第4話 辺境の町カルーア探訪

 3月8日(水)19時を過ぎた頃、俺はやっとプログラミングを終えて缶コーヒーを口にした。


 ここぞと言うときに、人の3倍近い集中力を発揮できるのが俺の数少ない長所だ。



 それにしても、この3人は勉強頑張るな!


 教室長のデスクから自習スペースに移動した俺は、しかし、見てはいけないものを見てしまった……。


「何やってるんだよ!」


 中島君の上でマウントポジションを取る加藤さん。

 イチャイチャではなく、単純なケンカだろう。

 林さんは完全に無視して自習をしている。受験生だもんね。


「加藤がリングを取り替えろって煩い!」

「中島があたしは治癒魔法が似合わないって馬鹿にするの!」


 そうきたか……。


「さっき分配したけど、いくつかは取り替えながら使う予定だから、ケンカすんな! それに、女子が男子の上に乗るのは見ているこっちが恥ずかしい!」


 俺のセリフの前半部分で2人の動きが止まり、後半部分で2人は猛スピードで離れた。

 青春だな!

 それと、DT舐めるな!



「もう19時過ぎたし、今日は帰ったほうがいいぞ。3人とも、学校から直接来たんだろ? さすがに親が心配する」


「先生! 私は勉強しているから大丈夫です」

「あたしも、さっきまでやってました!」

「オレだって……」


「えっと、せめて一度家に帰って着替えて来いよ。君たちが親に心配を掛けると、先生が困るんだけどな……」


「「は~い……」」


「物分かりが良くて嬉しいよ!」


 夕食も食べずに勉強をしていること自体、心配の種。モンスターペアレンツじゃなくても、親の不安や不満は全部塾に飛んでくるもんだ。

 過ぎたるは及ばざるが如し!

 熱心すぎると逆に怒られちゃうんだよな!



「じゃぁ、先生! あたしは20時頃また来るね!」

「オレはもっと早く来る! 近いし!」

「私……もう少し残っていたい。親が帰ってくるのは深夜だし」

「先輩ずるい……なら、あたしも残る!」

「オレも!! 」


 おいおい……。


「じゃぁ、こうしよう。魔法の特訓をするのに制服ではやりにくい。だから着替えてくるべきだ! いかがかな?」


「「賛成!! 」」



 はぁ。

 3人が揃うまで、少し休むか……。


 生徒たちを待つ間、親戚の女子大生に“明日(木)17時に塾に来るように”とメールを入れておいた。まだ高校を卒業していないから高校生か。


 千葉 愛結(アユナ) 18歳。

 この子を混ぜるかどうかは暇なときに相談しよう……。




 ★☆★




 19時45分、最後の林さんが到着して3人全員が揃った。


 全員が動きやすい服装をしている。

 浮遊魔法の練習は、スカートの方が嬉しいんだけど、とは言わない。



 さっそく授業スペースに入り、“ゲート101”を起動する。


「何これ!? 」

「これって、さっき先生が作ってたやつ?」

「1日で家が作れちゃうんですね」


 うん、一応、好評だと受け止めておこう。



「この“ハウス”について説明しよう。広さは縦横高さが5m。壁は破壊不能素材で出来ている。因みに、今は真夜中くらいだけど、外から見たら迷彩柄になっていて見つけにくい。南側のあそこ1箇所に鍵付の扉がある。鍵も壁と同じで破壊不能素材だ。町がある方角とはちょうど反対側だから注意するように。それと、同じ素材で護身用の武器も作った」


 俺はそう言って机に置かれた4本の棒を指差した。


 男性用は70cm、女性用は30cm。剣を模して幅が3cmほどの扁平形にし、剣の鍔は“Ф”のように輪状にした。

 刃はないし、先も尖ってはいないので、殺傷力はほぼないに等しい。

 素材は破壊不能素材だけど、密度設定は銅にしてあるので、それほど重くはない。ついでに、鞘も銅と同じ密度設定で作った。


 生徒たちは、各々手に取って振り回している。

 折れないし、軽いし、最高の出来だと思う!



