第8話 目的は、本のページを埋めること
「いや……頬ずりするのはいいから。とにかく、その本が原因だろうな」
呆れ果ててキョウが話す。
はっ! 気づいたら多分20分は本に頬ずりをしていた。
ヤバい、これでは単なるジャンキーではないか。
「で、あんだって?」
ぐはっ! つい伝統のあのセリフでキョウに聞き直してしまった。しかも手を耳に当ててぷるぷるさせるあのポーズまでつけてしまった。くっそ恥ずかしいわこれ。
っていうか、本の装丁の肌触りがよすぎてつい誰にも見せたことのない、本当の自分が出るなこれは。ヤバイわ。
でもキョウは、わたしが何をモノマネしているかわかってなかったみたいで、普通に言い直してきた。
……バレなくてよかった。
「再度確認をとっけどよ、その本が、おまえをここの世界に呼んだ原因なんだろ? おまえ自身が強く違う世界を望んだわけじゃないんだろ?」
それは……わたしが異世界を望んでいなかった件に関してはもちろんYESだ。
本がわたしをここの世界に転送させたのも、多分YESだろう。ただ、この本の目的をわたしは知らない。
それをきちんとキョウに告げる。
「うーん、目的がわからない転送者か。原因は本、と。本の目的としては、えーと、全部のページを埋めること……(仮)と。じゃあとにかく、本のページを埋めるところからやってみるか」
その本の紅灯籠のページ、開いてみ? とキョウが『異世界のあるきかた』を指差す。
「ここが出たときに、紅灯籠の記事の他に、なにかヒントみてーなの出てねぇか?」
「ちょっと待って。見てみる」
急いでページを開く。本は右綴じであり、まず最初に見開きで温泉特集と、キョウの写真が載っている。その次のページを開くと右側にユメさんのサービスショット、いや紅灯籠の記事だ。左は空白ページかと思ったら、あった。
『溶岩岩が人気のパワースポット! ノギリ山から見える絶景!』
……なにこれ。妙なタイトルだけが、ちょっとけばけばしい字体で載っている。
わたしは、その記事をキョウに見せる。
「ノギリ山か……てことは、ナーソの地区だな。まあ、ここのカロウト地区からだと徒歩で3日ってとこだな」
みみみみ……3日ですと!?
「徒歩以外になにかないの……?」
「金があれば馬でも買えるけどな。おまえ、夕飯代すら払えてねーだろが」
「う……そうだね」
そうでした。ってあのご飯、食べて無いのに……と、ご飯のことを考えたら、ぐうっとお腹が鳴った。
「ぐ、ぐぬうううう……」
とりあえず、胃の音をおっさんが言うようなトーンの言葉でごまかす、が、キョウにはバレてしまっていた。
「いやそれ、ハラへってるっしょ。……ま、時間も時間だしメシ食いにいくか」
ちょうどやってきたユメさんに、紅灯籠をあとにするということを伝えた。
「そうねぇ。まあ困ったときはまたいらっしゃいな。それと今回の宿泊費と服はあたしのお・ご・り! そのかわり、ここに寄ったら紅灯籠って宣伝、よろしくねぇ」
ちっ、ちゃっかりしてやがるぜ! さすがここの女主人だな!!
でもまあ、奢ってもらうことなんて元の世界ではほとんどなかったので、勝手に脳が『ユメさんはいいひと』と認識してしまっていた。実際、悪い人じゃないみたいだし、まあいいか。
猫☆愛トレーナーと中学校のジャージも詰め込んだリュックは、昨日より膨らんでいる。わたしはそれをぐいっと背負ってユメさんに別れを告げ、キョウと紅灯籠をあとにした。
昨日の民家の細い路地を抜けると、活気のある通りにでた。
昨晩、わたしがいきなり転送されてきた酒場も、通りの角でひっそりと閉まっている。
「あ、そうか。華金亭は今の時間閉まってたわ。しょーがねぇ、俺の金でおごってやるから、早くお前も稼げよな」
通りの市場で焼きだんごを2つ買う。大きなだんごが3つ串に刺さっていて、そのだんごは炭であぶった焼き醤油で香ばしく色づけられていた。
そして、キョウと歩きながらもぐもぐと食べる。
ん! んまいねこれは!!
だんごのほんのりとした甘さと、パリッパリの焼き醤油の塩味と香りが相まって、なんぼでもいけるぞ、これ!
そんなグルメリポーターのようなことを思いつつ、わたしはだんごを食べ終わって満足したあと、なんとなく気になって本を開く。
紅灯籠の記事の下にグルメピックアップと小さめの枠があり、カロウト市場の焼きだんごのことが書いてあった。
しかもさっきのグルメリポーターばりのわたしの思考がそのままに本に載っていた。はぁ、この調子で本に載ってしまうということは、あまり変なことを思うとそれがそのまま本になるってことなのか……。
気をつけるしかあるまい……出来るだけ。
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