第5話 異世界奴隷

 生徒たちを帰した後、俺は再び“ゲート101”を起動して、異世界“ソフィーリア”へと戻った。


 とりあえず、必要な“マジックリング”を指に嵌めていく。


 右手の親指に水魔法、人差し指に火魔法、小指には危険察知を嵌めた。

 左手の親指には結界魔法、人差し指には治癒魔法、中指に浮遊魔法、薬指に状態異常無効、小指に食物超吸収だ。


 両手に合わせて8個の色とりどりの指輪……。

 特に左手はカオス状態。



 こんな成金趣味、コンビニでバイトをしていた頃に一度見ただけだな。でも、まさか俺自身が指輪塗れになろうとは……。


 苦学生時代を思い出す。飲み物ご購入のキャバ嬢さんが、“万札以外は持ち歩いていないのよ”と言いながら財布から諭吉さんを取り出す。“硬貨はカワイイお兄さんにあげるわ”と言って、野口さんだけ連れ去って行った。勿論、500円硬貨も含めてレジ横の募金箱に全額投入したけど。


 歓楽街近くのコンビニバイト、今思うと意外と美味しかったのかもしれない。



 この世界で魔法を使用する為には、相応の才能が必要だとか。


 ユニークアイテムである“対の扉”や“アイテムボックス”、“時読み”は高い才能値が必要らしい。

 でも、それ以外の“マジックリング”も、ユニークアイテムほどではないが、かなりの才能がないと使えないようだ。


 その証拠に、行き交う人々の半数以上の手にはマジックリングが嵌められていなかった。あったとしても、1個か2個だ。手袋の下や、足の指に嵌めている人が居なければの話だが。


 でも、なぜか俺たちには問題なく使える。

 俺を含めて、生徒たち全員に魔法的な才能があるとは考えられない。

 考えられるとしたら、この異世界でのルール・コードに縛られていないという理由だろう。あまり目立ち過ぎるとチート認定されるかもしれないが、無駄な争いを防ぐ為の抑止力になれば……。




 そんなことを考えながら森を飛び抜け、俺はようやく目的の場所に辿り着いた。


 カルーアの町、武器屋の裏手にあった酒場だ。


 正午を過ぎたあたりだが、それほど客足は伸びていないようだ。それでも、漁師や農民のような男が数人、30代くらいの派手な女性店員に絡んでいるのが見えた。



「店主、聞きたいことがある」

『さっきの商人か。何だ?』


 さっと出された右手……質問は何だというより、注文は何だという意図らしい。


 俺は軽い酒を注文し、多めに支払った。

 情報料だという俺の意図が伝わったようで、店主も身を乗り出してきた。


「さっき気になったことが2つあるんだ」

『あぁ、言ってみろ』

「まず、魔王に殺されたというのは?」


 店主が渋い顔をした。

 それでも、先に情報料を貰ったからか、小声で囁くように答えてくれた。


『オレンジ男爵家長男、ダンケルク・オレンジ様だ。ここ、カルーアの領主様の長男だ。ストロベリー伯爵様の命令で、ダンジョンでの魔王討伐隊に入れられたそうだ。ここだけの話、討伐隊は全滅したらしい』


 男爵、伯爵って、貴族か……。

 オレンジとか、ストロベリーとか、珍妙な名前だな!

 いきなり魔王軍がぐわっと攻めて来て、一般市民が虐殺されるような世界ではないらしいので安心した。


「この国には貴族が?」

『お前、どこの田舎から来たんだよ!』

「海の向こう、東の果てにある小さな島?」

『密入国か……』

「その辺は聞かないでほしい」

『詮索はしねぇ、巻き込まれたくないしな!』

「もう1つだ。盗賊に奴隷にされた人について」


 俺は店主の目をじっと見る。

 大丈夫だ、危険察知に反応は無い。

 店主は俺を睨み返すような目をした後、諦めたように語り出した。


『さっきの会話で気付かれちまったか。そうだ……盗賊に捕まっちまったのは俺の娘だ。1人で港に仕入れに行かせたばかりに……』


 やはりか。

 林さんや加藤さんを見る目に、娘を心配するような親の愛情を感じたからな。決してロリコン視線とかではなくね。

 まだ売れていないのなら買い戻してやるのも吝(やぶさ)かではないが……。


「カルーアの奴隷商店に?」

『あぁ……あと2ヵ月の我慢だ。2ヵ月したら金が貯まる、あいつを……フリーダを買い戻せる』

「2ヵ月のうちに他人に買われたら?」

『……』

「買い戻す為にはいくら必要?」

『金貨2枚だ……』


 金貨1枚が50万円だから、100万円!?

