第13話 野宿
「へぇ、ノギリ山ってこんなところなんだー!」
空を見渡せる丘に立つと、遠くに切り立った岩山がある。山頂周辺には雪が粉砂糖のように降り掛かっていて、すごく高い山だと思われる。あの山がノギリ山だとキョウに教えられて、わたしはその山を見ている。
「どうだ? もう記事に書かれてるか?」
わたしは本を開いてノギリ山のページを見る、が、派手な見出しのままでなにも変わっていない。
あの宿を出てから、わたしたちはずっとお団子を食べて道をひたすら歩くのを繰り返した。わたしが歩くのを諦めた初日とは違い、ここまでっていうまで頑張って歩いた。おかげさまで予定していた3泊の行程より1泊早くついたのだが……。
「スマン! 今日は野宿だわ」
と、2日めの夕方、というか真っ暗になってからキョウは謝ってきた。は?
「え? 宿的ななにかはないの?」
「いやー、以前はこのへんにあったと思ったんだけどなぁ。勘違いだったわ。マジすまん」
辺りはもうとっぷり夜が更けて真っ暗。ぐるっと見回しても草原だらけで、道ぞいにぽつんと桜の木があるところだった。花見の時期なら夜桜鑑賞とかでいい感じになるんだろうけど、あいにく葉桜である。
「まーこの辺りなら冥闇も出にくいだろうし、万が一のものも用意してきてあるから大丈夫だろ」
と、キョウはカロウト地区で買っていた怪しい箱を開ける。中にはろうそくが2本と、小さく切ってある板が何枚か入っていた。
手際よく板を組み立てて真ん中にろうそくを刺す。もう一つの箱も同じもので、それらを全部組み立てて桜の木の下に足でラインを引いた。そこの四隅に組み立てたものを置く。
「おまえ、この中に入っとけ」
キョウに言われるまま、わたしは真四角に囲まれた場所に入る。……なんだかおままごとみたい。
わたしが入ったことをキョウが確認したら、また四角の真ん中に立ってなにかを念じた。
四隅のろうそくがひとりでに灯る。一斉に明るく光ったから、なんとなくキョウが魔法を使ったみたいに見えた。
「よし、備えは万全っと。買っといてよかったわ」
「……どこがじゃーい! 野宿するはめになったのは備えてないんじゃないかーい! ていうかその箱を買った時点で野宿を想定してたやろーー!」
思わず突っ込んでしまった。でもわたしのそんなツッコミをキョウはさらりと躱して、
「さっさと寝とけよ……冥闇が出るかもしれん……」
とキョウは寝っ転がったらすぐに寝息を立てた。相変わらず早いわ! 草むらの部分に頭を置いて、土の上で寝る。うう、キャンプをしたときでもこんなにダイレクトに寝っ転がったことはないから、どうにも違和感が……。
夜空を見ながらぼーっとわたしが今置かれている状態を考えてみた。家族のことを考えたとき、じわっと目から涙が出てきた。
……いかん、こりゃいかんぞ。と思うと余計に涙が出てきてしまった。ああ、もう!
しょうがないのでそのまま泣いてみた。
「おい、起きろ……」
空が赤紫色になって、夜が明けてきたと思われる時間帯に冥闇が現れたらしく、キョウに静かに起こされる。
「……あれ? 紙っぽくないよ?」
キョウに起こされて、急いで眼鏡をかけて起き上がる。ろうそくの四角からは入ってこれなさそうだけど、真っ黒で大きな猪みたいなものがすぐ外をうろうろしている。
「紙のは……まあいいや。説明はあとですっから、お前はここの囲いから出るなよ」
そう言い残してキョウは真っ黒な猪みたいなものへ向かって、手に剣を構えながら歩いて行く。キョウに気づいた黒猪はブシューと息を思いっきり吐き、突進の構えを見せる。
わたしのいる囲いに突進してこないように、ジリジリと位置を変えるキョウ。そのキョウを追って黒猪も向きを変える。
グオオオォォ! と雄叫びを上げ、位置を変えたキョウに突進する。ガチン! と音がして、黒猪の下顎から出ている牙にキョウは剣を当てた。そしてキョウは突進の勢いを受け流すように後ろに飛ぶと同時に、突きの型に剣を構えなおして黒猪の眉間に剣を突き立てた。
グギィィィ! という叫び声を上げ、真っ黒な猪のようなものは霧散して消えてしまった。
「よかった……」
と思ったのもつかの間。
「よっしゃ! 結構さっきのは金持ってたなぁ。これでノギリの女玄で遊べるな!」
ジャラジャラと音を立てて、落ちてたお金を拾ってくるキョウ。くそう、心配するんじゃなかったわ。
もう一度寝るような時間でも気分でもなくなってきたし、わたしたちは野宿のあとを片付けて歩いてついに……ノギリ山の見える丘まできたのだった。
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