第9話 腐敗貴族

 ギルドに到着早々、クエストの物色が始まった。

 それにしても、我が儘娘が一人いるだけでこんなに四苦八苦するとは……。結局、彼女の意見を尊重した結果、2つのクエストを受理することが決まった。



『F13薬草採取とE3行方不明者の捜索ですね。E3の方ですが、依頼主が後ほど来ますので詳細を話し合ってください。では、お気をつけて』


 今日の受付係はちょっと頭髪が寂しいおじさんだった。この世界、意外と薄い人が多い。性欲が旺盛なのか? おっと、俗説俗説……。でも、育毛剤で一儲け出来るかもしれない。


 因みに、薬草は昨日と同一クエストだ。本当は毒草のクエも一緒にこなすのが効率良いんだけど、あれは10日に1回程度らしい。確かに、昨日除草しまくったので20kgも採るのは至難の業だ。


 もう1つはEクエで、行方不明者の捜索。簡単な割に報酬が良いからと、リリィが持ってきた案件だ。捜索対象は21歳女性で、依頼者はその旦那さん。ヘルゼ市内で行方不明になったらしい。後味が悪くならなければ良いけど……。


 今さらだけど、確認したことが1点ある。

 F12の“12”という数字……戦闘機とか、受付番号の意味ではなく、ギルド側が認定した難易度とのこと。同じランクでも、数字が大きいモノほど難易度が高いそうだ。因みに、数字は1~15に分けられ、二桁のクエストはパーティ推奨案件だそうだ。


 E3の依頼者がギルドに到着するのは午前10時過ぎだということで、俺たちは薬草採取に向かうことにした。

 今は午前8時前だから、往復1時間、採取に1時間……十分に間に合うはずだ。


 道中、俺はちびっ子2人に挟まれながらマジックリングのレクチャー中だ。今は、下級まで使えるリリィには水魔法を、中級まで使えるフーには浮遊魔法のマジックリングの熟練上げをさせている。

 自分で買ってきた物だけど、ハイエルフの縞パンがチラチラ見えて実に悩ましい。

 それにしても、エルフの耳が尖っているなんて誰が嘘を広めたんだよ。身体は透明感が凄いけど、耳は普通に見えるんだけど? フーが特別なのか?




 ★☆★




「もうこのくらいで良いだろ。このクエ、連日は無理だな!」

『楽しいのに』


 エルフのように楽しさは感じないが、不思議な充足感はあった。スポーツとは違い、身体を動かして労働をしたときに味わう独特の満足感だ。小学生の頃にやらされた農業体験の思い出が蘇る。あのときは元気だったな……。曲がった腰を伸ばし、ギルドへ戻ることにした。


 今回、サボり判定を意識して頑張ったつもりだけど、マリーさんには勝てそうにない。本業の農家の娘、足腰強し。



「ハルキさん! 光ってる!! 」


 一瞬、マリーさんが何を言っているのか分からなかった。俺に後光が差すわけがない。


「これって、危険が迫ってるってこと?」


 あ、危険察知か。確かに俺のマジックリングにも反応がある。



 周囲を見回すと、複数の気配が迫っていることが分かった。半径10m以内に、3つ……いや、5つ?


 すぐに茂みから3人の男が姿を現した。


 盗賊か!?

 槍を肩に乗せた不恰好な男、短剣を振り回しながら登場した小男、その後ろから赤髪の細い男……。


 赤髪がボスっぽいな。でも、弱そう?


 と言っても、俺のパーティの方が弱い。はっきり言って戦力は皆無に等しい。

 口喧嘩の経験しかない俺、農家の娘、酒場の娘、元貴族の娘、無害なハイエルフ……ハイエルフって、精霊召還が使えて強いイメージがあったけど、この世界ではどうなっているのか不明だ。まぁ、今のフーを見る限り、救世主にはなり得ないな。



 どうやら既に囲まれているようだ。周囲の茂みの奥からも笑い声が聞こえてきた。

 相当ヤバイ気がする……。



『よう! お前、静寂の森で遭った奴だな!』


 ユニ子がいた所は静寂の森と言うのか。それで、こいつはあのときの槍使い……もしかしてストーカーなのか?