 いや、金貨1枚で家が買えるという世界なら、家が2軒も買える金額と考えるべきなのか?

 確か、ユニ子が金貨5枚とか言っていたな……人間で2枚っていうのはかなり高いのでは!?


「俺が買い戻してもいいが、2つ条件がある」




 ★☆★




 俺は今、奴隷商店の前に来ている。


 今朝の、ドナドナされてきた奴隷たちのあの目が脳裏に浮かぶ。


 あの場では生徒たちの前で覚めた対応をしたけど、正直、嫌悪感で胸糞悪くなった。今でさえ、店内に入ることを猛烈に躊躇している。恐らく、ここに入ってしまえば、全ての奴隷を買い取ってしまうだろう俺が想像出来るから。それによって起こされるであろうトラブルも容易に想像出来るから。

 でも、酒場の店主に提案したこと自体は後悔していない。あの、子を想う親の顔を見てしまったら誰でも助けたいと想うだろう。



 深く深呼吸をする。

 思い切って店の扉を開ける。


 入口カウンターに座るスキンヘッドのお兄さんが俺を品定めしてくる。

 うん、危険察知に反応は無いようだ。顔だけではなく、ちゃんと中身で判断してくれる魔法らしい。


「奴隷を買いに来た」

『入店料は銀貨1枚だ』


 入店料を取るのか……。

 俺は、アイテムボックスから銀貨を1枚取り出し、スキンヘッドに渡す。


『付いて来い』


 店内の細い通路を歩いて行き、個室に通された。

 広めのカラオケボックスくらいの、やや薄暗い部屋だった。

 すぐスキンヘッドは俺を置いて去って行った。


 もしかして、イカガワシイ店に入ってしまった!?


 “旅の恥はかきすて”ではないが、異世界だからと自分の倫理観の箍(たが)を外すつもりはない。ないんだけど……。



 しばらくすると、スキンヘッドが戻ってきた。


 その後ろには、3人の奴隷を連れている。

 なぜか、服を着ていない……。


『紹介出来るのは全部で7人いる。3人ずつ紹介していく。質問はその都度してもらっても構わないが、触れたり魔法を使うことは禁止だ。おい、そっちからお客様に自己紹介をしろ!』


 俺が頷くと、向かって左側の奴隷から自己紹介が始まった。


 イカガワシイ方向には進まないようだ。安心した反面、銀貨1枚分の期待が泡と消えたような喪失感もあった。



 ① マリー・24歳・人間・女

 赤髪の肉付きの良い身体だ。農家の娘で、親の借金の形(カタ)に売られたらしい。24歳の娘を売り飛ばす親がいるのかよ! 子どもではなく、親を奴隷にすべきだろ。そばかすが目立つ素朴な顔、シャイな性格。銀貨8枚だそうだ。


 ② リリィ・13歳・人間・女

 背中まで伸ばした長い金髪が台無しなくらい、痩せこけ憔悴しきっている。見ていて気の毒すぎる。薄暗い中ではよく見えないが、どこぞの貴族だと言われても納得してしまうほど可愛い顔だからか、金貨2枚だそうだ。


 ③ フリーダ・16歳・人間・女

 この子が酒場の娘か。父親に似ないで良かったな。母親はまさか、あの店員じゃないよな。金貨2枚も納得だ……肩まで伸ばした水色の髪が眩しい、なかなかの美少女じゃないか。しかし、人生を諦めきった表情が心に沁(し)みる。


 ④ カイ・11歳・人間・男

 この世界、孤児院で預かるのは10歳までと決まっているらしい。それまでに養子縁組の話が来ない者のうち、職に就けるほどの才能がない約3割は奴隷行きだそうだ。ふざけた世の中だ。銀貨5枚。黒髪に黒目という日本人っぽい外見をしている。