「この建物の目玉は、何と言っても魔法練習場だ! 隣の壁に◎印があるだろ? そこに魔法を遠慮せず撃ち込むといい。って、どこに撃っても破壊不能なんだけどね……」


「すごい!」


「ついでに、ほら、あそこ。“対の扉”の片方を置いた。もう片方はアイテムボックスの中だ。閉めないようにね……キューブに戻っちゃうから。今度、あの町にでも家を借りて設置しようと思う」


「はい!」



 俺は時計が掛かっている木の幹の根元を弄り、アイテムボックスが入った宝箱を持ってきた。


 みんなの目が輝いている……。


 “マジックリング”を10個出す。

 それ以外にも、金貨10枚、銀貨50枚、銅貨100枚を作ったが、アイテムボックスの中に入れておく。どうやら同じ種類のアイテムは、1マスにそのまま収まるらしい。これは便利設定だ。


「これは常時発動のリングだけど、付けているだけでも少しずつ魔力を消費しているみたいだ」


「先生! 魔力って何ですか?」


「あ、言い忘れた。魔力って言葉を使ったけど、先生も正直よく分からない。何と言えば良いかな、気力とか精神力的な何かだと思っていれば良いよ。魔法を撃ちまくっていると、頭痛がしたり気持ち悪くなってくる。少し休めば治るんだけど、無理をしすぎると危ないから、体調が悪くなったらストップね」


「「はい!」」


「あと、魔法には熟練度がある。例えば、火魔法10発で頭が痛くなったとする。30分休んでまた撃つと、頭痛が始まるまでに11発撃てた。また30分休んで撃ったら12発撃てた。でも、これを繰り返しても15発までしか増えなかった。回数には個人差があると思うけどね。つまり、魔法を使うほどたくさん撃てるようになるんだ。なぜならば、魔法熟練度が上がって消費魔力が減るから! 熟練度が最大になると、消費魔力が下級は2/3に、中級は1/3になるっぽい。そして、熟練度はリングを外してもリセットされなかった!」


「なるほど!」

「難しい……」


「では、熟練度があるリングを出す。火魔法、水魔法、結界魔法、治癒魔法、浮遊魔法、生活浄化魔法、危険感知の7個だ。頭が痛くなったり、気持ち悪くなったら無理せず休むように。休んでいる間は自習だな!」


「もっと頭が痛くなるじゃん!」

「言えてる!」


 その後、それぞれが気になるリングを使い始めた。


 俺は浮遊魔法の熟練度を上げた。浮遊魔法の使用時間が10分→30分に延びた。既に火魔法は10発→15発撃てるようになっている。

 中島君と加藤さんは、治癒魔法と水魔法を交代で使っていた。それぞれ15回ずつ使えるようになったようだ。

 林さんは、結界魔法の熟練度をひたすら上げていた。恐らく30分くらいは結界が張れるようになっただろう。



 その頃、天井にある窓から朝日が差してきた。


「めっちゃ徹夜した感じ!」

「でも眠くないね? 時差ボケかな?」

「勉強しすぎて宿題全部終わっちゃった……でも、教室に戻ったらまだ20時にもなってないんだよね」


 “時読み”の針も、黒から白に変わるところだ。


「こっちの1日は26時間らしい。“時読み”円盤の90度が、教室の時計のちょうど6時間半。春分や秋分みたいに昼と夜の長さが同じ季節だと仮定すれば、昼も夜も13時間、1日は26時間になる」


「先生! 自転周期が地球より長いってことは、この惑星は地球より大きいってことですか?」


「う~ん、そうとも言えないね。地球より小さい金星の自転周期は240日以上あるし、土星は約10時間だし」


「うわぁ、土星に住んだらすぐに歳を取りそう!」


「甘い! 土星の1年、つまり公転周期は地球の30倍だよ? 地球の30歳が、土星の1歳ってね」


「もう、訳わかんないや……」


「ははは。天体は中3の後期に習うよ。頑張れ! よし、せっかく朝になったんだから、町を散策しに行くか!」


「「賛成!」」




 ★☆★




 俺たちは、森を抜けて町の門までやって来た。


 “時読み”的にも、感覚的にも、まだ朝9時前だと思うけど、町には人が溢れていた。

 異世界の朝は早いんだな。

 いや、日本の方が早いか……。



 今日の服装はちょっとカラフル過ぎだ。

 さすがに大勢にジロジロ見られている……。


「やばいね、服が……目立ち過ぎる!」

「先に服屋さんに行ってみませんか?」

「そうだね。お金はたっぷり作ってきたから……」

「うわっ、先生悪ぅ~!」


 “楽をして儲けるな”

 これは俺の家の家訓なんだけど、家訓より時間が大事だ。




 俺たちは、広場に沿って円形に並ぶ商店街のほぼ北側、大きめの服屋に入った。


「ちょっと臭い!? 」

「古着かもね」

「機械化される前の世界だと、普通は1着ずつ仕立てるんだよ。だから売られているのは古着ばっかりになるわけ」

「なるほど……」

「まぁ、とりあえずさっさと平民っぽい服を選ぼうか」



 結局、服選びに1時間半も掛かった……。

 俺だけなら3分で終わるんだけどな!


