、人影。


『任せて!! 』


 大きく手を振り回しながら叫び声を上げたのはフリーダだ。


 胸の谷間に挟み込むように危なげなく受け止める彼女に、敵からは野次が、味方からは喝采が溢れる。


 その2種類の黄色い空気の振動に、彼女の笑顔が弾ける。


「試合終了! 勝者はフリーダチームだね。マリーチーム諸君、食事の用意をお願いする」




 まさか、異世界で野球をするとは思わなかった。

 野球と言っても、1チーム3人ずつの三角ベースだ。

 本塁と一・二塁のみで、しかも縦横30mほどの空き地を急造した俺製スタジアム。意外と狭いのには訳がある。ボールが軽いうえ、弾力性に劣るのだ。バットは木の棒をシンプルに加工しただけで、俺のフルスイングでも飛距離20mが関の山だった。ちなみに、グローブなんて使わない。削り取った木片を布で雁字搦めにしたボールは、捕球するのに素手で十分だったから。


 俺にとっての新発見が2つあった。

 良いものと残念なものがそれぞれ1つずつだ。


 良いものと言うほどでもないが、我が家の仲間たちは非常に飲み込みが良かったんだ。

 普通、全く未知のスポーツーー野球のルールをわずか数分で理解出来るだろうか。普通、ルールが分かったとしても、それ相応の動きが出来るだろうか。

 まるで小さな子どもが好奇心に突き動かされるようにして物事を吸収していくように、頭も身体もあっという間に順応していった。最もドン臭そうなフーでさえ豪快なスイングと無難なピッチングを披露してくれるとは……。


 そして、残念な方だが、俺自身についてである。

 うすうす気付き掛けていたことでもあるが、自分自身の身体能力の限界を痛感させられた。

 まぁ、あれだ……いくら自信があったとは言え、現代日本で育まれた以上、それは中身のない空っぽなものーー虚栄心に裏づけされた、数字のみの飾りだったということだ。腕力、走力、体力……どれを取ってもこの世界の女子に劣るとは。勿論、日本の女子中高生にやすやすと負けるとは思わないが。

 今後の、討伐を主体としたDクエを考えると、やはり俺自身は前線に立つのは無理だろうな。プライド云々以前に、いくら頑張っても一般市民が恐れる魔物と渡り合えるとは到底思えない。情けないけど、これが現実だ……。




 話を戻そう。


 日を遡ること3日。異世界でのギルド登録から11日目、ギルド食堂での過酷な労働から解放された俺たちは、以前に解放したはずの元奴隷、カイと再会した。


 カイは、見るからに3日間は何も食べていないだろう姿で路地裏に横たわっていた。痩せこけた頬、剥かれた服、虚ろな瞳……小学生に自活は無理だった。

 目が合った瞬間、深い罪悪感が俺の心を抉った。


 “自称”教育者の端くれとして、面倒を見なければいけないと悟った俺は、すぐさま屋敷に連れ帰り、身体と心のケアを図った。彼の身の上に起こったことは、冷静に予見すれば出来たはずだった。

 平和な法治国家の国でさえ、小学生が一人で生き抜くのは至難である。ましてここは貧富の差が激しい世界だ。いざとなれば自分の身を自ら守る必要がある。それを、この小さな少年に期待するのは酷な話だった。


 その後、皆と同様に冒険者登録をし、7人となった俺たちパーティはFクエとEクエを2日間こなし、当初予定していた“20日間”という目標を大幅に上回る“14日間”でのEランク昇格を果たした。勿論、後発組のポワンとカイは未だにFランクだが。

 それ以前に、“ハルキノヨメ”に美少年カイが入っている時点でアウトなんだが。



 そして、Dクエへの修行も兼ねて始めたのが、この野球ゲームだ。

 最も重視するのはチームプレーの大切さ。それ以外にも、反応速度や集中力を鍛えるといった目的もあった。でも、実際のところそれらは副次的なものに過ぎなかった。

 そう。皆の笑顔を見ることが出来たことが、最高の収穫だったから。

 なのに……。



『やっぱり、チーム分けをやり直した方が良くない? うちのチーム、これで3連敗だよ? 本当はハルキが入るはずだったのに、なんでこんな役立たずのお子様が入っているのよ! 』

『それ、リリィが言っちゃう? 』

『マリーさんもリリィもごめん……僕、役立たずですよね……』


 苦労してやっと笑顔を取り戻したと思ったのに、カイがまた死んだ魚の目に戻り掛けている。


「リリィ、審判は俺にしか出来ないし、カイだってヒット打ってたじゃん。俺が見る限り、2対5という点差ほど実力の差はないよ。チャンスでヒットが打てたフリーダチームに少しだけ運があったんだと思うよ」


 フォローしようとしたけど、全然フォローになっちゃいなかったか。

 そもそも、“フリーダ・フマユーン・ポワン”vs“マリー・リリィ・カイ”というチーム分けはサイコロが決めた訳で、戦力を均等に分けた結果ではない。まぁ、次もマリーチームが負けるようならトレードだな!