 ⑤ ラグランディ・19歳・人間・男

 がっちりした体型の長身の男。元冒険者だそうだ。寝ている所を盗賊に襲われ、仲間は惨殺、自分だけが奴隷として売られたそうだ。悲惨過ぎる話……。買い取ってほしいとしつこく俺に迫り、スキンヘッドに蹴られていた。銀貨7枚。


 ⑥ ゲーリック・27歳・亜人・男

 このファンタジー世界にも亜人は存在した。エルフやドワーフなどの妖精族、猫耳や狐耳などの獣人族だ。この亜人は犬人族らしい。人懐っこい忠犬的な笑顔が奴隷っぽくない。奴隷狩りに遭ったらしい……。銀貨7枚。


 ⑦ フマユーン・不明・亜人・不明

 記憶を失っているのか、言語が分からないのか、それとも話したくないのか……自己紹介にすらならなかった。胸元に名前だけが書かれたボードを掲げているお陰で、性別すら分からない。銀色の短い髪、透き通るような肌、金貨3枚という設定から、かなり希少な亜人なのだろうが、外見は人間のようだ。



 金貨9枚と銀貨7枚か……本当にギリギリだ。

 服やら何やらまで買う余裕はないが、仕方ない。



『どれにするんだ?』


 全ての奴隷を見せられた後、スキンヘッドが訊いてきた。

 売れても売れなくても構わないという、営業マンとしては最低の対応だったけど、既に俺の心は決まっていた。



「全部買いたい」


 驚き呆れるスキンヘッドを相手に、値下げ交渉をする。


 奴隷商店としても、早く売れればその分だけ膨大な維持費が浮くらしく、交渉の余地は大いにあった。

 その結果、金貨9枚にまで値下げしてもらい、しかも、最小限度の衣類も貰うことが出来た。


 手持ちは少ないが、稼ごう(作ろう)と思えばいくらでも稼げる(作れる)からお金に糸目は付けないが、奴隷商店を儲けさせるのが嫌だったからという理由だけで、慣れない値下げ交渉も頑張った。




 黙って奴隷商店から出た後、今更のように自己紹介をする。


「俺の名前はハルキという。訳あって詳しいことは話せないが、君たちを助けようと思う。ただし、いくつか条件を付けさせてもらう」


 傲慢過ぎず、かつ、謙(へりくだ)り過ぎないように接したつもり。

 反応は……喜ぶ者半分、不安な表情を浮かべる者半分といったところか。

 およそ想定通りだ。


 自ら奴隷を志願する者はいないだろうが、身寄りが無かったり、そもそも親に捨てられていたり、職に就く能力が無かったり……解放されても再び奴隷に落ちる者もいるだろうし。


 それより何より、無条件に解放しようと思って買ったのに、突然、思い付きだけで条件を付けてしまった自分が汚過ぎる。

 どの世界でも“タダより怖い物はない”と言うし、ちょっと思いついたことがあって、実はその為の人材確保に繋がれば良いという打算があった。人権保護と人材確保の一石二鳥狙いの汚い思い付きだった。



『条件とはなんだ、いや、何ですか?』


 元冒険者だったというラグランディが恐る恐る訊いてきた。その視線は俺の手、大量に嵌められたマジックリングに向けられている。


 因みに、奴隷たちの首にはその証である黒い首輪が嵌められているが、主人に絶対服従だとか、誠心誠意尽くせという類の魔法が込められている訳ではないという。

 実際に込められているのは2つの魔法。1つは、決して外すことが出来ないという固定魔法、もう1つは、主人への敬意を促す精神魔法だそうだ。


 さっきのラグランディの言い直しが魔法の効果なのか俺への警戒なのか感謝なのかは分からないが、危険察知は相変わらず反応していないので、今のところ奴隷たちに敵意は無いのだろう。