「先生、あたし似合ってる?」


 加藤さんは、エプロンみたいなのが付いた厚手のワンピース。くすんだ水色がベースで、白いレースが付いたそこそこ高級な服。どう見てもメイドっぽい服だ。


「まぁ、面白いんじゃないか?」


「オレは?」


 中島君は、鍛冶屋っぽいダークグレーの服。裾が少し短いズボンにシャツをタックインしているので、いかにもワンパク坊やだ……。


「なかなか面白いよ」


「先生……私はどうですか?」


 林さんは、黒を基調にしたシックな服。胸元にヒラヒラが付いたブラウスと、膝が隠れる程度のスカート。どこぞの貴族の侍女みたいだ。


「うん、似合ってると思う」


 偉そうに評価を下している俺自身、服装へのこだわりは持っていない。

 今だって、手近な場所からサイズだけ見て選んだ服を着ている。薄い黄土色で、胸の中央、縦にボタンが3つ付いている。ズボンはポケットが多く、丈夫そうな生地で作られている。


 4着合計で銀貨1枚と銅貨8枚だった。

 ラーメン18杯分だよ?

 日本だと、ラーメン1杯800円だとして、18杯だと14400円。意外と妥当に感じるけど、こっちのラーメンが超高級なことを考えると……。



「次はどこに行く?」

「マジックリングを探そうよ!」

「うん、他の魔法も見てみたい」

「オレは派手な攻撃魔法がいい!」

「誰と戦うのよ!」

「そりゃ、魔王とか?」

「ばっかみたい!」



 俺たちが商店街を練り歩いていると、目の前に人だかりが出来ていた。


「先生、行列の出来る店がある!」

「行ってみるか。じゃぁ、手を繋いで」


 中島君と俺、林さんと加藤さんで手を繋ぐ。

 あれだ、林さんと繋ぐよりも恥ずかしい気持ちになるのはどうしてだ!?



 人だかりを掻き分けて進むと、喧騒の中、大きな檻を載せた馬車が到着したところだった。


「見て、奴隷が乗せられてる」

「可哀想……」

「死んだ魚のような目だ、助けなきゃ!」

「お金は何とかできるけど、あまり関わらない方がいいな」

「先生! 目の前に困っている人がいるのに助けないわけ?」


「今、この人たちを助けたとしても、また新たな奴隷が連れて来られるだけだ。売れるんだから奴隷商人は全力で儲けようとするんだ。火に油を注ぐだけで、根本的な解決にはならない……」


「先生が言いたいことは分かるけどさ、奴隷って人権が無視されてる可哀想な存在だろ? 俺は奴隷制度なんてなくしたい!」


「歴史を見ると、奴隷解放ってのは、大国が一大改革をしてやっと成し遂げられるほど難しいんだ。ロシアのアレクサンドル2世が1861年に行ったときは、クリミア戦争に負けて土地や人格の近代化の必要に迫られたという背景があったし、アメリカのリンカーンが1863年に実施したときは、南北戦争中、南軍に打撃を与えるのが目的だったし」


「先生、日本って奴隷制度ないですよね?」


「あるさ。奈良時代までは奴婢がいたし、戦国時代には敵領の人狩りが頻繁に行われた。江戸時代の遊女や穢多(えた)や非人(ひにん)なんかも、ある意味奴隷だし。明治維新のとき1872年にやっと解放されたんだよね」