 その後の一悶着二悶着を経て、俺たちは屋敷に戻った。


 カイが来てから俺たちの生活は大きく変わった。

 俺は理性と言う名の心の鎧を取り戻し、羞恥心と言う名の心の柵が女性陣の心を封じるようになった。いわゆる清廉潔白な物語の再来である。


 カイが俺の部屋で寝るようになったから。

 同じベッドだけど、当然、変な意味は全くない。


 弟にしては歳が一回り以上も離れているし、子どもにしては歳を重ねすぎているカイ少年。彼自身が俺を兄や父の代わりだと思っているかは分からないが、一緒に過ごす時間が増えるにつれ、自発的に自分の過去を話してくれる機会が増えた。


 断片的な会話を組み合わせると、彼の意外な出自が明らかになってきた。

 半分以上を俺の推測で補った結果、カイの先祖は日本人ではないかという結論に達した。

 この世界では珍しい黒髪と、ちょっと日本風の名前という先入観に縛られ過ぎているのかもしれないが、行方不明の“雑貨屋のリホさん”だけでなく、それ以前にもこの世界を訪れた人がいたのかもしれない……そして、その人の子孫ではないかという極論だ。でも、全くあり得ないレベルの話ではないだろう。もしかすると、リホさんとも関わりがあるのかもしれないな。




【6月7日 / 3月8日(水) 21:35】


 うふふ展開を完全封印した健全な日々が続き、ポワン先生からパーティの戦闘力に合格が出された今朝のミーティングで、俺たちはいよいよDクエを受けることを決めた。


 その前に、まずは、それぞれのステータスを確認してもらう。



【name:チバ・ハルキ】

 25歳/男性/人間族/176-61

 筋肉力:40

 生命力:44

 瞬発力:37

 技術力:47

 知識力:93

 精神力:70

 魅惑力:92

 包容力:73

 適応力:82

 魔才能:99


 俺は……包容力が前回に続き2も下がっていた。何か悪いことでもした(考えた)かな。他は、筋力と技術力が2ずつ増えている。日々の訓練と製作の賜物と言うべきか。



【name:マリー】

 24歳/女性/人間族/162-54

 筋肉力:32

 生命力:36

 瞬発力:32

 技術力:36

 知識力:26

 精神力:63

 魅惑力:77

 包容力:75

 適応力:56

 魔才能:30


 FからEにランクアップしたのもかかわらず、上昇したステータスは筋肉力+1、知識力+1のみ。修行が甘かったか?



【name:リリィ・ストロベリー】

 13歳/女性/人間族/154-46

 筋肉力:27

 生命力:30

 瞬発力:53

 技術力:42

 知識力:78

 精神力:62

 魅惑力:88

 包容力:53

 適応力:72

 魔才能:78


 リリィも同じく、筋肉力+1、瞬発力+1のみだ。よく見ると、包容力が-1だし。



【name:フリーダ】

 16歳/女性/人間族/160-50

 筋肉力:30

 生命力:34

 瞬発力:37

 技術力:43

 知識力:65

 精神力:62

 魅惑力:85

 包容力:78

 適応力:68

 魔才能:55


 フリーダは、筋肉力と知識力がともに+1だった。体重が増えていたことには目を瞑ろう。きっと成長期なんだよ。



【name:フマユーン・ラズベリー】

 14歳/女性/ハイエルフ族/146-38

 筋肉力:17

 生命力:21

 瞬発力:42

 技術力:75

 知識力:80

 精神力:89

 魅惑力:95

 包容力:86

 適応力:82

 魔才能:88


 フーのステータスは、登録時と全く変わらず。最初から高いので問題はないが、もしかして成長しない種族とか、するとしても極端に遅いとか?



【name:ポワン・ヒメネス】

 14歳/女性/銀孤人族/148-37

 筋肉力:33

 生命力:36

 瞬発力:72

 技術力:68

 知識力:45

 精神力:60

 魅惑力:90

 包容力:82

 適応力:77

 魔才能:76


 ポワン先生も変わらず。まぁ、登録して数日しか経っていないから仕方がないのかな?



【name:カイ】

 11歳/男性/人間族/153-38

 筋肉力:23

 生命力:28

 瞬発力:48

 技術力:39

 知識力:33

 精神力:30

 魅惑力:73

 包容力:66

 適応力:61

 魔才能:72


 最年少のカイ美少年は、見た目通りの魅惑力と、出自に由来するであろう魔才能以外は散々な数字だ。でも、俺は決して見捨てないぞ?