「とりあえず、ここでは話せないこともあるから……移動しよう」




 数分後、俺は7人の奴隷を伴って酒場に来た。


 途中、逃げ出そうとする素振りを見せる者はいなかった。首輪を嵌めたまま逃亡しても、その先に待っている運命を理解している様子だった。

 ただ、7人の奴隷たちは、互いに話そうとするでもなく、静かに付いてきた。


 店主に呑ませた条件は、<今晩まで空き部屋をいくつか貸してもらうことと、数日間だけフリーダに仕事を依頼すること>だ。


 二つ返事で承諾してくれた店主は、俺が本当にフリーダを連れてくると、感極まって泣いてしまった。



 2階には、既に部屋の用意がされていた。


 この酒場は臨時に宿屋としても使うそうで、5人泊まれる大部屋が1つと、2人部屋が4つあった。


 そのうちの大部屋に、フリーダを含めた8人が集まっている。


 皆、俺が何を言い始めるのか緊張した面持ちで見守っている。



「改めて、俺の名はハルキ。遠い国から来た旅人……まぁ、商人みたいなものかもしれない」


『ご主人様、質問してもよろしいでしょうか』


 犬人族の亜人、ゲーリックが恐る恐る訊いてきた。


「どうぞ、皆さんも質問があれば遠慮なくどうぞ」


『ありがとうございます。ご主人様は高名な魔法使い様ですよね、なぜ商人の格好を?』


 やはり指輪が目立ち過ぎるのか……。


「魔法の才能はあるみたいだけど、それで商売している訳ではないからね。これから話すけど、俺はヘルゼで店を開きたい」


 理解してくれたようで、ゲーリックが頷いている。


 それを見て、今度は11歳の少年、カイが暗い表情で質問してきた。


『ご主人様、僕たちはまた売られるのでしょうか』


 商人と聞いて、奴隷商人という連想をしたのか。


「そんなことは絶対にないから安心して」


 笑顔で優しく答えると、同じ不安を抱いていたのか、ほぼ全員がほっとした表情に変わった。

 これなら、俺の計画を話せるかな……そう思った俺は、思い切って提案することにした。



「ヘルゼに塾を開きたい。子どもたちに勉強を教える塾だ。皆さんに、出来れば協力してもらいたい」


『塾と言いますと、貴族の子女が通う学校のようなものですか?』

『冒険者学校のことか? いえ、ことですか?』


 だんまりしていたリリィと、元冒険者のラグランディが同時に質問してきて、ばつが悪そうな表情をしている。


「身分のことは正直よく分からないけど、平民が安価に通える塾を考えている。語学や算術、地理歴史だけでなく、冒険知識なんかも教えられれば良いんだけど、俺は余所者だから教えられないことが多いんだ。それで……塾を始めるまでの手伝いと、始めてからの講師を依頼したい」


 イメージが涌かないらしく、皆が不思議そうな顔をしている。


「塾の開校準備が終われば、必ず皆さんを解放します。その後、講師や事務で働いても構わないという人が居れば、十分な給与を支払うので残ってほしい。当然、解放された後は自由だし、無理強いはしない。どうだろうか」


 ここまで話してようやく理解してもらえた。

 まぁ、同業がどれだけいるかとか、そもそも需要の有無や開業の許可など、未知な部分が多いのだけど。


『準備ということですが、私は何をしましょうか?』


 そばかす娘のマリーさんが訊いてきた。

 俺に一番歳が近いし、直視出来ないほどの美人という訳でもないから話しやすい。ちょっと理由が失礼だけどね。


「まず、全員がお風呂に入って綺麗な服を着る必要があるね……」


 奴隷商店内が劣悪な環境だったという訳ではないけど、中には数日間も身体を洗っていない者もいるようだ。それに、布着れ一枚だけ着た状態では、今後も何かと不都合があると思う。