「奇遇だね。君とは友達になれそうだ。それで、今日も私の調査を邪魔しに来たのか?」


『けっ! 裁判官が草取りするかよ! どうも胡散臭いと思ってたんだ。お前、商人だろ! その女ども……そうか、お前も奴隷商人だな?』


 槍男の勘違いに、元奴隷の4人が固まる。

 決して俺を奴隷商人だと思った訳ではなく、“お前も”という言葉に反応したみたいだ。このままでは戦うどころか、逃げるのも難しいか……。


『ギイス、無駄口はいい。こいつも売れそうだ。腕の2本や3本は折っても構わないが、女は傷つけるなよ!』


 包囲が狭まっていく気配を感じる……。

 先に動かれると厄介だ。動かれる前に動く!

 悪即斬だ!


 刃を向けている時点で覚悟は出来ているはずだ。命までは奪うつもりはないが、後悔はたっぷりしてもらう!


 “光の腕輪”を発動させ、護身用の棒を抜く。


『ごばっ!』

『げふっ!』

『ぐほっ!』


 突然消えた俺に驚いているうちに、目の前の3人を何とか倒せた!


 頭をカチ割るなんて怖いことはしない。大腿骨か、膝頭を思いっきりぶん殴っただけだ。インパクトの瞬間、骨が砕ける感触が手に伝わる。武器の性能が高いのか、防具の上からでも十分な威力を与えられた。


 金属バット持ちの昭和ヤンキーを正当化するわけじゃないけど、鈍器で脚を殴っても死ぬことはないだろうという安心感からか、思ったよりも震えがこない。それとも、悪者と戦っているという自負なのか……冷静すぎる自分にびっくりだ。



 悲鳴を上げながらのた打ち回る仲間を見て、相手も状況がつかめたのか、剣を出鱈目に振り回し始めた。


 接近戦は拙(まず)い。



 俺は右手に火魔法のマジックリングを嵌め、背後に回って尻に火魔法を撃つ。


『ぎゃあ!』


 最初は火傷の痛みに、尻を地面に擦り付けながら転げ回っていたが、そのうち呻き声を漏らしながら大人しくなっていった。

 まぁ、死ぬことはないだろう……。



 俺たちの背後から接近し、リリィを人質に取ろうとした5人目には、より過酷な制裁を与えた。


 手首を強打して粉砕、股間を思いっきり蹴り上げた。恐らく、いや絶対に、潰れているだろう。



 気付くと、危険察知の反応がなくなっていた。

 途中、10を超える人数に囲まれている気配を感じたけど、全員ボスを見捨てて逃げてしまったらしい。持久戦にならなくて良かった……。



 合計5人が地に伏す中、俺は光の腕輪を解除してリーダー然とした赤髪の胸倉を掴んで起こす。


「腕の2本や3本は折っても構わないんだっけ?」


『ぐっ……俺を誰だと思って……お前の家族ごと……ぐわっ!』


 木の幹に立たせて膝蹴りを数発ほど腹に叩き込む。こいつの為にも、皆まで言わせない。


「立場が分かってないようだね。俺的にはここで火葬するのが一番楽なんだけど、全員まとめて奴隷として売るのも捨てがたいな」


『ふっ、平民風情が……ぐふっ!』


 右手で喉輪をして睨みつける。

 俺の握力85kgはこの世界でも通用するようだ。


「お前、貴族なのか?」


『そうだ! 特別に無礼を見逃してやる。今すぐ俺を背負って町まで戻れ……ぐあっ!』


 ついつい折れた太腿を蹴ってしまった。


 貴族か……。

 貴族が盗賊紛いのことをしてるって、どうなんだよ。それにしても、ヘルゼで塾を開こうというのに、変な奴に絡まれたもんだ。どうすれば良いんだ?


 自問自答に右脳が即答する。

 身分社会のゴタゴタに巻き込まれて気分が悪くなるだけだろ。厄介事の種は早めに摘むべきだ。いや、焼いて蒔くべきだ!