 朝のギルド内は騒々しい。

 ただ、整列せずの無秩序かと言うとそうでもない。

 活気のある重低音の声と、ガシャンガシャンと鳴り響く金属音が奏でるオーケストラ風だ。


 そんな中、俺たち7人はクエストボードへと向かう。

 もう慣れたことだけど、モーゼの十戒よろしく、俺たちが通る先の人ごみが割れていく。

 貴族とやりあった危険分子と思われているのか、ギルド側が大げさな噂を吹聴しているのか、それとも……見目麗しい少女たちに嫌われまいとする男の性(さが)か。その辺、人の噂も何とやら。そのうち落ち着くだろうさ。



『DクエDクエ……あ、ハルキ! これなんかどう?』


 先陣を切ってクエスト一覧を物色するリリィが見つけてきたものは、野生の猛獣の討伐依頼だった。


『なになに? 西の森林……巨大熊……村人が襲われ……って、D13だよ、これ! 』


 フリーダの、次第に高くなる声は、最後にはひっくり返ってギルド内の空気を震わせる。


 Dクエのおよそ半分は討伐系で、対魔物のCクエと違い、主に野生動物の駆除だ。中には、迷宮(ダンジョン)での魔物討伐もあるにはあるが、まずは魔物以外で慣らしていくことには賛成だ。

 Dの13と言うことは、Dクエの中でも高難度、パーティ推奨案件である。それもそのはず、それは報酬の銀貨2枚が物語っている。


 ちなみに、この世界での魔物と野生動物の最も大きな違いは、魔力の有無だと言われている。

 魔物の中には魔法やスキルを使うものも居て、より高度の戦術が必要である。それに対して、野生動物は獰猛さでは引けを取らないとしても、まず魔法を使うことはない。対策をしっかり練れば完封することも容易なはず。


『ボク一人でも大丈夫ですね、これ』


 ポワン先生の呟きが俺の決断を促した。


「よし、それにしよう! ただし、準備を整えてから出発するよ」



 ギルドで受付を済ませた俺たちは、再び人垣を縦に横にと切り裂きながらギルドを出て、一先ず帰宅する。



 まずは装備の確認だ。


 それぞれ、俺特製の指輪を左手にはめている。カイには自分用に作ったブラックダイヤモンドの指輪をあげた。赤面して恥ずかしそうに指にはめる美少年を見た瞬間、身体の芯がぞわぞわっとした……。


「俺とフリーダが先頭に立つ。中にフーとリリィ、しんがりにポワンとマリーね。今回、カイは食堂クエだ」


 俯(うつむ)くカイ少年……でも、パーティは6人までだし、討伐クエは彼にとってはまだ早い。それに、ギルド内なら変な奴に絡まれることなくランクアップを果たせるだろうという腹積もりもある。


『はい、頑張ります! 』


 俺の考えを察してくれたのか、作り笑顔で顔を上げるカイ少年。うん、頑張れ。


「中級魔法が使えるフーには結界魔法/中級と浮遊魔法/中級、リリィとポワンには治癒魔法/下級を渡しておくよ。状態異常耐性のマジックリングは、先頭に立つフリーダでいいかな。俺は肉体強化ⅠとⅡを貰うな。あとは……危険察知の石をマリーとカイに渡しておく」


 アイテムボックスからマジックリングを取り出し、皆に渡していく。

 大切そうに受け取る皆の笑顔を見たとき、ふとゲートの向こうにいる生徒たちの顔が脳裏に揺らめいた。

 中島君と林さん、加藤さんにあげたリングなんだよな、これ……まぁ、またどこかで手に入れるか。


「装備はとりあえずこれで我慢して」


 再びアイテムボックスを開き、全員分の革製の胸当て、小手、脛当てを出す。

 ガチャのハズレ品の山を切り崩して、鍛冶魔法/下級でコツコツ作った愛と努力の結晶だ。金貨を偽造して防具屋で買うよりは真っ当だろう。

 日本製の服の上に身に付けた冒険者装備に、違和感を覚えたのは俺だけだ。


 次は武器だ。

 フリーダとマリーには土魔法を付与して強化した木刀(ショートソード)を、フーとリリィには水魔法/初級を付与した木の杖(スタッフ)を、ポワンには火魔法を付与した木の槍(スピア)を渡した。そして、フリーダには薄い鉄板を革で加工した丸い小盾を渡す。

 各自、武器を手に取り振り振りして感触を確かめている。木製とは言え、魔才能99の俺が精一杯、硬化をイメージして作った代物だ。恐らく、青銅くらいの硬度は保証できよう。


『どうしてフリーダだけハルキさんとおそろいの盾なんです? 』


 マリーが唇を尖らせて抗議してきた。

 ツッコミは想定内だけど、理由は単なる材料と時間不足……。


「マリーには無骨な盾は似合わないかなと思って」



 その後の一悶着二悶着を経て、俺は左手で頭のコブを擦りながら、右手で頬を膨らましっぱなしのフリーダの手を取り、ヘルゼの外門を潜った。


 後ろの4人は一団となって、はしゃぎながら追いかけてくる。

 何度も振り返っては、催促の視線を送る。


 こんな遠足気分で大丈夫だろうか……。


 片道約1時間の行程だから、何も無ければ昼過ぎには戻れるだろう。

 チームワークが微妙に崩れた原因を思い浮かべながら、俺は再び前を向いて歩き出した。

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