第10話 冥闇

 てくてくと田舎道を進んでいく。


 わたしには田舎道に見えるけど、キョウに聞いたら結構な大通りでわりと人通りが多い、安全な道なのだそうだ。

 カロウト地区から結構歩いたけど、それでこんなに人通りがないってことは、この世界は人の数も少ないのかな。


「おめえのその目につけてる奴、なんだよ?」

「あー、これは眼鏡。これがないといろいろと見えないの」


 と、度数の高いアラレちゃん眼鏡をツンっと指先で持ち上げる。眼鏡やさんで調整してもらったはずなんだけど、ここんとこフレームがズレやすくなってたのよねー。度数は合ってたから行かなかったけど、こんな世界に来るんだったらちゃんと直しとけばよかったなぁ。


「まさかそのメガネってやつを外すと、超エロ女に……」

「なるわけないでしょ!」


 なんでこう、キョウはすぐエロエロ言うんだろうな。


「しょうがねーよ。俺このまえって言っても3年前か……成人したばっかりだしよ。男なんざぁエロくてなんぼだぜ?」


 ああ、キョウの親の顔が見てみたいわ。

 そうだ、何もなくただ歩いてるんだし、この際、キョウのこともいろいろ質問すべきよね。


「キョウの親兄弟とかどうしてるの? 故郷とかあるんじゃないの? それ、教えて?」


 わたしのその言葉に、キョウは深刻な顔をして押し黙った。


 そしてしばらく歩いてから、これまた深刻な声で小さく言った。


「……故郷はもうない。親も兄弟もみんな殺されたんだ」


 うおお、思ったよりヘビーな話だぜ。

 まあ、わたしがいたところと違って、やっぱこっちの世界は殺伐としてるんだなぁ。おっかないわー。


 キョウになんて声をかけたらいいのかわからないよ。そんな風に思っているとき、歩いてる道の前方おおよそ10m先ぐらいに、黒い靄が現れた。


「ねぇ、キョウ……なに、あれ?」

「おっと……よけーな敵が現れたな。は戦えるか?」


 黒い靄がなにかを形作る前に、キョウは背中に背負っていた大きな剣を外して、両手で構えながらわたしに戦えるかどうか質問する。


「む、無理っ!」


 学校の勉強とは格闘してたけど、得体の知れないものとは戦ったことないもん。

 わたしの返事を聞いた直後、チッ、と小さく舌打ちをしたキョウは、その黒い靄に向かってダッシュする。


 だんだんと姿が形どられ、靄はキョウの身長の半分ぐらいの……人型に切ったペラッペラの黒くて薄い紙のようなものになった。


「やあっ!!!」


 その黒い紙に向かってキョウは剣を真横に振ると、バリバリっと紙が破けるような音がしてそいつは上下に真っ二つに裂け、青白い炎を出して消えた。


「チッ、雑魚かよ」


 燃え尽きて消えたその紙の真下から何か小さいものを拾って、キョウはゆっくりこっちに歩いてくる。


「こいつら冥闇めいあんって言うんだぜ。大抵は死んだやつらの念なんだろうという話だが、正体はよくわからん」


 ゲームで言うところのモンスターみたいなもんか。いつでもどこでも現れては人を害す存在とかそーゆーのかな?


「ま、おまえも早いとこある程度の敵は倒せるようにならないとな。本の情報を集めるのに、俺ばっかりが戦うようじゃダメだろ。それに金も返してもらいてーしな」


 キョウはさっき拾ったものを弄ぶようにぽいっと上に投げ、それをまた手のひらで受け取る。……お金だ。



 チャーッチャチャチャーチャラチャッチャチャー!!!



 むむ? 今なにかこう、ふざけたような音がしたぞ?

 キョウの顔を見る。が、キョウもわけが解ってない上に、わたしがおならしたような感じの表情でわたしを睨んでいる。


「おまえ……すごい屁するんだな……」

「い、いや! 違うし!!」


 赤面しながらキョウに一生懸命否定の意思を示しているわたしは、はっと気づいた。そして、うしろに背負っているリュックの脇ポケットから、本を取り出す。前から順にページをめくってみても、なんら変わっていない。


 ……ふと思い立って最終ページ、奥付の部分を見てみると、


 著者:三輪あまね レベル1 無職

 著者2:キョウ レベル5 案内人


 なんだよ著者って! 好き勝手しやがってこの本! しかもわたしは無職かよ!

 苛ついてキョウにそこの部分を見せる。


「なんだこれ? っていうか俺、文字読めねぇし! 見せるんならユメちゃんのああいうエロい絵的なものをだな……」


 グフッ!! とくぐもった声を出すキョウ。そりゃそうだ、わたしがストマックパンチをしたもの。


 ……でもこの世界の人たちって文字が読めないのかな? ユメさんも読めなかったみたいだし。


「キョウさ、文字とかって習わないの?」


 恨みがましくわたしを睨みながらキョウは、


「習うわけねーだろ、誰が教えてくれるんだよ、いったい」

「学校……てらこや? とか?」

「がっこー、てらこやってなんだよ。俺たちは生まれたらそのまま働いたり奉公したりするやつばっかだぜ?」


 ああ、理解しました。学校がないのね。じゃあ、この本を読める人たちは転送者で、価値がわかるのも転送者だけ、かな。

 まあ、この本に価値があるかどうかは知らないけどさ。


「それよりもだな……ナーソについたらおまえの武器探すぞ。無理にでも戦う方法を覚えろ、な?」

「わかったわよ。さっきの冥闇……だっけ。黒い紙みたいなのをぶちのめせばいいんでしょ?」


 しかたない。お金を稼ぐ方法とかもわかってないけど、あのヘンテコな黒いやつなら、わたしぐらいでも倒せるよね。

 そんな、わたしの言葉にキョウは満足したようにうなづいた。そのあとはブチブチと武器のことについて独り言を言っていた。


 男子って好きよね。修学旅行の木刀とかそういうの。


 中学校時代の男子が、修学旅行でこぞって木刀を購入してしまい、旅行先で売っていた木刀が全てなくなっていたことを思い出した。あの熱狂ぶりをキョウからも感じた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る