 遅ればせながらと、左脳も追従する。

 まてまて、捕縛してギルドに突き出したら、ランクアップや特別報酬が貰えるかもしれないぞ。俺の目的に資するのがどちらかよく考えろ!



 その後、落ち着きを取り戻した仲間たちとも相談した結果、俺の左脳が勝利した。


 女性陣の俺を見る目が少し変わったように感じる。怯えさせてしまったのかと心配したけど、そうではない様子だ。信頼、とまではいかないだろうけど、思っていたより俺が強いと知って安心してくれたようだ。

 俺自身、“光の腕輪”の反則的な強さにびっくりだ。ゲーリックに感謝だね。



 ガチャの外れで貰ったロープで5人全員を縛り、引き摺るようにしてヘルゼに戻った。

 両脚骨折の悲惨な奴が2人、急所が潰れて歩けない奴が1人……そいつらも他の奴らに肩を借りて何とか冒険者ギルドに到着だ。仲間の友情って素晴らしいな!




『こ、これは……アップル男爵のご子息様がどうして!? 』


 男爵って……貴族の下の方だっけ?

 公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵ときて、準貴族の准男爵や騎士があったような。平民に毛が生えたくらいだと思ってたけど、甘くはなさそうだ……。


「薬草採取で林に入ったときに、この“盗賊集団”に襲われたので、捕縛して連れてきました」


『新入り君……こ、こんなことをして……ま、拙いですよ……』


 俺が“盗賊”というところをことさら強調して述べたにもかかわらず、髪の薄いギルド職員は信用しようとしない。動揺し過ぎて声が届いていないようだ。ごめんなさい、薄い髪がさらに薄まりそうだ。


『本当です! 私たち、この人たちに襲われました!』

『奴隷商人に売るって言われた』


 フリーダさんとフーの涙ながらの訴えも、ギルド職員の心証を覆すことは出来なかった。


『おいっ、騙されるな! こいつらは貴族狩りだ! 俺はこの奴隷商人に酷い目に遭わされたんだ! 処刑するだけじゃ気がすまないぞ!』


 赤髪(アップル男爵のご子息様?)が、顔を真っ赤にして怒鳴り散らし始めた。そう簡単に形勢逆転させるかよ。


「証拠はあります。これを見てください」


 職業病と言うか何と言うか、何かありそうな場合は必ず動画に残すようにしていた癖が、初めて役に立った……こんな異世界で。


 俺のスマホは、赤髪たち3人が茂みから出てきてから、5人目が股間を押さえて崩れ落ちるまでの一部始終を映していた。一人称視点なので、俺が透明化していることは動画からは分からないし、俺の拷問風景も、一度止めてから別の動画で撮影したので見せていない……。


『これは……魔道具でしょうか? 初めて見ました……』


 そうか、そういう解釈の方が便利だね。


「そうです。現在を映し取る“動画”という魔法を組み込んだ魔道具です」


『くそっ! 冒険者ギルドもグルだな! 誰か、父上を呼んでくれ! 革命だ、革命が起ころうとしている!』




 手に負えないと判断したのか、他の職員が上司に報告したらしく、すぐに俺一人が階上の豪勢な部屋に連れて行かれた。仲間たちには俺のギルドカードを渡してクエストの処理をお願いした。



 いわゆるギルドマスターの執務室ってやつか。

 山と積まれた書類を見ていると、事務所っぽいな……。


『冒険者ギルド、ヘルゼ支部長のバウムクーヘである。ハルキとやら、その魔道具は証拠としてギルドが預かることにするが、異論はないな』


 甘そうな名前の癖に、見た目は渋いし言うことは辛いな……。

 威厳たっぷりだけど、小者臭が漂っているお陰で緊張すらしない。就活で面接した会社役員の圧力はこんなもんじゃなかったぞ。


「お断りします」


『なんだと!? 』


「これは俺以外には扱えませんし、どうしても預かるというなら金貨1万枚で買い取ってください」


『1万……』


 一応、今も動画撮影をしているけど、冒険者ギルドを敵に回したくないな。かと言って、この強欲おじさんをやんわり断るのも難しい。

 スマホなんてまた買えば良いんだし、強制されるようならバッテリーを抜いて売りつけるのもアリだ……いや、アプリのダウンロードとかが面倒臭いな。売るなら家に放置してある古い奴を売れば良いか。


「7千までなら勉強させていただきますよ?」


『いや、使えぬのなら結構だ。だが、それを持っていることで命を狙われても知らぬぞ』


 脅し?

