第3話 カグヤ、難題を課す少女
今日は天気もよく、窓から差し込む日差しもいい気持ち。
ぽかぽか陽気にあくびを噛み殺しつつ、布団の上に寝転んで手にした本のページをめくる。
『おのれ魔王! キュリアン姫をどうするつもりだ!』
『知れた事だ勇者、我が完全復活のための生贄にするのよ!』
『ああっ、助けてブランゼン!!』
薄切りジャガイモの揚げ物を口に運ぶペースも落ちない。
気分転換に読み始めた異国の幻想小説、王道物のストーリー展開をわたしは嫌いではない。
『勇者ブランゼンよ、お主に王国の希望を、我が娘の命を託す』
『これは聖剣バルセンク、せめてもの餞別として受け取ってくれ』
『姫様、必ず、必ずやこのブランゼンが貴女をお救い致します──!』
わたしの名はカグヤ。
捨て子だったわたしを拾い育ててくれた義父母から貰った名前である。
ちなみに養父母ともに結構な高齢で、わたしも昔から『おじい様』『おばあ様』と呼んでいるが関係としては父母である。
それはさておき、捨て子だったわたしは実の親の顔も知らず、別に知りたいとも思わない境遇だったわけだけど
「太らない体質なのは感謝してもいいかも」
間食をつまみつつ、再び読書に没頭する。
本来なら外に出ておじい様の仕事でも手伝いたいところなのだけど。
切りのいいところまで読み進めた本を置き、身を起こして窓の外、屋敷の外に並ぶ人の群れを一瞥する。
裏山の竹藪に匹敵する、ずらりと列を作る人、人、人。
自分の立場がある種の見世物になってるな、むしろ完璧に見世物だなと思わずにはいられない。
「なんでこんな事になってんだか」
頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
こんな光景が珍しくない日々に陥って数か月。物心つく前から『そんな立場』だった人でもあるまいに、残念ながら状況に慣れる心境には未だ到達しない。
「もう、誰が言い出したの、わたしの事を『麗しの姫君~』とか!」
村長の娘という肩書は村の中ではそれなりに一目置かれる立場なのかもしれないけど、『後光を背負った輝きの姫』とか『三界に響き渡る美姫』だとか、本気で誰が言いふらしているのか。
控え目にいって抗議したい、説教したい。
「……まあ確かに、原因の一端はわたしにあるのかもしれないけど」
幼い頃から勉強の出来たわたしは村の分校に勤める教師陣の推薦で都の学校に留学する事になったのだが、そこで田舎者、卑しい身分の子だと散々馬鹿にされた。
高貴な生まれでないのは事実だけど、それと正面切って馬鹿にする行為を許すかどうかは別の話。
むしろ親の身分をひけらかす態度が実に腹立たしかったので、ちょっと勉学に本気を出したわたしは並みいる良家の坊ちゃまお嬢様を差し置いて首席で卒業してやったのだ。
ただしあからさまに才能をひけらかした結果、わたしの存在が上流階級で話題になり、才能目当てで家に招きたいという流れを生んでしまったのだから自業自得とはこの事か。
とはいえ自分から『わたしは姫です』『姫様とお呼び!』などと名乗った記憶も要求した覚えも全くないと言い訳はさせてもらいたい。
世間は若く将来が有望な子に『なんとか王子』とか『なんとか姫』などと大仰な呼び名を付けたがるのだ、それが原因で求婚者が増えたのだとすると実に迷惑な風潮、迷惑な話である。
「カグヤ、ちょっといいかね」
ごろりと寝転がり、天井を仰いで芋をひとかけ噛み締めているとおじい様が部屋にやってきた。
実にだらしない恰好を晒しているけれど、家族の前で飾らない態度だと言ってもらいたい。そもそもわたしは姫なんて柄ではないのだし。
身を起こすと床に広がっていた黒髪が艶やかに流れる。わたしの容姿は光を放つほどではないけど、この髪だけはそれなりの自慢である。
何しろ思い悩み搔きむしった後でも手櫛でスッと流すと綺麗に整うのだから。
「あれ、おじい様? 村の寄り合いがあるから出かけるんじゃ?」
「うむ。その前にひとつ頼まれてくれんかの」
「いいけど、何?」
「急で悪いのじゃが、ひとりの若者がお前に求婚したいと言ってきてな、いつも通り広間に通して居るので会ってやってくれんか」
「……はい?」
『いつも通り』という表現の似合うのがちょっと悲しいお見合いの席。
けれど今日の予定は既に終了していたはずなのに。
「旅の若者なのじゃが、あのままでは2日後の対面となってどこぞに宿を取る必要があると言うでな。悪いがちゃっちゃと会ってやってくれんか」
「おじい様、人が良すぎ」
溜息が漏れる。会う事そのものは問題ないのだけど、支度が面倒なのだ。
相手が身分の高い人であればこちらも立場上それなりの格好をする必要がある。
化粧は左程しないけど、服装だけは十二枚の重ね着をせざるを得ない。見栄えはいいが拘束具に近いのだ、
「いや、今回のお相手は楽な恰好でいいと思うぞ。それにお前も多少は興味を惹かれるじゃろうて」
「どういう意味です? おじい様」
おじい様は微笑んで、
「今回のお相手は、どこぞ異国のお人じゃからの」
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