第11話 おふだ
歩き通しで丸一日。
さすがにこんなに歩いたことのないわたしは、あたりがオレンジ色に陽が傾いて夕暮れになってきたころ、ついに音を上げた。
「も―無理! 一歩も歩けない――!!!」
なにもない道端。イメージはただの田舎道。そこの真ん中でわたしは座り込んだ。いくら歩きやすいブーツで靴ずれをしなくても、わたしの足はそこまで耐久性がなく、ふくらはぎがパンパンであった。
「なんだ、もうへばったのかよ。根性ねぇなー」
キョウが軽口を叩いてくる。が、もうそれに反応する気力もない。だけど何かは抵抗したくなって、ゴロゴロと道を転がるわたし。
「わーったよ! しゃーねぇな。背中に乗れよ」
ゴロゴロと転がった先で、キョウがしゃがんでわたしに背中を見せる。
……う、異性におんぶされるなんて、は、はじめての経験ですけれども!!
ちょっとドギマギ……というかムッハーしながら、キョウにおんぶする。
……個人的には壁ドンよりこっちのほうがトキメキ率高いですよね! うん。
顔が赤くなりつつも、キョウの背中にわたしは身体を預ける。
ぐふふ、実に照れますなぁこのシーンは……とドキドキしていたら、
「この運賃も金とっからな。あとで返せよ。ていうか背中で感じるけど、おまえ……やっぱりえらく小っちゃいちっぱいだな……」
残念そうにキョウは言った。あぁ、キョウの性格がこんなんじゃなければ、最高なのになぁ。
でも一応世話をかけておぶわれているわけだから、ストマックパンチや頭突きキャノンは出せないわけであって。
そのまま顔を熱くして黙ったまま、わたしはキョウにおぶわれ道をすすんだのだった。
「2人で80銭……」
しばらく歩いてあたりが薄暗くなってきた頃、道の脇に微妙にボロボロな民家があった。そこには赤い旗が立っていて、筆で殴り書きしたような『宿』という文字だけが見えた。
キョウとわたしはそこに入る。もちろん、宿に入る前におんぶ状態は解除したのだが、そこの受付というか、奥から現れた地味そうなおっさんがわたしたちを胡散臭そうな目で見て、さっきの言葉を一言だけいったのだった。
「……キョウ、なんか感じわるいね」
「いいから黙っとけ」
わたしを制し、キョウはそのおっさんに80銭と思われるお金を渡す。おっさんはお金を受け取った途端、嫌らしい笑みを顔に浮かべながら、
「1人一部屋づつあるけどどうするかい?」
と質問してきた。
キョウはすこし悩んでから、
「2人で一部屋でたのむわ。こいつ、俺の従者だし」
「ちょ……」
また、キョウに口を塞がれる。
おっさんはその様子を胡散臭げに見ていたが、金は貰ったしあとはご自由にどうぞ、と言い、部屋に案内してくれた。
障子が微妙に破け、行燈も1つしかない薄暗い部屋にわたしたちは通される。もちろん囲炉裏はなく、薄汚れた布団が2組だけ、部屋のすみに畳んでおいてあった。
「ではごゆっくり。……あまり嬌声は出さないでくださいよ、旦那」
下卑た笑いを残して、おっさんは去っていった。
……なんか気に入らんわ、あのおっさん。
おっさんに挨拶をしたあと、キョウは無言で部屋をぐるりと点検する。壁を叩いたりして入念に。一通り全ての壁を見回り障子をあけ外を確認し、部屋の四つ角になにか御札みたいなものを貼った。そして部屋の中心にキョウが立ちなにかを念じたあと、部屋の中心にわたしを呼ぶ。
膝を突き合わせてキョウと部屋の真ん中に座り込むと、密かな声でキョウは話し出す。
「ここ、評判のよくない宿なんだが、今日だけはしょうがないから泊まるぜ。夜の移動は冥闇が動き出す時間帯でアブねぇし、野宿するよりはマシな宿……ってぐらいなんだがしょうがねぇ」
ぐるりと部屋を見回すと、青白い夜の闇の中にボウっと光る行燈が1つだけ。自分の影とキョウの影が今にも動き出しそうなぐらい、幽霊が出る雰囲気というか……イヤな感じだった。
「すまんな。昨日の今日だったし、おまえは俺と同じ部屋は嫌なんじゃねーかと思うがよ、ああいうおっさんは女1人を別の部屋に泊まらせるとやべぇんだよ」
「え? もしかして……」
「そ、身売りされたりするならまだ良い方だけど、奴隷にされたりとか……まあいろいろだな」
うへぇ。そりゃ宿で寝てたら油断もするわなぁ。気づかれないうちにいきなり身ぐるみ剥がされてたりすることなんかもあるのかもしれない。怖いな。
「そういえば、四隅の御札的なものは一体なんなの?」
「あぁ、冥闇よけだな。明りが少ないところには集まりやすいんだ。四隅に行燈があるなら大丈夫だけど、ここは1つしかねーからな。寝てるうちに冥闇が入り込む可能性もあるんだぜ」
ふうん。と、キョウが貼った御札を見る。
『入ってきちゃダメ』
と可愛い手書きの丸文字で御札に書いてあった。
……ぶっ、なにこれ?
「ちょ、この御札で効果があるの?」
慌ててキョウに聞き返す。
「ああ? ものすごい高名な導師様とかいう人に書いてもらったんだぜ? 一枚いくらするのかわかってるのか?」
紙代がいくらだの、墨代がいくらだっただの、書いてもらうだけでものすごいお金がかかったんだぜ? と、そんなことをキョウは話している。
わたしはふと思い立って、リュックからメモ帳とボールペンを取り出す。
そして、メモ帳に『美味しいお団子になれ』とボールペンで記し、そのメモ帳を1枚破り手のひらに乗せて心の中で「お腹すいたので、今日の朝食べたお団子になってください」と念じる。
ぼふーん!!
ちょっとふざけたような音が鳴ってメモ帳を破った1枚の紙は、朝食べたお団子になる。
「やった! 予想通りっ!!」
キョウはそんなわたしを見て、ガクーンと顎を外していた。
あら、せっかくのイケメンが台無しじゃない? ムフフ。
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