「フリーダさん、酒場にお風呂ってある?」


『申し訳ありません! オフロというのが分らないのですが……貴族様が水浴びをするような場所でしょうか?』


 そうきたか……。

 確かに、日本ほど水が豊かな国も少ないし、まして電気やガスがなく、魔法を使える者も少ないという世界では用意にお湯を準備出来ないだろうし。


 仕方がない……。

 俺は、最終手段である奥の手を使うことにした。




 ★☆★




 実はこのテナント、元は住居だったようで、トイレがユニットバスなのだ。

 雑貨屋さんが、それを敢えて改築せずに残してくれたお陰で、仕事に追われたときに徹夜することも出来る……したくないけどね。


 まぁ、そういう理由で、狭いけど湯船もシャワーも完備だ。


 時間が惜しいので、2人ずつ連れてきて放り込む。

 既に裸を見ているのもあり、使い方を説明するのに躊躇は要らなかった。


 カイとフマユーンを一緒に入れようと脱がせたところ、フマユーンが女の子だと知ってしまった……。


 結局、マリーとフリーダ、リリィとフマユーン、カイとラグランディを入れ、最後にゲーリックに入ってもらった。

 レディファーストと、犬の毛が抜けることを想定して……。




 終わった人から再び“ハウス”に戻していく。


 時間の経過がやはりおかしい。


 “異世界にいる間は現実世界の時間が止まり、現実世界にいる間は異世界での時間が止まる”という説は、ほとんど正解だった。


 まず、“ハウス”からお風呂に連れて行く。

 その時の異世界時間を14時00分とする。現実世界に出ると、こっちは19時50分。20時10分にお風呂を終えて“ハウス”に戻ると、まだ14時00分のまま。そして、次の2人をお風呂に連れて行くと、現実世界は20時10分。これは良い。でも、20時30分にお風呂を終えて“ハウス”に戻ると、まだ14時00分……というように、時間が経過するのは現実世界だけだった。

 不思議なのは、“ハウス”にそのまま残されている人たちだ。お風呂の順番を待っている間、つまり、俺が現実世界にいる間は硬直しているのだろうか。俺が“ハウス”に戻ると、時が巻き戻るかのように14時のままになっている。


 あまり深く考えないようにしよう……。




 次は、服の準備だ。


 異世界で買うのも良いが、バラバラだし高いし。

 ならば、近所の量販店で買ってしまえ!



 サイズ的に幅広い品揃えがあった、というだけの理由で適当にカゴに入れていく。


 女性は、白系で無地のスウェットとプリーツスカート、それにムートンタッチのブーツと靴下を用意した。下着のサイズなんて知らないので、簡単に身に付けられそうなそれっぽい物をいくつか放り込む。


 男性は、安売りのフランネルシャツ、チノパンと靴下、靴はなるべく動きやすい物を揃えた。男の下着は好みが分かれるだろうが、全員ボクサーパンツだ。ブリーフとトランクスの中間みたいな感じだし、この異世界のパンツ事情なんて知るか。


 その他、アイテムボックスに入っていない物で使えそうな物を買い漁っていく。大量に生理用品を買ってしまった。俺は変態か。


 7人分の買い物……78,700円。

 ひ、必要経費だと思おう。



 わずか20分で買い物を終えて“ハウス”に戻ると、さっぱりした7人が楽しげに会話をしていた。

 しかし、時間は相変わらず経っていない……馴染んでくれて良かったと思いきや、1分間も経っていないのによく馴染めたな!という突っ込みも残る。




 ★☆★




 酒場の大部屋、“対の扉”を設置した所に戻る。


 目の前でも良かったけど、理性を保って空き部屋で着替えてもらう。サイズが合わない物は、返品・交換するのも面倒だし、今度現実世界に戻ったときに新しい物を買い揃えよう。



『『ご主人様……』』


「訊きたいことは分かる。俺は、俺の故郷である遠い国まで転移魔法で行ける、とだけ言っておくよ。俺に関するそれ以上の詮索はなしにしよう」


『『はい……』』


 時間の止まった“ハウス”の中で、俺の噂でもして盛り上がったのだろう。でも、異世界の話や“ユニークアイテム”の話を広めてほしくはないので、この話題は時が来るまで封印だね。パワハラみたいだけど、企業機密ということで。