 さすがに魔道具の威力を理解しているようで、強制手段には出ないようだな。


「例の貴族様の件を正当に判断してくださるのでしたら考えますけど」


『むぅ……あの御仁も困ったものだ。誰も手出しが出来ないのを良いことに、やりたい放題だ……』



 支部長曰く、アップル男爵家はヘルゼ開拓に功績のあった名家らしく、領主を含めて蔑ろに出来ない存在らしい。

 特に四男は盗賊や奴隷商人とつるんで悪行を繰り返し、次男は好色の限りを尽くしているそうだ。まともな三男は王都で役人となり、気弱な長男は弟たちの言いなりらしい……。


「俺は、“冒険者ギルドの正義に基づいて”正当に対処したと自負していますし、誰かが言いがかりを付けてきても正当防衛を主張しますよ。つまりですね、報酬を貰って当然、そうでなくとも俺が犯罪者として扱われることはないはずです」


 目の前のおじさんは利害関係を天秤で量っているのか、腕を組んだまま動かなくなってしまった。



 しばらくの睨みあい、沈黙の末、溜息と共に支部長が決断を下した。


『此度の騒動は、“盗賊に捕まったアップル男爵家のご子息を、冒険者ギルドの依頼を受けたパーティ<ハルキノヨメ>が救った”ということだな。“ご子息は酒の席での喧嘩で少々怪我をされた”そうだ。貴殿の“4人の”盗賊討伐に付いては相応の報奨を出そう』


 そうきたか。

 口止め料は支払うが、俺たちが報復の対象になるのは放置か。冒険者ギルドはどっちの味方にもならない、巻き込まれたくないということか……。


「報告には続きがありましたよ? “酒に酔ったご子息様は、道に迷って自宅に帰らなかった”そうですね」


『殺人は重罪だぞ』


「何のことでしょう? 被害者は俺たちですよ? 彼に命を狙われただけでなく、彼を放置すれば、今後も命を狙われ続けるんだ」


『……ならば、どうしろと?』


「単なる提案ですが、“彼は盗賊から逃れるため、街道の東へと走り去った”ようです」


『と、盗賊の巣に!? まさか、盗賊に貴族を襲わせるのか!? 』


「実際に襲われたかは分かりませんよ。“ギルドの依頼を受けた冒険者パーティが救った”かもしれないし」


 撮ったばかりの動画を見せ、支部長が捏造した話を逆手に取って脅すと、彼は諦めたように両手を上げた。

 俺の、ギルドを道連れにしようという意図を察し、早々に日和見主義を放棄したようだ。


『分かった! 領主に身柄を明け渡す。それが限界だ!』




 追い出されるように部屋を退出し、1階に下りると、マリーさんが心配そうに話しかけてきた。


『ハルキさん、どうなりました?』

「アイツの身柄を領主に明け渡すってさ」

『それって……大丈夫なんですか? もし釈放されるようなことになれば……』

「絶対に大丈夫! ギルドも全面的に味方してくれるみたいだから!」

『良かったです……』


 いや、期待を込めて誇張しただけで、俺も楽観視していないんだけどね……みんなを安心させないといけないから。




 結局、“盗賊討伐”と言う名の口止め料は銀貨5枚だった。薬草クエ50回分の収入と考えれば美味しいのかもしれない。でも、不満はある。今回の件、クエスト扱いされず、昇格にも影響しないらしい。