「日本にもあったんだ……何かショック!」


「どうする? 見に行くかい?」

「ちょっと耐えられそうにないかも……」

「この世界を嫌いになりそうね」

「なくなるといいな、その為に俺は頑張る!」

「頑張れ~」

「何だよ!」

「応援してあげてるのよ」


「はいはい、今日はやめておこう」


 正直、子どもたちに奴隷を見せるのは躊躇われた。

 現状がどうなっているのか、後で俺が確認すれば良いことだからね。



 その後、昨日ガチャをした店に行ってみたが、残念ながらマジックリングは売られていなかった。

 教会っぽい所にもないし、武器屋にもなかった。



「この町って意外としょぼい?」

「他の町にも行ってみたいかも」

「確かにね……」

「先生! そしたら、酒場でしょ!」

「中学生で飲酒とか、退学よ、退学!」

「酒場って、海賊や山賊が入り浸ってるイメージ」

「先生は中島君に賛成だね!」

「「何でですか!」」

「酒場と言ったら情報の宝庫! この世界のことがよく分かるかもしれない」

「そっか……」

「お酒はなしですよ!」




 酒場は意外とすんなり見つかった。

 武器屋がある路地を少し進むと、酒樽を象った看板が目に入った。


 午前中と言うことで、あまり混んでいなかったのが幸い。


 俺たちはカウンターを陣取り、果汁水を注文した。

 1杯が鉄貨1枚……鉄貨10枚で銅貨1枚と言うことだった。



「店主。俺たちは田舎から来たんだけど、この町の名前って何だ?」


『ここはカルーア、南の辺境の町だ。商人にメイドに鍛冶屋に侍女……随分とまぁ、変な組み合わせだな』


 辺境の町カルーアか。


「お兄さん、この近くにもっと大きな町ってありますか?」


『あるぞ! 北に向かえば都市ヘルゼがあるし、南には小さいが港もある』


 林さん、上手い!

 ここは女子に任せよう。

 俺は加藤さんを肘で突っつく。


「ご主人様! ヘルゼという都市はどんな所ですか?」


『ん? ご主人様って俺か? あぁ、ヘルゼは大きいぞ! 冒険者ギルドもあるし、ダンジョンだってある!』


 冒険者ギルド!?

 ダンジョン!?


 俺は中島君と目が合った。

 そして、心も通じ合った!


「団長! ダンジョンってことは、魔物や魔王もいるんですか?」


『おい! ここでは魔王なんて滅多なことを言うな! 殺された奴の家族もいるんだからな』


 魔王、いるのかよ……。


「店主、ヘルゼは近いんですか?」


『馬車で3日くらいだな。行くなら護衛をつけた方が良いぞ』


「魔物が出るからですか?」


『魔物はダンジョンにしかいないぞ。盗賊だよ、捕まったら男は殺され、女は奴隷行きだ……』


 店主が悲しそうに女性陣を見る。

 身近な人が盗賊に捕まったのか……?

 後で確認しに来るか。


「地図はどこで売られてますか?」


『あぁ、簡単な地図なら道具屋にあるだろうな』



 俺たちはその後、他愛もないことをいろいろ聞いて酒場を出た。

 やはり酒場は情報の宝庫だった。



「先生……ヘルゼって所に行くつもりですか?」

「ここにいるよりは良いんじゃない?」

「盗賊が出るって……あたし、奴隷は嫌!」

「盗賊なんてオレが倒す! 剣と魔法でな!」


「えっと、先生だけで、浮遊魔法を使って行こうかなって考えてる。それで、ヘルゼで物件を探して“対の扉”を設置すればいいでしょ」


「先生、危険じゃない?」

「盗賊なんて、オレの魔法で一撃だ!」


「リングをたくさん付けて行けば大丈夫だ。浮遊、危険察知、結界……これなら戦闘を避けられそうだろ?」

「いざとなったら、オレの剣が唸る!」


「一応、護衛を雇えば?」

「勇者オレがいるから護衛は不要だ!」


「“対の扉”で逃げられるし、何とかなる」

「そう、たとえ魔王が出ても……」


「中島、いい加減にウザイ!! 」




 その後、俺たちは道具屋で地図を買い、武器屋で革の装備を買い、“対の扉”を使って“ゲート”のある“ハウス”に戻った。


 時間は正午前だ。

 魔法の熟練度を上げながら、あの件を相談しておこう。


「相談があるんだけど、いいかな?」

「何ですか?」

「先生の親戚で、塾で働きたいって大学生が明日の夕方来るんだけど……」

「もしかして、誘うってことですか?」

「男の人なら嫌です……」

「オレも美人は大歓迎だ!」

「先生の親戚だから、顔は良いよ? あ、女の子ね」

「先生、ナルシじゃん!」

「それなら、その人をあたしたちが面接して合格なら誘うってことにすれば?」

「私たちが大学生を面接するの?」

「正確には、4月から大学生。まだ高3だ」

「JKなら全て問題なし!」

「中島は黙れ!」

「仲良くね! じゃぁ、とりあえず会ってから相談だね。明日(木)の17時に来る予定だから宜しく」



 その後、こっちの世界で正午を迎える頃、俺たちは現実世界に戻った。


 異世界に約半日篭ったことになる。

 思ったよりお腹が空いていないし、疲れもあまりない。何でだろう、興奮してアドレナリンが出まくったかな?


 それに比べ、現実世界って本当に疲れるな……。

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