「うん、服は大丈夫そうだね。靴や下着は慣れないかもしれないけど、それで我慢してほしい」


『とても快適です!』

『生地が薄く丈夫で素晴らしいです』

『靴が軽いぞ、軽いですね』

『お風呂、最高……』


 うん、気に入ってもらって良かった。

 でも、人は一度快適な生活を味わうと、麻薬中毒者のようになってそれ以外を受け入れられなくなってしまうと聞くし、頻繁に利用させるつもりはないけどね。



「それでは、最初の仕事をお願いする」


 何を要求されるのかと、一気に緊張感が増したようだ。

 無理な要求をするつもりはないんだ。



「まず、今日の日没までに、なるべく多くの“保存食”と“マジックリング”を買い集めてほしい。一応、リーダーは最年長のゲーリックにお願いする」


 そう言って、俺は金貨3枚と銀貨10枚を手渡す。

 いきなり大金を持たされたゲーリックが飛び出そうな目で見てくるが、この忠犬人族なら信用しても大丈夫だろう。

 実は、追加で金貨100枚、銀貨100枚、銅貨100枚を作ってある。もう、罪悪感とかは麻痺しつつある……。



「俺はこれからヘルゼに行く。夜になると思うけど、到着したらすぐに“対の扉”でこの部屋に戻るので、今度は皆でヘルゼに移動する。では、よろしく!」




 ★☆★




 とにかく暗くなるまでにヘルゼに到着したい。


 簡易地図からは、方角は分かるが距離感が掴めなかった。せっかく浮遊魔法があるので、街道沿いを道なりに進むよりは直線コースを選んだ。街道の方が盗賊との遭遇率も高いのでは、と思ったからだ。


 “マジックリング”について分かったことがあった。

 常時発動型の指輪を嵌めていると、他の“マジックリング”を使って減った分の魔力が自然回復しないということ……。

 なので、ヘルゼに到着するまでは外すことにした。



 30分飛んで30分歩く、また30分飛んで30分歩く……これを繰り返すと、4時間ほどで都市ヘルゼに到着した。道中、浮遊魔法を使っているときに怪しい集団が見えたが、特に問題なく進むことが出来た。


 もしかしたら、盗賊と言うよりは迷宮へ向かう冒険者たちなのかもしれない。


 浮遊魔法自体は自転車と同じ時速20kmくらいだと思うので、50km前後を移動したことになる。意外と遠かった。




 酒場の店主が言っていた通り、大きな町だった。


 ギリギリ何とか日が落ちる前に到着した俺は、一直線に不動産屋を探すことにした。


 外壁は5m近くあり、中へ入ると奥へ進むたびにいくつかの門を潜る必要があった。

 最も外の外壁を第3外壁と呼ぶそうだ。そこから500mほど進むと高さ7mほどの第2外壁が、さらに500mほど進むと高さ10mほどの第1外壁があるらしい。

 “らしい”と言うのは、第2外壁より先は貴族じゃないと入れないそうなので、話を聞いただけということ。


 平民や一般的な商人は、第2外壁と第3外壁の間に住居や店を構えるらしい。

 そんな話を、第3外壁近くに店を構えていた不動産屋のおじちゃんから聞きながら、いくつかの物件を案内してもらった。



 お金は十分あるので、治安と間取りを最優先にした。


 そして、3番目に案内された物件を即決で契約した。



 建物自体は2階建てで、比較的新しい。以前に住んでいた商人が突然転居することになって売り払ったと言う謎物件だった。

 1階は店舗に使われていたそうで、学校の教室くらいの部屋が2つと食堂がある。2階は住居部分になっていて、小さな部屋が5つと、大きな部屋が1つある。それ以外に、2階には会議室や倉庫のような場所もあった。


 何より素晴らしいのは立地だ。住宅街の近くにあり、町の外へ向かう方向、歩いて10分ほどの場所に冒険者ギルドもある。


 日本でこの条件の建物を買うとなると、1億円では届かないだろう。それを、コピー金貨12枚で即決購入することが出来た。


 物件のメンテナンスはしっかりしてあるようで、今日からでもいきなり泊まることが出来そうだ。



 俺は早速、2階の大きな部屋に“ハウス”から回収した“対の扉”を設置し、そこからカルーアの町へ戻った。



 そこで待っていたのは、4人……マリー、フリーダ、カイ、フマユーンだった。


 残りの3人……リリィ、ラグランディ、ゲーリックが居なかった。


『ご主人様、大変なことになりました……』


 そう呟いたマリーの手には、1枚の手紙があった……。

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