『ハルキさん、Eクエの方ですが、依頼主から詳細を確認しましたよ』

「お、ありがとう!」



 フリーダさんが内容を掻い摘んで教えてくれた。

 とある食堂で働くようになったルーシィさん(奥さん)。でも、一昨日の夜、彼女は仕事から帰ってこなかった。旦那さんは、翌朝になっても帰らない奥さんを心配して食堂に駆け込んだ。すると、店長が無言でお金を渡してきたそうだ。何を訊いても答えようとしない店長に嫌気が指し、官憲に相談しても相手にされず、今朝、ダメ元で冒険者ギルドに依頼することにしたそうだ。


 余談だが、話を聞き終わった後、散々フリーダさんに言い寄ってきたそうだ……依頼を放棄したくなる。




 ★☆★




『この店ね?』

「本当に大丈夫か?」

『接客は慣れているから大丈夫です』

「そうじゃなくて……」

『ご心配してくれるのですね! なら、私が無事に戻ってきたときは……ご奉仕させてください……』

「うん、気を付けて」


 どうしてこうなるんだ……。


 光の腕輪で潜入する作戦が却下になり、フリーダさんがおとり捜査で潜入する案に決まった。

 俺は反対したんだけどね、早期解決には最適だと。確かにそうだと思うけど、本当に何が起こるか分からないから、フリーダさんを守りきれる自信がない。

 話を聞く限り、十中八九、これは事件だと思う。思うんだけど、異世界に飛ばされたとか、ドラキュラに連れ去られたとか、魔王への生贄に捧げられたとか……そんなオチだとしたら、どう対処すべきかが見えてこない。せめて情報さえあれば……。


 それに、ご奉仕って何だよ。その後、全員がおとり捜査に立候補し始めたし……顔を赤く染めて言われると、いかがわしい想像しか出来ないぞ。

 でもまぁ、この世界で子どもを作って永住するのもありなのか?




 結局、マリーさんも含めた4人全員が採用面接に合格した。


 面接と言うのも名ばかりで、多少省略すると、『こちらで働きたいのですが』『はい、良いですよ』という具合にトントン拍子に決まった。

 俺の拙(つたな)い就活経験から言わせてもらうと、こういう即採用の企業はブラッキィだ。せめて1日くらいは検討するフリをしないと、離職率が高すぎて人が足りないと言っているようなもの。馬車馬社畜キタコレ祭りだ。



 俺は、光の腕輪で面接の様子を見ていたけど、この透明化は如何せん継続時間が短すぎる。

 “食糧庫”と書かれた地下倉庫に隠れようと思ったけど、鍵が掛かっていた。なので、仕方なく更衣室のロッカーに隠れることにした。


 特に狙っていた訳ではないのに、期せずして着替えシーンに遭遇した……。

 一度、奴隷商店で全裸を見ているけど、これはこれで価値が違う。こんなシチュエーションは人生1回有るか無いかのレアケースだ。動画撮影はしないけど、しっかりと拝ませてもらうことにする。犯罪の意識はない!


 なるほど、そうきたか!

 ふむふむ、まぁ予想通りだな!

 おっ、これは想定外! 今日はパレードだな!


 マリーさん>>>リリィ≒フリーダさん>>>フー


 最近しっかり食べているからか、リリィの発育が素晴らしい。フリーダさんを逆転していた……。と言っても、永遠の2位争いなんだけどね。

 でも、以前見たときと違い、お風呂に入るようになってからどの子も凄く綺麗になった。サラサラでまっすぐの髪、白くスベスベの肌……ドウテイ君には刺激が強すぎる。




 お昼前から働き始め、休憩を挟みながら閉店まで……11時から22時の、実働10時間か。


 そろそろ着替えの為に更衣室に戻ってくる頃かなと首を長くして待っていても、誰も来ない……。


 残念すぎて、いえ、心配になってロッカーを出る。

 勿論、透明だ。



 気配を探りながらそっと更衣室を出る。


 廊下に気配は無い。


 耳を澄ませながら食堂へと向かう。


 でも、そこには誰も居なかった……。


 もしかして、もう屋敷に戻った?

 いや、それはない! だって、更衣室に俺があげた服や、危険察知の石とかが置きっ放しだったから。


 外に連れ出された!?

