第5話 本の中の記事

「もうっ! このガイドブック、使えねぇな!!」


 異世界のあるきかた。怒りにまかせてその本を投げ捨てようとしたけど、手触りがヤバくて一度触るともう……。わたしは結局、本を舐めまわす勢いで触りまくりながら、もう一度ページをめくる。巻頭の温泉特集と、憎き軽薄サイテー男のキョウが写っている写真のみが見開き1ページに渡り載っているだけで、その次のページ以降はクリーム色の白紙である。全然ガイドブックじゃねぇじゃねーか! キョウの挿絵のあるタダのメモ帳だよ!


 いや、待てよ……。


 じっと見ると、記事の載っている見開きのページの中の空白部分に、先程入った温泉の写真がボワーっと浮かんできた。それと一緒に文字も浮かび上がる。


「なになに……。カロウト地区の美女揃いの女玄宿『紅灯籠』の中には開放感のある庭園露天風呂がオススメです。運が良ければ美女たちと混浴なんかも出来ちゃいます」


 なにこれ。わたしが体験したことが記事になってる。そして写真はユメさんのちょっと黄昏感の入っている、わたしも見とれたあのシーン。もちろんベストな角度で憂いを懐いたユメさんの顔と、ギリギリで見えない胸と局部。形のいいおしりだけはしっかり写っていてサービスショットである。

 風呂場から出て、宿の廊下にいるユメさんにその本を見せると、


「文字はわからないから読めないけど、綺麗に写ってるわね、そのシーン」


 と、ユメさんは自画自賛していた。お気に入りだそうだ。というかユメさんも文字が読めないとか微妙に使えねーな! 本をユメさんと2人で覗き込んでいたら、本に暗い影がさした。


「うわ、ユメちゃんさすがに綺麗だわ」


 キョウが気絶状態から復活して本をわたしから取り上げようとする。が、わたしの手は本に吸い付いているように離れなかった。


「おい、てめぇ、ケチケチすんじゃねぇよ。胸も身長もケチってんのに性格までケチだとはな」


 くっそ! シット! ガッデム!! 今日はお前の命日だ!!!

 わたしはキョウが再び本を覗いてきた瞬間を狙って、頭突きキャノンを繰り出す。が、あっさりとキョウの手のひらでガードされてしまう。顔を真っ赤にして怒りをあらわにするわたしと、涼しい顔でそれをいなすキョウ。そんなわたしたちをユメさんはにっこり笑ってみていた。


「仲がいいのねぇ」


 ユメさんの声がやんわり響く。その声にわたしが気取られてるうちに、キョウが本を取り上げて読み込んでいく。


「なんだ、ユメちゃんのいい感じの絵はこれだけか」


 そういうとキョウはわたしに本を投げて返す。人の手から奪っといてそんな返し方ってあるんかよ。ガッペムカつくわこいつ。キョウはわたしに興味がなくなったようで、キモい裏声でユメさんに話しかけている。


「ところで、今日泊まる場所はあるの?」


 ユメさんがキョウを無視してわたしに話してくる。嘘ついてもしょうがないので、わたしは素直に首を横に振った。


「そっか。ならここに泊まっていきなさいな。客室も空いてるし」


 ユメさんが玄関の方向をチラチラと見ながらいう。ここに来たときにユメさんがいた受付には、ユメさんと似たようなセクシースケスケを着たちょっと可愛らしい女の子が座っていて、何人かの客を受け付けている。


「いらっしゃいませ~。カノウの旦那様ですね。えーと……あ、今日もカナメさんですよね!」


 と、キビキビ動きながら、来客……地味そうでモテなさそうな男ばっかりだけど、を忙しそうにもてなしていた。じっとわたしが見ていたら、こちらに気づいたようで手をヒラヒラさせてくる。くそぉ、可愛いなぁ。やっぱり、エロいけど。


「よし、行きましょう。受付はハナちゃんに任せておけば大丈夫だから」


 そういうとユメさんは、わたしとキョウを2階へと誘った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る