第15話 家族の記憶

 どうやら、先ほどぶつかってきた男に、キョウの全財産がスられてしまったらしい。つまり今食べているうどん代すら払えないということ。


「ああくっそ! 冥闇をやっつけてコツコツ貯めてきた金なのによぉ……」


 裏方で食器を2人で洗いながら、キョウはグチグチ言っていた。

 食い逃げが出来ないので、食器洗いの労働で支払うことになった。これはどこの世界でも共通なのね。


「まーったく。お金は最初から確認して食べにくるもんだよ」


 ちょっと怖い恰幅のいいご婦人……というかうどん屋の女将さんに睨まれながら作業をモクモクとこなす。これ以上呆れられたり起こらせたら怖いんだもん。

 でも、キョウのイケメン効果があったからなのか、労働奉仕は1時間ぐらいで終わった。ただしイケメンに限るって言い伝えがあるぐらい、イケメンは優遇されすぎていると思う。くそー! ずるい!



「うへぇ。金がなかったら女玄にもいけねぇじゃねぇか……」


 初見の宿だとやっぱりツケは効かないらしく、門前払いだった。もちろん普通の宿に泊まろうとしてもきっちりとお断りをされる。

 ……つまり、昨日と同様に野宿なの?


「ちょっとキョウ、また野宿するの?」

「いや、野宿はできねーよ。あのろうそくは一度きりしか使えねぇし、寝るとかそういう行動をしたら冥闇にやられるな」


 うーん……じゃあ夜通し中起きて、冥闇退治をしながら過ごすしかないってことか。でもさぁ、さすがに連続して野宿に似たようなことをやるのはきついよ。


「ま、金稼ぎにもなるし、頑張ろうぜ。主に俺が、だけどな」


 町外れの海沿いの街道で、わたしたちは野営をすることにした。夕方ごろに何人かとすれ違ったが「ははは、頑張れよ兄ちゃん」など適当に声をかけられた。


 ……なにかあのおっさんに勘違いをされたのではないだろうか。

そう思ったけど、キョウは飄々とした態度でその言葉を躱していたので、わたしもいちいちひっかからないようにした。

 ちょ、ちょっとはこの世界にも慣れてきたんだからね! たぶん。



 紙状の冥闇や、小動物の冥闇など、いろいろな形の真っ黒なものが現れてはキョウに退治されていく。どうやらここはキョウにとって雑魚のエリアだったらしく苦戦することのないキョウを見ながら、わたしはお札を試してみることにした。


「うどん、お願いしますっ!」


 ポン、と音がし、破ったメモ帳の紙切れがうどんに変わる。

 やっぱりそうか……こっちの世界で食べたものなら、わたしは作り出せるんだ。まあ、食べ物ばっかりっていうのは納得いかないけどさ。

 お金も試してみたけど、無機物はどうやら作り出せないらしい。宿とか変えの服なんかも無理だった。不便だ。


 寝ないように、異世界のあるきかたの本を眺める。

 ナーソ地区の市場のことはちょっとだけ記事になっていたけど、写真っぽいものはなくページの半分も埋まっていなかった。



「ああー、ちょっと休憩するわ」


 紙切れの冥闇が立て続けに10匹ぐらい出てきて、それらを切り捨てたキョウは遠くにいる猪っぽい冥闇を放置しながらわたしの隣に座る。

 紙切れをお茶に変えて、キョウに手渡す。

 い、一応わたしの武器購入代をキョウは稼いでくれているんだから、その分ね!


 お茶をズズーッとすすっているとき、それは来た。

 わたしの首筋にするっと紙状の黒いものが迫ってきていた。

 ……冥闇がわたしに攻撃をしかけてきたのだ。


『帰ってきてよ。おねえちゃん』

『あまね、どこに行ったんだ』

『……あまね』


 わたしを探す、家族の声。おかあさんの声がものすごく震えていて今にも消え入りそうだった。


「ま、待って! わたしはここにいるよ!」


 目の前が真っ暗になり、おぼろげにまぶたの裏にわたしの家族の姿が見える。わたしは立ち上がって、その家族のところへと向かおうとした。


 そのとき、ブン、という音を立てて一陣の風が吹く。


「あまっ! 手を出せ!!」


 キョウの怒鳴り声に反応し、脊髄反射で自分の前の空間を掴もうとした。なにもないところだと思ったそこには、あったかいキョウの手があった。

 そして、一瞬でキョウに抱きとめられる。


「おい、しっかりしろ! 冥闇に引っ張られるぞ!」


 ぼんやりとしたわたしの頬をペチペチと叩くキョウ。心配そうなその顔を見て、わたしはだんだんとどういう状況か思い出してきた。


「ちょ! また……!!」


 もがいてわたしはキョウの腕を抜けようとするけど、キョウはがっちりとわたしを抱きとめたまま動かない。


「ばか、動くな。冥闇に取り込まれそうになった奴は誰かに触れていないと、すぐに意識が持って行かれるんだ。そして取り込まれた奴は……」


 わたしを抱く腕を少し強くするキョウ。

 わたしを抱きしめながらキョウは、ギリッと歯ぎしりをした。

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