第17話 ルリとソウギョク

 リュックの中に入っていた中学校ジャージでスリ犯の手を縛る。多少汗臭いかもしれないけど悪いことをしたんだから、そのぐらい我慢するべきよね。


 人気のない路地へキョウがスリ犯を引っ張っていき、わたしはその後をついていく。


「俺の金はどうしたんだ?」


 尋問開始である。


 キョウが持ち前の口の悪さ……いや物事をはっきり言う能力を使って、スリ犯を問い詰めていく。だが、そのスリ犯はデカパイであり、キョウの口調が微妙に怯んでいる。くそう、なんか頭にくるな。


「黙っていてもしょうがねえぞ! このまま黙ってるなら俺に何されても文句はいえねーんだからな!」

「おいこら待て――い!」


 言うに事欠いてそりゃないでしょ。


「好きにすりゃいいだろ……何しても構わねぇよ」


 ドスの聞いた声でスリ犯は言う。

 そしてお金は全て使ってしまっていて、もうなにも残っていないそうだ。

 つまり、手詰まりである。というか1晩見過ごしちゃったらあっという間に使うよね。苦労して手に入れたお金じゃないし。



 そのとき、カツン、と後ろから音が聞こえた。

 そこには小さな男の子が居た。小学校1年生ぐらいのお坊ちゃまっぽい子である。


「あの……その人を離してくれませんか?」


 震えながら男の子は言う。


「お、おぼっちゃま……! ここに来ては駄目だと申し上げたはずですが……!」


 スリ犯は急にうろたえ始める。そして、拘束を解こうとしてもがくが外れないジャージ。ナイス! わたしの中学校ジャージ! やっぱり汗臭いけど。


 おぼっちゃまと呼ばれた子は、震えながらも小刀を抜き、


「やあっ!!」


 とわたしに襲い掛かってきた。

 が、あっさりとキョウにいなされ、小刀を取り落とす。


「おめぇ、いくらなんでもそれはやめとけよ」


 ギロリとキョウに凄まれて、その子はその場にキョウに叩かれた手を抑えて崩れ落ち、泣き始める。




「す、すみませんでした。おぼっちゃまと旅をし、その面倒を見ながら金を稼ぐということができずに盗みを働きました。まして、おぼっちゃまにあんな真似をさせてしまうとは……」


 スリ犯の女性はおぼっちゃまが泣き疲れて眠ってしまったあと、わたしたちに謝った。おぼっちゃまはその女性の膝の上ですやすやと寝ている。

 逃走する意思がない、ということでわたしの中学校ジャージは外されている。戻ってきたジャージをリュックにしまうとき、ちょっと酸っぱい感がしたけど、洗濯ができないからしょうがないよね……。


「えと、許すことはできないけど、盗んだお金のぶん、わたしたちに同行して……ってのはどうかな? 旅をしているのはわたしたちも同じだし」


 うーん、とキョウは悩んだあと


「デカパイ女が一緒に旅かぁ。そりゃいいな」


 となにも考えずに言った。くっそ、男どもは乳さえデカけりゃいいのかよ!



「わたしはルリと言います。そこの寝ているおぼっちゃまの名はソウギョクっていいます」


 ソウギョク、と言ったあと、ルリはわたしとキョウの表情を伺った。だけどわたしもキョウもなにも気にしていなかったので、ほっとした様子だった。

 なんか由来のある名前なのかな?

 少し気になったけど、こちらも名乗ることにした。


「わたしは……あま、こっちのガラの悪い男はキョウって言うの。よろしくね」



 とりあえず、キョウが昨日戦って稼いだ分のお金は、4人で泊まる宿代になってしまった。まあしょうがないよね。


 宿に入ってから、ルリとソウギョクの旅の目的を聞いた。


「ソウギョク様が家督を継ぐために、5つの石を集めなければいけないのです。その石を探す旅に出るということで、はじめはソウギョク様が単身で旅に出ようとしたのですが、使用人であったわたしが無理やりついてきたんです。2人ともいろいろと旅に不慣れで、あんな罪を犯してしまい、大変申し訳ありません」


 礼儀正しく、ルリは土下座をする。

 別世界だけど土下座は通用するのね。と変なところに感心してしまった。

 ソウギョクは泣きつかれて寝たままだし、キョウは宿を探検してくるぜ! と出ていったきりなので、部屋にはわたしとルリだけだ。


「あ! いやその、土下座はいいよ! だってあのお金キョウのだもん、気にしないでね?」


 ルリは顔を上げ、それでも申し訳なさそうにテーブルの対面に座る。

 そしてルリと2人でお茶をずずっとすすり、テーブルに乗っているお菓子を食べた。ここは紅灯籠みたいに立派ではないけど、そこそこの宿である。


「あの、あま様はどうして旅を……?」

「様つけなくていいから。普通にあまって読んでね?」


 こくんと素直に頷くルリ。

 格好はボサボサの頭で男な格好だけど、いろいろ整えたら綺麗なんじゃなかろうか。黒紫色の髪にサファイヤのような蒼い瞳。胸もデカいし言うことなさそうだわ。


「ええっと……観光旅行、ってところかな? いろいろな名所を見て回らなきゃいけないんだよね」


 あえて本のことは内緒にした。

 たぶん、ルリも本当の旅の目的をわたしたちに言っていないんだろうし。


 まだスリ犯っていうことからか、なんとなく用心するわたしであった。

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「異世界のあるきかた」というガイドブックを買ったらなんだかおかしなことになった。 東江 怜 @agarie

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