第7話 キョウの職業

 うっすら目を開ける。

 昨晩あんな感じだったのに、どうやらかなり疲れていたんだろう。だって今めっちゃ身体が重たいし。身動き取れないし。

 わたしはやっと動く左手で、枕の脇においておいた眼鏡を取り、かける。


 ……目の前にはキョウの顔があった。

 至近距離である!

 ドアップである!!

 緊急事態であーる!!!


「…………」


 脳内はウーウーとサイレンがなっているが、本気で驚きすぎてわたしは声が出なかった。だって、だって、だって……。

 と、訳がわからなくなって、ついキョウの顔をじーっと見てしまう。


「あ、まつげ長いな……」


 至近距離でキョウを観察する。性格はどうしようもないし、女ったらしのクズイケメン野郎なのに、顔はかなりかっこいいんだよね。ぶっちゃけ認めたくはないが、好みである。皮肉なことにかなりのタイプであるのだ。


 動揺しまくって、自分でもなにを考えているのかわからなくなってきた。そのとき、キョウは寝ぼけたのか、わたしにくちびるを近づけてキスをしようとしてきた。


 瞬間、わたしは脊髄反射でバチーン!! とキョウのほっぺたに左手ビンタをクリティカルヒットさせた。

 もちろん動揺した上での力量無制限である火事場のクソ力なので、キョウは2mほど吹っ飛び、囲炉裏に頭を突っ込んだ。


「ゲホッゲホッ……」


 呆然と起きるキョウ。

 ていうかなんでわたしの布団に入ってやがるぅ! とガウガウしてみるものの、キョウは寝ぼけていてなにが起きたかわかっていないようだ。




 ……で。

 灰まみれになったキョウは再びお風呂に行き、きれいさっぱり灰を落としてきたが、現在は苛ついた顔でわたしを睨んでいる。


「……俺がなにをしたっていうんだ?」

「ナニって……! ナニをしようとしそうになったのは、どこのどいつだー!」


 え、いやいや、嘘だろ? あんなちっぱいで? と小声でおっしゃってるようですが、キョウさんよ、しっかり聞こえてますがな。わたしはぷうっとほっぺたを膨らましてキョウを睨みかえす。


「……悪かったよ。責任とるっていうか――あのさ、おまえってここの世界に転送されてきたか?」


 急に真剣な顔になって、キョウがわたしに尋ねる。なにか大事な話なのかな。

 こくん、とほっぺたを膨らませたまま、わたしはキョウに肯定の返事をする。


「うわー、マジかよ」


 アチャー! という感じでおでこに手のひらをあてるキョウ。そして深くため息をついたあと、わたしに説明をする。


「俺な、おまえみたいな転送者を元の世界へ返す、もしくは死後の世界へ還す仕事をしてんの。あー、でもおまえが今度の担当かよ……」


 胸を見ながらキョウは言った。

 もうなにも言うまい。わたしのこころの閻魔帳につけとくだけだ。


 キョウが言うには、この世界は混線していて、よく異世界からの転送者が来るらしい。大抵の転送者は妙な力を持っていて、この世界を統一しようと目論んだり、ハーレムを作りたがったりと、酷い有様らしい。


 だから、キョウみたいなガイド係、つまりは元の世界へ転送者を返す職業があるらしい。


「唐突にいきなりダサいヤローが現れてよ、妙な力を使ってこの世界の女たちを囲うとか許せんわ!!」


 あ、かなり私情が入ってますね。


 それで、わたしの来たここの国はヤマトというところで、元の世界でいう日本である。地球と同じ規模の、でもどこか違う場所。それがこの世界だった。


「まあ俺もよくわかってねーけど、俺と同じ仕事をしている仲間は、全世界にいるって研修で習ったな」

「へぇ、じゃあ、西洋ファンタジーな世界なんかもあるの?」

「あるぞ。俺は行ったことねぇけど、ジェノーヴァって国だったっけな」


 それ以外にも、中国っぽいところや、アメリカなところもあるらしい。

 けど、受けた研修をキョウはあまり覚えていないらしく、うろ覚えでよく話がわからない。


「ま、いいわ。んでお前のデカい望みってなんなの? それがわからないと戻せないんだよな」


 えーと……。彼氏欲しいとか、諭吉くん返してとか、そんな小さな望みはあるけど、多分ここに来た強い理由じゃないよね。だって、異世界のあるきかたっていう本を見てたら、ここに移動してたんだもの。


 しばし悩んで、そのことをキョウに話す。そして、本のページに紅灯籠が追加されたことも説明した。


「そうか……おまえに目的はとくにない。が、その本はおまえをここに呼び寄せた理由がありそうだな。例えばその本のすべてのページを仕上げるとか」


 ええー、そんなのわたしは巻き込まれただけじゃない! すごい勢いのハズレくじを引いた気分なんだけど……。

 そう思った情けないわたしの顔をキョウは見る。キョウのちょっと優しげいや……あの顔は憐れみの顔だ。

 でも、わたしは思い出してしまった。さっきのキョウのどアップ。な、なんでこのタイミングで思い出すんじゃ――い!


 なんとなくキョウの正体が分かったら、余計にかっこよく見えたわたしは悪くないと思う。キョウの顔がイケメンすぎなのが悪いよ! くそう。


 ざわざわと落ち着かない気持ちになってきたので、本の装丁に頬ずりをする。あああ、こりゃたまらん。ヘンな気持ちも落ち着くわぁ。


 キョウはますます、わたしを憐れんだ視線で見てくるけど、もう気にしないっ!

 ムッハー!!!

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