 建物の中か!?


 頭に血が上り、生まれて初めて殺意という感情を知る。


 護身用の武器を取り出し、火・結界・運搬・異常状態耐性のマジックリングを嵌める。

 店員を見つけ次第、拷問してやる!!



 建物中を走り回る。

 既に透明化を解除し、足音も開閉にも遠慮しない。

 向こうから来てくれたら探す手間が省けるから!


 しかし……1階にも、2階にも、誰も居なかった。

 唯一確認していないのは、鍵の掛けられた地下の食糧庫のみだ。


 よくあるパターンだな。

 食糧庫に檻があり、女の子がたくさん収監されている。そして、怪しい集団が闇の儀式を……って、ノープランで突っ込んだらダメじゃないか!


 いや、構わないさ。

 1匹でも多く、地獄に道連れにしてやる!



 扉の鍵穴ごと火魔法で溶かす。


 薄暗いスロープを下っていくと、酒樽やら木箱やらが大量に並んだ棚がある。なるほど、食糧庫だね。


 軋(きし)む床をさらに進んでいくと、明かりが漏れ出ている部屋を見つけた。誰か居る!



 扉に身を寄せ、聞き耳を立てる。


 カサカサと紙が捲(めく)れる音がする。

 会話がない……居ても1人だ。



 再び透明化して、扉を開けて突っ込む!



 えっ!?

 部屋には誰も居なかった。


 なんだ……風か。


 狭い部屋には大きな本棚と机が1つずつあり、机の上には紙の冊子が置かれていた。


『マリー24歳/77、フリーダ16歳/85、リリィ13歳/88、フマユーン不明(亜人)/95』


 これは……。

 この数字、見覚えがある!

 ステータスの魅惑力だ!


 ステータス鑑定系の魔法が使える奴が居るのか?

 魅惑力を調べたってことは、奴隷商人か!?



 その時、一陣の風が頬を撫でた。


 どこかに隠し扉があるのか……。



 部屋を物色すること数分、本棚を横にスライドさせる仕掛けに気付いた。


 どうやら、横穴が続いているようだ。

 相変わらず気配は感じられない。


 よし、行くか!



 魔力温存の為、魔法を使わずに走って進む。

 ほぼ10mおきに設(しつら)えられた灯りを頼りに、振り返ることなく走り続ける。



 そして、500mほど進んだ辺りで行き止まりに突き当たった。


 いや、よく見ると、スロープが上に続いている。



 必ず皆はここに居る!

 早く助けないと!!


 逸(はや)る心を気合に変え、スロープを上がる。



『それにしても今日は大漁だったな!』

『こんな幸運もあるんですね』

『でも勿体無いことをしたか。1人くらい貰ってもバレなかったろうに』

『女の口から漏れますよ! あいつら仲間らしいですし』

『怖い怖い、この仕事は命がいくつあっても足りねぇな』



 2人か……。

 やるか? 素通りするか?


 逃がす訳には行かない、盗賊同様に脚を封じる!



 俺は再び光の腕輪を使い、静かに近づくと……立っている2人の脚を思いっきり殴り付けた!


『ぐぎゃあ!? 』

『いてぇ!! 』


 そして暴れ回る男達をロープで拘束、口に猿轡をして声を封じる。

 2人は部屋に放置だ。


 終始、透明化は解かない。


 扉が1つ。

 あの奥に皆が居る!



 慎重に扉を開け、身を乗り出した場所は大きな屋敷だった。



 もしかして……貴族の仕業か!?


 何処からともなく声が聞こえてくる。

 悲鳴、懇願……時々混じる卑猥な叫び……。


 透明なまま、廊下を右往左往する。


 声の出所は1階ではなかった。


 階段を上がる。


 2階の廊下、突き当たりまで進むと、声が一層明瞭になった。


『あぁ……お止めください! お助けください! あん!』

『どうだ、気持ち良かろう?』



 糞豚め!

 一瞬で頭が沸騰する!


 透明化を継続し、扉を開けて突っ込む!


