第3話 クリストは討伐隊に参加する
タンバの町を訪れて3日。
未だカルラ殿はこちらに顔を見せず、連絡用の使い魔を寄越す事もなかった。
「彼女が現れない、その事自体がまだ動くべき時ではないとの意思なのかもしれないのだが」
朝食を摂りながら、目の前で綺麗に箸を使うイヌイ殿に語り掛ける。
私が未だ箸に慣れぬ身であり、彼女がユマト生まれだという事を差し引いても見事な箸捌きだと思う。
「クリス殿はあの鬼道師を買いかぶり過ぎではあるまいか」
そんな少女は美しい箸捌きで何故か辛辣な言葉を放つ。
「イヌイ殿」
「い、いや、市井の鬼道師は大半が山師ゆえ、某は自分の目で確認するまで信用できぬのだ」
結局アリハマを出立する前は彼女とカルラ殿は会話を交わす場も少なく、タンバに着いてからは一度も合流を果たしていない。
そういった事情からイヌイ殿が『市井の鬼道師』に向ける疑いの目、それの晴れる機会がない。勿論使い魔を創り出し操るところは見ているのだが、占術に関しては──という事らしい。
これは彼女が名門の出、それも将軍家指南役の家系である事にも関係しているのかもしれない。
ユマトの将軍家が守護すべき対象、皇王家。
皇王家は代々優れた霊力で国の行く末を占う存在──つまり鬼道を司る総本山ともいえる立場なのだ。
そんな彼女からすれば、皇王家に連なる鬼道師以外を見る目が厳しくなる一面は否定できないだろう。
しかしイヌイ殿はひとつ見落としをしている。
カルラ殿が市井の者である、その保証もない事に。
彼女は自身の素性を徹底して伏せている、それは明かせない身分である事の裏返しではないだろうか。
(そう、例えばワシュウ家がオオヅナを影ながら討つ好機を窺っていたのなら、密かに幾つもの手を打っている可能性が高いのだ)
タンバの討伐隊に参加せず、しかしセンジョウザンに出入りしているとみられる武芸者などはその一例。確証はないが、私は彼らがワシュウ家の息がかかった工作員だと見ている。
名を出さず、ワシュウ家が動いている事も世に悟られる事なく、全て水面下で終わらせるために。
或いはカルラ殿もそういったワシュウ家所縁の工作員の一員、既知の情報を占いと称して耳に吹き込み無自覚の駒としてオオヅナが集めた組織と戦わせるのが──
(いや、それはあるまい)
自身の考察を否定する。
圧力をかけ、余人を組み入れず事態の収拾を図っているワシュウ家の者が異国の人間に働きかけ誘導する理由はないだろう。
むしろユマトの重鎮が秘密裡に終わらせようとしていた事件に私を導き、自らも関わる鬼道師の素性、目的とは、
「……底を見せないお人だ」
「は?」
唐突な物言いにイヌイ殿は小首を傾げる。
独り言が口を突いたようだ、その事を誤魔化すように
「いや、彼女を待つばかりで手をこまねいているわけにもいかないと思ってな」
「というからには、クリス殿?」
「ああ、予定通り『討伐隊』に参加してみるつもりでいる」
「の、望むところ!」
箸を握りしめ、彼女は喜色を浮かべる。ワシュウ家当主の許可を得る前に飛び出したという彼女の性格からして、手足を動かしている方が性に合うという事だ。
(政治面での業務には向いてないという事でもあるが)
文武両道の名門としてそれはどうなのかとも思ったが、言わぬ聞かぬが花だろう。私は湯呑のお茶を啜って表情を隠した。
******
この日、役所の窓口前には大勢の武芸者が集まっていた。
役所が募集する討伐隊に参加するためである。
「えー、では皆さん、これからの予定を簡単に説明します」
討伐隊の引率を務める防人が演説用の高台で円錐型の拡声筒を片手に大声を張り上げていた。
これまで単独活動での仕事は何度か受けた事があったが、基本的な内容は変わらない。簡単に言えば魍魎退治、その上で可能ならば魍魎を引き寄せている『何か』の対処を行う点に尽きる。
この『何か』が物品であれば対処は容易。以前私が対処したのは『オオカミの骨』であり、呪術的処置を施した布で包んでの回収をすればよかった。
しかし大地のエネルギー、地脈や気脈・霊脈と呼ばれるそれが原因の場合は『土地』そのものが天地の澱みを生み出してしまう。こうなると一介の武芸者に対処は不可能である。その際は状況をなるべく詳細に報告し、実力ある鬼道師に処置を頼む事になる──と聞いた。
そしてセンジョウザンの魍魎発生は、おそらく後者だろうと言われている。
(カルラ殿が随行してくれていれば、土地にまつわる根本原因の対処も可能だったやもしれんが)
それは無い物ねだりというものだ。今回はセンジョウザンの現状をこの目で見る事を第一目的に置くとする。魍魎退治は山の
「そういえばイヌイ殿は魍魎との戦闘経験は?」
「あるにはあるが、討伐隊という形式での参加は無い」
成程、武門の者として教育、訓練の一環で立ち合った事があると。
「では出発します。夕刻までに麓の施設跡に到着したいので、少々早足で願います──ついてこれない人は置いていきますからそのつもりで」
こうして10人以上の武芸者がタンバの町を出立、魍魎渦巻くセンジョウザンを目指しての移動を開始した。
不揃いの格好をした、戦いを生業とする者が列を為す。言葉にすれば物騒そのものに聞こえるが、殺伐とした雰囲気とは無縁である。センジョウザンは山地、そこに至るまでの道のりで魍魎と出会う可能性は限りなく低い、それも理由のひとつ。
しかし最大の理由は
「慣れているのだろうな」
露骨にならない程度の面々を観察する。どの顔にも、足取りにも極度に緊張した様子は見られない。人ならざる物、化け物相手を相手取る事に未知の恐怖を抱えている者は居ないという事だろう。
最低限、魍魎がどのような質の化生かを知り、対峙し、刃を交えた経験のある者が選抜された証。
まあ当然といえば当然だ。討伐隊の目的は化け物の数を減らす事、大袈裟ながら魔境と化したセンジョウザンに足を踏み入れるのだから──
「クリス殿、如何なされた?」
「いや、何でもない」
今更ながら思ったのだ。
私達がセンジョウザンに向かうのは魍魎を間引きするため。
ワシュウ家の手の者と思われる武芸者がセンジョウザンに出入りしているのはオオヅナを探すためだろう。
では、オオヅナはどのような目的をもって魍魎が大挙する危険地帯を訪れているのだろう?
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