「異世界のあるきかた」というガイドブックを買ったらなんだかおかしなことになった。

東江 怜

第1話 出会い

 その本は、る○ぶ、とかじゃ○んとかと同じ棚に、ひっそりと置いてあった。


のあるきかた』


 なんでこんなところに? 異世界とかそんなタイトルはラノベとか空想ファンタジーの書庫においてあるんじゃないの? と思ったのが最初だった。

 でもその本は装丁が丁寧に作られていて、大きさも普通の文庫本ほど。ページはざっと200ページはありそうなボリューム。

 だけど、実際に持って歩くには手頃な大きさの本。まるで旅行するときに手にしているガイドブックのような本だった。

 特筆すべきは、何より装丁の手触りが得も言われぬほど、気持ちがいい。これが決め手となり、その本を購入することにわたしは決めたのだ。残り1冊しかなかったし。


 普段は小説しか読まないし、ネットでちょっとだけ、自分が書いた小説を投稿してたりするわたしは、使える知識はないかと飢えていたのもある、と心の中で自分に言い訳をした。

 おかあさんに「本の虫ねぇ、誰に似たのかしら」といつも嫌味を言われているから、本を買うときにはお決まりに思うことである。


 本代が3,200円もする、とレジに行ってから気づき、えええっと大声を出してしまい、昭和堂のお姉さんは卒倒しかけるわ、わたしのお財布の中の秘蔵の諭吉くんを出すはめになったけど、帰り道の道中で、袋に入っている本の装丁を指先でちょっと撫でるだけで、諭吉くんとのお別れや、本屋での恥なんか、どうでも良くなってくる。

 買ってよかった。



 わたしは、三輪あまね。高校を今度の3月に卒業する、ピッチピチの女子高生。先月、都会に就職が決まったばっかり。仕事の内容は、設計事務所の立体模型を作るとかなんとかって言ってたかな。


 そんなわたしの目下の悩みはこの低身長、なんと142cm! と、コンタクトがどーしても合わないド近眼なところ。今はアラレちゃんみたいな縁眼鏡を愛用している。低身長なのも多分、背中に大きなピンクのリュックをいつでも背負ってるのが原因じゃないかなーとは思ってるんだけど、身の回りのものは常に持ってないと不安なので、低い身長は仕方ないと諦めている。

 そばかすもあるけど、これからは化粧でいくらでも隠せるし、まだ見ぬ彼氏には、貴方だけに見せるチャームポイントだよ、とかなんとか言っちゃったりしてーっ。と、毎日妄想している。

 そんな感じの女子。目下彼氏募集中である。とはいえ、高校は灰色の女子高生活なので、男の人とどうやって話せばいいのかわからないのよねー。だから生まれてこのかた彼氏がいたこと無いのは、しょうがないよね。


 家に帰って、まずはこの本をじっくり読んでみよう。おかあさんが煩いから、夕食を作って食べて後片付けしてからだけど。とにかく、早く帰ろうっと。


 11月の肌寒い夕暮れの中、わたしはおさげを揺らし大きなリュックを担いで、急いで家まで自転車を漕いだのだった。



「あまねっ! また本なんか買ってきて! 2階の床、抜けちゃうでしょ!」


 ごめんねごめんねー、とどこかの芸人の真似をして、わたしはおかあさんのお小言をやり過ごす。だってまともにお小言を聞いたら、それがお説教になり、大好きな本を読むことをやめさせられそうなんだもん。だからおかあさんのお小言はシャットアウトだ。


 自分の部屋にまっすぐ行き、幼稚園時代に買ってもらった学習机の上にそっと、さっき購入してきた本を置く。この本は、自分で買った本の中では最も高額な本なので、扱いは大切にすることにした。普段の本は袋から剝いてバサッとベッドに投げておくんだけどね。


 本を置いたら制服を脱ぎ、家着に着替えて1階へ向かう。おかあさんは帰宅してすぐに手伝う姿勢を見せると、ご機嫌になるのだ。案の定、今回も「そこのお皿出して」とわたしに言ってきた。これで本を購入してきた追求はチャラである。


 夕食は家族全員で取るのが、三輪家の決まりである。とは言え一般庶民の家なので、畏まったりはしてないけど。おとうさんがいつも通り「疲れたー。ただいま」とネクタイを外しながら居間に入ってきて、ビールをゴクゴクと飲み干すあたりで妹も帰ってくる。

 なにやら少年団の練習が大変で、朝練夜練をやっているので、わたしと妹が顔を合わせるのは夕食だけである。


「では、いただきまーす」


 おかあさんの掛け声で、ダイニングテーブルに4人座って夕食が始まる。今日の夕食は甘酢肉団子にキンピラゴボウ、海藻サラダと野菜のたっぷり入ったポトフ。

 レストランに勤めていた元シェフ、今は専業主婦のおかあさんの料理は近所でも評判になるぐらい、美味しい料理らしい。らしいというのは、生まれたときからいつも食べている料理なのでよくわからないのだ。


 今日の出来事や、最近面白かったことなどを話しながら夕食を食べ進める。わたしはあの本と出会ったことが今日の一番嬉しかったことだけど、それは話さなかった。なので、みんなの話に相槌を打っていたら一番最初に夕食を食べ終わってしまった。


「ごちそうさまでした」


 自分の食べ終わった食器を全部持ち、流し台で洗い始める。家はLDKで居間のダイニングテーブルとは対面式のキッチンなので、おとうさんの上司のカツラ疑惑の話を聞きながら、次々と家族の食べ終わった食器を片付けて手際よく洗っていき、それぞれの自由時間となる。


 お風呂はおとうさん→妹→わたし→おかあさんの順なので、大体1時間後にお風呂だ。妹は居間のソファーに座り、テレビを見ながらスナック菓子をバリバリと開けていた。そんな妹を横目に、わたしは部屋であの本をちょっとだけ読むことにした。

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