 見渡すと、床にしゃがみ込む女性が5人……ベッドには全裸の女2人と男1人。


 扉はベッドから見えないようで、男はまだ気付いていない!

 無理矢理な行為を継続してやがる。


 床にしゃがみ込むマリーさんたち……服は着ているけど、大丈夫だろうか?

 扉が勝手に開いたことで、俺が来たことを察したらしい。泣きながら抱き合っている。


 混ざりたいけど、まずは豚の処理だ!

 相変わらず、女性にのしかかるようにして腰を振っている……ドウテイ舐めるなよ!


 背後から接近し、猿轡をがっつり嵌める!

 暴れてベッドから転げ落ちた後、股間を思いっきり踏みつける!

 白目を剥いて倒れる男……意外と若いな!


 何が起きたのか分からない2人の女性は、ベッドの上で口を押さえている。


 俺は、透明化を保ったまま、アイテムボックスから予備の服を出し、2人の女性に投げる。




『ご主人様!』


 目に涙を浮かべたリリィが叫ぶ。

 もう良いだろう。

 俺は透明化を解いて、全員と抱き合う。


「遅くなってごめんね」

『必ず来てくださると……信じて……おりました!』


 嗚咽で声が出ないフリーダさんが頑張って感謝の気持ちを絞り出す。


 あれ?

 1人多いような気がするぞ?

 この茶髪の女の子は部外者だ……調子に乗って抱きしめちゃったよ。


『あの人、オレンジ子爵の長男よ』

『貴族様に暴力を振るって大丈夫なんですか?』

『もっと痛い思いをさせるべき』


 リリィは微妙に面識があるらしい。マリーさんは報復を恐れているのか、身体を震わせている。フーは珍しく目を吊り上げて怒っている。でも可愛い。フリーダさんはずっと泣きっぱなしだ。茶髪の子は、遠慮してか何も言わない……。


 全裸だった2人の女性も、自分たちが助けられたことを悟ったようで、服を着てから合流した。



「この豚、どうしようか」


 オレンジ子爵の長男か何か知らないけど、俺より若いんじゃないだろうか?

 見るからに体重は100kg近い。不細工に膨れた腹、三重の顎……日本だったら引き篭もりの生涯ドウテイ君、確定の赤ランプだろうな。


『お兄さん、に、逃げてください……』

『ここに居たら殺されてしまいますよ!』


 さっきまで豚君に交互に犯されていた女性たちが俺を心配してくれる……その健気な心が俺に冷静さを取り戻させた。


「殺してやりたいけど、ギルドに突き出そう。もし反省が足りないようだったら、そのときこそ……」




 ★☆★




 日付が変わる前、裸の男や助けられた女性を伴って、何とか冒険者ギルドに戻った。


 髪が薄い男性は帰宅したらしく、受付はグラマラスなオトナの女性だった。


 ことの顛末を報告すると、さすがにギルド職員も怒り狂っていた。

 貴族に寝取られた奥さん、拉致された女の子……今回だけでも、上は26歳から下は13歳までの7人が救助されたことになる。他にも犠牲者がいたかもしれないし、その人たちがどうなったのかも、今となっては知り得ない。貴族だから許されることではない。


 受付の女性も、相手が貴族の子息であろうと断固たる対応を取ると約束してくれた。食堂の奥で捕縛した2人も含め、早々にギルドが動いてくれるらしい。


 結局、茶髪の女性がルーシィさんで、全裸の女性2人も拉致被害者だったそうだ。

 E3クエ成功報酬の銅貨6枚を貰い、女性たちに感謝されながらギルドを出る。




 そして、俺たちは屋敷に戻った。

 ご奉仕がどうのと約束していたけど、みんな疲れ果てて寝入ってしまった。まぁ、期待なんて何もしてなかったよ……。



 今回、俺なりに得た教訓がある。

 この世界、強くなければ生き抜けない! だから、仲間を鍛える必要がある!

 そもそも、俺自身、前面に出てガツガツ戦うのは性に合わないんだ。キャラ育成とか、監督や指揮官的な立場こそ、俺の理想だ。よって、明日から皆を特訓する!

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